146 / 157
~四章 忘却の男編~
二十五話 モストボイ将軍
しおりを挟む僕の目の前に剛槍が突きつけられる。少しでも動けばこの首は瞬く間にふっ飛ばされるであろう。
「なぜ何も言わぬ。その命惜しくはないのか」
かの将軍はその強面から圧を出しながら僕へと問いかける。僕は喋らない訳では無い。喋れないのだ。
記憶が無いからというのもあるが、このモストボイ将軍という男から発する圧倒的なまでのオーラというか、その他者に有無を言わせぬプレッシャーに僕は口を開けない。
「──ふん。ただの小者か。しかし怪しきは斬れとわしの隊ではこれが常だ。その首、貰うぞ青二才」
「……っ!」
モストボイ将軍はそう言うとその太い怪腕で剛槍を天高くかかげ、僕に躊躇も無く振り下ろさんとまるで虫を見るような目で一瞥し、殺さんとしたその時──
「待って!! だめ!!」
唐突に聞こえた彼女の声が剛槍を僕の頭上でピタリと止めた。
「ファリア! 出てきちゃ駄目だ!」
やっと僕は喉から声が出た。彼女を見て僕は慌てるように言うと、取り巻きの騎士達が宿から出てきた彼女に槍を向けて威嚇する。
「何者だ女ぁ! 貴様この男の仲間か! 怪しい奴め!」
僕はすぐにファリアの元へ駆け寄ろうと思ったが、目の前のこの大男がそれを許さないだろう。一歩でも動けば僕は死に、ファリアも殺されるだろう。
「待ってくれ! 僕はいいが彼女には手を出さないでくれ!!」
必死に叫ぶ──僕はどうなってもいい。彼女さえ無事ならこの命など安いと、懇願するように言う。
「きゃああ!」
彼女の前にどんどんと槍が迫る。馬鹿な、彼女がこんな所で死んでいい筈がない。そう考えた時、体が自然と動くように僕は彼女を守るべく足を動かした瞬間──
「直れえええい!!」
地響きのような号令がモストボイ将軍の口から放たれた。騎士達はその号令を聞くやいなや全員直立し、ファリアとそして僕はただただ身をすくませる。
いったいどうしたと言うのか、今まで僕達に向けられていた槍は天へと向けられ騎士達はその殺気を完全に引っ込めている。
「な……なんなんだ」
「ハザマさん、これはいったい──」
僕はそそくさとファリアの元へと行き、その異様な彼等を見る。すると、剛槍を背へと戻した大男、モストボイ将軍がこちらをギロリと見て先程とは真反対の静かで落ち着いた声でこう言った。
「失礼。もしや、オズドエフ伯爵の御令嬢──『ファティナ』様であらせられますか」
「……えっ?」
強烈な強面から紳士的な言葉にファリアはきょとんとした声を出した。僕は何がなんだかわからずに目を丸くする。
「えっ……あの……」
「失礼しました。このモストボイ、ファティナ様にお会いになるのはあなたが幼少の頃以来でしたな。覚えていないのも無理はない。成長をなされてもあの日の面影があるのでピンと来ました。いやはや、実際に見るとあの頃より本当に大きくなられましたな!」
モストボイ将軍はガッハッハと、高々と笑う。それに困惑するファリアと僕はよくわからないが、この大男がファリアを誰かと勘違いしているのだと気づく。
「あの……私は……」
「ファティナ様。あなたには捜索願いが出されています。あなたはオズドエフ伯爵の目を盗んでは従者を引き連れて各地を放浪しているらしいですな。いけませんな、名門の出である令嬢がこんな所まで遠出をするとは……。伯爵が首を長くしてお屋敷で待っています。何人かお供を付けますのでどうかお戻り下さい」
将軍はさっと手を上げると、手前にいた二人の騎士がファリアの目の前でかしずいた。
「ファティナ様とは知らず、先程は大変失礼致しました。この辺りは最近物騒ですので我々がお供致します。さあ、首都セルタビゴにあるお屋敷へ帰りましょう」
そう言って騎士の二人が彼女に手を差し伸べる。
「ま、待ってくれ! その……」
僕はこのまま誤解されたままだと後々になってまずいと思い、騎士達に言うが、
「貴殿はファティナ様の従者か。まさか一人ではあるまい、他の従者はどうした? 道中ではぐれた、もしくはなんらかのトラブルでもあったのか? どちらにせよご苦労であったな。帰りは我々がついている。仮に悪漢に襲われても問題は無い。安心してくれ」
こちらの話しを聞こうともせずに堂々と彼等は言ってきた。現状だけで考えれば、この状況は向こうの勘違いのおかげでこちらの命の保証はあるが、バレたならどのみち僕達は殺されるであろう。
