神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

文字の大きさ
104 / 271
第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 2-2

しおりを挟む
 肩を叩かれて、フィリップ二世は漸く目を覚ました。どうやら終点のようである。

「おはよう寝坊助さん。久し振りの電車の旅はいかがだったかしら。」

 いかにも二十世紀の有名人のような、毛皮のコートに丸いサングラス、キャペリン、ストッキングにシャネルのワンピースを身に纏う理恵の姿が目の前にあった。

「お、おう。見違えたぜ、おはよう。」

 フィリップ二世とともに、また理恵もドイツの地を踏んだのである。偽物の帝國の一件の後、フィリップ二世は彼女のお陰でレイと鉢合わせる事もなく、アルフレッドとともに第十セフィラ、つまり[シシャ]達に言わせてみれば人間界で活動していたのである。

「フランスの男に、見違えた、って言われると結構嬉しいわね。」

 容赦なく、終点よ、と告げられ、フィリップ二世は慌ててリーズの手配した一等車を降りた。荷物は駅の出口まで既に乗務員が運んでいた。

「そういえば、リーズとはお話できたのかしら?」

 理恵が持とうとした荷物を手早く持ち上げ、フィリップ二世は偽物の帝國から帰ってすぐのリーズの姿を思い出した。まるで自分の弟であったとは思えないほど、それはもう素晴らしいパリジャンで驚いたが、それ以上に懐かしさが込み上げた。ソロモン王の配下、[悪魔]階級[ベヒモス]、つまるところ陸の化け物の名を冠する者は複数いる。彼らのみ、例外あってどの種族にもカウントされない特異な存在。つまるところ、彼らは人間の踏みしめる土である。元々、人が国家らしい国家を作るまで一人であったものが、君主が存在し始めるようになると、その体は存在する国主の数だけ分裂した、というところである。

「ああ、[聖杯]は返してもらった。」

 実際の帝國が崩壊する前、もっといえばリーズはフィリップ二世がフランス地方へ向かう前に、彼の体に取り込まれていた[核]を回収していた。敵方の動きを感知してのことだった。今回ドイツに渡る前、フランス滞在中に漸く再会したリーズは、[核]である[聖杯]を元の持ち主に返した上で、そう事情を説明した。

「あ、二人とも、待った?」

 荷物を置こうとしていたフィリップ二世に、朗らかな声がかけられた。前には黒に銀装飾のオープンカーがある。

「あ? お前いつ免許取った?」

「え、ついこないだ。」

 後部座席に荷物を放り投げて、フィリップ二世はドアを開ける。

「えっと、その人は?話に聞いてないんだけど。」

「……あー。俺の彼女。」

 礼を言いながら後部座席にするりと乗り込み、理恵は微笑む。

「やだー、二股になっちゃうわ。でもそういう事にしときましょ。私は理恵。お噂はかねがね聞いているわ、よろしくね。ジャンさん。」

「う、うん。よろしく。」

 助手席にフィリップ二世が乗り込むと、ジャンは車を慣れた手つきで発進させた。久し振りに見る、凝縮されていない等身大のベルリンの風景を眺めるフィリップ二世に、ジャンはお喋りを始めた。

「いやぁ、本当はバイクの方が性分に合ってるんだけど、なんにせ旅行鞄とかあるだろうから無理だろうなって。」

「はあ? んな事よりその制服、嫌味レベルで似合ってるな。もしかしてゲルマン系だった?」

 右折をすると住宅街が現れる。ROZENの軍人用住宅街よりはさほど大きくないが、高級住宅街と言っても過言ではないだろう。

「やめてよ、顔はちゃんとラテンだよ。あ、ジークフリートだ。」

 ゆっくりとブレーキをかけてジャンが手を振ると、向こう側から仕事鞄を持って歩くジークフリートもまた手を振った。

「どうしたジャン。珍しく車になんか乗っ——」

「ジークフリート!?」

 事前に話はしてるよね、というジャンの胡乱げな視線にも気付かず、フィリップ二世は思わず声を上げた。本当は腰も浮かそうとしたが、シートベルトのお陰でそれは出来なかった。

