オボステルラ

ナナオキ

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第一章 鳥が来た

2話 旅人リカルド(2)

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 岩場を越え荒野を歩き、3人が北の村に辿り着いたのは、もう日が沈みかけた頃だった。

 一家の家は、北の村の集落の少し外れにある。隣家が見えないほどの距離。

「ただいま」とアドルフが小屋に入ると、長兄のオズワルドが出てきた。干ばつのせいでやはり痩せてしまっているが、線が細いアドルフやゴナンよりもがっしりとした雰囲気だ。金髪は短く刈り上げていて、声が大きい。

「おお、アドルフ、遅かったな。大丈夫だったか? その人は?」

 アドルフがいきさつを説明し、リカルドは自己紹介をする。ゴナンは無言でその場を離れて、泥水の入った樽を厨房(とは名ばかりの土間)に置いて、いつもの破れかけたハンモックに横たわった。

今日も疲れた。だけど、いつもの体の芯さえ定まらないようなだるさとは違う、少し心地よい疲労感があった。キレイな水と、しっかりとした穀物や木の実を口にできたからだろうか? リカルドと兄たちがいろいろと話をしている声を遠くに聞きながら、ゴナンはどっしりと眠りに落ちていった。

*  *  *

 「こんな所にわざわざ旅してくるなんて、学者という人種は、物好きなんですねえ」と母のユーイが朗らかに話しかけてくる。

 リカルドは家の奥、絨毯がしかれた空間に招かれ、オズワルド、次男・三男のランスロット、リンフォード双子とアドルフ、そして末娘のミィに囲まれていた。皆で絨毯に腰掛け、小さな火の明かりを囲んでいる。おそらく来客のために灯火を焚いてくれているのだろう。

「ごはんとお酒でおもてなししたい所なんですけどね、水の一杯も出せなくて…。本当は、うちはお客様を招くのが好きな家なんですよ」

「いえ、こちらこそ、こんな状況で急に来たのに、招いていただいてありがたいです」

 リカルドは、自分の荷物からいくつかの食材を取り出した。干し肉に乾燥させた野菜、瓶につけ込んだ果物に、穀物のパタ粉…。

「旅の食材なので保存食ばかりで味気ないですが、これをみんなで食べましょう。調理が必要なので、この水も使ってください」

「いや、それは…」

 そう口にしたユーイの言葉をリカルドは手で遮った。次に何の言葉が続くかはもう、分かっていた。

「今日、招いていただいたお礼です。私は十分食べているし、まだ自分の食材も持っています、気になさらないでください」

 そしてまた、ふふ、と笑ってしまった。リカルドから見れば極限まで追い込まれているように見えるこの状況の中で、こちらの食べ物を心配してくれる一家の心根をとても好ましく感じていた。

「実は、こちらがこんな干ばつに見舞われていると知らなかったんです。知っていれば、もっと助けになるようなものも準備できたのですが」

 せめて馬か駱駝でくるべきだったな、とリカルドは後悔していた。体調と体力さえ許せば、極力、自分の足で旅をしたいというのが彼のこだわりなのだ。しかしそれが今回は裏目に出てしまった。

「で?」「何をしにきたんです?」

 双子が声をそろえて尋ねてくる。耳上で切りそろえた、やはり銀に近い金髪の髪型もおそろいで、そっくりの2人。一卵性双生児なのだろう。2人して好奇心が強そうだ。それにしてもこの5兄弟は、髪と瞳の色は似てはいるが、それぞれ個性はバラバラだ。

「ランス、リン。そんな不躾に聞くもんじゃないですよ」と母。

「何しにきたのー?」と、その母によく似た茶髪の少女がリカルドにまとわりついてきた。人なつっこい。



「こら、ミィ!」

「いいんですよ。僕は鳥の伝承の研究をしていまして、この北の村で目撃されたという噂を聞いたので、実際に話を聞くために旅をしてきた次第です」

「鳥…」

 一同ははっとした顔を見せる。そのためだけに、こんな場所へ?という表情。

「大きな鳥か、ゴナンが見たっていっていたな」

オズワルドが、ハンモックで寝てしまったゴナンの方に目をやった。

「ゴナンがお世話になったようで、ありがとうございます」と、頭を下げる長兄オズワルド。

「あいつは大丈夫かな?アドルフ」

「そうだな…。きょうだいで一番、弱っちいからね。もともとあんまりしゃべらないけど、最近はぐったりしていることも増えてきたな…」

「一番、食べ盛りの年齢なのに、食べさせてあげられないのがねえ…。あんた達はこんなにでっかく育ったのに」

 土間でリカルドが持ってきた食材を軽く調理しながら、母も嘆息する。

「そういえば」「ミーヤさんの旦那さん、家で亡くなっていたってよ」

 双子が話題を変えた。リカルドも聞き覚えのある名だ。今日の川辺での出来事を聞き、双子が様子を見に行ってくれていたのだ。

「旦那さんが亡くなったのは少し前だったみたいだよ。それでどうしようもなくなって、川に向かったのかもね」

 さらに重苦しい空気が部屋を包む。この家族の明るさにしばし忘れていたが、本当にこの村は、飢えているのだ。

「北の村にユートリア卿が住んでいると聞いて、知り合いのツテで紹介してもらったんです。私が行くことは伝わっているはずなので、明日にでも訪問しようと思うのですが」

「“お屋敷様”ね…」

 オズワルドは、少し苦々しい表情で呟いた。

「彼の屋敷には水が出続けている井戸があるとか。村人に分けてもらえないか、お願いしてみましょうか?」

「いや、それは無駄でしょう」

 兄4人が、声をそろえた。驚くリカルド。

「その…、ユートリア卿は、ここの村長か何かではないのですか?」

「そうであればまだ良いのですが。村人を守る責任を負うことになりますからね。でも彼は、多くのものを持っていて手放さないだけの、ただの老人です。お屋敷の中のことと外のこととは、まったく関わりがないのだそうです。何か対価を持っていけば別でしょうが」と、長兄が憮然として語る。

「はあ」

「そして、我々があまりにも善良なんです」

 鈍い光を目の奥に光らせてアドルフが続けた。善良とはほど遠い表情になってはいるが。

「詳しい事情は分からないですが…」

 リカルドは少し笑みを浮かべて、目線を右斜め上に向けた。

「僕はこの村の人間ではないし、あまり善良な人間でもないので、まあ、“お屋敷様”に僕なりの話をしてみようかな、と思います。こちらに迷惑はかからないはずなので」

 ちょっと悪巧みするような表情が、灯火に照らされ浮かび上がった。長兄オズワルドはえっという顔をし、双子はにやーっと笑って顔を見合わせ、四男はふふ、とほくそ笑む。末っ子は、兄たちの表情にきゃっきゃと笑っていた。反応もバラバラで、楽しい。

「こんなにみんなでおしゃべりするのは、本当に久しぶりね。さあ、ご飯をいただきましょう」

 乾いて飢えた村、その外れにある小屋の一夜。思わぬ客の訪問で、以前はどんな夜を過ごしていたのか、少しだけ思い出した一家だった。
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