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~三章 復讐の乙女編~
十三話 操り闘劇『傀儡使いホビィ』
しおりを挟むホビィが手を振ると、鉄の人形はカタカタと怪しく動き出して臨戦態勢をとる。まさか露店商で買った自分の人形が、こんなふうに襲いかかってくるとは世の中わからないものだ。
「……来なさいよ」
「言われなくても! マローリオ! 前進だ!」
その掛け声と共に傀儡は加速し、一瞬で私の目の前まで来る。鉄の腕は硬き拳を握り、裏拳で払うように攻撃してきた。
「──ふっ!」
私はそれをしゃがんで避けると、人形のどてっ腹に蹴りを叩き込む。鈍い音がして手応えの無い感触が足に伝わる。当然だ、相手は痛覚なんか無い鉄の人形なのだから。
「ああもう! やりづらい!」
「当たり前よぉん! 意地張ってないで二人でその人形壊すわよぉ!」
「それは駄目!! いくらしたと思ってるのよ! 壊すなんてできないわ! それにここで負けるようならとてもじゃないけど村なんて救えないわ!」
悲しいかな、貧乏性がここで足を引っ張る。バラコフの能力を使えば勝利の道は確かなのだが、それはやっぱり駄目なのだ。乙女が一度言った事は、例えそれが失敗したとしても最後までやり遂げなくてはならないのだ。
「一人一人を相手にするなんて楽ちんだね。さあ、お姉さんはどこまで戦えるかな? マローリオ! 『メタリック・ブレード』だ!」
なんだかカッコいい技名を少年が言うと、人形の銀の腕からノコギリの刃が回転したようなものが出てきた。
「え!? なにそれ!? カッコいい!!」
「お馬鹿! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
見たことの無い凄い機能が飛び出すと、私は危機感より感動と興奮を覚えた。こんな素晴らしいカラクリ人形、ますます返して貰わないと困る。
回転する刃が付いた腕を振り回して攻撃を仕掛ける人形を凝視しながら、私は器用にその猛攻を避ける。
「なんで避けられる!?」
「ふふーん! こんなの朝飯前よ! さっきのシンプルな突撃の方がよっぽど恐かったわよ!」
本来、攻撃とは不確かな技の数々の中から互いにそれを読み合い、『受ける』『捌く』『いなす』そして『避ける』の防御方法の中から経験と判断、反射神経、技量……それらをあわせ持って正解を導くものである。
だがそれは敵の攻撃が不確かであるが故の選択であり、明らかになった手法──すなわち見えている武器や見切った技などに関しては極端に正解の選択肢が増える。
そして今の場合は心理的なこと。人は強力な武器を持つとそれを使う、使わざるを得ない。それは間違ったことでは無い。弱者から強者まで同じ選択をするであろう。しかし、それが罠なのだ。見えている武器を使うのであれば、数ある不確かな攻撃の選択肢が『武器を使う』の一択に絞られる。
これが武器を熟達した者なら話しは変わるだろうが、相手は子供であり更には戦っているのは自分自身でなく、人形なのである。
ホビィの能力は自身の安全と相手を俯瞰して戦えるメリットこそあるが、実はその距離感や相手の呼吸のあり方、これらが真に伝わってこないためどうしても攻撃が雑になる部分があり、それは致命的な弱点であるのだ。
「はぁはぁ……! くそぅ! なんで当たらない!」
ホビィは操る手をひたすらに動かすが、かすりもしない。
「疲れてきたんじゃないの! 息があがってるわよ!」
「う、うるさい! マローリオ! もっと速くだ!」
手をぶんぶんとがむしゃらに動かす。それと同じく傀儡は速さを増すように腕を加速させた。
「おおっと! 速いわね!」
「ヴィエリィ! 余裕こいてる場合じゃないわよ!」
「それもそうだね──!?」
ほんのちょっとした油断というか、不幸。私は何かを踏んでしまって足が滑った。何事か、それはさっき壊した男の人形の破片である。突如バランスを崩した私──そこに、回転する凶器が容赦なく襲うのだ。
ズシャッ!!
