116 / 157
~三章 復讐の乙女編~
四十二話 呪獄のジェロン
しおりを挟む「ひ、人を……食ったぁ……!」
バラコフはその凄惨な光景を見て、思わず腰を抜かした。ジェロンと名乗った男に頭をバリバリと食われた若者、その残った身体は男の手の中でびくんびくんと痙攣をしている。
ジェロンの口から赤い鮮血がどろりと流れ出ると、彼はけたけたと笑いながらこちらをじろりと見つめる。
かくいう私もその衝撃を目の当たりにして、足がすくんでいた。男はもう痙攣すらしなくなったその若者の残骸を、私達に見せつけるように足先から飲み込むが如くおおげさにまた食べて見せた。
バキッ……グジュ……ゴリュッ……。
不快な音が聞こえてきた。人が食われる音とはこれ程までに神経に障るのか、私達の反応を楽しむようにジェロンは楽しげな目つきでこちらの様子を伺う。
「わ、私達の!! 村の人はどうしたんだ!」
「そ……そうよぉ! ヴァスコ村のみんなを返しなさいよぉ!」
「お前達の村……? さてな、気になるなら"上"に問うがいい」
やっと自分の喉から出た言葉は聞かなければいけない疑問であったが、男の言葉で私とバラコフはその考えうる最悪の未来を想像するのに時間はいらなかった。
「おじいちゃーん!! 私よ! ヴィエリィよ! いたら返事して!!」
「ラポ婆さーん! ノリスさーん! メリーちゃーん!! お願い! 誰か、誰かいないのぉ!?」
ざっと上を見渡し、大小ある無数の鳥籠に私とバラコフは呼び掛ける。
だが、それに答える者はいない。聞こえてくるのは怯える声とうめき声だけである。
「そんな……」
「誰も……誰も……返事がないわぁ……」
私はがくんと膝が折れ、ゆっくりと地に伏す。バラコフも同様に顔から生気が抜けたように、茫然としている。
「どうやらここに来た意味も、何も無かったようだな」
ジェロンは若者を全部食べきったのか、さっきまで咀嚼していた顎をなでながらあざ笑う。
「──……して」
「ん?」
「──返して!! 村のみんなを!! 今までいなくなった人達を!! 私のおじいちゃんを!!」
私は怒りと悲しみ、それらの感情がぐちゃぐちゃに混ざったかのような顔と声で叫んだ。
「なんでぇ!? なんでこんな事をするのよぉ!? あんたの目的は何!? なんで……なんでこんな酷いことを……!」
「ふぇふぇふぇ……何かと思えばこの状況でそんな事を聞くのか。いいだろう、教えてやろう。ワシはな何十年かに一度、とても"腹"が減るんだ……それはそれは恐ろしい空腹にだ。その原因は普段からワシの呪術が大きく働いているためであるからだ」
バラコフが泣きながら訴えると、ジェロンは上から聞こえてくる人々の嘆きに乗せるように淡々と話し始めた。
「ワシはこの地を拠点にし、今も呪術を使い続けている。そう……何百年もな。だからそれを補うだけの"栄養"が必要なのだ。ワシは偏食でな………この身体になってからは人間しか食えなくなったんだよ。だが人こそは栄養の塊、いやこの力を使い続けるには必要な絶対的であるエネルギーを秘めているんだ……。わかるか? そう、この大陸には『逸脱』が沢山いるのだ。それも普通の人間と共存して各地で暮らすほどにな」
「だから……だからなんなのよぉ!?」
「気づかぬか? 『逸脱』こそが人の極致であり、得も知れぬ力が、栄養が、究極の"旨味"があるのだ……!」
その言葉は狂気に満ちていた。ジェロンは高らかにしゃがれた声で笑うと、口から溢れ出たよだれをじゅるりとすすった。
「そんな、そんなことが目的で……!」
「そんなことか……。お前達にはそうだろうな。だがワシには大事な事だ。各地の村落の民をワシの呪術で小さくし、ここへ持ち帰り食らう──わりとこれが労力なんだ。その際に逸脱では無い普通の人間も混ざるが、そこはまあしょうがない。ワシには見ただけでは判別できんからな。だから、食って確かめるのだ──それが"本物"かどうかをな……!」
ジェロンがそう言うと、また彼の頭上から鳥籠がするすると落ちてきた。その鳥籠の中に乱暴に手を突っ込むと、今度は若い女の人がその魔手に掴まれている。
『いやあああっ!! やめてええぇぇ!!』
身体の小さくなった女性の叫びは、こちらまで充分に届いて来る程に悲鳴をあげている。
「やめろーー!!」
私はそれを見て思わず男に殴りかかろうとするが、勢いよく地面を蹴った瞬間──大きく転倒してしまった。何かにつまづいた……のでは無い。
「ヴィ、ヴィエリィあんた……背が!」
バラコフの言葉で私は自分の身体に異変が起こってるのに気づいた。私もバラコフ同様に、明らかに背が縮んでいる──元の身長より顔一つ分ほど低くなっていたのだ。
「ぐっ、くそ!!」
すぐに立ち上がるも、ジェロンに掴まれた女性はすでにその上半身の半分が無くなっていた──。バキバキ、ゴリゴリと、骨を砕き、肉を吟味する音が奴の口の中から聞こえてくる。
「ああ……!」
「グェふぇふぇ……やはり若い女の肉はよく弾むな……! 安心しろ、お前達もワシが骨の一本残さず食ってやるからな。それともそこから飛び出て火炙りでもワシは一向に構わんがな────ん?」
絶望する私達を見て、その若い肉を咀嚼しながらこちらを笑うジェロンは何かおかしな事に気づいた。
それは、私達の後ろに静かに佇む彼を見て首をかしげたためだ。
「貴様──なぜ背が縮まん?」
私の身長は十数センチ前後、バラコフに至っては20センチ強の身長がすでに縮まっているのに対して、彼はこの部屋に入ってからその身長を一ミリ足りとも小さくなってないのだ。
「──ヴィエリィ、バラコフ。オ待タセ シマシタ。コノ部屋ノ、札ノ場所ヲ特定シマシタ。コレヨリ、攻撃ニ移リマス──伏セテ下サイ!」
サンゴーがそう号令すると、私とバラコフは目を合わせてその場に伏せる。
「圧光焼破! 出力最大!」
サンゴーは肘を曲げ、ジェロンに向ける。その刹那、一筋の熱閃光が敵に向かって真っ直ぐに飛び出た──!
「ぬぅ!? 『防獄・呪壁』!」
敵を撃ち抜かんとした光の熱線! だがジェロンはそれが何の脅威か感づいたのか、すぐさまに自身の目の前に手を思い切りつくと、地面から尖った骨のような突起物が瞬時に突き出し、光の熱線を受け止めてその身を間一髪で守った。
「貴様! 人ではないな!? 何奴だ!」
「本体ヘノ直接攻撃失敗。第二行動コレヨリ、札ノ破壊ヲ実行シマス」
サンゴーは驚くジェロンの言葉を無視すると、その肘から出される長いレーザーを放出させながら、ぐるんと一回転する。
回転したレーザーは円を描くように部屋の四方に張ってある札を全て焼き切った。
「ワシの呪式が……!」
「札ノ破壊ニ成功。ヴィエリィ、バラコフ、反撃デス! 今コソ、立チ上ガル時デス!」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました
久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。
魔法が使えるようになった人類。
侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。
カクヨム公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる