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18.寝顔を見て思う〜出会い〜
しおりを挟むしっとりと汗が滲む額に口づける。女の子の甘い香りと汗の匂いが混じり泉の鼻腔をくすぐると身も心も蕩けるような感覚に包まれた。
イルメラの寝顔を見ながら、自分自身に問いかける。女を抱いてこんな満たされた気持ちになったことがあったか?
俺は女に困ったことがない。
自意識過剰だと非難されるのは覚悟で言う、事実だから仕方がないだろ。
父親似だと言われた顔を好きになることはなかったが、この顔のお陰で男としての性欲を簡単に満たすことが出来たのは否定はしない。けれど、俺の経験上どう考えても良い事より悪い事の方が圧倒的に多い。
好意を寄せられることが多ければ多いほどトラブルに巻き込まれることも多い。
言い寄ってくる女達は大抵、好意という名の一方的な感情を押し付けてきて拒否されれば勝手に被害者ぶるし、手のひらを返し悪者扱いだ。
向けられる視線でさえ鬱陶しく感じるようになってからは特定の相手を作らず、その時々で後腐れのない都合の良い女を見繕って楽しんだ。
こっちの世界に来て不安ばかりの生活の中で一抹の期待を抱いた。
美意識なんて国や時代が違うだけで大幅に変化する非常に曖昧なものだ。この世界なら元いた世界のように女で煩わしい思いをしなくても済むかもしれない。
けれど俺の期待は見事に、それもあっさりと裏切られた。女達の視線は変わらなかった。
なんなら、頭のイカれた女に好みの容姿だからという理由で召喚され人生まで変えられた。やっぱり、この顔に生まれたことは不運だったとしか思えなかった。
女を切り替えるように気持ちの切り替えも早いほうだと思っていたが今回ばかりはそうもいかなかった。さすがに異世界なんて次元が違い過ぎだろ。
どうしてこうなった?
召喚とか魔法とかありえないだろ?
頭の中では同じ言葉が繰り返される。
気持ちが切り替えられようが切り替えられなかろうが日々は過ぎていく。
認めたくはないが俺の生活は今ここにある。必要最低限とは言え汚部屋には住みたくないし、どうせ食うならなら少しでもマシなものを食いたい。ただそれだけだった。我慢できなくなった俺は部屋を片付け家の中にある最低限の食材で飯を作るようになった。
深夜に帰宅する女を視界の隅に入れながらも声をかけることはしなかった。イカれた女を理解なんて出来る筈がないし、なるべくなら関わりたくない。
でも、視界の隅に入ってくる女がやつれていく姿にどうしようもないくらい自分が動揺しているのがわかった。もうそれはイライラとか怒りでも呆れでもなくイルメラの姿を見る度に説明のつかない大きな不安に思考全体が飲み込まれていくような感覚だった。
イルメラに疲れた顔を見ると死んだ母さんを思い出し辛くなる。もうそれは耐え難くて俺は衝動的に行動に出た。
彼女の身の回りのことを食生活から改善を始めイルメラの仕事の仕方や生活習慣を改めるようにアドバイスをするようになった。
そう、これはイルメラの為のアドバイスだ。
俺はやり甲斐を感じ初めていた。イルメラをどうにかしたいと妙な使命感に燃えた。
そういえば……こっちの世界での生活を受け入れるようになったのもこの頃だった。
正直なところ、元の世界に戻っても家族もいないし身内と呼べるような親族もいない。それは元の世界にいてもこっちの世界でも何ら変わらないではないか。
元の世界に戻ったら、叔父だなんて思いたくもないあの男がまた現れるだろう。どこでどうやって調べたのか時折俺の前に現れ金を無心してくる、ろくでもない男。血が繋がっているなんて思いたくもないし、あいつと関わりを絶てるなら異世界というのは絶好の場所に違いない。
ここにきて漸く持ち前の切り替えの速さが発揮された。
気持ちを切り替えたら後は、もうイルメラに中になっていった。
でもさ、俺だって馬鹿じゃない気づいてたよ?
イルメラの為とはいえ俺が言えば言うほど彼女が俺を鬱陶しく感じていたことくらい。イルメラが困ったような顔で口を噤み視線を逸らすようになって俺は自分が想像以上に傷ついているのに驚いた。
最初は過労死した母さんと重ねてどうにかしなくちゃって思っていたのに。
それが変わったのは俺が彼女の働き方について意見した時だった。
彼女が悔しそうに流した涙を見てからだ。非難がましく泣く女は苦手だ。でもイルメラの涙は違っていた。
彼女の負けん気の強さ、諦めない精神の強さから流れた涙。
泣く女なんて一番面倒くさい筈なのに……
あの時の彼女の顔が忘れられない。
俺は苦笑いしながら、数分前まで言葉にならない甘い声を漏らしていた柔らかな唇を指でそっとなぞった。
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