「──っ!」
「ヴィエリィ!」
思わず野太い声でバラコフが叫ぶ。──不幸中の幸い。敵の刃は私の身体を裂いたかに見えたが、それは表皮の上、服だけに済んだ。
胸元から下辺りがザックリと切れると、素肌が見え隠れする。まさに間一髪である。
「──あっぶない!! 何すんのよ!」
「ひ、ひやっとしたわぁ……」
私は怒り、バラコフは腰を抜かす。もう少し敵の攻撃が深ければ私の胴体は真っ二つだったかもしれない。
「ふぅ、ふぅ。当たりさえすればぼくの勝ちなんだ。これで終わりにしてやる!」
ホビィは疲労のたまる腕を何とか動かし勝負に出る。突進する鉄の人形だが、その動きは先程よりも若干遅い。
「遅いわ!」
私はその相手の疲れから出る動きの隙を突くように一気に人形の懐へと入り込んだ。
「流術──『崩落山』!!」
自身の左手を敵の首筋へと伸ばし引っ張る。その瞬間、相手を背負うように腰と腰を密着させ、左足を敵の片足に引っかけながら前方へと投げると同時に、自身も一緒に相手と空中に弧を描くように回転する! この技の恐るべきは投げによって地面に仰向けに叩きつけられる敵の腹部に、己の膝を落下させ致命の一撃を加えるのだ!!
ズドオオッッ!!
鉄の体は地面にめり込むと、糸が切れた操り人形のように動かなくなった。
「そんな!? あんなに重いマローリオを投げた!?」
「重さは関係ないわ。私の流術は敵の攻撃を利用して闘う流れるが如き拳。重心を少しでもずらせば投げるのなんて簡単なのよ」
「さっすがねぇ。やるじゃないヴィエリィ!」
バラコフが喜びの舞いを見せると、私は少年の元へずかずかと進む。
「あわわ……。う、動け! マローリ──」
その手と口を塞ぐように、私は左手で少年の腕を掴んで右手は頭を鷲掴みにし、ぎりぎりと力をこめた。
「いだだだだだだ!!!!」
「あなたの負けよ。何か言うことあるわよね?」
「あだだだだだ!! ごべんなざいいぃぃぃぃ!!」
「あらやだわぁ。ちょっとかわいそう……」
私はそれなりのお灸を据える意味で少年を十秒ほどこらしめると、その手を離してやった。
「わかればよろしい。それで、あなたなんで私達を襲ったの」
「う、うう……。ぼくは能力に目覚めたばかりで、親と村に捨てられてこの大陸に追放されたんです……。それで、食べ物もお金も無くなったから、ここで追い剥ぎするしかなくって……」
「だとしてもあんなに危ないことしちゃ駄目でしょ!」
べそをかきながら言う少年に、私は彼の顔を両手で掴んで説教する。
「ううう……。ずみまぜんでず…………」
「この子も訳ありみたいねぇ……。ヴィエリィ許してあげましょうよぉ。なんだか気の毒よぉん」
バラコフは彼に同情するように言ってきた。
「もちろん。反省できたのなら許すわ。もうこんなことしちゃ駄目よ? いいわね?」
「もうしません……。ごめんなさいです……」
「それならよし!」
私は少年の頭をくしゃりと撫でると、笑顔をみせる。
「ところで……この人形、いつどこで拾ったの? それにあのカラクリは!? あんな凄いカッターみたいなやつあなたがつけたの!? ねえどうなの!?」
私はどうしても聞きたかったことを興奮しながら問うと、彼は驚いた様子で話し始める。
「あっ、あれは……マローリオは昨日、この近くの林で見つけたんです。まるで眠ってるかのようで、最初は一人の人間が休んでるのかと思って驚きました……。こんなよく出来た人形なんか見たことないから、ぼくも感動しました」
「おかしいわね……。誰かがここに捨てたのかしら……? まぁいいや! それで、あのカラクリは!?」
「ちょっとあんたがっつきすぎよぉん」
少年の肩をがくがくと揺らしながら興奮する私をバラコフは引き離す。
「……あのカラクリは最初から付いてたものです。ぼくは生命の無いものなら何でも傀儡にできる能力だから、それで色々試しに動かしてたら、たまたまあの装備を見つけて──」
少年は説明の途中で目を丸くして驚いていた。それは私やバラコフを見ての反応では無い。その視線の先は私達の後方、そこに誰かが立っていたのだ。
「な、なんで──ぼくは、"動かしてないぞ"……」
そこに立っていたのは誰でもない。生命の無い鉄の人形がこちらを向いて立っていたのだ──。
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