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~二章 献身の聖女編~
三十三話 分解師ラウドルップ
しおりを挟む不気味な仮面を傾かせながらその者が名乗ると、
「──俺の、俺の……娘を返せえええええッッ!!!!」
お父さんが泣き声にも似た雄叫びを上げながら斧を振り回して敵に突撃をかける。
「逸脱の者よ、君の力を見せてくれ」
「ダあああああッ!!」
乱暴に振り回す斧が敵に当たろうとする──。それなのにその場から一歩も動かぬ仮面の怪人はその攻撃をのんびりと眺めているのだ。
ガシィィィッ!
父の怪力から繰り出された致命傷となる一撃……しかし、そうなる筈であった攻撃は敵を目の前にしてピタリと止まった。
「う、ぐッおおお!」
「中々の力の強さだ。流石ここまで来ただけのことはある。気に入ったよ。君のその体……興味が沸いてきた」
斧を止めたのは三本の奇妙な手であった。ラウドルップは黒い外套の下から、左腕を三本出してその斧の柄を掴んで止めていた。初めから見えていた女性のような手と合わせた四本の腕はそれぞれ長さ、太さ、色さえも違う人間の腕である。
「私も力には心得があるのだが、君の力はすごいね。欲しいな……うん。その腕、とてもいい──」
「うるせええッ!!」
お父さんは斧から手を剥がすため、丸太のような足で蹴りを入れる。ラウドルップは巨体に似合わぬ機敏な動きでそれを後方へひらりと躱すと、魔手から離された斧を持って父は舌打ちする。
「いい反応だ。他の逸脱との戦闘経験が生かされているね」
「黙れ!! お前は……! 一体何人を殺してきたんだッ!! 俺の、俺の娘──コネホも殺したっていうのか!!」
「はて……? 名前で言われてもね、私は番号で覚えているのだよ。それにまだそんなことを気にしているのか。君は頭の方はあまり良くないみたいだね。君の脳は、そうだな──獣の脳を混ぜて模型にしよう。うん、それなら中々強そうだ」
狂っている──。仮面の怪人は老人の声でこちらをあざ笑うように言うと、終いには子供の声で笑い始めた。
私はその様子を見て震え上がった。まだ止まぬ嗚咽感が体温と水分を奪う。周りを見れば壁や床から見える人の身体の一部が苦しく嘆いているようにも感じた。
隣には茫然自失のマルセロさんが城の一部となった奥さんを静かに見つめている。
「マルセロぉ!! 動けえ!! こいつは……こいつは絶対に倒さなければならん"悪"だ!!」
「……マルセロさん」
絶望とはこのことだろう。彼も、そして私も──もう亡き探し人、ここまで来たのに……やっと真相にたどり着いたのに、無情で無慈悲な結果。言葉にできない思いで胸が張り裂けそうだ。
「あなたは……あなたの中に神はいないのですか。こんなこと、許されない……! 十年前、ブンデスの街で拐った私の妹を返してください!」
「神──。この大陸の者はみな本当に信心深い……そしてそれが故に愚かだ。神、そのような偽りの偶像に己の願望を勝手に届ける弱き民よ、そんなものはいないのだよ。この世は無情だ」
「神はいます! あなたの作った偽物の神様じゃなく、日々を生きとし生ける人々を見守る神はいるのです! あなたは自分の快楽のためにこんな事を続けていると言うのですか!」
「自身がやりたい事、楽しき事をやらぬ生涯に意味はあるのか?」
「あなたの悦楽は災厄です……! 人々を苦しめるそれは悪魔の所業です!」
私は涙を拭い、震える足をなんとか立ち上がらせる。
「いい瞳だ……。その眼球、ぜひ欲しい」
敵の両脇から腕がゆっくりと伸びるように出てきた。片側に四本、そしてもう片側に四本の腕。計八本の色とりどりの腕は、どんどんとその長さを延ばして私めがけて襲ってくる──。
「娘に触るなああッ!!」
お父さんが斧で振り払うが、隙をみた三本の腕が父の横をすり抜けて私に触れようとした。
「きゃああ!」
「──『稲妻斬り』ッ!!」
ザンッッ!!
