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第一章 鳥が来た
2話 旅人リカルド(1)
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ふっと目を開けると、見知らぬ男性が、黒曜石のような瞳でゴナンの顔をのぞき込んでいた。一番上の兄と同じくらいの年頃だろうか。ゴナンを平らな場所に寝かせて、枕代わりに柔らかい布を敷いてくれている。
「大丈夫?」
まだ日の傾きはさほど変わっていない。気を失っていたのはごく短い間だったようだ。口元に湿り気を感じる。水を飲ませようとしてくれたのかもしれない。
「…ちょっと、お腹が空いて…」
頭がグラグラとして体を起こせずにいるまま、ガラガラの声でゴナンは答えた。ほぼ肩からかけているだけのような、ぐずぐずの前開きベストの下に皮と骨の体を見て「そうか…」と呟くと、男性はゴナンの横に腰掛けたまま、腰袋から固形の何かを取り出した。
「ひとまずこれ、食べて。非常食だから美味しいものじゃないけど。他は調理しないと食べられないものしか持ってないから」
見ると、寝袋などが結び付けられた大きなバックパックが脇に置いてある。旅人のようだ。
「あなたの食べ物を、減らしてしまう」
「そんなことを気にしている段ではないよ。僕は十分食べているから」
男性はゴナンの体を抱えて起こしてくれた。軽いのだろう、片腕でひょいっと上半身が起きる。
「先に水だな、さあ」
差し出してくれたのは、革の水筒。見知らぬ人の水を奪う申し訳なさがあったが、体が水筒に飛びついてしまった。ゴクゴク、まだこんな力が残っていたのかと驚くほどの勢いで飲む。泥のない、キレイな水。何ヵ月ぶりだろう、うまい。
「飲み干してしまっていいから、ゆっくり、ね」
目にかかるくらいの黒髪を揺らしながら、ニコリと微笑みかける男性。続いて非常食を手渡されると、ゴナンはそれもすぐさま口に入れた。パタ粉と木の実と果物を焼いて固めた、ビスケット状の非常食。咀嚼は弱々しくも、目を剥き無我夢中で頬張る。男性はゴナンの背もたれにできるように、バックパックを背中の方へと押しやって、時に咳き込むゴナンの背中をさすりながら見守っていた。
「…あ、りがとう、ございます」
ビスケット3枚を食べ水を飲み、落ち着いたところで、ゴナンはようやく男性に礼を述べた。申し訳なさや情けなさがこみあげてくる。男性は、そんなゴナンの様子に気付いたようだ。
「申し訳ないなんて思っているなら、それはきっと、水や食べ物が体に入って、君の心にちょっと余裕が生まれてきた証拠だよ。君の体にとっても良いことだ。気にしないで」
「でも、俺はあなたに何のお返しもできなくて…」
そう口にしたとき、ゴナンははっと、ミーヤのことを思い出した。みると、少し離れた場所に仰向けで寝かされて、上に布がかぶせられている。赤ちゃんが、腕の中。
「2人とも、亡くなっていたよ」
男性は淡々とゴナンに伝えた。ああ、もしかしたら赤ちゃんを抱えたまま、水を求めてこの2時間の道のりを歩いて来て、力尽きたのかもしれない。自分たちがこの川の泥水を届けることもできたかもしれないのに。そう悔いる気持ちもあったが、それ以上の心は動かなかった。この村で人が死んでいく姿を見過ぎているのだ。
「君の村では、弔いはどのようにやるの?」
「普段だと、家族が送り祠を作って祀りをやって火葬するけど、ミーヤさんの旦那さんは寝込んでしまっているらしいし…」
そうか…、と男性は呟くと、「旦那さんに確認を取って、祀りの手順を教えてもらえるかな? この場所で、できることをしてあげたいね」と意気高く伝えた。しかし、弔いなど村では何ヵ月も前からまともに行われてはいない。
「あなたは…」
「あ、名前、リカルド」
「リカルドさんは、何をしにここへ? 村へ来るの?」
「そうだね、目的地は北の村で、ユートリア卿の家を訪ねようとしている所なんだけど」
ユートリアとは、「お屋敷様」の姓である。
