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~二章 献身の聖女編~
三十四話 本当の怪物
しおりを挟む「やった──!」
「レジーナの仇……! 思いしったか……!!」
深々と抉りこんだ剣から滴る血、心臓を貫いた確かな手応え──銀の剣士は涙を流して敵に言う。
ラウドルップは動かない。即死となる致命傷だ。動ける筈が無い。
──なのに、
「──おや、心臓が"一つ"潰されたか」
「──!? なに!?」
体に突き刺さる剣とマルセロさんを、背中の黒い四本の腕でがしりと掴んで痛くも無さそうに簡単に言うのだ。
「馬鹿な!? なんで生きてやがる!?」
「生きてる……なんで……!」
父娘は驚愕し、敵はその様子を観察するように女性の声で……レジーナさんの声で言うのだ。
「私の心臓は五つあるんだよ。君が潰したのはその内の一つ。私は五つの心臓、七つの肺、十の声色と十二の腕を持ち、それを統合させる三つの脳を備えている。残念だったねえ、そして終わりだ──」
「くっ!! 離せ!!」
マルセロさんは暴れるが、敵の魔手は彼の剣と肩を握り潰さんとばかりに掴んでいて、身動きがまったくできない状態である。
「マルセロォ!! いま助けるぞ──!!」
お父さんは掴まれた腕と斧を引き剥がそうとするが、それもびくともしない。怪力である父にここまで力で対抗できる敵など今までにいなかっただけに、その得体の知れなさは加速する。
「くそっ、たれえッ!! 離しやがれ……!」
「──スタムさん……すまない──!」
マルセロさんはそう言うと、思い切り両足で飛んでお父さんの腹を蹴り飛ばした。
その勢いで敵の拘束は外れ、父は武器と一緒に数メートル吹き飛ばされる。
「ぐっお……!? マルセロ!?」
「マルセロさん! すぐに助けに──」
彼は──何か私達に意志を託すような目をしていた。ほんの一瞬、私は恐ろしい想像をしてしまい……そしてそれは──現実となるのだ──。
「分解」
ガシャァァァァン
ガラスが割れる音に似た何かが響くと、彼の身体はその無数の腕によってバラバラにされていた。
敵の伸びる腕が彼の足を、手を、肩を、そして銀の髪を下げた頭を持って手玉にしていた。
「マル……セロ……」
「──そんな……」
私はへたりこんだ。目の前で起こっていることに理解が追いつかず、そして理解をしたく無かった。
綺麗にブロック状の肉片と化した仲間はもう言葉を発することは無い──。その躯を見て、ラウドルップは彼の妻の声で笑うのだ。そして足の腱をずるずると引き出し、顎下の喉元を外して自分の外套の中へと引き込むと、
「接続」
その一言で肉の混ざる音が気味悪く聞こえた。
「──ははっ。中々じゃないか。うん、いいねえ」
聞き慣れた声、マルセロさんの声だ──。この怪物は彼の声帯を取って、自分の物のように傲慢に喋るのだ。
彼の胴体の一部がこちらに転がってきた。私はそれを持って手を震わせ、叫ぶように力を使う。
「『治癒の手』!! 『治癒の手』!! 『治癒の手』!!」
──治らない。そんな事はわかってるのに、私は叫ぶ。失った命は"治らない"。私の力はなんと弱く、非力なのだろう。小さくなった彼の胴体から流れる血を止めるだけで、意味の無い行為であった。
「面白いね、その反応。健気な生き物は見ていて面白い。君は神にも、人にも献身的なんだね」
仮面越しに私を見つめる。私は──生まれて始めて、嫌悪と云う感情が心に巣食うのを感じた。
「てめえは……もう、無理だ……! 俺の、俺の感情が──抑えきれねえ……!!」
「この戦力差を見て、まだ僕と戦うのですか」
「マルセロの声で喋るんじゃねえええええ!!!!」
感情の波が心の許容量を突破する如く、猪突猛進に突っ込む父はまるで猛獣のようだ。巨大な斧が唸りを上げて敵を両断せんと、弾丸のように走るのだ。
「オラああああッッ!!」
「馬鹿の一つ覚えだ。私には当たらないよ」
先程よりも敵は身軽に父の攻撃を躱しはじめた。その動きは、銀の剣士の体捌きに似たものである。
「ダアアアアアッ!!」
それでも必死に振り回す斧はどんどんと加速をする。それは怒りと憎しみ、意地や信念による猛攻だ。
「──話しにならんな。君はもう飽きた。そろそろバラしてあげるよ」
いくつもの腕が伸びる。あの全てを分解する恐ろしき魔手が父をめがけて襲う──。
「お父さん!!」
「おおおお!! らああああ!!!!」
雄叫びと共に放たれるは、頭の後ろにまで担いだ武器を思い切り捻るように回転させ、敵の顔面へと投げられた斧である。
「くたばれええええ!!」
ザグゥゥッッ!!
空中にて大回転するそれは迫る魔の手をたたっ切り、憎きその仮面に食い込むように突き刺さったのだ──。
「ハァ……ハァ……」
「お父さん! しっかり!」
お父さんが息切れをしながら片膝をつくと、私はその重い身体を倒れないように支えてあげる。
──斧がガランと地に落ちると、敵の仮面は真っ二つに割れた。
そこで、私達は見ることになったのだ──。本当の怪物を見てしまったのだ──。
「……この姿を見られるのは……数百年振りだな……」
仮面の下から現れる。ラウドルップは残る腕で着ていた黒い外套を引き剥がすと、その形容のしがたいおぞましき姿を見せた。
胴体には吸気口のような穴がいくつか細く空いており、無数の腕と胸からは白い女性の手が垂れ下がる。足は二本の太い健脚に見えたが、その両足は膝下から枝分かれするように違う足先が付いていて、理外のものである。
そして一番おぞましき頭は大きな丸い球体であり、宙に浮くように首をぐらつかせている。両脇に並ぶ六つの形の違う耳と、顎に付けられた巨大な掌が顔の半分を覆っており、その指の隙間から四つの口が縦に開いている。
全身につけられた数えきれない目玉が一気に開くと、ギョロリとこちらを睨んで私達の小さな挙動まで全て見通すようになめまわした。
「どうだい? 僕の、俺の、私の肉体は──? すバラしイだろウ?」
七色の声で私達に問いかけるそれは、もう何者でも無い。この怪物は"集合体"であり、"自分"という存在を持たないのかも知れない。
「この世のものじゃ……ない……」
「…………怪物め……!」
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