襲う魔手が触れる直前、銀の剣が閃くとその三本の腕を斬り落とした。
「マルセロさん!」
「──ラウドルップ……! 貴様は……貴様だけは許さん……絶対に許すわけにはいけない!!」
怒りと悲しみが混ざる感情の爆発のような口調で彼は言った。
「君は剣士だったね。それも腕が立つ。君は──"筋"だな。その筋が欲しい。私の体がもっとよく動けるようになるだろう」
「ほざけ!! マルセロ! 奴の腕はあと五本だ! 全部叩き潰すぞ!!」
「そのつもりです……! 腕だけではすまさん……!」
二人が呼吸を合わせるように睨む。敵は腕が落とされたのにも関わらず、依然として慌てる様子は見せなかった。そして、女性の声で笑ったかと思うと落ちた三本の腕を拾い、こう言うのだ。
「接続」
腕を斬られた切断面に合わせてそう言うと、信じられないが再びその腕が縫合したかのようにくっつき、敵はそれを器用に動かしてみせるのだ。
「こいつ……!」
「再生もできるのか──!」
「その表現は正しくない。私は部品となる肉片をただ接合しているだけだよ。私はありとあらゆる物を分解し、そして接続できるのだよ」
うねうねとまた八本の腕を踊らせる。それはもう、下の階で戦った怪物となんら変わりない化け物である。
「しかし不便なことにね、生き物の体というのは脆く、月日と共に劣化していくのだよ。だから僕は定期的に新しい肉片に変えるんだ。僕にもこだわりがあってね、君達のような屈強な体や女性の滑らかな肌が好きなんだ。しっくりくるような自身に合った部品を見つけた時、僕の幸福は満たされる。この気持ち、わかるかなあ?」
青年のような爽やかな声で語る怪物。身の毛もよだつ、そんな内容に私はもはや耳を貸せなかった。
「化け物め……!」
うねる八本の腕がこちらを見る。それに父とマルセロさんは迂闊に動けずにいた。
「どうしたの? こないの? 早くきなよ。ねえ、あなた──」
剣士は、その言葉に反応する。
「レジーナの……! レジーナの声で喋るなああああ!!」
マルセロさんは怒りをぶつけるように敵へと突っ込む。それに合わせて四本腕が伸びてきてその身体を突き刺そうとする──!
「うおおお!! 『雷雨ノ舞い』!!」
四本の腕が雷のような怒涛の剣技に次々に斬られる!!
「やるものだ。やはり筋がいい。それを貰うぞ──」
残るもう四本の腕が技を打ち終わった彼を襲おうとする。
「くっ……!」
「片側は俺の仕事だ!! よそ見してんじゃねえッ! 『アックス・ボンバー』!!」
意表を突くように振り上げた斧が敵のもう片側の腕を狙い振り下ろされると、ラウドルップは咄嗟にその残る四本の腕でお父さんの攻撃を止めた。
「いまだ!! マルセロ!!」
「貰ったぞ!!」
狙うは敵の心臓──。黒い外套に隠れた左胸に剣を向け、その剣を突き刺す──!
「私の腕はね、まだあるのだよ」
怪物の背中が盛り上がる。そこから現れたのは、さらに四本の黒い腕であった。そしてその腕は銀の剣士を討たんと伸びてくるのだ──。
「マルセロさん!!」
「マルセロ!!」
想定外──。私達は勝手に敵の腕が八本だという先入観にとらわれていた。怒りに燃える剣士に向けて非情の魔の手が矢のように伸びる──!
「うおおおお!! 『巻き雲』ォォ!!」
それは、彼の使う雷光流の剣技では無い──。遠い昔にくらった敗北の剣。剣士は苦き思い出を呑み込んで、仇の剣を己の技と化したのだ。
下から巻き取るようなその剣は、敵の四本の腕を弾く、弾く、弾く!!
そして──がら空きとなった敵の体に、己が怒りと悲しみを乗せて、止めを叩き込むのだ!!
「終わりだああああ!! ラウドルップ!!!!」
ズシャャッッアアアア!!
鋭き憤怒の剣は、怨敵の左胸を確かに貫き──その赤き血潮を吹かせた──。
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本当に、ありがとうございます。
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