神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 3-13

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 長い夢から覚めた。天井は木を打ちつけただけの天蓋だ。レースカーテンが、夕日にゆらゆらとそよいでいる。

「……。」

 ジークフリートは声を出そうとして、だれかに手を握られている事に気付いた。

「おはよう。」

 柔らかな声だった。長らく聞いていない気がした。握られている手の方向に首を回すと、日に焼けた肌が自身の白い手に重なっている。ジークフリートが目覚めたからか、日に焼けた手はするりと滑ってどこかへ行ってしまった。途端に、頭の中に沢山の出来事が怒涛の如く流れてくる。

「ぼ、僕は確か空襲で……あ、貴方は外交官の……。違う、違うお前は……!」

「時間はまだ一杯ある、お腹は?」

 慌てて上体を起こして顔を見上げた、ジークフリートに、零は困ったように微笑んだ。腹の虫が部屋を埋めるほど大きく鳴くと、ジークフリートは腹を隠した。

「は、腹は減ってる……。」

「そうか。じゃあ食堂で話そう。」



 零に案内されて、人に見せられるような小綺麗な服を着て二階の食堂に向かう。

「あ、ジークフリートだ。」

 大人数での食事を全く考えていないのか、長めのダイニングテーブルが一つと十数個の椅子が並べてあるだけだ。お喋りに興じていたジャンとフィリップ二世は、扉の開く音がすると頭を離してそちらを見た。

「頭とか大丈夫だった?強く打ったって聞いたけど……。」

「こんだけ寝てりゃ治るだろ。」

 混乱して話す言葉が思い付かないジークフリートは、先に座っていた二人の真向かいに座った。ゴーレムが用意したコンソメスープやシーザーサラダを見ると、また少し腹が鳴る。

「でも……あんな大量の瓦礫の中よく押し潰されなかったよね。」

「あぁ、それの仕組みならこうだよ。」

 ジークフリートの席に並べてあったナイフを一本手に取り、零は突然それをジークフリートに振りかざす。服を切り裂いて刃が肌に当たった瞬間、ナイフはジャンとフィリップ二世のど真ん中を通って勢いよく壁に突き刺さった。

「ファッ!?」

「今のは……!?」

 椅子の後ろ足二本でバランスをとりながら、フィリップ二世は背後に突き刺さっていた食事用ナイフを壁から抜き去る。もっと力を入れていれば粉々に砕けていたかもしれない。ナイフの刃は使い物にならないくらい刃こぼれしていた。

「[シシャ]でも瞬間的に肉体硬化は出来るけどよ……、ジークはまだ自覚がねぇだろ?」

 唖然として破れた服に触れるジークフリートの隣で、零はガーリックパンを手に取る。

「あぁ。ジークフリートは[シシャ]の中でもちょっと特異なんだ。」

 怪我がない事を確認して、ジークフリートは恐る恐るゴーレムが運んできたスープに口をつけた。

「リチャードの配下に九人の[戦乙女]がいる。俺の身体が乗っ取られた後、[人間]として転生システムにぶち込まれた[シシャ]を探す為の人手だ。そこで探し当てられた[シシャ]は、基本的に[聖騎士]として、リチャードの庇護下に加えられる。今までの実績だと……そうだな。ローランとかハムレットとか。」

「そういやいたな、話はしてねぇけど。……って事は、ジークフリートも[戦乙女]達に見つけられた[シシャ]の一人ってわけだ。」

 しかしながら、ジークフリートは今の今まで、転生システムから外れずに、永遠と[人間]のままだったのである。

「まあ、[戦乙女]の一人が、ジークをリチャードの所に持っていく前に、活動がレイに見つかったんだ……。うん。」

 眉を下げて、零は俯く。食事を進めるジークフリートの音だけが聞こえる食卓で、ジャンは顔を上げた。

「そういえば、伝説に出てくるジークフリートってドラゴンの血液を浴びて……。」

「そう、鋼の肉体を手に入れた。今ナイフが跳ね返ったのはそのせいだ。ジークと[戦乙女]の事はまさに伝説のままだよ。多少の脚色は無論あるけど。」

 背中という弱点を除けば、ジークフリートという英雄は馬力と防御において圧倒的な英雄である。

「つーか伝説はマジだったんだな。」

「でもドラゴンは架空の動物でしょ……?」

 疑いの視線を向けられて、零は微笑む。

「まあ、ここにおいては架空だけどね。」

 曖昧な答えを返されて、二人は押し黙った。どうやらドラゴンは実在するらしい。架空なのは第十セフィラにおいてだけのようだ。

「そういえば二人は[シシャ]になってどう?体の調子とかさ。」

 空っぽになった皿を片付けられ、次にジークフリートの前に出てきたのは肉汁がとめどなく溢れるステーキだった。

「特に困ってないかな。」

「ゴーレムの作る飯が思ったより美味いのがビビってる。……と言えば、[シシャ]の体は人間の頃とあんまり変わりねえんだなっていうのが一番の驚きだな。」

 ナイフを入れると、中はほんのりと赤い柔らかそうな肉が現れる。ジークフリートがたっぷりマッシュポテトを乗せるのを見て、ジャンはたまらなさそうに、あー、と声を出した。

