神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 2-3

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 あまりの衝撃に、アルフレッドは受付嬢に聞き返した。

「え、いないんですか? 咲口君と佐藤君?」

「はい、さきぐちひさし、さとうはくと、双方とも見当たりませんが。……別の陸軍の部署でお探ししましょうか?」

 時間はかかりますが、という付け足しも聞かずに、アルフレッドは断りを入れてカウンターから離れた。弱ったなぁ、と頭を掻きながら、ニコライ二世の隣に戻っていく。

「どこ行ったんだろうあの二人。島田君と衣刀君がいるのは取り敢えず把握したから悠樹に接触は取れるよ。」

「今すぐじゃなくていい。それより、追加情報。」

 スーツのポケットに捻じ込まれた紙を、アルフレッドは広げる。

「まだ一つも問題が解決してないのに……。」

「これも今まであった問題。解決しないと。」

 綺麗に紙を折りたたんでポケットに再び捻じ込むと、ニコライ二世とアルフレッドは悠樹部隊の本部を後にした。



 メモ書きに書かれた通り、二人はレイが日本に構えている洋館を訪れた。

「遅い[サンダルフォン]。」

「ごめんねー、ちょっと用事があって。」

 出迎えたのはガウェインであった。二人は玄関の脇にあった螺旋を描く階段を登り、ガウェインの案内でレイの書斎へと向かう。すっかり書斎椅子に腰を落ち着けていたレイは、二人を見ると立ち上がった。

「よく来てくれた、取り敢えず座ってくれ。ガウェイン、お茶を。」

 一礼してガウェインが書斎を退室すると、アルフレッドとニコライ二世はソファーの両側を陣取った。

「それで、このメモに書いてあった事は本当なんだよね?」

 メモの差出人はレイである。立派な文字だが、走り書きのお陰ですっかり字体は斜めっていた。[ルシファー]が日本にいる、たったその一文である。

「勿論。私の大願は[堕天使]の掃滅だが、今回は帝國での一件もある。だから今回、彼には情けと可能性をくれてやろう。暫く二人には、ジャックとともに[ルシファー]の[天使]復帰に尽力してほしい。」

 話を聞いて、二人は顔を見合わせた。アルフレッドは考えるように膝の上に肘をついて両手を組み、ニコライ二世はガウェインが出してきた紅茶を口元に引き寄せた。

(どうする? リチャードがいない今、僕らは確かに手は空いてるけど。理恵ちゃんが言ってた咲口君達の一件もある。片手間で出来るかな。)

([ルシファー]の一件なら私の近親に詳しいのが一人いる。悠樹の件は私が。帝國でも最期を看取ったのだから。)

 アルフレッドは姿勢を正して、ニコライ二世は紅茶を元に戻した。

「僕は大丈夫だけど、ニッキーは?」

「私はソヴィエトの方でやらなければいけない事があるからそちらに専念する。一人、私の配下をアルに派遣するので構わないか?」

 あとで返答したニコライ二世の言葉に、レイは、ふむ、と指先を唇に当てた。

「まぁよかろう。念の為その配下の名前を聞いておこうか。」

 仕事の相方を気にしていたのか、アルフレッドもニコライ二世に視線をやった。

「あぁ。フェリクス・フェリクソヴィチ・ユスポフだ。」



 僕の記憶が間違ってなければ、とアルフレッドは百貨店のカフェで切り出した。

「ユスポフ家って変人だらけじゃなかったっけ。」

 この日、アルフレッドは珍しくジャケットを着ていて、ニコライ二世も皇族らしく仕立て屋のスーツを身に纏っていた。

「あぁ。変人ばかりだ。フェリクスも例に漏れず変人だ。」

「僕が御し切れるものなの?」

 ここ最近で最も流行りのショートケーキが運ばれてくると、ニコライ二世は年甲斐もなくその白さと苺の赤さに目を一瞬だけ煌めかせた。

「むしろフェリクスが御すほうになりそう。でもはっちゃけている若者だ。お前の方が年長だろう。」

「いやそりゃそうだけどさ、格っていうものがあるでしょ。」

 アルフレッドの元にはローズヒップティーが運ばれてきた。アメリカ人とはいえ、独立戦争時代のアルフレッドには、多少イギリス人の風習のほうが好まれた。紅茶好きなのもその一環である。

「非常識な男では全くない。いや、バーティには一度あったか……。」

 意味深な一言を残したきり、ニコライ二世はショートケーキに夢中になったまま話す事はなかった。



 ベルリンに来て一週間。フィリップ二世は、双眼鏡からルプレヒトとヨハンが務める建物を覗いていた。

「この双眼鏡めっちゃ遠くまで見れるな。」

「まあそうでしょうね。アメリカ産の最新鋭だそうよ。」

 理恵とフィリップ二世は今、建物の屋上の更に上、要するに宙に浮いていた。目の前は思い切り見通しが良い。[シシャ]ともなれば、物理法則から地球の重力からその全てを無視出来るという事を知って、フィリップ二世はその訓練と称してなにもない場所に立っている。

「はーあ、やっぱスパイがジャンだけじゃ心許ねぇよ。リチャードは記憶がないみたいだし、ロベルト……ルプレヒトだっけ? からは敵対視されてるし、やっぱジークフリート懐柔したほうがいいんじゃねぇの?」

