神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

Verse 5-3

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 会場の最終チェックを終えて、レイは青空に向かって大きく伸びをした。正午近くから始まる歓迎式典を前に、辺りの部下達はひっきりなしに忙しく動き回っている。そろそろ礼装に着替えようと角を曲がろうとした時、リチャードとエドワード=ジャン少佐の話し声が聞こえて足を止めた。

「リチャード、顔真っ青だけど大丈夫?」

 どうやらエドワードはリチャードにばったり会ったようで、呑気にそう声をかけた。

「だ、大丈夫だ。エドこそ、式典の準備は?」

「あーもう全然大丈夫。あとは空調さえ効けば万端だよ。ところで、その封筒は?」

 そう問うた言葉の後に、空気がビシリと固まる。しどろもどろになるリチャードは背後に封筒を隠す。エドワードは怪訝そうに眉をひそめた。

「ご、ごめん何か重要な書類だった? 部署機密だったら答えなくていいよ?」

 激しく頷くリチャードに違和感を抱きながら、エドワードはすぐに笑顔に戻る。楽しく会話し始めた二人の間を、レイは通り抜ける事が出来ない。一歩後ろに退いて振り返ると、思い切り人にぶつかった。

「おっと、危ないぞレイ。」

 ジークフリートに抱えられると、レイは思わず彼の口を塞いで近くの談話室に追いやる。準備で忙しいのか人は全員出払っていた。

「す、すまない。急にびっくりしたから……。」

 不機嫌そうなジークフリートの顔を見て、レイは慌てて謝る。軽く俯くと、ジークフリートの手にも大きな封筒があった。

「びっくりしたのは僕の方だ。あんな所で立ち止まって何してたんだ?」

 封筒を凝視するレイの視線を感じて、ジークフリートは少しだけその手を背後にやる。到底隠しきれない大きさの茶封筒を指して、レイはエドワードと同じように質問した。

「その、封筒は?」

 途端、ジークフリートは酷く悲しそうな、怒ったような複雑な表情を浮かべる。

「これは、なんでもない。うちの機密書類だ。」

 レイは問い詰めようとした言葉を唾とともに飲み込んだ。重苦しい沈黙が流れると、ジークフリートは沈んだ声で立ち去る。

「……またな。」

 談話室から消えたジークフリートの背中を、レイは追わなかった。



 その執務室では、真夏であるにも関わらず、煌々と暖炉が燃え盛っている。炭と化していく茶封筒を、睨みともつかぬ真顔で眺めていたロベルトは、人の気配を感じて振り返った。

「アーサー。」

「あんたこんな時期に暖取ってんのか? おら、言ってた書類だよ。」

 乱暴に執務机へ書類を投げると、アーサーはもう九割がた燃えた茶封筒に目を凝らす。なんだそれ、とばかりに指差すアーサーにロベルトはなにも答えず、執務机に歩み寄って書類を捲った。

「ロシア支部に申請した調査リクエストが無事に通ったぜ。」

「そうか、そのまま続けろ。」

 ラジャっす、とアーサーは片手を上げる。そして、同時に差し出された真新しい書類をアーサーは受け取った。タイピングされたきめ細かい文字に目を凝らすと、アーサーは驚いた顔でロベルトを見上げる。

「おいおい待てよ、あんたこれ——」

「やれ。」

 無機質な言葉が、火花の散る音に混じって聞こえた。あまりに簡潔で短過ぎる言葉からはなんの表情も読み取れない。少将と大佐への内部諜報任務、それがアーサーの握る書類のタイトルであった。

 軍楽隊のファンファーレの音とともに、帝國の中央駅に長らく停車していた汽車が汽笛を上げる。

「全員、敬礼!」

 掛け声とともに、一等車の出入り口から敷かれるレッドカーペットの、両側に立っていた軍人達が、乱れなく一斉に踵を鳴らして敬礼した。一人の軍人が扉を開けると、真夏にも関わらずグリーンカーキの外套をきっちりと着付けている悠樹が姿を現す。彼に続いて、その部下達もぞろぞろと降車していった。

「初めまして、悠樹清張殿。」

 駅の入り口には、元帥であるバスカヴィルを中央にして、横一列にロベルトやレイが立っていた。悠樹は、バスカヴィルの差し出した右手を形式的に握った。

「お目にかかれて光栄です、バスカヴィル閣下。我が部隊の総司令官である柏葉矢桐中将からお話はよく伺っております。この度は数ある地域軍の中から我々を選んで頂き、至極恐悦に存じます。」

 定例的な文句を述べて、二人の交わした握手は終わる。悠樹の後ろにいた部隊員は、一人を除いて全員が観客席に案内されていった。バスカヴィルと悠樹の会話が終わったのを見計らって、レイは悠樹を促した。

「それでは総責任者殿、席にご案内致しますので。」

 にっこりと笑いかけたレイに対して、悠樹は仏頂面を引っさげたまま頷く。悠樹の後ろに続いていた島田は、悠樹に手で指示されて若干彼との距離を近付けた。

「どうかしましたか、大佐。」

「視線を感じる。」

 それとなく辺りを見回すと、島田は顔色一つ変えずに声を潜めて答える。

「少数人に見張られてます。二人か、三人ほど。」

 距離を元に戻して、島田はもう一度ぐるりと辺りを見回した。観衆の軍人達を見ているように見せて、あたりを警戒する。自分の目に狂いがないのを確認して、彼はもう暫くカーペットの上を歩いた。

 * * *
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