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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)
Verse 2-26
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試験前最後の講義日であった。レイは漸く自力で脱出して、雪の上を踏み締めながら回らない頭で考える。
(この近くは……寮……そうだ、バジリスク。)
レイの目の前には、待ちに待っていたかのようにバジリスク寮の看板が夜風に揺れていた。なにも考えずに、レイはその扉を開ける。試験直前のお陰でだれも廊下にはいない。エレベーターに乗り、最上階を目指す。鐘の音が停止を告げた。よろよろと歩いて行ったレイは、いつものように、五回のノックを鳴らした。中から聞こえていたヴァイオリンの音がやむ。
「はい。」
彼はすっかり忘れている。その合図がなにを示すのか、全く覚えていなかったのだ。目の前にいたのはぼろぼろの最高の親友だった。
「レ……イ?」
ジークフリートを見て、レイは安堵のため息を吐いた。いつものようにこの部屋にいた事に、いつものようにヴァイオリンを弾いていた事に、いつものように扉を開けて迎え入れてくれた事に、レイは弱々しく笑った。そうして安心から、ジークフリートに向かって倒れこんだ。
「レイ! おい……どうしたんだ!?」
いくら揺すっても起きなかった。急いで扉を閉めてベッドにレイを横たえ、ジークフリートは驚いたまま備え付けの受話器を手に取る。ダイヤルはレイの寮室に宛ててだった。
『はい、もしもしどなたですか?』
「早く来てくれ、レイが……レイが!」
丁寧な治療を施すアルフレッドに、ジークフリートは紅茶を一杯出した。
「なぁ、どうして拷問なんだ?」
包帯を止めたアルフレッドは、鋭い視線でジークフリートを見る。出された紅茶を一気に飲み干して、アルフレッドはソーサーにカップを戻した。ジークフリートは彼の視線をまじまじと見つめる。
「どうして拷問って分かったんだい?」
「どうしてって、この傷と衰弱は……!」
ジークフリートははっとして口元を押さえた。
「何で拷問されたって、傷と衰弱だけで判断出来たの?」
後悔で俯き、ジークフリートは目を伏せた。
「それは……。」
「いいよ、深くは追求しないから。」
救急箱の蓋を荒々しく閉めて、アルフレッドはため息をつく。どうしてレイの周囲はこうも、重い前世や過去を背負ってきた者ばかりなのだろうか、と。ふと腕時計を見て、アルフレッドはジークフリートに告げた。
「そろそろ監督が来て帰れなくなるかもしれないから、僕は寮に戻るよ。」
なにも言わずに、ジークフリートは彼の背中を見送る。扉が閉まると、その音でレイがゆっくりと目を覚ました。背を向けていたジークフリートのシャツをそっと引っ張ると、ジークフリートは驚いたように振り返る。
「じーく。」
まるで子供のようだった。その呼び方にジークフリートは思わず笑おうとしたが、すぐに口を引き締めて彼の肩を揺さぶる。
「もう軍位試験まで三日もないんだぞ!?」
一瞬驚いたレイは、すぐに笑って見せた。
「大丈夫だジーク。……お前こそ、準備は?」
「バッチリだ。」
レイの頬を撫でかけて、ジークフリートはその手を握り締める。
「紅茶を淹れてこよう、勿論ダージリンだよな?」
拳を出したジークフリートに、レイは笑ってその拳に応えた。
紅茶を飲み干して、レイの瞳が少し眠たげになる。
「レイはベッドを使うといい。僕はソファーで寝る。」
ベッドを叩いて、ジークフリートはティーカップを片付けに行った。もうそろそろ日付が変わる頃である。この時期に夜更かしは毒であった。洗面台へ行ったジークフリートに、レイは不満そうに言う。
「どうしてだ。ジークも使えばいいだろ?」
洗面台から出てきたジークフリートは頭を振った。呆れたようにため息をつき、レイの瞳を見る。