「お屋敷様の、友達?」
「いや、会うのは初めてだね。僕は学者をしていてね、旅をしながら、研究の調査を行っているんだ。鳥の伝承は知っている?」
また鳥。
「茶色い、龍のような鳥のこと?」
ゴナンは、兄に聞いた知識をそのまま伝えた。
「そう、龍のように大きな鳥がいてね、その鳥の姿を見た者には不幸が訪れるそうだよ」。
決して楽しく語るような内容ではないはずなのだが、リカルドの黒い眼がキラリと光を帯びた。「でもその卵を得た者は、幸せになれる、そんな言い伝えがあるんだ。僕はその鳥を探して旅をしているんだ」。
「卵…」
卵なんて、もう何ヵ月も食べていないな…、などとゴナンは、最後に食べたニワトリの卵の味を思い出そうとした。
「この地域でその鳥が目撃されたっていう噂を聞いて、ここに住むユートリア卿を紹介してもらったんだけど…」
「鳥が来たのは1年くらい前だよ。俺は人が乗っていたように見えたけど、兄貴は、それは見間違いかもって」
「え、見たの!?」
リカルドはぐいっと顔をゴナンに近づけた。そして、「人が乗れる…? もしかして鳥は、空を飛ぶから鳥と呼ばれているだけで、違う生態なのか…? いや、ただ見た目の特徴は…」と考察に興じ始めた。
「しかし、1年も前か…。さすがにこの地域の情報が届くのは、時間がかかるなあ…」
「それからずっと雨が降らなくてさ、泉も干上がって、食べ物が取れなくなって、もうずっと乾いたままだよ」
伝承通りのことが起きている? ゴナンのその言葉に、リカルドはまた「えっ!?」と光を瞳に宿らせたが、その次の言葉は続けなかった。明らかに弱っているゴナンの姿が、無遠慮な好奇心を自重させた。
「そうか…、村はだいぶ飢えているんだね。ユートリア卿はまだ北の村に住んでいるのだろうか?」
「お屋敷様は無事だよ。庭に井戸があるらしいから。食べ物が見つかると、水と交換してくれるんだ」
「無事…?か…。井戸、交換…」
ゴナンの語り方の違和感に、そう呟くリカルドの表情は曇った。それから、ゴナンの家族のことや、村の状況のことを細かく尋ねてきた。
「はは、五男坊でゴナンか。なかなか楽しい家族だね」
「俺はいてもいなくても気付かれないくらいだな。役にも立ってないし、いなけりゃいないで食い扶持が減っていいかもしれない」
「そんなことはないだろう、だけどね…」
リカルドはじっと、隣のゴナンを見つめて提案した。
-----「そう思っているのなら、例えばさ、この村を出て、卵を、一緒に探しに行くのなんて、どうかな?」
ゴナンは、どこか遠い国の物語りのような心地で、その言葉を聞いた。旅?卵を追って?俺が? こんなにも飢えて、乾いているのに。村を出たこともない。名前しか知らないこの人と? だけども、一瞬、鼓動が胸を叩いた。
「……俺たちが今一番欲しいのは食べ物と飲み物で…」
胸を押さえて、ゴナンは言葉を吐き出した。精一杯の皮肉を。
「その卵、食べていいなら、行ってもいいけど」
「あ、ああ、そうだね、ごめん」
リカルドはすぐに謝罪をした。何の謝罪かはゴナンには分からなかった。
「そうじゃなくて、つまり…」
リカルドがあせあせと次の句を続けようとしたとき、遠くから「おうい、ゴナン!」と呼びかける声が聞こえてきた。アドルフだ。息を切らせながらふらふらと走ってきて、見知らぬ黒髪の男性と、横で座り込んでいるゴナンと、奥で横たえられている亡骸を見て、どういう状況なのかと少し身構えたようだった。
リカルドがすっと立ち上がる。アドルフと同じくらいの身長だが、体は大きく見える。
「私は旅の者で、リカルド=シーランスといいます。北の村を目指していたところで、弟さんが倒れそうになっているのを見かけて、介抱させていただいていました」
「ああ…、それは、お世話になりました。旅の足を留めてしまいましたね。ゴナン、大丈夫か?」
アドルフはかがんで、頭をなでながら弟の顔色を確認する。無言で頷くゴナン。その様子を見守るリカルドの表情は少し緩んだが、すぐに厳しい表情になった。
