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~三章 復讐の乙女編~
三十二話 九極拳士ヴライ
しおりを挟む平和な午後、一般人にとってそれは一時の安息の時間であり、変わらぬ日々のいつもの日常。しかしこの南大陸にある平和な町の外れにいつもとは違う日常を送る者がいる。
まだ暖かき昼の日差し降り注ぐ中、綺麗な白い花畑で二人の武術家は相対した。
一方は武術大会を制した王者、もう一方はその王者を苦しめた者を意図も簡単に倒した名も無き武人である。
睨み合う二人の間合いは詰まらない。いや、詰めれないといった方が正しいか。それは下手に動いたら殺られるような気配、相手の手が読めない不気味さもあるのだろう。
「…………」
その牽制、静寂を打ち破るように男は一歩詰め寄る。それに対し私は一歩後退しそうになるが、踏みとどまる。
「(──臆するな! 相手が一歩進むなら、山のように構え、川のようにいなすだけ……!)」
一歩、 また一歩と詰め寄る男。私はその一挙一動を見逃さず全神経を集中させる。そして互いの拳が届くか届かぬかの距離になったその時、
「──行くぞ」
ザッッ!!
先に攻撃を仕掛けた男、地を蹴る動作も見えぬその拳は予想よりもずっと速い──!
「──ふっ!」
攻撃が当たる直前で何とか受け流す。しかし、受け流すだけで攻撃には転じれない。本来ならこの流水の動きで相手の攻撃を捌きながらカウンターを叩き込むのが流術の極意であるが、それが出来ぬほどに男の攻撃が速すぎたのだ。
「破ッッ!」
「すぅぅ、ふっ──!」
矢継ぎ早の攻撃、連続に襲ってくるその疾風のような拳を私は何とか受け流した。防御に徹すれば何とかギリギリ捌けるが、これでは消耗戦である。いずれはジリ貧で負ける勝負には違いなく、厳しい状況──何手かの攻撃を捌いた時、男はその攻撃を止めてこちらに話しかけて来た。
「"迅"は止められるか。反射神経と基礎はできてるな。しかし受け流すばかりでは俺は倒せんぞ」
「……言われるまでもないわ。あなたこそ速さが売りなだけなら厳しいわよ?」
「言うねえ。安い挑発だが乗ってやろう。行くぞ──一極・迅『津迅拳』」
速き拳が飛んでくる。小細工の無い、ただただ速い拳。しかしそれが厄介なのだ。武術とは小難しい技や派手な技ほど注目を集めて人気を博すが、本当に強い"技"とはそんな回りくどくなくもっと単純で直線的な攻撃なのである。
故に、男が先ほどから出すのは簡単に言えば直線一途のストレート。だがそれが捉えられない。究極に極めた技というのは最短距離で単純で強く速い、ただそれだけ……それだけでよく、それだけでいいのだ。
「はっや……!」
右手の攻撃を受け流し、間髪無く襲う左手の攻撃も何とか躱す。その躱した左手を私はすかさず自分の脇に挟み込んでついに動きを止めた。
「取った!!」
私は身体を捻らせて相手を地面に伏せようとする。だが、男は涼しい顔をしながら取られた左手の拳を強く握ると、
「三極・鋼『太極鋼』」
男の体はその瞬間──びくとも動かぬ身体となった。脇に捉えた左手は鉄の棒、いや鋼の柱か、形容し難き硬い物体。地に伏せようとした身体全体が大樹の如く動かない。
「動かな──」
「二極・昇『登破昇』」
動揺の一瞬の隙を突く右の拳が飛んでくる。それはバラコフを上空まで吹っ飛ばした相手を刈るようなアッパー。それが私の腹に突き刺さる──!