「レイ、言っただろ。僕とお前はそういう関係じゃいけないんだ。」
返答が気に入らなかったのか、レイはしかめ面をしてジークフリートに背中を向けた。また呆れたようにため息を吐いて、ジークフリートは友人の肩を少し叩いた。レイはその手をすかさず握る。
「ジーク。」
振り返って意地悪そうに笑い、レイは囁いた。
「おやすみ。」
* * *
朝の日差しに目を覚ました。レイはベッドにいない。既に自室へ戻ったのだろう。眠い瞳で辺りを見回し、ジークフリートは頭を掻いた。ソファーで寝たのは久し振りであるが、然程体に影響はない。ベッドの枕をそっと指先で撫で、レイの体を覆っていたであろう布団を持ち上げる。ニューイヤーコンサートの後、自らの燕尾服に染み付いたレイの百合の香りが忘れられなかった。口元に持ってきた毛布から、ふわりとその香りが漂う。ふと自分がしている事に気付いて、ジークフリートは毛布を床に放り捨てた。そして、ライティングデスクに置いてある書きたての手紙を見つける。すぐさま机に近付いて、ジークフリートは文鎮をどけた。
『ありがとうジーク。今度、菓子でも差し入れさせてくれ。 P.S.また機会があったら、お前のヴァイオリンを聞きたい。』
呆然と、ジークフリートは手紙を机の上に置く。ドアを激しく叩く音がして、我に返った。慌てて扉を開けに行くと、いつもの取り巻きの一人がやってきている。
「ジークフリート、談話室で自習しようぜ。」
一瞬戸惑ったような表情を見せて、ジークフリートはすぐに首を振った。
「すまない、今日は少し休ませてくれ。」
「おいおい、どうしたんだよ。」
質問に答えずに扉を閉めて、鍵をかける。洗面所に入り、真冬であるにも関わらずジークフリートは溜めた冷水に顔をつけた。
「駄目だ、駄目なんだ。あいつを、こんな目で見るのは……!」
頭の中に思い描かれるレイとの熱い夜を打ち消すように、ジークフリートは瞳を強く瞑った。
* * *
目の前にはバスカヴィルが立っている。その両側にはロベルトとニコライ。その三人に向かい合うようにして、レイは立っていた。軍位授与試験開始日の最初のチャイムが鳴る。バスカヴィルが、閉じていた目をゆっくりと開いた。
「それでは、始めよう。」
* * *
(この近くは……寮……そうだ、バジリスク。)
レイの目の前には、待ちに待っていたかのようにバジリスク寮の看板が夜風に揺れていた。なにも考えずに、レイはその扉を開ける。試験直前のお陰でだれも廊下にはいない。エレベーターに乗り、最上階を目指す。鐘の音が停止を告げた。よろよろと歩いて行ったレイは、いつものように、五回のノックを鳴らした。中から聞こえていたヴァイオリンの音がやむ。
「はい。」
彼はすっかり忘れている。その合図がなにを示すのか、全く覚えていなかったのだ。目の前にいたのはぼろぼろの最高の親友だった。
「レ……イ?」
ジークフリートを見て、レイは安堵のため息を吐いた。いつものようにこの部屋にいた事に、いつものようにヴァイオリンを弾いていた事に、いつものように扉を開けて迎え入れてくれた事に、レイは弱々しく笑った。そうして安心から、ジークフリートに向かって倒れこんだ。
「レイ! おい……どうしたんだ!?」
いくら揺すっても起きなかった。急いで扉を閉めてベッドにレイを横たえ、ジークフリートは驚いたまま備え付けの受話器を手に取る。ダイヤルはレイの寮室に宛ててだった。
『はい、もしもしどなたですか?』
「早く来てくれ、レイが……レイが!」
丁寧な治療を施すアルフレッドに、ジークフリートは紅茶を一杯出した。
「なぁ、どうして拷問なんだ?」
包帯を止めたアルフレッドは、鋭い視線でジークフリートを見る。出された紅茶を一気に飲み干して、アルフレッドはソーサーにカップを戻した。ジークフリートは彼の視線をまじまじと見つめる。
「どうして拷問って分かったんだい?」
「どうしてって、この傷と衰弱は……!」
ジークフリートははっとして口元を押さえた。
「何で拷問されたって、傷と衰弱だけで判断出来たの?」