「あちらの女性と赤ちゃんは…、残念ながら、亡くなっていました」
「ミーアさん、赤ちゃんも…」
「ご遺体を見ましたが、赤ちゃんは亡くなって何日か経っているようでしたね。お母さんは、衰弱しているようでもあったけど、頭から血を流されていました。足を取られるか何かして、岩に頭を打たれたのかもしれません」
アドルフの表情は一瞬、つらい面持ちになったが、それ以上は動かなかった。ゴナンと同じだ。どちらかというと、ミーアとは面識も何もないリカルドの方が暗い表情をしている。
「可能ならあなたたちの方法で弔えればと思ったのですが…」
「それはありがたい話ですが。正直、私たちも見ての通りで…。村まで距離もありますし、連れて帰るのは難しそうです。ここで、できる限りのことをしましょう」
弔う、という、人として当然の発想も、ここでは随分悠長な話に聞こえた。もっと正直な話をすれば、亡くなってしまった村人を連れ帰るよりも、数時間かけてすくった樽1つ分の泥水を持ち帰ることの方が重要なのだ。言葉にせずともリカルドは察して、近くに穴を掘って埋めることに決めた。場所を旦那さんに教えてあげなければ。
「うちの村をお訪ねでしたよね? 私たちも帰らなければいけないので、一緒に行きましょう。2時間ほどかかるし、迷いやすい道なので、夜になると危ない」
「よかったらあなたもこれを」
リカルドは、腰袋からビスケットを取りだし、バックパックの脇に繋げていた水筒も取って、アドルフへ手渡した。アドルフの喉はごくりとなったが、すっと拒絶の手を出す。
「いえ、あなたの食べ物を減らしてしまうので…」
リカルドはふふ、と笑って、ゴナンの方を見た。
「…失礼。弟さんも先ほど、同じことをおっしゃったので。これは、案内いただくお礼です。私は十分食べていますから大丈夫ですよ」
「そういえば、どうして私がこの子の兄だと分かったのですか?」
「? ゴナンくんから家族の話を聞いていたからですが…?」
リカルドは、アドルフがなぜそんな質問をしたのか分からなかった。そうですか…、とアドルフはつぶやきゴナンの髪をくしゃっとかき混ぜて、「これは歩きながらいただきます。さあ、行きましょう」と歩みを進め始めた。
「大丈夫?」
まだ日の傾きはさほど変わっていない。気を失っていたのはごく短い間だったようだ。口元に湿り気を感じる。水を飲ませようとしてくれたのかもしれない。
「…ちょっと、お腹が空いて…」
頭がグラグラとして体を起こせずにいるまま、ガラガラの声でゴナンは答えた。ほぼ肩からかけているだけのような、ぐずぐずの前開きベストの下に皮と骨の体を見て「そうか…」と呟くと、男性はゴナンの横に腰掛けたまま、腰袋から固形の何かを取り出した。
「ひとまずこれ、食べて。非常食だから美味しいものじゃないけど。他は調理しないと食べられないものしか持ってないから」
見ると、寝袋などが結び付けられた大きなバックパックが脇に置いてある。旅人のようだ。
「あなたの食べ物を、減らしてしまう」
「そんなことを気にしている段ではないよ。僕は十分食べているから」
男性はゴナンの体を抱えて起こしてくれた。軽いのだろう、片腕でひょいっと上半身が起きる。
「先に水だな、さあ」
差し出してくれたのは、革の水筒。見知らぬ人の水を奪う申し訳なさがあったが、体が水筒に飛びついてしまった。ゴクゴク、まだこんな力が残っていたのかと驚くほどの勢いで飲む。泥のない、キレイな水。何ヵ月ぶりだろう、うまい。
「飲み干してしまっていいから、ゆっくり、ね」
目にかかるくらいの黒髪を揺らしながら、ニコリと微笑みかける男性。続いて非常食を手渡されると、ゴナンはそれもすぐさま口に入れた。パタ粉と木の実と果物を焼いて固めた、ビスケット状の非常食。咀嚼は弱々しくも、目を剥き無我夢中で頬張る。男性はゴナンの背もたれにできるように、バックパックを背中の方へと押しやって、時に咳き込むゴナンの背中をさすりながら見守っていた。
「…あ、りがとう、ございます」
