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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)
Verse 2-20
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「おはようございます! 特別捜査官でありますか!?」
ゴールデンウィークが終わり、慌ただしい都会社会の人々の波に揉まれて数十分、フィリップ二世を迎え入れたのは、そんな言葉だった。
「特……?」
「え、あ、もしかして日本語が分からないでありますか……あわわ、流石にフランス語はまだペラペラではなくてですね自分……。」
訝しげに眉をひそめたフィリップ二世に対して、警察の制服を着た若い男はわたわたと手揉みごますりしながら右往左往し始める。
「咲口久志と島田史興に会いにきた。」
自分でも大層な仏頂面であるとは思う。恐らくROZENで師事したルプレヒトの表情筋一つ動かない癖が感染ってしまったのだろう。フィリップ二世はミリも上がらない口端に続く頬を片手でさすりながら、用件だけを伝えた。
「はっやはりそうでありますよね! こちらです!」
相手が婦警であったのならば、と思ったが、そんなことを口にしては現在の男女平等社会を目指す日本において後ろ指を指されることは必至、それどころか史興や久志に関して言えば叱責も免れ得ない。
「あ、おはよー。」
「おはようございますフィリップさん。」
応接間にフィリップ二世が入ると、久志は案内してきた部下に対して手を振って退室させた。扉を閉めて鍵をかける史興はほっと一息つく。
「大丈夫でしたか? 新人は。」
「あぁ? ……あぁ、あれ新人か。別になんもなかったけどな。」
フィリップ二世はなんとなく察した。今の自分はもの凄く疲れている。というのも、昨日も夜までジークフリートが言っていたルプレヒトの不審行動に関して色々仮説を立てていたのである。
「それは良かった。取り敢えず座ってください。」
「紅茶飲む?」
「フレーバーあるか?」
あまり時間をかけられないからか、紙の袋に入ったティーパックがずらりと並んでいる。
「りんごとオレンジ。」
「オレンジ。」
大きく欠伸をしながら久志の隣のソファーに座る。史興は後ろの机でバラバラになっている書類を一人分ずつにまとめていた。
「疲れてる?」
「まあな。別件だよ別件。」
コーヒーのほうが良かったかな、と苦笑いする久志は置いておいて、フィリップ二世は紅茶を受け取った。
「悠樹邸は過ごしやすい?」
「のんびりしすぎて毎時間欠伸が出そうだ。いいとこだが。」
後ろから二人の間に差し出された二つのファイルを受け取って、久志はそのうち一つをフィリップ二世に渡す。
「で、俺は何をすればいいんだ?」
ファイルには時間がつらつら書かれた紙や個人のプロファイルなどが入っていた。取り出して首を捻りながら眺める。
「大川屋敷の潜入、及び名簿の入手をお願いしたい。勿論俺達も行きますが限度があると思いますので、ご協力願えますか。」
「そりゃあ、お前らに協力する為にはるばるフランスから来たんだからな。あいや、スイスか。」
紙を読めば、大川屋敷に住む人間の日常的な行動が事細かく書かれている。まず住居に何人住んでいるのか、定期的な行動パターン、新聞配達が来る時間などだ。間取り図も入っている。
「捜査令状、出なかったんだな。」
「加害者の主治医が精神病による殺人未遂としか断定出来ないとなった今、部屋の中を隈なく探すと言うのは難しいですね。不意打ちの捜査なんて尚更です。聞き込みもそう何回も出来ませんし。」
一通り書類を眺めたフィリップ二世は、机の上にぽいとファイルを投げ出してソファーに踏ん反り返った。
「ROZENだったらなぁ、元帥が上手い事やるんだけどなぁ、こう――」
「うちは独裁じゃなくて法治国家だからそこは勘弁して。」
フィリップ二世は苦笑いした。
「今のところ一番狙い目はこの日にある東條明宏主催のダンスパーティーです。大川夫妻も出席するとのことで、大……長官も出席します。潜入は俺と久志、フィリップさんで、部下には外で見張ってもらう予定です。」
当日のタイムシフトをファイルからつまみ出し、史興はフィリップの前に置いた。パーティー会場は午後五時の開場と書いてある。
「ダンスパーティが罠の可能性は?」