 聞いていた出勤時間からそろそろ数時間が経ち、昼食の時間になり始めていた。

「そうね、出来ればいいんだけど。」

「話じゃルプレヒトと幼馴染ときた。あー腹減った、減ってねぇけど。」

 ついに立つ事をやめて胡座をかいたフィリップ二世の鼻腔に、チーズと肉と野菜の匂いがした。横を見てみれば、理恵が作ってきたサンドイッチが置いてある。

「食べていいわよ。」

「まじかよ、恩に着るぜ。」

 王族とは思えない荒さでサンドイッチに齧りつき、フィリップ二世はそれ咥えたまま、また双眼鏡を覗き込んだ。冗談で言ったとはいえ、ジークフリートを懐柔出来ない事はフィリップ二世も重々承知である。彼は根っからのナチズム崇拝者だった。元はノンポリとはいえ、今がそうとは言い切れない。

「そーいやさ。」

 ついに双眼鏡を膝に置いて、フィリップ二世は理恵に話題を振った。

「あんたの名前、日本史の教科書をぱらーっと見た限りじゃ載ってねぇ。マイナーでもなさそうな上にセーラー服ときた。あんたもアルフレッドと同じ、例外なのか?」

 体育座りをしてサンドイッチを頬張っていた理恵は、フィリップ二世が先程まで覗いていた建物に視線をやりながらそれを飲み込んだ。

「えぇ。私も歴史に名を刻んだ人間ではないわ。アルフレッドと同じ、ある人に縁があってこの[現世界]に呼ばれたの。」

「ふーん。そのある人は相当顔が広い有名人なんだな。アルフレッドはアメリカ人、あんたは日本人。一体だれなんだそいつ。」

 最後のサンドイッチを手にとって、フィリップ二世は理恵に視線をやった。

「あらフィリップ。私達に縁がある人が歴史に名前が残ってるって、いつ誰が言ったの?」

「……。」

 フィリップ二世は黙りこくった。失念していた。今まで出会った殆どの人間が歴史上の偉人だからと失念していた。歴史上の偉人であれば、だれであれその名前を知っている。無論、一般人も例外なく、だ。

「いや、いやそれでもだ。相当マイナーでもどっかの書物に名前書いてあるくらいあるだろ?俺達[シシャ]はある程度ディープな一般常識を備えてるんだから、そいつの名前を聞いてこうピーンッとくるくらい。」

「ないわよ。彼の名前は、彼が会った人間しか知らない。」

 ついにフィリップ二世は口を閉ざした。目を丸くして理恵を見つめたが、理恵は箱を風呂敷に包んでその視線を見る事はなかった。視線を逸らして再び双眼鏡を覗き込むと、理恵はため息交じりで口を開いた。

「……しょうがないわね、そんなに知りたいなら、私について少しくらいは教えてあげる。私は江戸の女よ。元々この青い目のせいで捨て子だったのを、学者様に拾われて育てられたの。私をこの世界に呼んだ人と会ったのはその時。とても聡明で、私に沢山の常識を教えてくれたわ。」

「ふーん。江戸ねぇ……。」

 江戸については、フィリップ二世はあまり詳しくない。徳川家康が幕府を開き、国が鎖国していて、アメリカのせいで開国したくらいは、すぐに頭の中に出てきた。

(つー事は江戸の末期の人間なのか? まぁきっと、俺は知らない人間なんだろうな。)

 意味もなく玄関口に双眼鏡をずらしたその時、フィリップ二世が顔をしかめた。

「……ヨハンだな。」

 ズームにズームを繰り返し、フィリップ二世はよく目を凝らして髪色と耳の形を確認した。間違いなくヨハンに戻ったリチャード一世である。

「ジャンさんに報告する?」

「いや、家に帰ってからでいいだろ。今報告したら仕事中邪魔する上にへまするからな。」

 収穫収穫、と立ち上がり、フィリップ二世達は軽く飛んで屋上に降り立つ。もう一度確認すると、ヨハンはもう建物の中に入ったようでその姿は見受けられなかった。



 報告すると、予想通りジャンは驚いて、予想以上に小躍りを始めた。

「どうしてその場で言ってくれなかったのさ!」

「あったりまえだろ! お前仕事中でも絶対その反応しただろ! 不審がられるんだよ!!」

 夕食くらいは静かに食べたいというフィリップ二世の願望により、伝えるのは夕食後の談話の時間になっていた。文句をつらつらと述べ立てるジャンへ小蠅を払うようにして手を動かす。

「それで、それで俺どうすればいいの?」

「あ? もう少し待てや。」

 頬を膨らまし、ジャンは拗ねたままソファーに体を投げ出した。

「ジークフリート、お前が言ってた通りユンカーならその内ダンスパーティーでもするだろ。幼馴染ならルプレヒトだって呼ぶ。ルプレヒトが来るならあいつの過保護ぶりからヨハンも来る。後は分かるな?」

「分かった! 接触すればいいんだね!」

 先程の拗ねはどこに行ったのか、ジャンは肘掛から身を乗り出してフィリップ二世に言い放った。

「あぁだからそれまでじっとしてろ! ジークフリートにもバレんじゃねぇぞ! あいつ良さそうに見えてやっぱり性根悪いんだからよ!!」

 二人の口論を端で聞きながら、理恵はどこからか連れてきた黒猫を撫でて微笑んでいた。

 * * *
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