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※14.男子生徒~ジスランの回想~
しおりを挟む俺が初めてイルメラに会ったのは王立魔法魔術学校の中等科に上がった時だった。いや、彼女のことは知ってはいたが接触する機会はなかったというのが正確かもしれない。
魔力のある子供達は七歳になると親元から離され王立魔法魔術学院の寄宿学校生活が始まる。そして王都から遠く
離れた辺境の地にある王立魔法魔術学院の中で外部との接触を絶たれ生活を送ることになる。
長いこと一緒にいれば生徒達にも仲間意識が芽生えたり友情というものが生まれそうだが、王立魔法魔術学院は普通の子供達が通う学校とは別物だ。
周囲は皆、ライバルだ。馴れ合いも仲間意識も必要ない。教えられるのは国への忠誠。厳しい規律に縛られる毎日だ。
俺には上に二人の兄がいるが彼等の話では学校とは面倒臭いながらも楽しい場所らしい。友人は時に些細なつまらないことで喧嘩し気がついたら仲直りし、馬鹿を言い合ったり慰め合ったりすると言うのだ。
情緒不安定なのだろうか? 関係性がくるくる変わるような疲れる関係を何故続けているのか疑問だった。
それに比べるとここは簡単だ。
自分を一番に考えて、自身の能力を最大限に発揮すべく学び動けば良いだけなのだから。
ずっと、そう思っていたが中等科に上がる頃には俺は己の限界を感じるようになっていた。最初は自分も周囲も同じ筈だった。なんなら自分の方が周囲より優れているとさえ思っていたのに気がついた時には勉強も技術も自分より遥かに上の奴らがごろごろ存在するようになっていた。
必死に勉強して何度も練習して、それでも自分の試験の順位は決まって中より少し下。標準よりやや劣るという評価から抜け出せずに焦りイライラするのと同時に諦めかけている自分がいることも事実だった。
鬱憤だけが溜まり俺は今まで以上に一人の時間や空間を求めるようになっていた。そして、皆が必死で勉強する図書室を抜け出しては自分の居場所を求め誰もいない森に向かうことが多くなっていた。
学院内には手入れされた庭や演習場の他に校舎の後ろに大きな森があった。授業の一環で魔法植物や昆虫を採取する時に入ったことはあったが、それ以外で生徒が足を踏み入れることはなかった。狼や熊等の危険な獣類や微細魔力を待つ生物が生息している為、基本森に入ることは禁止されていたからだ。
狼や熊が出てきたら鬱憤を晴らすべく手酷く殺してやろう。普通以下の俺でも得意なものくらいある。それが攻撃魔法だった。
身を守るために殺すのだ。誰も俺の行為を責めることはないだろう。俺の中に溜まった鬱憤は黒く残忍な感情となり渦巻いていた。大義名分があるなら生き物を殺すくらい何でもない。学院外で魔法を使うことは禁止されていたが、構内であれば自由に使うことが許されているのだから。
だが、残念なことに狼も熊も現れない。
俺は自分の分身として大切に扱うようにと教えられていた魔法の杖で自分の腰丈ほどある草花を叩き散らした。
春の草花はどこまでも可憐に花を咲かせていたのに俺の手によって激しく打たれ散っていった。
「可哀想に……」
微かな囁きが耳に入ってきた。勢いよく振り向くとそこには青紫の髪に金色の瞳の少女が立っていた。
驚いて一瞬目を見開いたがグッと眉根を寄せ明らかな嫌悪感を彼女に向けた。
その様子に少女は息を呑んで後退った。
「何か文句でもあるのかよ」
俺が杖を降ろしたのを見て少女はホッとした表情になる。
「花が可哀想よ。土の中で冬を過ごして春を待ち望んで今やっと咲くことが出来たのに」
「ただの雑草だろ。花壇の花だったら怒られるかもしれないが、こんな野原で咲く雑草なら誰も怒らないし問題ないだろ。っていうか……特進クラスの優等生が森に出入りするなんていいのかよ。マズイだろ?」
特進クラスの生徒はすぐに分かる。ローブの裏地が真紅だからだ。普通の生徒は表地も裏地も黒だ。彼女が後退った時に揺れて見えた裏地は目にも鮮やかな真紅だった。
