神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。』(RoGD Ch.4)

Verse 4-5

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 零がいるとどこからともなく聞きつけたのか、その年のきのこ狩りは珍しくアレクセイも参加していた。普段は邸宅の庭で母アレクサンドラとピクニックに励んでいた。

「あまり深い所に行っちゃ駄目だからね!」

「分かってるってば~。」

 姉アナスタシアの忠言に口を尖らせながら、アレクセイは歩きやすいショートブーツで零の元に駆け寄った。底の深い籠を掛けて、もう片方の肩には本やハンカチを入れる小さなバックをかけて、零はフェリクスの隣でちらちらとロマノフ邸の玄関口を伺っていた。

「では殿下、本日はよろしくお願い致しますね。」

「はい、任されました! ちゃんと手を繋いでおきます。」

 玄関ホールでスニーカーに履き替えたアナスタシアも庭園に姿を現して、森の手前で待っていた二人に追いついた。

「いってきまーしゅ!」

「楽しんで下さいね。」

 手を振って森に入っていく三人を見送ると、フェリクスは、ふう、とため息を吐いた。きのこ狩りには特に開催時間もなく、ピョートル一世とエカチェリーナ二世は零が庭園に来る前に既に森に入ってきのこ狩りへ出向いたという。二つの小さな背中が金色の木々に紛れてなくなると、フェリクスはいつの間に隣に立っていたニコライ二世に視線をやった。

「零はどうだ?」

「それはもうお元気で。」

 ゴーレムが持ってきた大きな木製の籠を手に、二人は少し深い森へ入っていった。暫く歩けば、他の様々なツァーリや大公達がぽつりぽつりと見受けられる。

「最近随分と書類仕事が滞っているようだが。」

「あっはい……申し訳ありません。」

 今日フェリクスがきのこ狩りにやってきたのは、零を見守る為だけではなく、ニコライ二世と近況を確かめ合う事だった。フェリクスはさしていらない体でいたのだが、ニコライ二世は見逃せなかったようだ。

「ゴーレムがいるとはいえ、男一人で子育ては忙しいのではないか?」

「そうですね、夜も出来るだけ早く仕事を切り上げるようになってしまいましたし。」

 零が来てから、今までてきぱきとこなされていたフェリクスの仕事の速さががたりと落ちていた。フェリクスはあまり迷惑をかけないようにかなり全力を尽くしているのだが、それではカバー出来ないくらいだ。零も零で、そんなフェリクスを知ってかいつも申し訳なさそうな顔で執務室や寝室に入ってくるようになってしまった。

「陛下、なにか良い打開策はないでしょうか。」

 丁度爪先で踏みそうになったきのこを屈んで摘む。ニコライ二世はそれをフェリクスの抱えている籠に放り投げた。

「名案と言えるものはない。お前の家の人手を増やすくらいだ。」

「そうですね……。」

 それもゴーレムではなく、[シシャ]を増やさなければならない。二人が来た場所はまだ人の手が入っておらず、比較的至る所にきのこが見受けられた。今後について悩んでいたフェリクスを置いて、ニコライ二世はいつものなにを考えているのかさっぱり分からない表情できのこへ突き進んで言った。

「人を増やすとは言っても、陛下。今この時点でお暇な[シシャ]はいらっしゃらないのでは?」

 まさに、指環や、ついこの間まで問題になっていた不可解な[人間]や、敵勢力の対応に追われて、シシャの多くは多忙であった。フェリクスもまた、その一人である。

「比較的、ならば。」

 いつの間に、ニコライ二世は腕に一杯のきのこを抱えて歩いてきた。どさどさどさ、とフェリクスの肩に掛ける籠が一気に重くなった。

「資料は渡しておく。その中から選べ。」

「はあ。」

 ニコライ二世の腹は既に決まっていたようだ。フェリクスも、ではそのように、と答えるしかなかった。



 辿々しくきのこを拾って籠に突っ込んでいると、いつの間にか辺りは薄暗かった。黄金だった木々は、なかなか陽の光が届かずにすっかり輝きをなくしている。上を見上げれば、鳥が何羽か飛び去っていった。