「とい言うと?」

「まぁ、ロボットみたいなもんだと思ってたんだよ。寒さとか暑さとか、美味いとか不味いとか、痛いとか痛くないとか、そういうのは感じねぇ体だと思ってた。だって、捉えようによっちゃ不便だろ?いちいち感情とか感覚があるってのはさ。」

 肉はとろけるような軽さで、しかししっかりと歯ごたえがあった。ジークフリートが今まで食べた肉の中で一番好みの肉であった。

「そこらの[シシャ]の仕組みは俺がそう作っただけで——」

「何で?」

 すかさず開発者に質問を投げつけるフィリップ二世に、ジャンは苦笑いをした。

「……つまんない答えだよ?」

「別に気にしねぇよ。」

 さっさと肉を口に頬張っていくジークフリートも、じっと零を見据えた。

「幸せと不幸せは、元々人間だった俺達が活動する為に最も重要な基準だ。人は幸せになる為に動く。でも、幸せを知っているという事は、不幸せを知っているという事だ。そして、幸せには個人差がある。一人の人がある事柄に関して幸せだと言っても、別の人にとってその事柄が幸せだとは限らない。だから、俺は[シシャ]に人間の時のままの感情や感覚を残して、皆が思い思いに過ごせるようにしたんだ。俺がこの世界を作って皆を呼んだのは……幸せでいて欲しいと思っていたから。」

 組んだ両手の親指を動かしながら、零は恥ずかしそうに語った。ジークフリートも、ジャンもフィリップ二世も、全員手を止めてその話に聞き入った。

「ただのいい話だった。」

「全然つまんなくないよ。」

 人の幸せを尊重する。それは酷く難しい事だ。神となれば尚更、人をコントロールする事に至福を覚えないわけがない。

「……で、まぁここで俺はもう一つ疑問を覚えたんだ。お前が何で神に?」

「それは僕からも聞きたいな、零。お前、神様になりたいとかそういうタイプじゃないだろ。」

 ジークフリートが知る生前の零と言えば、権力に無欲どころかむしろ嫌う傾向で、がめついのは金銭面と人脈のみと言ったところだ。

「それは……その。流れで……。」

「流れで神様になれるの……。」

 皮肉ではなく、純粋な関心から出たジャンの言葉である。今度は新しく運ばれてきたいちごババロアに手をつけながら、ジークフリートは零の言葉を待ち続ける。

「……この世界には、以前にだれを神にするか決める世界があったんだ。[シシャ]はそれを[旧世界]と呼んでいる。俺達が人間として死んだ後、全ての人が、一般人も含めてそこで生まれた。」

「俺がフィリップ二世として死んだ後、ジャンがジャンヌ・ダルクの身代わりとして死んだ後、に呼ばれた世界か。」

 零は頷く。

「確かに、[旧世界]の知識は頭にあるけど——。」

「ああ。知識はあっても俺達に[旧世界]で生きた記憶は一切ない。恐らく、世界が壊れたからだ。」

 世界が壊れる、という言葉で、ジャンとフィリップ二世は唾を飲み込んだ。帝國の巨大な地震を思い出して、ジャンは身震いが止まらなかった。

「世界が壊れるってどういう事だ?癇癪でも起こしたのか?」

「まあそれもあるんだけど、大部分の原因は違う所にあって……。」

 フランクに話を続けるジークフリートへ湿った視線を押しつけながら、フィリップ二世はケーキをつついていたフォークを咥える。

「[旧世界]の仕組みは簡単だ。お前達が知っての通り、最後に生き残った一人がその世界の神様になれる。死んだ人間の俺達はすべからく神候補だったってわけだ。でも、転生した人間は誰一人それを知らなかった。永遠に神となる最後の生き残りは出てこなくて、神を決めるだけに創られた[旧世界]は寿命すれすれだった。」

 スプーンでババロアを震えさせながら、ジークフリートは口を開いた。

「そりゃ世界も壊れるな……。で、なんで神に?」

 目の前で繰り広げられるババロア・トランポリンに、フィリップ二世は口をムズムズさせながら鼻の下を擦った。

「最後に生き残った二人は、俺とグリゴーリー・ラスプーチン。まあラスプーチンが実際どういう人間なのかはともかく……。お前らの持ってる知識の範囲で答えてくれ。目の前に神候補のラスプーチンがいたとして、そいつに神の座譲れる?」

「無理。」

「絶対嫌だ。」

「僕が神になる。」

 大真面目に答えた三人と神になった経緯を話していた零達は、一呼吸置いて食卓を笑いで包んだ。



 円卓の中央にモニタリングされた地球儀に、赤い点が一つ。

「一応予備計画ではありますが……。」

「分かってるよ。でも、僕も零のその計画には賛成だ。あれは[人間]が手にしちゃいけない。」

 受け取った計画表を見ながら、アルフレッドはため息をつく。

「まあ、根本的にやるならそもそもウランを発見させなければいい話なんだけど、そこは手遅れだからね……。」

「えぇ、できる限りの最善を尽くしましょう。」

 紙面のタイトルに書かれた、核爆弾撲滅計画、という字面に、アルフレッドは眉を寄せてため息をついた。

 * * *
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