「流石にまだ僕達が派手に動いていない状態でそれはないかな、と思いたい。油断はせずに行くけどね。」
ふむふむと紅茶が入っていた紙コップをへこませながら、フィリップ二世は質問を続けた。
「パーティーに出る悠樹のほうは誰かつけるのか? あの二人だけじゃ少し心もとないだろ。」
「そこは理恵さんがカバーします。」
あいつがいたか、とばかりにフィリップ二世は指を鳴らした。
「よし、俺の質問はそんくらいだ。またなんかあったら電話するわ。」
「よろしくお願いします。それまでは悠樹邸でのんびりしていてください。」
フィリップ二世は苦笑いする。それが出来れば苦労はしない。
警察庁を出て都会を観光と称して当てどなく周り、いつの間にか空が茜になっていた。悠樹邸へ帰るのにぼんやりと歩いていると、一人でカフェから出てくる理恵を見かけた。横断歩道の向こう側でなにやら本を捲りながら青信号になるのを待っていた。童謡、『通りゃんせ』が機械的な音で流れ始めると、彼女は顔を上げた。フィリップ二世を見とめて、ニッコリと笑う。
「帰りか?」
「えぇ、学校のね。」
辺りには同じ制服を着た様々な人種の生徒達が行き交っている。その中の日本人生徒の多くは、フィリップ二世の顔と理恵の姿を見てきゃいきゃいと話しながら横断歩道を駆けていった。
「援助交際と思われないかしら。」
「はあ……?」
からかう理恵に対して真面目に呆れた声を返す。どうやら学校が近いらしい。別の学校も含めて、生徒の波は途切れない。
「冗談よ。援交するならこんな目のつくとこで待ち合わせないでしょ。」
信号脇で会話をしながら、フィリップ二世は煙草にライターをかざした。煙を吐き出して、悠樹邸の方向へ歩き出す。
「真っ直ぐ帰るんでいいのか?」
「えぇ。貴方ここにいたのたまたま?」
商店街を歩きながら理恵の艶やかな黒髪に視線を送る。
「あ?」
片眉をあげるフィリップ二世の顔を見上げて、理恵は、なぁんだ、と視線を前へ戻した。
「零の様子を見にきたのかと思ってたわ。」
「おっさんじゃあるまいし……。」
日本の商店街のネオンカラーに顔をしかめながら、フィリップ二世は煙を吐き出してブツブツと呟いた。
「……貴方今何センチ?」
「……一七六かそこら。」
次は理恵がむすっとした顔を浮かべた。この間ヨハンの件で一緒になった時は、理恵と同じか少し低い程度だったのが、今はなぜか顔を見上げる高さである。
「咲口と島田と会いに行くに身長低いとストレス溜まるんだよ……。」
「あの二人は一七〇あるもの。」
あそこに寄る、と理恵は立ち食い出来るたこ焼きの店舗を指差した。
「奢ってあげるわ、ビッグたこたこCHANNにしましょう。」
聞き返す間もなく、理恵はフィリップ二世の横を離れる。どうやら常連らしく、鉄板の前に立つ男と親しげに会話を始めた。
(びっぐ……たこたこ、ちゃん?)
暫くして帰ってきた理恵の手の中には、ビッグたこたこCHANNと呼ばれる大きいたこ焼きが入っていた。ただのたこ焼きではない。たこ焼きの丸いのを頭に見立ててタコの足がきちんと十本、外に出ていた。
「大きいのか?」
「ビッグじゃないと玉が大きくないから四本なの。」
よく見ればビッグたこたこCHANNには綺麗に型で抜いた海苔で様々な表情がつけられていた。
「で、これでいくら?」
「六個で三百円。」
尻ポケットから出そうとした財布を収めた。このボリュームで六個三百円は極めて安い。
「さ、夏とはいえぬるくなるから食べてちょうだい。」
「はい。」
割り箸を使って紙皿に三つ載せられて、フィリップ二世は哀愁漂う顔をしたたこたこちゃんを一口で頬張った。理恵曰く。
「熱々を提供する為に注文してから作るのよ。生地が凄く美味しくて、同じものでお好み焼きも作ってくれるんだけど。」
ふーん、と話半分に聞きながら、寂しげな顔のビッグたこたこCHANNを頬張る。熱々で外はカリッとしっかりしていて綺麗な球が崩れることなく、中はふわっとしている。タコの足にソースが塗ってあり、頭には青海苔と鰹節が髪の毛のように降りかかっているだけだ。
「最近巷で有名なのよね。少し時間が遅れると並んで買ってられないのよ。数量限定だから。」
理恵が店舗を指差した。成程、既に人だかりで店舗の下にあるショーケースを眺められたものではない。
「歩きながら食べましょ。今日行ったって事はダンスパーティーの話よね?」
「あぁ。屋敷の侵入だってよ。体鈍ってねぇかな。」