「『波紋受け』!!」
深く腹にめり込んだ拳、そのダメージを何とか分散させようと私は瞬時に全身を脱力した。
人間の身体の大半は水分でできている。『波紋受け』は全身の脱力からなる流術の防御方法。体内の水分を波紋のように拡散させて外部からのダメージをやわらげる極意である。
だがそれはあくまでもやわらげるだけであり、攻撃を無力化させるものではない。攻撃を食らった私の身体は鈍い音と共に一瞬宙を舞って地面へと落ちた。
「……げほっ、かはっ……」
何とか立ち上がろうとするが、じわりとした嫌なダメージが腹部に残る。沸き上がる嘔吐感と呼吸が乱れるのが如実に全身を伝わった。
「ダメージを分散させたか。下手に武術を極めているのが仇となったな。お前はその分、他者より苦しむ」
男は冷徹に私を見下ろして言い放つ。
「お前の武術は相手の攻撃を流してカウンターを繰り出すスタイルだな。悪くはないが俺の攻撃は流せるほど甘くない。お前には肉体の強さが不足している。それが小手先に頼る女の限界だ。もっと己を知れ、弱き者よ」
男はそう言うと私に背を向けて再びサンゴーの元へと歩き出した。それは決着はもうついたかのような言葉であり、男の中ではこの勝負はもう終わったかのような口振りだ。
「待、て……! 勝負は……まだこれからよ……!」
まだダメージの抜けない足に鞭打つように私は立ち上がる。
「──アホが、慈悲をかけてやってるのがわからんか。これ以上は貴様、死ぬぞ」
「……友達が殺されそうになってるのに、それを見過ごす馬鹿はいないでしょ……! そんな選択肢を選ぶなら、武人の誇りと、友のためにこの命を賭けてあんたを相討ちしてでも倒すわ……!」
今度は私が一歩、また一歩と距離を詰める。男はその姿を見て目の色を変えるよう構え直す。
「ならば慈悲は冒涜だな。女、俺の拳をもって一撃で葬ってやろう」
「私の名前は『女』じゃない! ヴィエリィだあ!!」
交わる、刹那の攻防。先に仕掛けるのは私の右のストレート。それを男は避けもせず、見据えながら息を吸った。
「三極・鋼『太極鋼』」
私のパンチをあえて躱すなどしない、あえて受ける選択。それは自分の技を信じ相手の力量を見切った上の完璧な戦略。
男の狙いはこちらの拳を鋼の体で受け止め、決定的な反撃をして完全なる勝利を成すための布石なのだろう。
無論このまま相手に当たれば私の手は使い物にならなくなる。そして渾身の力を込めたパンチが男の胸に当たる瞬間──
「『流掌打』ッ!!」
握る拳を掌へと変えて、男の胸板を強く私は響かせた。
「──ぬっ!!」
咄嗟に後方へと下がる彼は胸に手を当ててこちらを睨み付ける。
「──内功の技か。少し、効いたぞ」
『流掌打』は外傷を負わせる技に非ず、打つは内臓であり表皮や筋肉の硬さでは防げない"響かせる"打撃!
「はぁ……はぁ……効くでしょ? サンゴーみたいな機械の体には効かないけど、内臓を持つ人間なら誰でも等しく効く技よ。あなたがいくら硬くても関係ないわ……!」
「面白い……。まだ戦えるのはこちらとしても嬉しい誤算だ。そこに倒れている男も俺の技を"三極"まで耐えた。そして"四極"の技で倒れた。お前はどこまで耐えてくれる──」
倒れているカーニヒアを見て男はそう言うと、また一風変わった構えをとった。股を前後大きく広げ、前に出た左足を曲げて深く腰を落とした。
「──ずいぶん明け透けな構えね」
その構えは"蹴り"をするための構えである。その大股からは手を使わぬという意思さえ感じる構え。仮にここから手技を出すのならワンテンポ遅れるのは明らか、それほどまでに男は前傾気味にその後ろに伸びた右足をいまかいまかと射出するようである。
「この技は東大陸で開眼したものだ。見え透いたこの右足にお前はどう戦う──?」
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