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~二章 献身の聖女編~
三十五話 肉の牙城
しおりを挟む「──接続」
マルセロさんが死力を尽くして斬り落とした腕を拾うと、怪物は事もなさげに簡単に腕をくっつける。再びその十二本の腕を広げるようにこちらへ向けるのだ。
「お父さん……。マルセロさんが……」
「サビオラ……! しっかりするんだ!! ここで諦めたら、それこそマルセロに顔向けできん! いざとなったらサビオラ、お前だけでもここから逃げるんだ……。安心しろ。パパは絶対にサビオラを守ってみせるよ……!」
お父さんは私の肩をガッシリと掴んで鼓舞する。その眼は本気だ。父は自分が犠牲になってでも私を助けるつもりだ。
「……ダメだよ──! そんなの……!」
今にも泣き出しそうな声で私が言うと、
「──ナミダのお別れはすんだかい?」
敵の腕がぐんと伸びて私達を掴もうとしてきた。
「くっ──!」
お父さんは私を抱えて横に大きく飛んでそれを避ける。
「ハハはは。いつまで逃げられるカナ? その身体は不憫だな。キミは少ない肉片で戦わなければナラナイのに対し、私は数多の四肢があル。どうだい? ワタシと一つになってみないかい? 君のソノ腕、大事に使うヨ」
「ふざけやがって……! てめえは最低のゲス野郎だ……! 自分自身の拳で戦えねえクソ野郎だ!!」
「それは違うヨお。これは全てボクの物だよ。人々は肉片の使い方をまちがっているんダ。愛し方を知らナイんだ。おれはその真価を引き出すために、こうやって素晴らしい作品に仕上げてやっテルんだ。私いじょうに人間を愛してる者はイナイんだよ」
四つの口が様々な声を出して雄弁に語る。身体についた目玉がこちらを見ると、私を嘗め回すように見つめた。
「君の娘……イイなあ──。その柔い肌がほしい──」
ラウドルップは胸に刺さった剣をずるりと引き出すと、それを右側についてる一番太い腕で持った。
「動作確認だ。この剣でお相手シヨウ」
「マルセロの剣に……気安く触ってんじゃねえッ!!」
剣を持った魔の手が迫ると同時にお父さんもその斧を振るって突撃をかける。
「オオオオッ!!」
「フハはははッ」
ギィン! ギィィィン!
斧と剣がぶつかり合う。しかし、敵の攻撃はその剣の腕だけでは無い。死角から何本の腕が虎視眈々と父の身体を掴もうとするのだ。
「お父さん! 右後ろから来てる!! 左上方からも!!」
「!! うるぁ!!」
私が言うと父は武器を器用に回転させながら敵の腕を振り払うが、怒涛の雨のような攻撃は徐々に追い詰められるように父の身体を剣が斬り裂く。
「お父さん、回復を──!」
「駄目だ!! 来るな!! お前まで巻き込まれちまう!!」
「ホほほホ。足手まといだそうダヨ。君は無力だねえ。そこで父親がバラされるのを見ているがイイ──」
加速する攻撃は一切の隙を与えさせない。十二本の腕は進化するようにどんどんと速く、そして重くなっていた。
「ぐおお……!!」
「どこまで持つ? ドコまで耐える? キミの真価を見せてくれ。人の本能、逸脱の輝きを見せるンだ。さあ、サア、さあ……!」
「もう……もう、もうやめて──!」
限界が近づく父親を見て私は叫ぶ。だが、父は決して諦めてはいない。その瞳に確かな闘志がまだギラギラと燃え盛っているのだ。
「終わりダな」
視界いっぱいに伸びてくる腕──全てを終わらせ、何もかも覆う腕を父は鋭い目で見た。
「うおおおおッッ!!!!」
斧を目一杯振り上げ、父はその振り下ろす斧と一緒に自身も空中に回転した──!! まるで一つの肉の球と化したそれは、触れるもの全てを粉砕する兵器!! それが今、敵の脳天を打ち砕かんと進む──!!
