神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 2-25

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 診察した久志をゴーレムに任せて、アルフレッドは隣室で待っていた三人の向かいに座った。

「咲口は?」

「咲口君は大丈夫だよ。腫れてるけどちゃんと治る。折れてもないしひびも入ってないよ。で、君は?」

 バインダーを持っていた手でフィリップ二世を指差し、アルフレッドは眼鏡を輝かせた。

「アヴィセルラから聞いてるよ。この診察室君ら用だから。中身見せて。」

「はい……。」

 上手く久志に話を反らす計画は失敗し、フィリップ二世はやれやれと頭を振りながらシャツを捲り上げて皮膚に指を突っ込んだ。布を裂く様な音と共に軽々と見せつけられた[シシャ]の中身に、史興は、おぉ、と少し引き気味の声を漏らす。

「あー……首から上の[回路]が前より萎縮してるね。」

 喉元まで皮膚を咲かせて、アルフレッドは一人で納得した様に、ふんふん、と頷く。

「頭も見せろってか?」

「いいよ。顔は裂きたくないでしょ。」

 戻してどうぞ、と手を払われ、フィリップ二世はパッと掴んでいた皮膚から指を離す。

「暫くおかしかったのは何処か覚えてる?」

「思考、嗅覚、聴覚。……視覚は大分長くイカレてたな。」

 いつの間にかフィリップ二世のカルテを持ってきていたのか、アルフレッドはバインダーの初めの一枚と見比べながら症状を書き込む。

「今は大丈夫そう?」

「あぁ。いつも通りだ。」

 ペンを置くと、アルフレッドはもう一回フィリップ二世のシャツを上げた。

「取り敢えず[核]からデータ取るから。」

 液晶に現れた様々なデータを見ながら、フィリップ二世は左胸の[核]から繋がる極細銀色の糸を撫でた。

「思考と嗅覚と聴覚は聞いたから、視覚が変だったのは具体的に?」

 話したくないとばかりに脇の机に肘をついてグラフを眺めていたが、フィリップ二世は向かい側で聞こえる三人の談笑を聴きながら漸く心に踏ん切りをつけた。

「咲口を見たときにアニェスを彷彿とした。」

「アニェス? ……あぁ、君の二番目の奥さんのアニェス・ド・メラニー?」

 渋々頷いて、フィリップ二世はアルフレッドに向き直った。

「ただの幻覚だ。記憶が混乱してたんだろうよ。土壇場でああなるとは思ってなかったがな。」

「随分昔にカペーのお屋敷で見かけたけど、言われてみれば咲口君とどことなく似てる様な……。そういえば咲口君ってフランス人との混血だよね?」

 ガラスに映る様々なグラフを脇にやって、アルフレッドは頷く史興を脇目に久志のデータベースにアクセスした。嫌そうに眉を寄せて、フィリップ二世はため息をつく。

「幻だって言ってんだろ。」

「[使徒]ってなんでそうなんだと思う?」

 沢山のデータにアクセスしていくアルフレッドに、フィリップ二世は首を傾げた。

「まあ要するにアダムとイヴの血をそれなりに濃く継いでる人なんだよね。じゃあもう一つ質問するよ。中世の王族は基本的に神の権力を借りた誰かから選出されたり、神そのものから選ばれたことを自称したりするよね。この世界において、それがどういう意味を持つか知ってる?」

 最後に出てきたウィンドウを見て、アルフレッドは指を鳴らして、ビンゴ、と呟いた。

「まさに神が選んだんじゃねぇのか? 帝國の皇帝と同じだろ。」

「でも零は長い間行方不明だった。じゃあどういう基準で選ばれてると思う?」

 空中投影ディスプレイにウィンドウをいくつか移動させて、アルフレッドはグラフを元に戻した。二つの空中ディスプレイがフィリップ二世の目の前に現れる。

「……。……まさか!」

「そう、そのまさかだよ島田君。この世界において、王とは、皇帝とはアダムとイヴの血を最も強く継いでいる者、もしくは家のというわけ。咲口君はその数ある王家の中から少なくともカペー家の血縁なわけだ。滅茶苦茶遠くてもう他人みたいなもんだけどね。」

 合致、久志の血液鑑定とカペー家の血液データベースの称号結果だった。

「何で咲口にそんなに濃く……?」

「まあ遺伝子は突然潜在的なものが表に出てくる事もある。敢えて言うなら先祖返りみたいなものかな。大抵は祖父母の事を言うんだけど。咲口君はアダムとイヴに近い血、その中のカペー家の遺伝子が突然ポッと出てきたわけだね。」

 面白い話が出来た、とアルフレッドは微笑みながらグラフの分析に戻る。関係ないディスプレイを全て片付けて、彼はペンを取った。

「さて、君の病状だ。暫く派手に動くのはやめといた方がいいよ。少なくとも数ヶ月は空けて。一ヶ月に一回診察受けに来てね。」

 アルフレッドに一ヶ月後の日付と時間を書いたメモを無理矢理渡されて、フィリップ二世は疲労で重いため息を吐いた。



 ゴーレムに案内されて、久志と史興は二つの遺体が安置されている病室に入った。申し訳程度の白百合の花が間に置かれている。

「悠樹のお父様には私から連絡を入れるわ。」

 そう言って、理恵はスライド式の扉を閉じた。

「どういう顔をすればいいか分かんないよね、こういう時。」

 任務中に死んだ隊員なら数えきれない程見送ってきた。しかし、今になってその涙が出る事はもうない。

「……警察で働いてると更にな。」

「そうだね。」

 長い月日と多くの死を見届ける日々に、二人の感覚はすっかり麻痺していた。まだ博人と勇斗のほうが[人間]らしい反応をするかもしれない。

「不謹慎なの承知で、……衣刀がこうなったからには泣けるかな、って思ったんだけど。なんだか、次また会えるよね、ってポジティブになっちゃうんだ。どうにかならないかな。」

「……もうきっと、どうにもならないと思う。」

 掠れた史興の声に、久志は漸く涙をこぼした。しかし、これは二人の手向けの涙では決してなく、自らの感情の欠乏に対する悔しさや怒りや虚しさに対してだった。

「ごめんね、二人とも……。」

 * * *
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