さも慈悲深い優等生ぶった言葉に苛立ったのか、それとも真紅に裏地が気に障ったのか自分でもよく分からなかったが、拒絶感を全面に出した俺は不敵に笑うと、また杖を振り上げ草花を激しく打った。
赤い花びらが散り無惨に空を舞う様子を見てイルメラは咄嗟に杖を握る俺の手を掴んだ。
「なんだよ、お前。雑草の代わりに殴られたいのか?」
凄んで見せる俺に彼女は僅かに怯えたようだったが、唇を噛むとまっすぐに俺を見た。
「な、殴られるのは嫌だけど……花を散らして楽しそうにも見えないし、ただの暇潰しなら他の方法があるわ」
俺の興味を逸らすために新たな提案をしようと考えたようだった。彼女は地面に落ちていた小石を拾うと杖先を向け呪文を唱えた。すると小石は青い光を放って空に浮かんだ。
「私が操るこの小石を落とせたらあなたの勝ちっていう遊びはどうかな? ほら!」
イルメラは小石を自由自在に操り上下左右に動かして見せた。
「難しいかしら?」
彼女を睨みつけ舌打ちをしたものの俺はまんまと挑発に乗ってしまった。
その後、俺はこの何とも簡単な遊びに夢中になっていた。
まだ中等科に入ったばかりの俺達は大人のような素振りをしてもまだまだ幼さの残る子供だ。いつしか歓声を上げはしゃいでいた。
鬱憤はどこかに飛んでいってしまったかのように表情は明るくなり気分は高揚していた。
夢中になっていた彼女が草に足を取られ転んでしまうと空に浮かぶ小石は黒いただの小石になり地面に落ちた。
「勝負は引き分けだな」
息を切らせながら明るい声色で彼女の方を向くと転んだまま起き上がらない姿に慌てて駆け寄る。
「おい、大丈夫かよ!?」
「う、イタタタ」
膝を盛大に擦りむいて血を滲ませていた彼女の目は涙目だ。
「何やってんだよ。ホント、どんくさい奴。俺は治癒魔法はあんまり得意じゃないんだよ」
ブツブツ言いながら杖先を彼女の膝に向け呪文を唱えた。白い光がふわりと広がり膝の怪我は大方治っていた。治癒魔法は自分自身には使えない。誰かに施してもらうしかないのだ。
「ありがとう!」
彼女が指で涙を拭いながら笑うと俺達は野原に座り一息ついた。
「ねえ。あなた、名前は?」
「ジスラン」
「ジスラン、私はね……」
「イルメラ・ガランだろ。知ってる」
「そ、そう……」
「お前、入学してから全てのテストでトップだろ。この前の中間試験も一位だったな」
「……あ、うん。まあ」
「そんな奴がさ、期末試験期間中に侵入禁止の森の中にいてさ俺なんかと遊んでていいのかよ。そうか……勉強なんてしなくても楽勝ってとこか」
敵わない。
明るい気持ちが蘇っていたのは短い時間だった。
「羨ましいぜ。俺なんていくら勉強しても練習しても……たかが知れてる。嫌んなる」
草むらにゴロンと寝そべって空を見上げた。
「でも、治癒魔法……ほら、ほぼ治っているわよ」
イルメラは完治していない薄っすらと赤い腫れが残る膝小僧を上げて見せた。
「完治してないだろ。それが俺の精一杯」
イルメラは必死に言葉を探しているようだった。
「得意不得意があるのは誰だって同じよ。私は攻撃魔法が苦手だし。それに、ほら、私どんくさいでしょう? 体育の授業はまったくついて行けていないもの」
体育の授業は健康的な学生生活を送る為に組み込まれたもので試験のランキングに関係がない分野だった。
「俺の魔法属性が火だから攻撃魔法に適正があるだけだ。イルメラの属性は何?」
「えっと……光」
「光属性か。じゃあ、治癒魔法に適性があるんだな。自分で自分の傷が治せたら良かったのに」
この時の俺はイルメラが二つの魔法属性をもつ特異体質だとは知らなかった。彼女の秘密を知るのはずっと後、俺が黒蛇に入ってからのことだ。
イルメラはどこまでも前向きで明るかった。彼女の提案で俺達は一緒に勉強をするようになった。個人主義の学院の中で俺とイルメラが二人でいることは、この学院の連中には異質に見えてしまう。俺達は天気が良ければ森の野原で、天気が悪い時には常日頃誰も利用しない講堂の資料室で会った。