ビスケット3枚を食べ水を飲み、落ち着いたところで、ゴナンはようやく男性に礼を述べた。申し訳なさや情けなさがこみあげてくる。男性は、そんなゴナンの様子に気付いたようだ。
「申し訳ないなんて思っているなら、それはきっと、水や食べ物が体に入って、君の心にちょっと余裕が生まれてきた証拠だよ。君の体にとっても良いことだ。気にしないで」
「でも、俺はあなたに何のお返しもできなくて…」
そう口にしたとき、ゴナンははっと、ミーヤのことを思い出した。みると、少し離れた場所に仰向けで寝かされて、上に布がかぶせられている。赤ちゃんが、腕の中。
「2人とも、亡くなっていたよ」
男性は淡々とゴナンに伝えた。ああ、もしかしたら赤ちゃんを抱えたまま、水を求めてこの2時間の道のりを歩いて来て、力尽きたのかもしれない。自分たちがこの川の泥水を届けることもできたかもしれないのに。そう悔いる気持ちもあったが、それ以上の心は動かなかった。この村で人が死んでいく姿を見過ぎているのだ。
「君の村では、弔いはどのようにやるの?」
「普段だと、家族が送り祠を作って祀りをやって火葬するけど、ミーヤさんの旦那さんは寝込んでしまっているらしいし…」
そうか…、と男性は呟くと、「旦那さんに確認を取って、祀りの手順を教えてもらえるかな? この場所で、できることをしてあげたいね」と意気高く伝えた。しかし、弔いなど村では何ヵ月も前からまともに行われてはいない。
「あなたは…」
「あ、名前、リカルド」
「リカルドさんは、何をしにここへ? 村へ来るの?」
「そうだね、目的地は北の村で、ユートリア卿の家を訪ねようとしている所なんだけど」
ユートリアとは、「お屋敷様」の姓である。
「お屋敷様の、友達?」
「いや、会うのは初めてだね。僕は学者をしていてね、旅をしながら、研究の調査を行っているんだ。鳥の伝承は知っている?」
また鳥。
「茶色い、龍のような鳥のこと?」
ゴナンは、兄に聞いた知識をそのまま伝えた。
「そう、龍のように大きな鳥がいてね、その鳥の姿を見た者には不幸が訪れるそうだよ」。
決して楽しく語るような内容ではないはずなのだが、リカルドの黒い眼がキラリと光を帯びた。「でもその卵を得た者は、幸せになれる、そんな言い伝えがあるんだ。僕はその鳥を探して旅をしているんだ」。
「卵…」
卵なんて、もう何ヵ月も食べていないな…、などとゴナンは、最後に食べたニワトリの卵の味を思い出そうとした。
「この地域でその鳥が目撃されたっていう噂を聞いて、ここに住むユートリア卿を紹介してもらったんだけど…」
「鳥が来たのは1年くらい前だよ。俺は人が乗っていたように見えたけど、兄貴は、それは見間違いかもって」
「え、見たの!?」
リカルドはぐいっと顔をゴナンに近づけた。そして、「人が乗れる…? もしかして鳥は、空を飛ぶから鳥と呼ばれているだけで、違う生態なのか…? いや、ただ見た目の特徴は…」と考察に興じ始めた。
「しかし、1年も前か…。さすがにこの地域の情報が届くのは、時間がかかるなあ…」
「それからずっと雨が降らなくてさ、泉も干上がって、食べ物が取れなくなって、もうずっと乾いたままだよ」
伝承通りのことが起きている? ゴナンのその言葉に、リカルドはまた「えっ!?」と光を瞳に宿らせたが、その次の言葉は続けなかった。明らかに弱っているゴナンの姿が、無遠慮な好奇心を自重させた。
「そうか…、村はだいぶ飢えているんだね。ユートリア卿はまだ北の村に住んでいるのだろうか?」
「お屋敷様は無事だよ。庭に井戸があるらしいから。食べ物が見つかると、水と交換してくれるんだ」
「無事…?か…。井戸、交換…」
ゴナンの語り方の違和感に、そう呟くリカルドの表情は曇った。それから、ゴナンの家族のことや、村の状況のことを細かく尋ねてきた。
「はは、五男坊でゴナンか。なかなか楽しい家族だね」
「俺はいてもいなくても気付かれないくらいだな。役にも立ってないし、いなけりゃいないで食い扶持が減っていいかもしれない」
「そんなことはないだろう、だけどね…」