「う~。」

 本を広げながら零は唸った。アレクセイはすぐ目の前でしゃがんできのこを観察している。

「ど、どうかしましたか?」

 じっとその背を見つめられていたのに気付いて、アレクセイは振り返った。真剣そうに眉間にしわを寄せている零は立ち上がる。

「くやい。」

 アレクセイも、先程の零と同じように上を見上げた。どうやらきのこ狩りに夢中になっている間に大分深い所まで入っていたようだ。二人の少年の体では、獣道を通る事など造作もない。つまるところ、二人は帰り道を失った。

「あー……。」

 気不味そうに声を上げて、アレクセイはヘンゼルとグレーテルの心境をなんとなく味わった。

「取り敢えず歩きましょうか。」

 アレクセイは土のついた零の手を握った。自分はいい、餓死もしないし凍えて死ぬ事はない。しかし、零は今はその危険性が十分にあった。まずは来たであろう道を戻らねばならない。アレクセイは振り返って、歩みを進めた。



 零はリスを見た。小さなリスだ。冬眠前の最後の一仕事として木の実を集めている。素早く、かつ人間に対して危機感を持つリスを、なぜ零はそこまで詳細に見れたのか。

「りしゅしゃん!」

 声をあげても、リスは頬に木の実を詰めてばかりで逃げようとしなかった。

「あいぇくしぇ! りしゅしゃ!」

 渋い顔で突き進んでいたアレクセイの手を引っ張り、零はリスを指差した。

「……わっ、本当だ……。」

 手を解いて、零はリスの目の前に立ってしゃがんだ。リスは丸い瞳で零の幼い顔を首を傾げながら見つめた。

「りしゅしゃ、なにしてぅの?」

 リスの頭に手をかざして、その冬毛に生え変わったふわふわの耳の先を少しばかり撫でた。

「おえたちはね、まょちゃった!」

 けらけら笑いながら零はリスと会話をし始める。するとリスは、あろう事か零のボレロの裾を引っ掻いた。

「あ、危ないですよ!」

「らいじょぶだよお。」

 アレクセイが慌てて近付くと、しかしリスはあまりにもマイペースに零の前を横切っていった。四本足で駆けたと思えば、後ろ足で立って前足でなにかを指差した。

「あっちだって! あっち!」

「あっ……ち?」

 同じように指差した零の指先を見る。リスが指差すのと全く同じ方向だ。

「零さん、リスと意思の疎通が出来るんですか?」

「どうぶちゅしゃんは、おえたちにうしょちゅきしないよ!」

 リスが駆け出すと、散々歩き回った筈の零も元気に駆け出す。

「あっ、……待って下さい!」

 慌ててその後を追いかける。走っていれば、いつの間にか大きく整然と並ぶ黄金の木々が二人と一匹を迎えるように立ち並んでいた。まるで夢心地であった。小さなリス一匹を追って、少年が白く輝く出口へ駆ける。なんと美しい風景だっただろうか、アレクセイは目を輝かせた。

(出口だ!)

 その頭に霧がかかったような夢心地から、現実へ向かう出口だった。アレクセイは逡巡した。もう少しこの心地良さに浸っていたいと思った。

「おわ!」

「あう。」

 夢は覚めてこそ価値のあるものだ。アレクセイは前で待っていた零にぶつかりそうになりながら、少しだけよろめいた。

「ここは……。」

「しゅぱちゅしたとこ!」

 まだ夕陽が強かった。零とアレクセイは、お互い籠を抱えたままだ。

「あれ、早かったのね? 沢山採れた?」

 きのこの入った籠の中を見ていた二人の元に、馬の手綱を引きながらアナスタシアがやってくる。どうやら彼女はきのこ狩りの参加者ではなかったようだ。艶の見事な灰斑の白い馬の頭を撫でていた。

「いっぱい、とれた!」

「僕もこのくらい。」

 胸を張って籠の中を見えると、アナスタシアはにこっと微笑んだ。

「じゃあお母様の所に持っていきましょ! きっと喜んでくれるわ。」



 その日は”Снегурочка”の続きを読む間もなく零の寝息が聞こえていた。フェリクスは、その優しい寝顔をずっと撫でていた。書類の上にニコライ二世が綴った、几帳面で、繊細で、精密な文字。Siegfried von Woehler、その筆記体を、ただじっと見つめながら。

 * * *
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