【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい

文字の大きさ
24 / 44

隠されたもの

しおりを挟む


執務室でテーブルを挟み二人は向きあって座ってはいるものの互いの視線はそれぞれが手に持った書類へと注がれている。

最近、侯爵家の農地経営や商会の経営にも勉強の手を伸ばしていたエメリはジョアキンの執務室で一緒に書類の山を減らすべく奮闘していた。

簡単な事務処理とはいえエメリの丁寧で迅速な仕事ぶりはジョアキンも認めるところだった。
正直、王宮での仕事も抱えているジョアキンにとってエメリの助けは有難かった。

毎晩のようにジョアキンに抱かれて体力の消耗が著しい筈なのに、不思議と疲れは残らず朝もスッキリと起きられている。ローラには十九歳という若さと体力、回復力の早さを羨ましがられた。

疲れが溜まっていないなら以前と同じように仕事に打ち込むのが有意義な時間のように思えたし、肌を重ねる時間とは違う、昼間のジョアキンとの時間を持ちたいと以前にも増して足繫く執務室に通っている。

なのに…この有様だ。

目の前で自分のことなどチラリとも見もしないジョアキンを、書類の文字を追う素振りをしながらそっと盗み見る。
ベッドの中ではあんなに情熱的で執拗に求めてくるのに陽が昇ると別人のようだ。

勿論、夜と同じでも困るのだが…聞こえぬよう小さく吐息をつく。

相変わらず仕事に必要なこと以外喋らず黙々と仕事に熱中していると、申し訳なさ気な顔で執事が王太子殿下の急な呼び出しを告げた。

ジョアキンは溜息をつきながら立ち上がると、書類の整理は途中で構わないとだけ言い残し足早に部屋を出て行った。

フゥっと息を吐き山積みの書類を眺めると、思わず本心が口をついて出る。

「昼間も、イチャイチャしたいなんて…子供っぽいこと言えないし…きっと嫌がられるわよね」

最初はジョアキンに会いたくて執務室に向かうのが楽しみだった。勿論それは変わらないけれど、今はそれだけではない。

書類の山を一つ抱え執務机へと運ぶ。

「子供を産む以外にだって、こうやって、お役に立てることはあるのよ…頑張らなくちゃ」

自分に言い聞かせるように呟くと、机の上にドサリと書類を置いた。
几帳面なジョアキンの為に書類のはしを揃え綺麗に重ね直していると…ふと、引き出しから一枚の紙がはみ出しているのに気がついた。
そして、何も考えずに引き出しを開けた。
中にあったのは、執務机の中に仕舞うには不自然なくらい美しい箱だった。

箱を開けてみると香水瓶だろうか小さな瓶が二つ並んでいる。
その一つを手に取りそっと開けてみると薔薇の甘い香りが広がった。
瓶に貼られているメモにはジョアキンの神経質そうな文字が並ぶ。

『レナータ』と書かれたメモ。
名前の下には『最愛の人に贈る香り』と書かれている。

ズキンと胸の奥が痛くなり呼吸が苦しくなる。

「な、何これ…」

元妻の為に用意したプレゼント?

もう一つの瓶に貼られたメモには更に細かい文字が並び興奮、発情、高揚感等と書かれている。
効能が書かれたメモだとすれば、この瓶の中身は媚薬ということだろう。
香水と、よりにもよって媚薬だなんて。
元妻レナータの為の香り『最愛の人に贈る香り』と彼女に飲ませようと用意された媚薬。

元妻にプレゼントを贈る必要性とは?理由とは?
単純に考えれば一つしかないのに頭の中で拒否しようと、必死にありもしない可能性を先に考えてみる。
元妻とジョアキンが互いに新しい相手と再婚したことで以前の様な友人関係に戻れた可能性。

否、だとしたら贈り物に媚薬なんて選びはしないだろう。
友人としての可能性は限りなくないに等しい。

当たり前だ、『最愛の人に贈る香り』と書かれているのだから。

答えを出したくなくとも簡単に導き出される結論。

ジョアキンは…レナータを今でも愛している。

頭の中で拒否しようと、どう足掻いても至極当たり前の答えが自分の前に突きつけられた。

愕然として震えた。
能天気に昼間もイチャイチャしたいなんて考えていた自分が酷く愚鈍に思え俯く。

「私じゃ…駄目なの?…いくら努力して頑張っても…」

ハッとして唇を噛んだ…その言葉には聞き覚えがあった。
キャサリンがジョアキンを諦めきれず苦しみながら漏らした言葉だ。

「今になって、彼女の気持ちがわかるなんて…私って本当に馬鹿だ」

エメリは小瓶を元に戻すと静かに引き出しを閉めた。



その夜も、いつものようにジョアキンが夫婦の寝室に入って来る。
そして、いつものようにキスしようと美しい顔が近づく。

俯きキスを避けると、ジョアキンは動きを止め少し戸惑ったようにエメリの顔を覗く。

「どうした?」

「ちょっと…気分がすぐれなくて」

「具合が悪いのか?どこか痛いところがあるのか?」

少し焦ったように頬に手を添えるとエメリの顔を上向かせた。

「医者には診てもらったのか?」

「いいえ…そんな…医者に診てもらう程のものでは…静かに寝ていれば大丈夫です…疲れているだけですわ」

「そうか…無理をさせ過ぎたか…」

ジョアキンは残念そうな顔をしたものの、優しく頭を撫でた。

「今夜はゆっくり眠ると良い」

隣からジョアキンの微かな寝息が聞こえ始めた頃、エメリはそっと目を開けた。
眠れる訳なんかない。

プレゼントは見なかったことにしよう……何も知らない振りをしようと決めた。
でも、いつものように抱かれるのだけは耐え難くて体調の悪い振りをしたのだ。

「どうして、私を抱けるの?…」

ポツリと呟くとジョアキンの寝顔を見てシーツを握り締める。

男性の心と体が性欲によって異なった動きをするのは知っている。
愛がなくても女が抱ける生き物だということは、ご婦人方が夫に抱える悩みや内々の話でもよく聞くし知ってはいた。

娼館が商売として成り立つのだって相応の需要があるからだ。

なのに、ジョアキンだけはそんな風に女を抱くことはないと思っていた。
理由はない、ただ何故か都合よくそう思っていた。

でも…跡取りを残すという大きな目標の為にエメリを抱いていると言われれば、子を産む為に迎えられた嫁の立場で何が言えるというのか。

「旦那様のお役に立てるなら、一緒にいられるのなら…子を産む道具でも良いと思っていたくせに…私…」

美しい寝顔にそっと触れる。

ジョアキンが隠しているのなら、これからずっと騙されたままでいよう。

今のエメリには二人の関係を壊すのが何よりも怖かった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 ◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 ◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 ◼︎超高速展開、サクッと読めます。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

貴方の✕✕、やめます

戒月冷音
恋愛
私は貴方の傍に居る為、沢山努力した。 貴方が家に帰ってこなくても、私は帰ってきた時の為、色々準備した。 ・・・・・・・・ しかし、ある事をきっかけに全てが必要なくなった。 それなら私は…

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。 そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて…… 表紙はかなさんのファンアートです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

処理中です...