タコのゲソを噛み切りながら、フィリップ二世は半眼で行先を見つめる。時間制限つきの潜入捜査などいつぶりだろうか。第二次世界大戦の時でさえ、フィリップ二世は殆ど潜入を行っていない。ジャンが既にスパイとして親衛隊にいたからだ。
「まあ、そこは持ち前の身体能力でカバーしなさいよ。」
「つったってもう何十年もまともに動かしてないんだぜ?」
最後のビッグたこたこCHANNを頬張って、フィリップ二世は紙皿と割り箸を片手に持った。
「そういう時は体に一気に[燃料]を吸い上げるといいわ。貴方の体は衰えてないから、やり過ぎなければ壊れる事はないだろうし。」
手を差し出し、理恵は半分に折り曲げられた紙皿とその間に挟まる割り箸を受け取った。街路樹の根元にあるゴミ箱をめがけて放り込んだ。縁にぶつかる事もなく、ゴミはストレートで収まりに行った。
「ナイス。……で、やり過ぎなければってなんだ?」
「吸い上げれる[燃料]の量は[回路]の細さや脆さで決まるわ。その意味で行けば貴方は[シシャ]の基準において健康体そのもの。」
口についたソースをティッシュで拭って、それもゴミ箱にシュートする。
「貴方が聞きたいのはもしかして、脆いってだれの事、かしら。」
ガタついた自動車が大通りを走っていく。もう幾つか曲がり角を曲がれば住宅地だ。
「脆いのは零の事よ。あの人は[核]の調子もすこぶる悪いし、[燃料]も吸い上げたら身体にヒビが入って大変な事になる。今疑似的にでも[人間]の形でいるのは、敵方の目を欺く為でもあるけど、あれ以上体を脆くしないようにしてるわけ。時間はかかるけど回復はするわ。[シシャ]の体のまま戦闘するよりずっとマシ。一番いいのは治るまで寝る事なんだけど。零は一般人的な生活を送るのに支障はなくて、病弱人の生活を送っているわけではないし。」
フィリップ二世は返事をしなかった。どうやら逸叡が作った世界での一件が気にかかっているらしい。目を細めてぶすっとした顔で歩みを進めるフィリップ二世に、理恵は面白おかしそうに微笑んだ。
「別に、貴方が言った事で責任を感じる事はないわ。だって知らなかったんだもの。」
「無知は罪だろ。」
ぼそりと呟いたフィリップ二世に、理恵は目を見開いた。
「それは……自分で言わなかった零が悪いわ。」
* * *
ゴールデンウィークが終わり、慌ただしい都会社会の人々の波に揉まれて数十分、フィリップ二世を迎え入れたのは、そんな言葉だった。
「特……?」
「え、あ、もしかして日本語が分からないでありますか……あわわ、流石にフランス語はまだペラペラではなくてですね自分……。」
訝しげに眉をひそめたフィリップ二世に対して、警察の制服を着た若い男はわたわたと手揉みごますりしながら右往左往し始める。
「咲口久志と島田史興に会いにきた。」
自分でも大層な仏頂面であるとは思う。恐らくROZENで師事したルプレヒトの表情筋一つ動かない癖が感染ってしまったのだろう。フィリップ二世はミリも上がらない口端に続く頬を片手でさすりながら、用件だけを伝えた。
「はっやはりそうでありますよね! こちらです!」
相手が婦警であったのならば、と思ったが、そんなことを口にしては現在の男女平等社会を目指す日本において後ろ指を指されることは必至、それどころか史興や久志に関して言えば叱責も免れ得ない。
「あ、おはよー。」
「おはようございますフィリップさん。」
応接間にフィリップ二世が入ると、久志は案内してきた部下に対して手を振って退室させた。扉を閉めて鍵をかける史興はほっと一息つく。
「大丈夫でしたか? 新人は。」
「あぁ? ……あぁ、あれ新人か。別になんもなかったけどな。」
フィリップ二世はなんとなく察した。今の自分はもの凄く疲れている。というのも、昨日も夜までジークフリートが言っていたルプレヒトの不審行動に関して色々仮説を立てていたのである。
「それは良かった。取り敢えず座ってください。」
「紅茶飲む?」
「フレーバーあるか?」
あまり時間をかけられないからか、紙の袋に入ったティーパックがずらりと並んでいる。
「りんごとオレンジ。」
「オレンジ。」
大きく欠伸をしながら久志の隣のソファーに座る。史興は後ろの机でバラバラになっている書類を一人分ずつにまとめていた。
「疲れてる?」
「まあな。別件だよ別件。」
コーヒーのほうが良かったかな、と苦笑いする久志は置いておいて、フィリップ二世は紅茶を受け取った。
「悠樹邸は過ごしやすい?」
「のんびりしすぎて毎時間欠伸が出そうだ。いいとこだが。」
