ガーデン・オブ・ガーディアン 〜Forbidden flower garden〜

サムソン・ライトブリッジ

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~四章 忘却の男編~

十七話 歌姫

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 ────ペミル街。

 ここは流れ者が集う街と呼ばれる。街全体が他大陸から移住して来た人間が多く、その善悪を問わず人々を受け入れた結果大きく成長をした街でもある。

 街の設立当初は悪徳の連鎖する無法地帯であったが、今では国が誇る最強の治安部隊である極寒の騎士団アイス・ランスによって、街は誰にでも住みやすく豊かに人々が暮らしている平和な街である。

 僕とファリアはザカンから数日歩いて、やっと落ち着けるこの街にたどり着き胸を撫で下ろした。

 僕達は宿を取ると各々の部屋でしばらく休息をして、日も沈んだ所で外に出て夕食を近くの酒場でとることにした。

 酒場は煉瓦造りでしんみりとした広く落ち着いた雰囲気の店だが人は満席に埋まっていた。

「ハザマさんここのお店はどうやら人気店みたいですね。なにか特別なものがあるのでしょうか……?」

「うーん……料理がすごく美味しいのかな?」

 僕達は店の入口で空席が無いかきょろきょろとしていると、若い女の子の店員がこちらに来て話しかけてきた。

「お客さん二人? 相席ならあるけどどうします?」

「ああ、座れるならどこでも」

 僕は二つ返事で言うと、店内中央から右端にある丸い木造のテーブルへ案内された。そのテーブルには一人の若い男が座席に座っていた。

 彼は銀と紫の混じった服を纏わせ、やや長めの銀髪でその片目を隠し、すらりとしたスレンダーなイケメンであった。

「あのう……相席よろしいですか?」

 ファリアが彼に申し訳なさそうに言うと、

「ええ。もちろんです。どうぞ」

 爽やかな笑顔で彼は返した。

 僕達は「どうも」と言いテーブルにお邪魔するよう座席に腰かける。

「よかった~座れて。私お腹すいちゃいました」

「ここの所は簡単な干し肉や乾パンばかりだったからね。今日くらいは骨休めにいい食事をとろう」

 僕とファリアは数日のここまでの苦労を笑いあうと、対面に座る彼が話しかけてきた。

「君達、この街……この酒場は初めてかい?」

「はい! 今日ここに着いたばかりなんです。この街もこの酒場も落ち着いたいい所ですね」

 ファリアが元気よく答えると彼はにこやかな笑顔をみせる。

「そうなんだね。ここはいい所だよ。君達は旅人かな?」

「ああ、訳あって旅をしているんだ。あなたは?」

 僕はどこか雰囲気のある彼に質問する。

「僕も似たようなものさ。この地で修行中の身だ。でももう少しでこの大陸から離れようかと思ってる。君と同じで僕にも彼女がいてね、これから結婚を機に西の大陸に渡ろうかと話しが進んでいるんだ」

「え、あっ僕とファリアは彼氏と彼女じゃなくて……」

「ん? 違うのかい? ──そうか、まだ違うのか・・・・・・

 彼の言葉に僕は何故か慌てて誤解を訂正しようとするが、上手く言葉が出ずファリアも隣で顔を赤くしていた。

「そ、そうだ! この店はすごく混んでいるけど何か有名なものでもあるのか?」

 話題をそらすように僕が言うと、彼は店の奥にある小さなステージを見た。

「人がいるのには理由がある。ここにいる皆はある人物を見にここへ集まるのさ」

「ある人物? なにかすごい芸でもするのか?」

「すごいとも。誰もが日々の辛さや苦しさを忘れるくらい、癒されるそんな人だ」

 僕は店の奥のステージを見て言うと、彼は鼻で笑いながら教えてくれる。

 すると、段々と店の照明が暗くなってきた。

「えっ、お店が暗く……」

「おっ、始まるみたいだね」

 急に暗くなる店内にファリアが驚くと、彼は目をらんと輝かせてステージの方を見た。

 先ほどまでは各席で聞こえた談笑も嘘のように静まり返り、店内は薄暗さに包まれて唯一奥にあるステージだけ明かりが照らされている。

 ステージには一本のマイクが立っており、お客達はまだかまだかと目を見開いている。──そこへ、綺麗なドレスを着た華奢な女性がふわりとステージへと舞い降りた。

 髪の長い、美しく、麗らかな印象の女性であった。彼女は一回おじぎをすると、マイクの前に立って歌を歌い始めた。

 その歌声は聞いたこともないほどの、何と美しき声であろうか。それはただ美しいだけでなく、心地の良いなめらかさと言うか、どこか守りたくなる儚さと言うか、耳から入るその歌声は僕の脳髄を芯から癒し全身を弛緩させ、流れる血肉の血管一本一本まで響き渡るようなそんな形容し難いものであった。

