神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 2-27

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 軍位授与試験の内容は無論、志望軍位によって決まる。中将は医療系、少将は法学、大佐は情報把握速度とそれに対する適切な対応、少佐は情報科学や推理能力が求められる試験となっていた。これらの軍位は大抵、二、三日で試験期間が終わった。そして、試験期間と同時に開かれる議会がある。元帥院、他国に多くの支部を置くROZENは、その支部元帥と本部元帥が集まる集会を年に一度、この時期に開いていた。

「それでは次、イギリス支部元帥の報——。」

 重々しい木の扉が突然開かれた。その中央に立っているのは漆黒のロングコートを着た男である。冷えたアイスブルーの瞳で各国支部元帥を見渡して、最後にバスカヴィルの脇に立つロベルトを見据えた。

「おいごら元帥補佐官! てめぇ伝えた場所といる場所が違うじゃねぇか!!」

 驚いている元帥達に脇目も振らず。フィリップはずかずかと会議の場に入ってくる。ロベルトの前に立ち、フィリップは持っていた紙切れ一枚を彼に差し出した。

「場を弁えろフィリップ。」

「おらよ、あんたが言ってた情報だ。いい仕事させて貰ったぜ?」

 注意も聞かないフィリップは、紙を受け取ったロベルトを面白そうに見つめている。ロベルトはその紙を破り捨ててその結果だけを伝えた。

「……合格だ。」

「良かったなぁ閣下。暫く空いてた中佐の座が埋まってよ。」

 声高らかに会議室を後にしたフィリップを元帥達は見送って、報告しようとしていたイギリス元帥が立ち上がる。

「それでは、イギリス支部元帥ガウェイン殿からの報告です。」

 進行役の声で、驚きの空気が一気に引き締まった。支部元帥が立ち上がって報告をし始めたところで、しかし肝心のバスカヴィルは上の空であった。ロベルトが手で報告を遮る。

「元帥、大丈夫ですか。」

 声ではっと我に返ったバスカヴィルは慌てて万年筆を手にとった。

「すまない、もう一度お願いしてもいいかな?」

 支部元帥は一度頷いて、もう一度報告書を読み上げる。バスカヴィルの手は動いていたが、それは無意味に文章を要約したもので、読み直しては何度も頭を振っていた。

「それでは、次は本部元帥からのご報告です。」

 また再び我に返って、バスカヴィルはよろめきながら立ち上がった。報告書を掴もうとして取り落とし、バスカヴィルは何度もため息をつく。視線は滑り、発音はいつもより聞き取りづらかった。報告が終わり休憩時間に入ると、バスカヴィルはほっと息を吐いて早々に会議室を退室する。その様を見て、一人の元帥が皮肉を言った。

「なんです? 今回は本部元帥候補者でもいらっしゃるのですかね。」

 会議室が嘲笑や冷笑に包まれたが、それを破ったのはロベルトであった。

「いいえ、本部将軍候補者です。」

 将軍。その言葉に、会議室はまるで凍ったように笑いが収まる。だれ一人として、将軍候補者がいると予想出来ていなかった。



 何日経ったのか、最早レイには分からなかった。ふと目を開けると、薄暗い牢の中に陽の光が差し込んでいる。講義の拷問よりも多くの苦痛を受け、食事は一切与えられず水のみが与えられていた。それでも、レイの意識はまだはっきりとしている。遠くから聞こえてきた小さな足音で、レイは顔をしかめる。この牢を知ってから幾度となく聞いた軍靴の音だ。顔を上げず、頭を垂れたままレイはその男を迎える。

「レイ、もうやめてくれ。降参だと……諦めると一言、それだけ言ってくれればいいんだ。」

 鉄格子に指をかけて、バスカヴィルは冷たい金属に額をつけた。すっかり変わり果てた息子の姿をバスカヴィルは直視できない。

「俺は、諦めない……。皆とまた、授与式で会うと、誓った。それが出来ないなら、俺はここで発狂するか……死ぬかだ。」

 ぎらついた落ち窪んだ目がバスカヴィルを睨んだ。明らかに敵意に満ちた、父親に向けるものではない視線。バスカヴィルは鉄格子を強く握りしめる。

「発狂したら、私は……。」

「殺せよ。」

 レイは再び俯く。目を伏せて、バスカヴィルも頭を垂れた。地獄の日々はもうすでに始まっていた。



 談話室に集まったジャンとヨハンは自らの試験の結果を待つのみに至った。生憎、アルフレッドは未だ試験中でその場にいなかったが。

「アルの試験って何だっけ? っていうか皆手応えどうだった?」

「俺はもう合格通知来たぜ。」

 紅茶を運んできたフィリップは、ジャンの前にカップを置きながらそう言う。ヨハンは、あった、と一言だけ告げてクッキーを頬張った。カップの柄を見ながら、ジャンは自らの話をする。