リカルドはじっと、隣のゴナンを見つめて提案した。
-----「そう思っているのなら、例えばさ、この村を出て、卵を、一緒に探しに行くのなんて、どうかな?」
ゴナンは、どこか遠い国の物語りのような心地で、その言葉を聞いた。旅?卵を追って?俺が? こんなにも飢えて、乾いているのに。村を出たこともない。名前しか知らないこの人と? だけども、一瞬、鼓動が胸を叩いた。
「……俺たちが今一番欲しいのは食べ物と飲み物で…」
胸を押さえて、ゴナンは言葉を吐き出した。精一杯の皮肉を。
「その卵、食べていいなら、行ってもいいけど」
「あ、ああ、そうだね、ごめん」
リカルドはすぐに謝罪をした。何の謝罪かはゴナンには分からなかった。
「そうじゃなくて、つまり…」
リカルドがあせあせと次の句を続けようとしたとき、遠くから「おうい、ゴナン!」と呼びかける声が聞こえてきた。アドルフだ。息を切らせながらふらふらと走ってきて、見知らぬ黒髪の男性と、横で座り込んでいるゴナンと、奥で横たえられている亡骸を見て、どういう状況なのかと少し身構えたようだった。
リカルドがすっと立ち上がる。アドルフと同じくらいの身長だが、体は大きく見える。
「私は旅の者で、リカルド=シーランスといいます。北の村を目指していたところで、弟さんが倒れそうになっているのを見かけて、介抱させていただいていました」
「ああ…、それは、お世話になりました。旅の足を留めてしまいましたね。ゴナン、大丈夫か?」
アドルフはかがんで、頭をなでながら弟の顔色を確認する。無言で頷くゴナン。その様子を見守るリカルドの表情は少し緩んだが、すぐに厳しい表情になった。
「あちらの女性と赤ちゃんは…、残念ながら、亡くなっていました」
「ミーアさん、赤ちゃんも…」
「ご遺体を見ましたが、赤ちゃんは亡くなって何日か経っているようでしたね。お母さんは、衰弱しているようでもあったけど、頭から血を流されていました。足を取られるか何かして、岩に頭を打たれたのかもしれません」
アドルフの表情は一瞬、つらい面持ちになったが、それ以上は動かなかった。ゴナンと同じだ。どちらかというと、ミーアとは面識も何もないリカルドの方が暗い表情をしている。
「可能ならあなたたちの方法で弔えればと思ったのですが…」
「それはありがたい話ですが。正直、私たちも見ての通りで…。村まで距離もありますし、連れて帰るのは難しそうです。ここで、できる限りのことをしましょう」
弔う、という、人として当然の発想も、ここでは随分悠長な話に聞こえた。もっと正直な話をすれば、亡くなってしまった村人を連れ帰るよりも、数時間かけてすくった樽1つ分の泥水を持ち帰ることの方が重要なのだ。言葉にせずともリカルドは察して、近くに穴を掘って埋めることに決めた。場所を旦那さんに教えてあげなければ。
「うちの村をお訪ねでしたよね? 私たちも帰らなければいけないので、一緒に行きましょう。2時間ほどかかるし、迷いやすい道なので、夜になると危ない」
「よかったらあなたもこれを」
リカルドは、腰袋からビスケットを取りだし、バックパックの脇に繋げていた水筒も取って、アドルフへ手渡した。アドルフの喉はごくりとなったが、すっと拒絶の手を出す。
「いえ、あなたの食べ物を減らしてしまうので…」
リカルドはふふ、と笑って、ゴナンの方を見た。
「…失礼。弟さんも先ほど、同じことをおっしゃったので。これは、案内いただくお礼です。私は十分食べていますから大丈夫ですよ」
「そういえば、どうして私がこの子の兄だと分かったのですか?」
「? ゴナンくんから家族の話を聞いていたからですが…?」
リカルドは、アドルフがなぜそんな質問をしたのか分からなかった。そうですか…、とアドルフはつぶやきゴナンの髪をくしゃっとかき混ぜて、「これは歩きながらいただきます。さあ、行きましょう」と歩みを進め始めた。
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