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隠されたもの
しおりを挟む執務室でテーブルを挟み二人は向きあって座ってはいるものの互いの視線はそれぞれが手に持った書類へと注がれている。
最近、侯爵家の農地経営や商会の経営にも勉強の手を伸ばしていたエメリはジョアキンの執務室で一緒に書類の山を減らすべく奮闘していた。
簡単な事務処理とはいえエメリの丁寧で迅速な仕事ぶりはジョアキンも認めるところだった。
正直、王宮での仕事も抱えているジョアキンにとってエメリの助けは有難かった。
毎晩のようにジョアキンに抱かれて体力の消耗が著しい筈なのに、不思議と疲れは残らず朝もスッキリと起きられている。ローラには十九歳という若さと体力、回復力の早さを羨ましがられた。
疲れが溜まっていないなら以前と同じように仕事に打ち込むのが有意義な時間のように思えたし、肌を重ねる時間とは違う、昼間のジョアキンとの時間を持ちたいと以前にも増して足繫く執務室に通っている。
なのに…この有様だ。
目の前で自分のことなどチラリとも見もしないジョアキンを、書類の文字を追う素振りをしながらそっと盗み見る。
ベッドの中ではあんなに情熱的で執拗に求めてくるのに陽が昇ると別人のようだ。
勿論、夜と同じでも困るのだが…聞こえぬよう小さく吐息をつく。
相変わらず仕事に必要なこと以外喋らず黙々と仕事に熱中していると、申し訳なさ気な顔で執事が王太子殿下の急な呼び出しを告げた。
ジョアキンは溜息をつきながら立ち上がると、書類の整理は途中で構わないとだけ言い残し足早に部屋を出て行った。
フゥっと息を吐き山積みの書類を眺めると、思わず本心が口をついて出る。
「昼間も、イチャイチャしたいなんて…子供っぽいこと言えないし…きっと嫌がられるわよね」
最初はジョアキンに会いたくて執務室に向かうのが楽しみだった。勿論それは変わらないけれど、今はそれだけではない。
書類の山を一つ抱え執務机へと運ぶ。
「子供を産む以外にだって、こうやって、お役に立てることはあるのよ…頑張らなくちゃ」
自分に言い聞かせるように呟くと、机の上にドサリと書類を置いた。
几帳面なジョアキンの為に書類のはしを揃え綺麗に重ね直していると…ふと、引き出しから一枚の紙がはみ出しているのに気がついた。
そして、何も考えずに引き出しを開けた。
中にあったのは、執務机の中に仕舞うには不自然なくらい美しい箱だった。
箱を開けてみると香水瓶だろうか小さな瓶が二つ並んでいる。
その一つを手に取りそっと開けてみると薔薇の甘い香りが広がった。
瓶に貼られているメモにはジョアキンの神経質そうな文字が並ぶ。
『レナータ』と書かれたメモ。
名前の下には『最愛の人に贈る香り』と書かれている。
ズキンと胸の奥が痛くなり呼吸が苦しくなる。
「な、何これ…」
元妻の為に用意したプレゼント?
もう一つの瓶に貼られたメモには更に細かい文字が並び興奮、発情、高揚感等と書かれている。
効能が書かれたメモだとすれば、この瓶の中身は媚薬ということだろう。
香水と、よりにもよって媚薬だなんて。
元妻レナータの為の香り『最愛の人に贈る香り』と彼女に飲ませようと用意された媚薬。
元妻にプレゼントを贈る必要性とは?理由とは?
単純に考えれば一つしかないのに頭の中で拒否しようと、必死にありもしない可能性を先に考えてみる。
元妻とジョアキンが互いに新しい相手と再婚したことで以前の様な友人関係に戻れた可能性。
否、だとしたら贈り物に媚薬なんて選びはしないだろう。
友人としての可能性は限りなくないに等しい。
当たり前だ、『最愛の人に贈る香り』と書かれているのだから。
答えを出したくなくとも簡単に導き出される結論。
ジョアキンは…レナータを今でも愛している。
頭の中で拒否しようと、どう足掻いても至極当たり前の答えが自分の前に突きつけられた。
愕然として震えた。
能天気に昼間もイチャイチャしたいなんて考えていた自分が酷く愚鈍に思え俯く。
「私じゃ…駄目なの?…いくら努力して頑張っても…」
ハッとして唇を噛んだ…その言葉には聞き覚えがあった。
キャサリンがジョアキンを諦めきれず苦しみながら漏らした言葉だ。
「今になって、彼女の気持ちがわかるなんて…私って本当に馬鹿だ」
エメリは小瓶を元に戻すと静かに引き出しを閉めた。
その夜も、いつものようにジョアキンが夫婦の寝室に入って来る。
そして、いつものようにキスしようと美しい顔が近づく。
俯きキスを避けると、ジョアキンは動きを止め少し戸惑ったようにエメリの顔を覗く。
「どうした?」
「ちょっと…気分がすぐれなくて」
「具合が悪いのか?どこか痛いところがあるのか?」
少し焦ったように頬に手を添えるとエメリの顔を上向かせた。
「医者には診てもらったのか?」
「いいえ…そんな…医者に診てもらう程のものでは…静かに寝ていれば大丈夫です…疲れているだけですわ」
「そうか…無理をさせ過ぎたか…」
ジョアキンは残念そうな顔をしたものの、優しく頭を撫でた。
「今夜はゆっくり眠ると良い」
隣からジョアキンの微かな寝息が聞こえ始めた頃、エメリはそっと目を開けた。
眠れる訳なんかない。
プレゼントは見なかったことにしよう……何も知らない振りをしようと決めた。
でも、いつものように抱かれるのだけは耐え難くて体調の悪い振りをしたのだ。
「どうして、私を抱けるの?…」
ポツリと呟くとジョアキンの寝顔を見てシーツを握り締める。
男性の心と体が性欲によって異なった動きをするのは知っている。
愛がなくても女が抱ける生き物だということは、ご婦人方が夫に抱える悩みや内々の話でもよく聞くし知ってはいた。
娼館が商売として成り立つのだって相応の需要があるからだ。
なのに、ジョアキンだけはそんな風に女を抱くことはないと思っていた。
理由はない、ただ何故か都合よくそう思っていた。
でも…跡取りを残すという大きな目標の為にエメリを抱いていると言われれば、子を産む為に迎えられた嫁の立場で何が言えるというのか。
「旦那様のお役に立てるなら、一緒にいられるのなら…子を産む道具でも良いと思っていたくせに…私…」
美しい寝顔にそっと触れる。
ジョアキンが隠しているのなら、これからずっと騙されたままでいよう。
今のエメリには二人の関係を壊すのが何よりも怖かった。
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