後ろから二人の間に差し出された二つのファイルを受け取って、久志はそのうち一つをフィリップ二世に渡す。
「で、俺は何をすればいいんだ?」
ファイルには時間がつらつら書かれた紙や個人のプロファイルなどが入っていた。取り出して首を捻りながら眺める。
「大川屋敷の潜入、及び名簿の入手をお願いしたい。勿論俺達も行きますが限度があると思いますので、ご協力願えますか。」
「そりゃあ、お前らに協力する為にはるばるフランスから来たんだからな。あいや、スイスか。」
紙を読めば、大川屋敷に住む人間の日常的な行動が事細かく書かれている。まず住居に何人住んでいるのか、定期的な行動パターン、新聞配達が来る時間などだ。間取り図も入っている。
「捜査令状、出なかったんだな。」
「加害者の主治医が精神病による殺人未遂としか断定出来ないとなった今、部屋の中を隈なく探すと言うのは難しいですね。不意打ちの捜査なんて尚更です。聞き込みもそう何回も出来ませんし。」
一通り書類を眺めたフィリップ二世は、机の上にぽいとファイルを投げ出してソファーに踏ん反り返った。
「ROZENだったらなぁ、元帥が上手い事やるんだけどなぁ、こう――」
「うちは独裁じゃなくて法治国家だからそこは勘弁して。」
フィリップ二世は苦笑いした。
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当日のタイムシフトをファイルからつまみ出し、史興はフィリップの前に置いた。パーティー会場は午後五時の開場と書いてある。
「ダンスパーティが罠の可能性は?」
「流石にまだ僕達が派手に動いていない状態でそれはないかな、と思いたい。油断はせずに行くけどね。」
ふむふむと紅茶が入っていた紙コップをへこませながら、フィリップ二世は質問を続けた。
「パーティーに出る悠樹のほうは誰かつけるのか? あの二人だけじゃ少し心もとないだろ。」
「そこは理恵さんがカバーします。」
あいつがいたか、とばかりにフィリップ二世は指を鳴らした。
「よし、俺の質問はそんくらいだ。またなんかあったら電話するわ。」
「よろしくお願いします。それまでは悠樹邸でのんびりしていてください。」
フィリップ二世は苦笑いする。それが出来れば苦労はしない。
警察庁を出て都会を観光と称して当てどなく周り、いつの間にか空が茜になっていた。悠樹邸へ帰るのにぼんやりと歩いていると、一人でカフェから出てくる理恵を見かけた。横断歩道の向こう側でなにやら本を捲りながら青信号になるのを待っていた。童謡、『通りゃんせ』が機械的な音で流れ始めると、彼女は顔を上げた。フィリップ二世を見とめて、ニッコリと笑う。
「帰りか?」
「えぇ、学校のね。」
辺りには同じ制服を着た様々な人種の生徒達が行き交っている。その中の日本人生徒の多くは、フィリップ二世の顔と理恵の姿を見てきゃいきゃいと話しながら横断歩道を駆けていった。
「援助交際と思われないかしら。」
「はあ……?」
からかう理恵に対して真面目に呆れた声を返す。どうやら学校が近いらしい。別の学校も含めて、生徒の波は途切れない。
「冗談よ。援交するならこんな目のつくとこで待ち合わせないでしょ。」
信号脇で会話をしながら、フィリップ二世は煙草にライターをかざした。煙を吐き出して、悠樹邸の方向へ歩き出す。
「真っ直ぐ帰るんでいいのか?」
「えぇ。貴方ここにいたのたまたま?」
商店街を歩きながら理恵の艶やかな黒髪に視線を送る。
「あ?」
片眉をあげるフィリップ二世の顔を見上げて、理恵は、なぁんだ、と視線を前へ戻した。
「零の様子を見にきたのかと思ってたわ。」
「おっさんじゃあるまいし……。」
日本の商店街のネオンカラーに顔をしかめながら、フィリップ二世は煙を吐き出してブツブツと呟いた。
「……貴方今何センチ?」
「……一七六かそこら。」
次は理恵がむすっとした顔を浮かべた。この間ヨハンの件で一緒になった時は、理恵と同じか少し低い程度だったのが、今はなぜか顔を見上げる高さである。
「咲口と島田と会いに行くに身長低いとストレス溜まるんだよ……。」
「あの二人は一七〇あるもの。」
あそこに寄る、と理恵は立ち食い出来るたこ焼きの店舗を指差した。
「奢ってあげるわ、ビッグたこたこCHANNにしましょう。」
聞き返す間もなく、理恵はフィリップ二世の横を離れる。どうやら常連らしく、鉄板の前に立つ男と親しげに会話を始めた。
(びっぐ……たこたこ、ちゃん?)
暫くして帰ってきた理恵の手の中には、ビッグたこたこCHANNと呼ばれる大きいたこ焼きが入っていた。ただのたこ焼きではない。たこ焼きの丸いのを頭に見立ててタコの足がきちんと十本、外に出ていた。
「大きいのか?」
「ビッグじゃないと玉が大きくないから四本なの。」
よく見ればビッグたこたこCHANNには綺麗に型で抜いた海苔で様々な表情がつけられていた。
「で、これでいくら?」
「六個で三百円。」
尻ポケットから出そうとした財布を収めた。このボリュームで六個三百円は極めて安い。
「さ、夏とはいえぬるくなるから食べてちょうだい。」
「はい。」
割り箸を使って紙皿に三つ載せられて、フィリップ二世は哀愁漂う顔をしたたこたこちゃんを一口で頬張った。理恵曰く。
「熱々を提供する為に注文してから作るのよ。生地が凄く美味しくて、同じものでお好み焼きも作ってくれるんだけど。」
ふーん、と話半分に聞きながら、寂しげな顔のビッグたこたこCHANNを頬張る。熱々で外はカリッとしっかりしていて綺麗な球が崩れることなく、中はふわっとしている。タコの足にソースが塗ってあり、頭には青海苔と鰹節が髪の毛のように降りかかっているだけだ。
「最近巷で有名なのよね。少し時間が遅れると並んで買ってられないのよ。数量限定だから。」
理恵が店舗を指差した。成程、既に人だかりで店舗の下にあるショーケースを眺められたものではない。
「歩きながら食べましょ。今日行ったって事はダンスパーティーの話よね?」
「あぁ。屋敷の侵入だってよ。体鈍ってねぇかな。」
タコのゲソを噛み切りながら、フィリップ二世は半眼で行先を見つめる。時間制限つきの潜入捜査などいつぶりだろうか。第二次世界大戦の時でさえ、フィリップ二世は殆ど潜入を行っていない。ジャンが既にスパイとして親衛隊にいたからだ。
「まあ、そこは持ち前の身体能力でカバーしなさいよ。」
「つったってもう何十年もまともに動かしてないんだぜ?」
最後のビッグたこたこCHANNを頬張って、フィリップ二世は紙皿と割り箸を片手に持った。
「そういう時は体に一気に[燃料]を吸い上げるといいわ。貴方の体は衰えてないから、やり過ぎなければ壊れる事はないだろうし。」
手を差し出し、理恵は半分に折り曲げられた紙皿とその間に挟まる割り箸を受け取った。街路樹の根元にあるゴミ箱をめがけて放り込んだ。縁にぶつかる事もなく、ゴミはストレートで収まりに行った。
「ナイス。……で、やり過ぎなければってなんだ?」
「吸い上げれる[燃料]の量は[回路]の細さや脆さで決まるわ。その意味で行けば貴方は[シシャ]の基準において健康体そのもの。」
口についたソースをティッシュで拭って、それもゴミ箱にシュートする。
「貴方が聞きたいのはもしかして、脆いってだれの事、かしら。」
ガタついた自動車が大通りを走っていく。もう幾つか曲がり角を曲がれば住宅地だ。
「脆いのは零の事よ。あの人は[核]の調子もすこぶる悪いし、[燃料]も吸い上げたら身体にヒビが入って大変な事になる。今疑似的にでも[人間]の形でいるのは、敵方の目を欺く為でもあるけど、あれ以上体を脆くしないようにしてるわけ。時間はかかるけど回復はするわ。[シシャ]の体のまま戦闘するよりずっとマシ。一番いいのは治るまで寝る事なんだけど。零は一般人的な生活を送るのに支障はなくて、病弱人の生活を送っているわけではないし。」
フィリップ二世は返事をしなかった。どうやら逸叡が作った世界での一件が気にかかっているらしい。目を細めてぶすっとした顔で歩みを進めるフィリップ二世に、理恵は面白おかしそうに微笑んだ。
「別に、貴方が言った事で責任を感じる事はないわ。だって知らなかったんだもの。」
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