「あー……、フランスに友人がいてさ。フィリップって言うんだ。ほら、前に一緒に写真撮ったあれを見せたら——」

「大体は承知した、僕の顔がハンサムすぎるからなんとやらだろ。」

 片方の口端を吊り上げて、フィリップ二世は言った。

「お前その嫌味なところも変わ、話に聞いてた通りだな。」

「一体どんな悪口を言われてるんだ僕は。ジークフリート・フォン・ヴェーラーだ。よろしくフィリップ。」

 片手を出されて、フィリップ二世は嫌そうな顔でその手に答える。手短に別れの言葉を交わして、ジャンとフィリップ二世は同時にため息をついた。

「俺とした事が今人生最悪の失態だわ。もう絶対しねぇ。」

「長旅で疲れてたんじゃないの? 今日は休みなよ。」

 スムーズに車庫に車を入れると、フィリップ二世は手を上げて、そうさせて貰うわ、と荷物とともにジャンの部屋へ入っていった。

「えーっと。」

「空き部屋に案内してくれるかしら。」

 残っていた手荷物を持って、ジャンは理恵を使っていない日当たりの良さそうな部屋に案内した。サングラスを取ると、思っていたより幼い顔が現れ、毛皮のコートを脱ぐとその黒髪は尻の下に届くほど長く、しかし一切の絡まりがない事が分かった。

「ジャンさんは、ルプレヒトの事どう思ってるの?」

 ジャケットを脱いで脱ぎ散らかされた帽子だのコートだのを掛けていると、理恵からそんな疑問を投げかけられた。

「え、俺は敵だと思ってるけど。」

 そう、と儚げに微笑んで、理恵は、着替えるから、とジャンを部屋から放り出した。隣の扉から出てきたフィリップ二世はフランクな格好をしている。黒のタートルネック、黒のタイトなズボン、アンクルブーツといった出で立ちである。ジャンに渡されたジュースを飲みながら、フィリップ二世は偽物の帝國の事を思い出す。明らかに自らを消そうとしたレイは、フィリップ二世にとって敵である。そして、レイに対して一瞬でも圧倒的な殺意を向けたニコライ二世は、恐らく今の状態のフィリップ二世にとっては味方だった。フィリップ二世の一番の疑問は、最後に自らの存在を救った、れい、と呼ばれる青年である。

(フィリップは俺の大事な親友、か。残念ながら俺はお前の事を知らねぇんだよなぁ。)

 フィリップ二世の友達であった、れい、は今最も警戒を向けているレイに他ならない。その事実を思い返すとほとほと嫌な気持ちになった。

「あ、ちょっと夕食なににするか考えてくるね。それじゃ。」

 飲み干されたグラスをテーブルに置いて、ジャンは家の中へ消えていった。どうやら食事を作ることが出来る程度の腕はあるらしい。

(レイと接触する懸念は当面大丈夫だとして、俺も俺でなにか情報を集めないと。……そうだ。)

 持たれていた木枠から体を離して、フィリップ二世は島田達の事を思い付いた。彼らは転生する事に決めた、と伝えられたのを覚えている。そして、今は丁度大戦が始まる前である。大日本帝国陸軍に所属していた彼らもいる筈である。

「日本に——」

「駄目よ。」

 すかさず、理恵が顔を出してきた。洋服はいつものセーラー服と少しスタイルを変えて、戦前の物になっていた。

「な、なんでだよ。」

「今日本にはレイがいる。貴方がやるべき事じゃないわ。」

 目を丸くして、フィリップ二世は理恵を見つめた。

「え、じゃあ咲口達が危ないんじゃねぇのか? 本当に行かなくて大丈夫なのか?」

 たったの数日とはいえ、ともに協力した仲間である。心の底から、彼らの安否を気にした。彼ら四人もまた、フィリップ二世と同じように消されかけたのだから。しかし、理恵は先程の厳しい顔とは打って変わって、にっこりと安心させるように微笑んでみせた。

「大丈夫よ。ニコライ二世陛下とアルフレッド君の力量は、貴方が一番よく知ってるでしょ?」

 * * *
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

『召喚ニートの異世界草原記』

KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。  ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。  剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。  ――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。  面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。  そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。  「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。  昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。  ……だから、今度は俺が――。  現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。  少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。  引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。 ※こんな物も召喚して欲しいなって 言うのがあればリクエストして下さい。 出せるか分かりませんがやってみます。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...