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第一章

8話 殿下の提案

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「殿下……?」



瞬きを何度かしても幻のようにきえることのなく目の前にランベルト殿下が立っている。

見間違えではないとわかると私は慌てて立ち上がり、淑女の礼をする。

フェリクスは、少し警戒した様子で殿下に近づいているのが視界の端で見える。





「失礼いたしました。ランベルト殿下、本日はお日柄もよく……」

「ああ。王宮でもないのだからそう固い挨拶をしなくても構わない」

「いえ、そのようなこと恐れ多くいたしません」





頭を下げたままの私の頭に殿下のふっとした笑った呼吸が聞こえる。





「メルリからは、人見知りで引っ込み思案だと聞いていたがふるまいがしっかりとしているな」

「……恐れ多きお言葉です」



きっと初対面の際に固まってしまった私のフォローをメルリお兄様がしてくれたのだろう。

実際前世の記憶を取り戻す前と今では、前世の記憶の影響もあって人見知りはなくなったと思う。

周りは、成長と共に人見知りが改善されたのだろうと思ってくれているが。





「顔をそろそろあげたらどうだ? ずっと顔をあげないままは辛いだろう」

「ありがとうございます」





礼をやめて顔をあげると、数歩前にいるランベルト殿下がフェリクスを抱き上げているのが視界に入る。

前世で何度も何度も画面越しで見ていた人物が目の前にいるという不思議な感じが慣れない。

こちらが顔をあげたのを気づいた殿下と目線があう。

じっと目をそらずにこちらを見るランベルト殿下の瞳に思わず逸らすことが出来ず見つめかえす。





(……本当に綺麗な緋色)

「じっと見つめられるのは慣れないな」

「あ……申し訳ありません。綺麗だなと思って……」



咄嗟に応えると殿下は目をぱちくりとさせる。





「綺麗? 何がだ」

「えっと……その緋色の瞳がです」

「……俺の瞳が、か。変わったことをカメリア令嬢は言うのだな」



そこまで言われてはっと思い出す。

この世界では、緋色の瞳は滅多におらず血を連想させると恐れられており、嫌煙される瞳の色だと言われているということを。





実際ゲーム内でランベルト殿下は、父である皇帝陛下にその瞳の事などで幼い頃嫌煙されていた過去をもち、

そのことで自分の瞳にコンプレックスをもっていることがシナリオ中にヒロインに打ち明けていた描写があった。



「過ぎた事を申してしまい、申し訳ありません」

「いや、いい。気にするな」





慌てて頭を下げ謝る私に殿下はふっと優しく微笑み頭を上げるように言われる。





「別に悪い気をしたわけではない。ただ、そう言われるのは中々ないから驚いただけだ」





ふわっと普段の大人びた表情ではなく、年相応の幼さをうかがえる笑みを浮かべる殿下に不意打ちで思わずドキッとする。





(……流石メインのヒーロー。眩しい位かっこいい。そりゃ色んな令嬢が目をハートにしてお慕いするのもわかるわ)





眩しすぎる殿下から思わず目線を逸らすと、周りに誰もいないことに気づき話題を振る。





「……そういえば、メルリお兄様は?」

「ああ。来るのをそこの応接室で待っていたのだが、何処からか声が聞こえるなと思って少し待っている間勝手に歩かせてもらった」





殿下がおしゃっている応接室は確かにすぐそこで独り言が聞こえていたのを知り、恥ずかしさで頬に熱を感じる。





「それで? 何に困っているのだ?」





そんな私の様子に殿下は気にした様子もなく逃げようとするフェリクスの顎を撫でながら言葉を続ける。





「実は……」





先ほどの独り言を聞かれていては、話をそらすことも出来ないと悩み事について正直にこたえた。





「ふむ。なるほど。確かに光属性の魔術書は世に出ているものは少ないと聞く」

「はい。しかし、まだ魔術に関しては実践は先の事ですし。

それまでにどうにか探そうかと思っているので、殿下にご心配をおかけすることは――」

「――王宮の図書館へ行くといい」





「……え?」





殿下が発した言葉が一瞬理解できず、間の抜けた声が漏れてしまった。

目をぱちくりする私に気にすることなく殿下は言葉を続ける。





「この国で一番本が格納されているのは王宮の図書館だ。光属性についても勿論いくつか本が格納されている」

「光魔術について学ぶなら、うってつけだ」





そう親切にも殿下が話してくれるが、私は王宮基い殿下に迷惑をかけるつもりはない。

それに私にはそこまで殿下にしてもらう義理もないはずだ。





「申し訳ありません、殿下。悩みを相談した手前ですが、これ以上殿下にご迷惑が」

「いや、気にするな。いつもヴォワトール家には助けられている。その礼とでも思えばいい」

「それにカメリア令嬢も知っていると思うが、光属性の魔法を扱える者は少ない。

 カメリア令嬢が光魔術をよく理解し、魔術を扱えるようになれば国としても喜ばしい事だ」

「その上、ただ図書館に来るだけで迷惑にはならないと思うが?

 令嬢が俺に言い寄るなどしなければ、問題ない」

「絶対にそのようなことはいたしません」





即答するとランベルト殿下はぷっと噴き出す。





「なら、問題はない。皇帝陛下にもカメリア令嬢の御父上であるワイズラック侯爵にも話をつけておく」





そこまで言われると確かにと何も言えなくなる。

しかし前世の記憶を持つ私にとって、この誘いは乗っていいのか不安だ。

確かにゲーム内でオリヴィアと殿下が出会うきっかけはカメリアではあるけれど、

そこまで親しそうな描写はなかったのでお誘いを受けていいのかと少し戸惑ってしまう。……けれど、





「わかりました。それでは、後日ご連絡させていてだきます」

「ああ。カメリア令嬢が円滑に図書館に行けるように俺が話をつけておくから安心してくるといい」

「ありがとうございます」





殿下の提案をこれ以上無下にするのも上の立場の相手に失礼にあたるのでお受けすることにした。

モブである私が殿下の優しい計らいで図書館へいっただけでは、シナリオにそこまで影響が出ることはないだろう。

それに魔術について詳しくなっていれば、私と同様に光属性の魔法を使える主人公の役にも立てるはずだ。

そこまで話したところで、慌てた様子でクライヴが談話室から出てきたのが視界に入った。



「ランベルト殿下! どこですか!?」

「迎えがきたようだ。ではまたな、カメリア令嬢」

「はい。また」





殿下はふと優雅に笑みを浮かべて私にわざわざお辞儀をすると、背を向けクライヴの方へと歩いて行く。

一人中庭に残された私は、怒涛な展開に暫く呆然として動けずにいるというのに、

打って変わって殿下から解放されたフェリクスはそんな私の足元で無邪気に頭をこすりつけるのだった。



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