互いの苦手科目を教え合うというのが目的だったが、彼女が俺に教わらなくてはならないことなんて今考えればなかったように思う。それでも、当時から真面目だった彼女は俺の攻撃魔法の話を一生懸命聞いてノートを取ったり練習をしていた。意味があったかはわからないが彼女はいつも嬉しそうに俺の話を聞いてくれた。彼女のお陰で俺の成績は上位集団の一番下くらいにはなっていたのだから感謝しかない。
俺とイルメラは世間一般で言うところの友達というものになった。
そんな俺達が疎遠になったのは、俺に性交の相手が決まった後だった。性交相手が魔法省によって決められ通知される時期は個人によって異なるが大体が学院の卒業を控えた時期か卒業してすぐの頃だ。
俺は卒業を間近に控え好きでも嫌いでもない。特に何の感情も抱いていない女と交わった。相手は同じ学年の隣のクラスの女生徒だったと思う。どんな相手だったか思い出すことも出来ない。
何とも思っていない女と出来るものかと思っていたが、俺の身体は初めて見る女の裸体に反応していた。
授業で教えられた通りの手順で進め、教科書通りに射精していた。
射精した後、俺は一緒に眠ることもなく、すぐに服を着て部屋を出た。
嫌悪感? 自分自身に。
自分が酷く汚れた人間になりさがったような錯覚に襲われた。自分自身への吐き気がするほどの嫌悪感。
そして頭に浮かんだのは何故かイルメラの顔だった。彼女の顔が浮かぶのと同時に罪悪感と後ろめたさに苛まれた。
彼女に会いたい。
猛烈にそう思った。でも、他の女と性交したばかりの汚れてしまった俺が彼女に合うなんて出来ない。
その時、初めて気がついたんだ。
俺はイルメラを好きなんだって。
俺は卒業式も卒業してからも彼女似合うことはなくなった。
魔法省に入省して暫くすると『黒蛇』への配属が決まり自分の目の前のもの全て、何もかもが黒く染まったように感じていた。そんな俺を更に暗黒の闇の中に突き落とすような出来事が起こった。
魔法省に呼び出されたのだ。
呼び出された理由はわかっている。性交を拒み続けているからに他ならない。
狭い部屋に案内されると三人の神官が現れ魔法で身体の自由を奪われた。そのまま俺は抵抗も虚しく媚薬入りの強力な性欲増強剤を飲まされた。意識を失い次に目が冷めた時には素っ裸でベッドの上にいた。しかも両手足は大の字に広げられ動かないように拘束されて。
恐怖に支配される状況なのに俺の身体は熱を帯び興奮のあまり荒い呼吸を繰り返す。そして、己の男根は痛いくらい固くそそり勃ちダラダラと透明な液体を垂れ流している。
朦朧とする視界の先には俺と同じ薬を飲まされたであろう全裸の女がいた。女は俺の上に跨ると無我夢中で腰を上下させた。髪を振り乱し緩んだ口元からはよだれが溢れ顎を伝い落ちる。野獣のように訳のわからない言葉を絶叫しながら愉悦を貪る女の焦点は定まってなどいない。
嫌だ嫌だと頭の中で数回繰り返した後、俺は自分の心と体が切り離されたような感覚に襲われた。
次第に俺は女に負けないくらいに絶叫し何度も精を放っていた。何度精を放っても萎えることのない男根は赤く腫れ上がって痛い筈なのに、その痛みさえも快楽に変換してしまう。
獣のように交わり精を吐き出しながら俺は涙を流し続けた。
翌朝、神官達は抜け殻となり横たわる俺を見下ろすと拒めば今日と同じ目に合うぞと脅してきた。
神官の一人は半勃ちになっている赤く腫れ上がった俺の男根を見るとニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべ言った。
「もしかしたら、この快感が癖になってしまったかもしれませんねぇ。たまにいるんですよ、そういう人。お望みとあらばいつでも薬と最高に具合の良い女を用意しますよ」
抜け殻となり言葉を発することも出来ない俺はまた涙を流した。
何年経っても消すことの出来ない悍ましい記憶を思い出し、きつく目を閉じる。
そして、なんとしてもイルメラが俺と同じ目に合うのだけは阻止すると誓った。
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