後悔で俯き、ジークフリートは目を伏せた。
「それは……。」
「いいよ、深くは追求しないから。」
救急箱の蓋を荒々しく閉めて、アルフレッドはため息をつく。どうしてレイの周囲はこうも、重い前世や過去を背負ってきた者ばかりなのだろうか、と。ふと腕時計を見て、アルフレッドはジークフリートに告げた。
「そろそろ監督が来て帰れなくなるかもしれないから、僕は寮に戻るよ。」
なにも言わずに、ジークフリートは彼の背中を見送る。扉が閉まると、その音でレイがゆっくりと目を覚ました。背を向けていたジークフリートのシャツをそっと引っ張ると、ジークフリートは驚いたように振り返る。
「じーく。」
まるで子供のようだった。その呼び方にジークフリートは思わず笑おうとしたが、すぐに口を引き締めて彼の肩を揺さぶる。
「もう軍位試験まで三日もないんだぞ!?」
一瞬驚いたレイは、すぐに笑って見せた。
「大丈夫だジーク。……お前こそ、準備は?」
「バッチリだ。」
レイの頬を撫でかけて、ジークフリートはその手を握り締める。
「紅茶を淹れてこよう、勿論ダージリンだよな?」
拳を出したジークフリートに、レイは笑ってその拳に応えた。
紅茶を飲み干して、レイの瞳が少し眠たげになる。
「レイはベッドを使うといい。僕はソファーで寝る。」
ベッドを叩いて、ジークフリートはティーカップを片付けに行った。もうそろそろ日付が変わる頃である。この時期に夜更かしは毒であった。洗面台へ行ったジークフリートに、レイは不満そうに言う。
「どうしてだ。ジークも使えばいいだろ?」
洗面台から出てきたジークフリートは頭を振った。呆れたようにため息をつき、レイの瞳を見る。
「レイ、言っただろ。僕とお前はそういう関係じゃいけないんだ。」
返答が気に入らなかったのか、レイはしかめ面をしてジークフリートに背中を向けた。また呆れたようにため息を吐いて、ジークフリートは友人の肩を少し叩いた。レイはその手をすかさず握る。
「ジーク。」
振り返って意地悪そうに笑い、レイは囁いた。
「おやすみ。」
* * *
朝の日差しに目を覚ました。レイはベッドにいない。既に自室へ戻ったのだろう。眠い瞳で辺りを見回し、ジークフリートは頭を掻いた。ソファーで寝たのは久し振りであるが、然程体に影響はない。ベッドの枕をそっと指先で撫で、レイの体を覆っていたであろう布団を持ち上げる。ニューイヤーコンサートの後、自らの燕尾服に染み付いたレイの百合の香りが忘れられなかった。口元に持ってきた毛布から、ふわりとその香りが漂う。ふと自分がしている事に気付いて、ジークフリートは毛布を床に放り捨てた。そして、ライティングデスクに置いてある書きたての手紙を見つける。すぐさま机に近付いて、ジークフリートは文鎮をどけた。
『ありがとうジーク。今度、菓子でも差し入れさせてくれ。 P.S.また機会があったら、お前のヴァイオリンを聞きたい。』
呆然と、ジークフリートは手紙を机の上に置く。ドアを激しく叩く音がして、我に返った。慌てて扉を開けに行くと、いつもの取り巻きの一人がやってきている。
「ジークフリート、談話室で自習しようぜ。」
一瞬戸惑ったような表情を見せて、ジークフリートはすぐに首を振った。
「すまない、今日は少し休ませてくれ。」
「おいおい、どうしたんだよ。」
質問に答えずに扉を閉めて、鍵をかける。洗面所に入り、真冬であるにも関わらずジークフリートは溜めた冷水に顔をつけた。
「駄目だ、駄目なんだ。あいつを、こんな目で見るのは……!」
頭の中に思い描かれるレイとの熱い夜を打ち消すように、ジークフリートは瞳を強く瞑った。
* * *
目の前にはバスカヴィルが立っている。その両側にはロベルトとニコライ。その三人に向かい合うようにして、レイは立っていた。軍位授与試験開始日の最初のチャイムが鳴る。バスカヴィルが、閉じていた目をゆっくりと開いた。
「それでは、始めよう。」
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