神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 2-23

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 七夕を過ぎて最初の半月の日の昼。今回、フィリップ二世と共に来たのは理恵だった。史興と久志は、集会所とされている一つの小さな古びたオフィスビルを訪れていた。

「しかし宗教団体がまあよく、こんなに堂々とオフィス構えてるもんだな。」

「会場と言っても手狭だわ。でも、ここが本部なのね。」

 史興と久志は既にこの場所を知っていたが、実際に来るのは初めてだった。刺傷事件があった後も、清張は二人やその部下がここに来て聞き取りをする事に最後まで首を縦に振らなかった。

「結局今回もフィリップと私が説得してって感じだったわね。」

「久志曰くいつもより頑固だったとか言ってたしな。」

 そうねえ、と理恵は頬を当ててため息を吐いた。

(そろそろ始まるかと思います、準備を。)

「了解。」

 フィリップ二世と理恵は、オフィスビルがギリギリ見える場所に駐車した車にいた。フィリップ二世が目を閉じると、理恵も姿勢を正す。理恵は視界こそ共有していないが、銀承教本部の近くで日向ぼっこしている猫の視界を、車窓に面して光っているディスプレイから覗いていた。史興と久志はオフィスビルのすぐ傍で待機していた。時間前に行くほど熱心な信者と思われては逆に面倒である。理恵が覗き込むディスプレイには、本部に向かう人々がちらほらと見受けられる。

(……衣刀がいた。一緒にマルシェもいる。ビンゴだ。)

 十数分して、腕を組んで微動だにしなかったフィリップ二世の声が脳内に響いた。久志が歩き出すと、十数歩ほど間を空けて史興が歩き出した。

「マークしたわ。猫の視界だけど一応ROSEAに顔写真送るわね。」

(そのまま共有を続けて下さい。会場に先に入るのは久志です。久志の視界を共有して。それから教祖の視界を。)

 写真が撮れるコンタクトレンズがあればなあ、とフィリップ二世は思った。今度ジャンと話す時にリクエストして見るのも手かもしれない。

(史興が入りました。)

「理恵、間取り図。」

 車窓に映っていたディスプレイを小さくして、理恵は間取り図を大画面で表示する。外から見ればおかしな仕草だが、史興の車は無論スモークガラスだ。外から二人の様子が見える事はない。

「あ、駄目だわ。やっぱり猫は追い出されちゃった。」

 間取り図には之人とエーヴ、史興と久志の現在地がマークされる筈だったが、現在は二人分しか点が動いていない。

(二人の場所は目視じゃねぇと分かんねぇわ。)

(了解。)

 はあ、と声をあげて残念そうな顔をすると、理恵は間取り図上で動く桜色と若草色の点を見つめた。間取り図が切り替わる。史興と久志が階段を上がったのが分かった。

「見えてるとは思うけれどすぐそこが集会場よ。準備して。」

「了解。」

 久志が既に開いている扉を案内通りにくぐると、既にパイプ椅子の半分、前八列は全て埋まっていた。

(例の人が入ってきましたね。この間の大集会と多分同じ人です。)

(そら教祖が何人いても困るだろ。お前が座ったら共有終えるぞ。)

 共有している視界には、少し高く段になっている場所に顔を隠した教祖が現れた。古代の日本風の衣装を纏い、顔をすっかり白い布で幾重にも覆ったその小柄な教祖は、段の座布団の上に座った。

「……咲口君止まったわ。」

 少し遅れて、久志も席についた。パイプ椅子の軋む音が聞こえる。フィリップ二世が、久志の視線の先にいる教祖の姿に集中する。

「づつっ……!?」

 後頭部を激しく打ち付ける衝動を食らって、フィリップ二世は思わす後部座席で立ち上がりかけた。頭は天井すれすれにある。ぶつけてはいないようだ。

「フィリップ?」

(拒絶された!?)

 思わず腰を浮かしかけて、久志はぐっと堪えた。教祖の頭がゆっくりと久志を向き、少し止まった後またゆっくりと向こう側へ頭を向けた。

「気付かれたの?」

 フィリップ二世は首を捻る。確かに体から追い出されたような感覚は残っている。

「今から会場内の特定は無理だ。出る時に見るしかないな……。身長は低いがマルシェの髪の毛はプラチナブロンドで目立つ。久志、分かるか?」

(髪型は分かってるけど……。一応それっぽいのはいるかも。注視しておくよ。)

 理恵はディスプレをもう一つ増やす。

「こちら理恵、アヴィセルラ?」

『左様です。何かありましたか?』

 暫しぐったりとしているフィリップのVネックシャツを捲り上げて、理恵はその左胸に手のひらを当てる。

「今から送るフィリップのデータを見て。私仕事中だから荒いかもしれないけど頼むわよ。解析かけてちょうだい。」

『了解しました。』

 ROSEA側から出された新しいウインドウを見ながら、理恵はそこに映し出されるフィリップ二世の状態を見つめる。

「見知らぬ人だけど視界共有しようとしたら追い出されたみたいなの。」

『見知らぬ人? [人間]がですか? ……精神状態は極めて良好ですが感覚器官に若干のダメージが。視覚と聴覚が数十分調子が悪くなると思われます。頭部へ回る[燃料]が極めて低いので思考も鈍ります。仕事中と言う事ですので今すぐにとは言いませんが、あとで絶対にアルフレッドさんに診ていただいて下さい、お願いします。』

 大集会の時ほど儀式の時間は長くなく、久志はフィリップ二世へのあらぬ心配を抱きながら立ち上がった。

(いた!)

 顔を上げた瞬間に目に入った、白髪の女子と少し大柄な坊主刈りの男の姿。久志の喜びの声は史興にも届いた。

(そのままマークしててくれ! オフィスビルの塀の外で落ち合おう。)

 前の列から順に、と言われて、久志は暫く立ったまま会場を出て行く列を眺めていた。之人とエーヴはやはりどこか親しげに話している。

(しかしあの二人どこに接点が……。もしかして衣刀の最後の任務地のフランス?)

 エーヴはフィリップ二世によるとレジスタンス活動をしていた。実際は敵同士のはずだが、音信不通になった之人の理由にもなる。

(まあ、それは全部終わってから聞けばいいか。)

 久志の列が動き始めて、ゆっくりと歩を進める。じっと見つめているのがバレないように、ブラウンの革靴のつま先に一瞬目をやり、史興の姿を探し、再び二人へ期待の視線を注いだ。



 フィリップ二世を案じつつ、理恵は先に出てきた久志の視界と共有を始めた。

(史興と合流しました。今から二人で追います。)

(気を付けて。)

 理恵は車窓に出していたディスプレイを手探りで全て閉じた。こういう時に一度も運転の仕方を習わなかった事を少し悔いる。ジークフリートでも呼べばいいのだが、彼を呼んで零の守備が手薄になるのも気が引けた。久志が小走りで角を曲がる。理恵は空気を飲んだ。
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