 僕だけでなく、周りの客も店員も対面に座るイケメンの彼も、そして隣のファリアも眉ひとつ動かさず真剣に見据える。皆があの彼女の歌声に聞き惚れていた。

 ──至福の時間が続き、彼女は歌い終わる。そしておじぎをすると、一瞬遅れて我に返った皆が万感なる拍手を彼女に送った。涙を流しよろこぶ者や、感動のあまりにうまく動けない者もいた。

「うおおおありがとーー!!」

「最高だったぜーー!!」

「感動した!! 今夜は一生の思い出だ!!」

 観客達は彼女に賞賛の声を上げ、それを彼女はにこりと微笑んでステージの裏へと帰っていった。

「──す、すごかった……」

「ふふ。すごかったでしょう?」

 唖然とする僕に彼が誇らしそうに言う。

「ファリア、彼女すごかったね……ファリア?」

「…………はっ。えっ、何ですかハザマさん!?」

 隣で放心状態だったファリアは僕の言葉でやっと気がついたように反応した。

「ははは! まあ彼女の歌声を聞けば誰でもそうなるものさ」

「あの、一体何者なんですか彼女は!?」

 ファリアは興奮気味に彼に問う。彼は白い歯を見せながら彼女の事を教え始める。

「彼女はこの北大陸で"歌姫"とも呼ばれる有名歌手だ。この大陸各地を巡業するように歌い続けながら旅をしていて、先週彼女はこの街に着いたんだ。だから君達は運がいいよ。今日来たばかりの街で彼女の歌を聞けるなんて」

「そうだったのか……。旅を続ければいいこともあるもんだな。貴重な体験、素晴らしい歌声だった」

「ほんとに……すごかったです。辛い事ばかりだったけど、私何て言うか勇気と希望を貰えた気がします」

 僕達は改めて感動を噛み締めると、彼が尋ねる。

「なにか深い訳がありそうだね。こうして出会ったのも何かの縁だ。よかったら僕に話してみてくれないか? 何か力になれるようなら助けになるかも知れない」

 彼は親切に僕達に言ってくれた。僕とファリアはとても悪い人間には見えない彼を信用して、運ばれてきた食事を摘まみながらこれまでの経緯を話した。

「……なるほど。おじいさんの仇と記憶を取り戻すためか。これは難しいな……」

「なにか知っている事や噂などありますか? 私のおじいちゃんの仇に限らず、ハザマさんの記憶を元に戻す方法だけでもいいので」

「すまない……。僕の知識では彼の記憶を取り戻す方法は思い付かない。しかし君のおじいさんの仇の方は少し思い当たる点があるかもだ」

 彼のその言葉に僕達は食いつくように身を寄せた。

「ほんとですか!?」

「心当たりがあるのか!?」

「──ここからさらに北東へ進む。ずっと先だ。そこにある小さな村があったのだが、ある日を境に急に村人全員が消えてしまったらしい」

 彼は真剣な顔をして言った。

「村人が消えた?」

「そう、行方不明というやつだ。そして何故か、"年老いた老人"だけが死体となって近くで発見されたんだ」

「老人だけが……! 私のおじいちゃんもそれじゃあ……」

「関係性があるかも知れないと言う情報だ。そしてこの事件は実は北大陸の各地で起こっているらしい。村ごと消えるなんてのは滅多に聞かないが、様々な村や街で何故か行方不明者が近年増しているとの噂が立ってるんだ」

 僕とファリアはその話しに耳を真剣にかたむける。噂は噂だが、無視できない何かを感じたからである。

「ハザマさん。私、この行方不明事件は絶対おじいちゃんの事と関係性を感じます」

「確かに……類似する点もある。その村の跡へと行ってみる価値はありそうだね」

 僕は彼女と目を合わせ頷くと、僕達のテーブルに一人の女性が近寄ってきた。その女性は──

「あっ!? さっきの人!?」

「え──ほ、ほんとだ……」

 歌姫と呼ばれる彼女、さっきまでステージで輝いていたその人が何故か僕達のテーブルに来たのだ。

「こんばんわ」

「ここ、こんばんわ……!」

 ファリアは緊張しながら歌姫に挨拶を返す。

「なんのお話しをしてたの?」

「ああ、彼等は旅人でね。ちょっと立ち入った話しをしてたんだ」

 歌姫の問いかけにイケメンの彼は簡単にさらりと答える。

「あ、あの……」

「ああ、そういえばまだ言ってなかったね。歌姫と呼ばれる彼女は……」

「私は『レジーナ』。そしてこの人の"彼女"よ。よろしくね」

 レジーナと名乗った彼女は事もなさげに銀髪の彼を見てさらりと言った。

「ええ!? カップルだったんですか!?」

「どうりで堂々としてた訳だ……」

 僕達は驚きを隠せずに椅子から転び落ちそうになる。

「ごめんごめん。隠してた訳じゃないんだけどね。改めて紹介するよ。歌姫であり僕の彼女の『レジーナ』、そして僕の名は『マルセロ』です。以後お見知りおきを──」



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