神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 2-21

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 史興が運転する車の後部座席で、久志は両手を頭の後ろに回して寛いでいた。

「いいなぁ、僕もビッグたこたこCHANN食べたかった。」

「あの日の退勤時間には売り切れてたな。」

 たこたこCHANN Jr.は売ってるんだけどね、と久志は苦笑する。大きなゲソが一本だけ入った、たこたこCHANNの一番下のランクらしい。

「退勤の時間に食べたら夕食入らないから……。」

 窓の外で輝く星の海を見つめる。あれが天の川だよ、と久志は車に乗る前に教えてくれた。そう、今日はちょうど七夕だった。

「七夕っつーのは中国の文化か?」

「節日の一つだね。初出は何処だったっけ?」

 差し出されたグミの袋に手を突っ込み、フィリップ二世はそれを口に放り入れた。グミにしては少し硬い。ジークフリートのお土産らしい。

「なんだったかは覚えてないが漢時代の史料が見つかってたと思うぞ。」

「思ってたより随分と古かった。日本に伝わったのは奈良時代だったと思うけど。」

 着いたぞ、という史興の言葉で会話の終わりを告げられた。フィリップ二世と久志がシートベルトを外して運転席の方を覗き込む。

「どう?」

「やっぱりまだ出てないな。少し早かった。」

 藪に車を隠すようにバックを繰り返して、史興はエンジンを止めた。

「暫くここで待とう。他の見通しがいい場所に部下を置いてある。無線で連絡が入る筈だ。」

 車の中のランプが全て消えると、三人は背もたれに体を投げ出した。

「そういやダンスパーティの会場には?」

「部下ですか? 張らせてます。一応大佐にも協力は頼んでいますが、参加者ですのであまり期待はしないほうがいいかと。」

 胸ポケットから手帳を取り出し、史興は少し目元をしかめながら書いてある内容を眺めて腕時計を見た。

「あと数分もしないで出ると思います。」

 手帳をポケットにしまったのを見て、久志はうんと伸びをした。

「はぁ。久し振りの本領発揮だなぁ……。」

 緊張するのか、少しゆっくりと呼吸を繰り返す久志を一瞥して、フィリップ二世は助手席に置いてあった細かい間取り図を引ったくった。自分のルートは薄い水色のペンでラインが引かれている。

(島田は一階台所の入り口、咲口はそこから一番遠い温室、俺は寝室に面した二階のベランダと……。)

 悠樹邸を出る時に再三清張から、侵入の痕跡を残すな、と言われた。つまり、入る事だけを考えていては計画は失敗だ。入る時に施錠されていた鍵は締めなければならないし、机や棚の上に置かれていたものはミリもずらさずに置いておかなければいけない。実際相手は手練れではないのだから、ミリもずらさずに、はやり過ぎかもしれないが、そこには彼らが元諜報員であるプライドがあった。

「そろそろいいか?」

 久志も助手席から引っ張り出した白い手袋を嵌めると、史興の声に頷いた。無線に連絡が入る。

「行くぞ。」

 藪の向こうで別の車にエンジンがかかる音がする。三人は自動車から降りた。

 顔見知りへの一通り挨拶を終えて、清張は、ふう、とため息をついた。任務以上に社交辞令とは精神的に疲労した。ダンスは踊りませんとばかりにいつもの如く着物姿で立っている清張の近くで理恵が微笑んでいる。継子は別の場所で夫人達とテーブルを囲んでいた。

「零について何か言われるでしょうか?」

「少なくともあれには聞かれるだろうな。」

 脇にあったテーブルにシャンパングラスを置いて清張は姿勢を正した。視線の先では、主催者である明宏がこちらに向かって歩み寄ってくる。

「お久し振りです。」

「本日は呼んで頂いてありがとうございます、明宏殿。」

 握手を交わして、清張は会釈を終えると顔を上げた。

「いえいえ、ご子息はどちらに?」

「少々病弱ですので、今日は療養でこちらには顔を出せず。申し訳ない。」

 構いませんよ、と明宏は手を振った。清張の肩越しに、格子柄のガラス扉にもたれていた理恵を見つけると、明宏は右手で招いた。清張がそちらを見ると、綾子がすたすたと歩いてくる。

「御機嫌よう。清張様。」

「綾子、あちらの方の相手を。」

 理恵の方に差し出された手を見て、綾子は一礼してそちらへ駆けていった。二人がガラス扉の前を歩き去っていったのを確認して、明宏は、涼みましょうか、と庭園に出た。

「警察はやはり今は忙しいのですか?」

「銀承教の事件で少々。」

 灰色の瞳を明宏に向ける。相変わらず白銀の髪の男はにこにこと微笑んでいるだけだ。

「あの新興宗教ですか。刺傷事件とは恐れ入りましたよ。」

「ご存知でしたか。」

 勿論、と明宏は一層微笑んで首を傾げた。

「なんせ刺されたのが警官ともなれば。いや、しかし銀承教がそれ程に過激な団体だとは。動機は分かったのですか?」

「犯人は主治医により精神病判定でしたのではっきりとした動機は分かっていません。本当に例の宗教団体が背後にあったのかも現在は調査中ですから。」

 庭園では子連れの参加者が子供を遊ばせながら談笑をしたり、噴水の近くで涼んでいる人を見かけた。庭の端にはささやかながら笹の葉があり、子供達が思い思いの願いを書いて短冊を吊るしていた。清張は天上を見上げる。まだ天の川は見えるようだ。

「お力になれれば、と思うのですが。」

 沈黙を破ったのは明宏だった。清春が天の川から明宏へ視線を戻す。

「実は私の知人にも銀承教に入信している方が何名かおります。その中には幹部クラスの方も。」

 紹介は出来ませんが、と明宏は一呼吸置いて続けた。

「最近入信した方はどうか分かりませんが、銀承教の真の目的は、今の神を廃し、教祖を神にする事だそうです。」

「神ですか。」

 素っ気なく清張は呟いた。

「神がいてもいなくても、そう思い込まされるのが宗教の怖いところですよ。」

 果たして清張の言葉をどう受け止めたのか、明宏の答えからはなにも分からなかった。

「貴方は神の存在を信じているのですか?」

 笹の葉が夏の風に揺れた。もう涼しい風はどこかへ消えてしまったかのような熱い風である。

「えぇ。そうでなければ、我々は何故ここに存在しているのですか?」

 答えはこうだった。
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