「! ──わたしの腕を裂くか!」
「くらえやああああああッッ!!」
「(お父さん……!)」
防御する敵の腕を一本、また一本と叩き斬りながら、起死回生の父の攻撃が怪物の肉の牙城を崩壊させる。それは乾坤一擲の博打であり、私は手を合わせて神に祈る。そして、その攻撃は本体を両断する寸前まで来ていた────
────が、私はそこで……絶望へと叩き込まれるのである。
「──分離」
あと数センチで、敵の脳天に当たる直前である。ラウドルップは自分の身体を二つに分離させたのだ。本来なら父の攻撃によってそうなる筈である真っ二つの身体を、自ら半分に別けたのだ。
ガギィィィィィィンッ!!!!
空振りに終わる渾身の一撃が、無情にも地面に響き渡ると、
「惜しかった……とは言わないヨ」
「言った筈だ、ボクには複数の臓器と三つの脳があるトね。体を別ける事くらい造作もナイのさ」
「「接続」」
二つに別れた体が交互に喋ると、また一つに戻る。
「そ、そんな……! お父さん!!」
「くっそおおッッ!!」
ラウドルップに残った背中の四本の腕が、お父さんの手足をがしりと掴んだ。
「それナリに楽しめたよ。ばいバイ」
「やめてえええええ!!!!」
「分解」
私の悲鳴は届かない──。ラウドルップはお父さんの腕と足を、子供が遊ぶおもちゃのようにガコンと外した──。
どさり、と──大きな胴体が地に落ちる。その胴体にはもう、頭しかついていない。
「あ、ああああ……! なんで……なんで……!」
「──サビ……オラ……。逃げ……るん……だ……」
私はまるで芋虫のようになってしまった父を抱きかかえる。
「いやだ……! いやだいやだいやだ……!! お父さんも一緒じゃなきゃ……やだよ!!」
父の吐息が小さくなっていく。私はお父さんの頭部を抱きしめて、涙を溢すばかりで駄々っ子のようにわがままを言う。
「サビオラ……パパの……最後の……お願い……だ……。どうか……どうか……生きて……くれ……」
「やだ……! やだよお……! 死なないで……お父さん……」
どんどんと身体が冷たくなろうとする父親の身体。あんなに厚く、逞しく、強靭な身体が冷えきろうとしている。小さい頃からずっと見てきて、一緒にご飯を食べて、時には喧嘩したりした大好きなお父さんが、静かに終わるかのように永遠に目を閉じようとする。
「ダメ……! お父さん!! 私を置いていかないで!!」
「──接続」
ガチャンという音が鳴る。あの怪物は──私の大好きな父の腕を自分のものにしていた。
私を撫でてくれた腕、私をだっことおんぶしてくれた腕、一緒に料理をしてくれた腕、ブランコに乗った私を押してくれた腕──。それを、それを──あの怪物は何の断りも無く、器用に動かして笑みを浮かべるのだ。
「──イイ腕だ……。そうダ、試してみよう」
その太い父の腕をぐんと伸ばすと、
「!! や、やめて──!!」
ラウドルップはお父さんの頭部を持って宙にぶら下げた。そして、怪物はその腕を"試す"のだ。
────グシャァ
──父の腕が赤く染まった。まるで、リンゴを潰すみたいに軽く握り潰した──。私は、私はもう、それを信じられなかった。ボタボタと、血が落ちる。それが何かは考えたくも無い。
「──────あ、あああああ!!!!」
「すばらシイ……。この腕、なんと屈強、頑強であるコトか。──敬意を表するヨ。素敵な肉片ヲありがトう……。お礼と言っては何ダが、声帯も貰ってアゲよう」
首もとをちぎるように怪物はもぎ取る。自分の首にねじ込むように父の声帯をつけるのだ。
「接続──。……んん、んーん。よし……完成だ……。どうだい? サビオラ──?」
お父さんの声だ。お父さんの声で怪物は言った。……私を呼んだ。私を、私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を──。その声で──呼ばないで────。
がくりと、糸が切れた人形のようにその場で私は動かない、動けない。
そんな私を、怪物はお父さんの腕で私の両手を掴んで空中に掲げた。
「大丈夫だよ。サビオラ。パパと一つになろう──」
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