「……違うんです! 私──ファティナじゃありません! 私はファリアです!」
危険を省みず、ファリアは声をあげた。相変わらず彼女のその胆力には驚かされるが、この場はこの誤解を解いておいた方がいいのかも知れない。もしかしたらまた彼等は僕達を警戒するだろうが、少なくてもファリアは自分の身分を証明できる。彼女は助かる筈だ──しかし、
「──ハッ、ガッハッハハッハッハッ!!」
将軍の馬鹿でかい笑いがこだまする。
「なっなにがおかしいのですか!」
「……失礼! いや笑わせてもらいましたぞファティナ様。このモストボイ、自慢ではないが嘘を見抜くのは他者よりも優れていると自覚しております。あなたは正真正銘のファティナ様です。まだ旅がしたいからと言って嘘はいけませんな。しかし中々に可愛げのある嘘でした故、少々笑いがこぼれてしまいましたわい」
これにはファリアも唖然とした。どうやらこの御人はどうやっても彼女を違う誰かと完璧に思い込んでいるらしい。しまいには将軍の笑い声に釣られるように他の騎士達も笑い始めていた。
「だっ、だから私は」
「ファティナ様あまりこの老体を笑わせんで下され。ささ、そこな従者も一緒に首都へと帰られますよう頼みます。ここの村は危険です。我々はこの村の住人が突如消えたとの情報を受けて調査のために参上したのですよ。どこぞに逸脱がいるかもわかりませぬ。戦いが始まる前にどうか──」
将軍がたしなめるようにファリアに言う最中、村の奥の方を探索していた騎士の一人が足を引きずりながら戻ってきた。
「モストボイ将軍……! む、村の奥に怪しい、奴、が……」
──ドサリ。と、その騎士はそれだけを告げて雪の上へと倒れた。
「何事か!」
将軍が声を荒らげ、仲間の騎士達が倒れた彼を抱きかかえる。よく見ると倒れた騎士の青銅色の鎧が見事にへこんでいるのだ。それは拳大ほどの大きさで、まるで硬いハンマーに思い切り殴られたかのような威力を物語っている。
「将軍! 村の奥より何者かが来ます!」
騎士の一人が指をさす。その先に見えるは舞う雪の中、一つの影がゆっくりとこちらへと向かって来る。
「全員! 迎撃の構えを取れえい!」
誰もいない筈の村に一気に緊張感が走る。僕も、嫌な汗が出た。まだ彼等の実力も知らないがこのモストボイ将軍はもちろん、他の騎士達も相当な手練だと僕はその気配のようなもので肌を伝わり感じている。
その騎士の一人を倒すほどの者が近づいてくるのだ。相当な強者、かなり危険な能力持ちの逸脱かも知れない。
幾本もの槍先が指すその対面からゆらりと現れたのは──ギラついた目をした、僕と同じくらいの年齢の一人の男であった。
荒れる波のような剃りこみを入れた黒の坊主頭が目立ち、赤と緑の幾何学模様の柄の悪い間延びした服、薄茶色がかった長ズボン。まるで狼のような眼光でこちらを睨んでいる。
「我等の同胞を傷つけたのは貴様か……! 止まれ! 何奴だ……!」
騎士達がその彼を取り囲む。しかし男はまったく動じない。そして男は静かに答えた。
「何奴とはこちらのセリフだ。先に槍を向けられて気分のいい奴などいないだろう。力の差を軽くわからせてやったまでだ。どけ」
そう言うと男は意にも返さず騎士達の目の前を通り過ぎようとする。おそらく、その場にいた全員が感じていた。この男はやばい。
無論、極寒の騎士団の強さも異次元であったが、この男から出る異様なオーラはそれを越す。その証拠に騎士の誰もが彼に槍を向けるもその足を踏み出せないでいるのだ。──だが、ある一人を除いてである。
「けええええい──!!」
けたたましい怒号が飛ぶ。そう、このモストボイ将軍だけはこの男とまったくの同種ともいえるだろうオーラを持っていた。
男は将軍の雄叫びを聞いて足を止めた。
「ほう、貴様──かなりできるな。しばらく北の大陸を放浪していたが、ようやく骨のある奴に出会えたな」
「我こそは北の大陸に轟くモストボイ! 男よ、お前が喧嘩を売ったこの相手──生きて帰れると思うなよ」
0
あなたにおすすめの小説
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
盾の間違った使い方
KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシェリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる