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第一章 鳥が来た
3話「“お屋敷”へ」(1)
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ふっと目を開けると、見知らぬ男性が、黒曜石のような黒い瞳でゴナンの顔をのぞき込んでいた。いや、知っている顔。昨日出会った男性だ。
「おはよう、ゴナン」
いつもとは違う目覚めに、ゴナンは飛び起き、ハンモックから転げ落ちてしまった。もうすっかり日が高い。もしかしたらゴナンがこのまま目覚めないのではないかと、リカルドは心配していたのだった。
「リカルド…さん。まだ、うちにいたんだ」
「お兄さん達と話が弾んでね。そのままそこで、テントを張らせてもらったよ」
ゴナンのハンモックのすぐそばに、幕を棒で器用に張った簡単なテント。昨日も水やら食料やらを取り出していたが、あのバックパックには、果たしてどれだけ荷物が入っているのだろうか。
「あ…、おはようございます」
朝のあいさつを返し忘れていたことに気づき、ゴナンは小声で続けた。リカルドの表情が緩む。
「これ、朝ご飯だって。ミィちゃんに食べられそうだったから、隠しておいたよ」
「ミィ、そんなことしない!」
昨日、リカルドが持ち込んだ食材で母が作ったパンのようなものが差し出される。朝ご飯、という言葉を聞くのも久しぶりだ。ミィはリカルドにまとわりつき、そしてパンをその手から奪ってゴナンに差し出した。すっかりリカルドに懐いている。
「ミィはもう食べた! はい、ゴナン兄、どうぞ」
お腹が満たされているからか、食べ物を兄にあげられることが嬉しいのか、ミィがいつもより元気だ。それでも、一般の10歳よりは幼く見える。細身なのにおなかがぽっこり出てしまっているのは、栄養が足りていないせい。ゴナンは無言でミィの頭を撫でてパンを受け取り、「いただきます」と小さく言って食べ始めた。そのまま無言で食べ続けるゴナンに退屈し、ミィは母の元へと行ってしまった。
「ゴナン、起きたか。体は大丈夫か?」
入れ替わりにアドルフがやって来た。
「うん」
アドルフはゴナンに顔を近づけて顔色を見る。そして、その言葉が嘘でないと安心したようだった。
「水汲みは俺だけでいくから、今日は休んでな」
「大丈夫だよ、リカルドさんに食べ物もらったし」
「昨日注いできた水がまだ保つから、1人で十分だよ。気にするなって」
そしてリカルドを見て、ああ、と思い立つ。
「元気があるなら、リカルドさんをお屋敷様の家に案内してあげな。兄貴達はもう出かけてしまったから」
ゴナンはちょっと渋い顔をした。あの格調高い風の老人とは、そんなに話したこともないが、あまり好きではない。が、仕方がない。
「アドルフさん、申し訳ない。助かります」
頭を下げるリカルドに笑顔で応えて、アドルフは自身の出かける準備を始めた。
ゴナンはふぅ、と息をつくと、また無言でパンの残りを食べ始めた。何か面白いのか、リカルドはその様子をじっと見守っている。しばし緩やかな空気が流れた。
* * *
「そろそろ、行こうか」
土色のバンダナを巻き、ゴナンは立ち上がった。リカルドもテントからいくつかの荷物を取り出してショルダーバックに入れ、準備をする。お屋敷様の家はここから歩いて20分程の場所。歩き始めると、ゴナンは昨日よりも足が軽いように感じた。そういえば、いつもの意識を失うような睡眠ではなく、普通によく眠れたような気もする。
「ちょっと元気になったかな?」
リカルドも気付いたようだ。
「やっぱり食べ物かな。キレイな水もいっぱい飲んだし」
「うんうん、ごはんも水も大事だね、本当に」
「兄貴達は大人だし、まあまあ元気だけど、ミィは最近、元気なかったから、よかったよ。助かった」
自分が一番、元気がなかったはずなのだが、当の本人は妹を心配していた。リカルドは、そんなゴナンを見て、いくつかの質問をした。
「ゴナンは、好きな食べ物はある?」
「うーん…。あんまり…。嫌いなものもないけど」
「普段はどんなことをして遊んでたの?」
「うーん。何してたかな…。晩ごはん用のウサギを捕りに行ったり、ミィの面倒をみたり…?」
「大人になったらやりたいことはある?」
「特に…。この村で暮らしていくだけだし。兄貴達くらい体が大きくなれば、もっと畑仕事の役には立つけどなあ」
リカルドが立て続けに尋ねて、ゴナンも答える。少年にとっては精一杯の回答なのだが、
(昨日もちょっと思ったけど、妙にあっさりしているというか、欲がないんだな…)
とリカルドは興味深く感じていた。干ばつの影響で体力も気力も減ってしまっているからかもしれないが、どちらかというと生来の気質だろう。まあ、あのアクの強そうな兄達4人の下で育てば、こうなるのかもしれない。
「面白いね」
「え、何が?」
その反応にリカルドはまた、クスクス笑った。こうやってとりとめもなく話している内に、あっというまに屋敷に着いた。
外界を拒むかのような高い土塀に囲まれた、大きな屋敷。外から中の様子は見えない。塀を伝って歩いて行くと、門が見えてきた。木の扉で固く閉ざされている。
「入口はここだよ。じゃあ」
ゴナンは立ち去ろうとしたが、リカルドは引き留めた。
「せっかくだから、一緒に入ろう。何かいいことがあるかもしれないよ」
いたずらっぽく笑うリカルドに、ゴナンは苦い顔。ただ、足を踏み入れたことがない屋敷の内側に、少しだけ好奇心が頭をもたげた。
「俺はいるだけで、何もしゃべれないよ」
「大丈夫、それでいいから」
そうしてリカルドは、よく通る声で扉に向かって声をかけた。
「すみません! ユートリア卿を訪ねて参りました、リカルド=シーランスと申します。アポトルト伯からご紹介いただいて、参りました」
----------少しの間の後、扉がギィィっと重く開いた。
「アポトルト様からお手紙で伺っています、どうぞ」
門番らしき壮年の男性が、どうぞと招き入れた。リカルドに続きゴナンも入ろうとすると、召使いはピクリ、と目を遣る。
「ああ、私は今、彼の家にお世話になっているんです。ここの村の人間です。同行させても?」
「…………、問題ありません」
少し釈然としない表情だったが、口元だけニコリと笑顔を作って、男性はゴナンも奥へと招いた。
「おはよう、ゴナン」
いつもとは違う目覚めに、ゴナンは飛び起き、ハンモックから転げ落ちてしまった。もうすっかり日が高い。もしかしたらゴナンがこのまま目覚めないのではないかと、リカルドは心配していたのだった。
「リカルド…さん。まだ、うちにいたんだ」
「お兄さん達と話が弾んでね。そのままそこで、テントを張らせてもらったよ」
ゴナンのハンモックのすぐそばに、幕を棒で器用に張った簡単なテント。昨日も水やら食料やらを取り出していたが、あのバックパックには、果たしてどれだけ荷物が入っているのだろうか。
「あ…、おはようございます」
朝のあいさつを返し忘れていたことに気づき、ゴナンは小声で続けた。リカルドの表情が緩む。
「これ、朝ご飯だって。ミィちゃんに食べられそうだったから、隠しておいたよ」
「ミィ、そんなことしない!」
昨日、リカルドが持ち込んだ食材で母が作ったパンのようなものが差し出される。朝ご飯、という言葉を聞くのも久しぶりだ。ミィはリカルドにまとわりつき、そしてパンをその手から奪ってゴナンに差し出した。すっかりリカルドに懐いている。
「ミィはもう食べた! はい、ゴナン兄、どうぞ」
お腹が満たされているからか、食べ物を兄にあげられることが嬉しいのか、ミィがいつもより元気だ。それでも、一般の10歳よりは幼く見える。細身なのにおなかがぽっこり出てしまっているのは、栄養が足りていないせい。ゴナンは無言でミィの頭を撫でてパンを受け取り、「いただきます」と小さく言って食べ始めた。そのまま無言で食べ続けるゴナンに退屈し、ミィは母の元へと行ってしまった。
「ゴナン、起きたか。体は大丈夫か?」
入れ替わりにアドルフがやって来た。
「うん」
アドルフはゴナンに顔を近づけて顔色を見る。そして、その言葉が嘘でないと安心したようだった。
「水汲みは俺だけでいくから、今日は休んでな」
「大丈夫だよ、リカルドさんに食べ物もらったし」
「昨日注いできた水がまだ保つから、1人で十分だよ。気にするなって」
そしてリカルドを見て、ああ、と思い立つ。
「元気があるなら、リカルドさんをお屋敷様の家に案内してあげな。兄貴達はもう出かけてしまったから」
ゴナンはちょっと渋い顔をした。あの格調高い風の老人とは、そんなに話したこともないが、あまり好きではない。が、仕方がない。
「アドルフさん、申し訳ない。助かります」
頭を下げるリカルドに笑顔で応えて、アドルフは自身の出かける準備を始めた。
ゴナンはふぅ、と息をつくと、また無言でパンの残りを食べ始めた。何か面白いのか、リカルドはその様子をじっと見守っている。しばし緩やかな空気が流れた。
* * *
「そろそろ、行こうか」
土色のバンダナを巻き、ゴナンは立ち上がった。リカルドもテントからいくつかの荷物を取り出してショルダーバックに入れ、準備をする。お屋敷様の家はここから歩いて20分程の場所。歩き始めると、ゴナンは昨日よりも足が軽いように感じた。そういえば、いつもの意識を失うような睡眠ではなく、普通によく眠れたような気もする。
「ちょっと元気になったかな?」
リカルドも気付いたようだ。
「やっぱり食べ物かな。キレイな水もいっぱい飲んだし」
「うんうん、ごはんも水も大事だね、本当に」
「兄貴達は大人だし、まあまあ元気だけど、ミィは最近、元気なかったから、よかったよ。助かった」
自分が一番、元気がなかったはずなのだが、当の本人は妹を心配していた。リカルドは、そんなゴナンを見て、いくつかの質問をした。
「ゴナンは、好きな食べ物はある?」
「うーん…。あんまり…。嫌いなものもないけど」
「普段はどんなことをして遊んでたの?」
「うーん。何してたかな…。晩ごはん用のウサギを捕りに行ったり、ミィの面倒をみたり…?」
「大人になったらやりたいことはある?」
「特に…。この村で暮らしていくだけだし。兄貴達くらい体が大きくなれば、もっと畑仕事の役には立つけどなあ」
リカルドが立て続けに尋ねて、ゴナンも答える。少年にとっては精一杯の回答なのだが、
(昨日もちょっと思ったけど、妙にあっさりしているというか、欲がないんだな…)
とリカルドは興味深く感じていた。干ばつの影響で体力も気力も減ってしまっているからかもしれないが、どちらかというと生来の気質だろう。まあ、あのアクの強そうな兄達4人の下で育てば、こうなるのかもしれない。
「面白いね」
「え、何が?」
その反応にリカルドはまた、クスクス笑った。こうやってとりとめもなく話している内に、あっというまに屋敷に着いた。
外界を拒むかのような高い土塀に囲まれた、大きな屋敷。外から中の様子は見えない。塀を伝って歩いて行くと、門が見えてきた。木の扉で固く閉ざされている。
「入口はここだよ。じゃあ」
ゴナンは立ち去ろうとしたが、リカルドは引き留めた。
「せっかくだから、一緒に入ろう。何かいいことがあるかもしれないよ」
いたずらっぽく笑うリカルドに、ゴナンは苦い顔。ただ、足を踏み入れたことがない屋敷の内側に、少しだけ好奇心が頭をもたげた。
「俺はいるだけで、何もしゃべれないよ」
「大丈夫、それでいいから」
そうしてリカルドは、よく通る声で扉に向かって声をかけた。
「すみません! ユートリア卿を訪ねて参りました、リカルド=シーランスと申します。アポトルト伯からご紹介いただいて、参りました」
----------少しの間の後、扉がギィィっと重く開いた。
「アポトルト様からお手紙で伺っています、どうぞ」
門番らしき壮年の男性が、どうぞと招き入れた。リカルドに続きゴナンも入ろうとすると、召使いはピクリ、と目を遣る。
「ああ、私は今、彼の家にお世話になっているんです。ここの村の人間です。同行させても?」
「…………、問題ありません」
少し釈然としない表情だったが、口元だけニコリと笑顔を作って、男性はゴナンも奥へと招いた。
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