「手応えはあったんだけど、いやなんか……簡単すぎて。」

「根っからの天才かよ。」

 言えた口ではない、と思いながらフィリップもクッキーを貪った。ジャンやヨハンと違い、フィリップはどこかそわそわしている。ジャンが思い出したように口に出した言葉に、フィリップの体が一瞬跳ねる。

「そういえば、この期間中レイにはまだ一回も会ってないや。大変なのかな。」

「試験内容は知らない。」

 冷たく言い放ったヨハンにジャンは肩を竦めたが、フィリップは深刻な面持ちでティーカップを握ったまま自らの爪先を永遠と見続けていた。珍しく黙り込んだフィリップの顔を、ジャンはじっと覗き込む。

「フィリップ? レイと何かあったのか?」

 ゆっくりと顔を上げて、フィリップは紅茶をすすった。

「……レイの試験は、拷問だ。」

 同時にティーカップが床の上に転がる音が談話室に響く。ジャンは慌てたが、幸いそのカップの中に紅茶は入っていなかった。その様子を見て、フィリップはジャンから目を逸らす。

「試験は丸一週間。最初の三日は苦痛を伴う。飯はねぇけど水は貰える。体勢は変えられねぇけど寝る事もできる。問題は……最後の四日間だ。」

 ジャンが息を呑み、フィリップはティーカップを机の上に置いた。ヨハンは素知らぬ顔で外の風景を眺めている。

「四日間、あいつは鞭に打たれもしないし焼ごてを肌に当てられる事もない。但し……、食料の一つも与えられず、睡眠をとる事もできない。そして、水の一滴も与えられない。」

 目を閉じて、フィリップは眉間に皺を寄せた。

「実際、その状態で人間が生きていられるのはせいぜい二日、よくて三日。それを過ぎれば死ぬか発狂するかどっちかだ。レイはそれを……四日生き抜かなきゃいけない。求められるのは肉体面の苦痛の克服だけでなく、精神面の苦痛の克服もだ。」

 静寂が流れる。夕日はいつものように沈んでいっていた。膝の上で拳を握りしめて、ジャンは震える声を発する。

「俺……尋問しか受けた事ないから。……俺は、生きて帰ってきて欲しい。諦めても、合格しても。」

 そして、問いかけるような視線をフィリップに向けた。ジャンの紺碧の瞳を見て、フィリップはもう一度目を瞑る。直視するにはあまりに眩しすぎる瞳であった。

「俺は、あいつを信じる。生きて合格して出てくるあいつをな。」

 太陽は勢いよく姿を消した。昇っていく月を見て、そしてフィリップは目の前にあるティーカップを見つめる。

(あと二日だ。帰ってこいよ、レイ。)

 * * *

 七日目、頭の中に、低い声が響いた。いつも他人を少し笑うような声で、しかしその声は常に正直者である。

『拷問の耐え方? そうだな……幸せだった時とか思い出したらいいんじゃね? ……待てよめっちゃ適当な事言った。そうだな……友人の事を思い浮かべたらどうだよ。今まで幸せな記憶を作ってくれた人とかよ。したら死ねないだろ? ……我ながら陳腐な事言った。今のは全部忘れてくれ。』

 そうして青年は扉に近付いて、ふとアイスブルーの瞳を向けた。

『きっとお前の拷問は、俺が受けたのと違う。多くの重要機密を知るくらいに挑むんだ。痛みだけじゃ済まないだろうよ。孤独と、絶望の淵でも見せられるんだろうさ。……生きろよ、俺達はお前を待ってるからよ。』

 ついに終了の時間がやってきた。一人の白衣の青年を連れ立って、バスカヴィルは牢獄棟の中を歩いていく。そうして看守に鍵を開けさせて、現れた同室者の姿にアルフレッドは慌てて駆け寄った。手錠が外されるとともに手首に指をやって、レイの顔色を確かめる。

「脈はかなり弱いですが安定してます。すぐに医務室へ運びましょう。水と点滴を打って安静にしておけば必ず回復します。」

 長く重くため息をつき、バスカヴィルは軍服のコートの前を掻き合わせて鉄格子にもたれた。

 * * *
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