神秘学メンズラブシリーズ”nihil”

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第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

Verse 1-2

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 瞼に当たる光を遮られて、アルフレッドはゆっくりと目を覚ました。

「お求めの物、来ましたよ。」

 女性の声とともに目の前に差し出された数枚の紙の束を、アルフレッドは眼鏡をかけながら受け取った。

「ありがとうフローレンス。」

 書類に目を通すと、アルフレッドは枕元に丸めて置いてあった白衣を広げて羽織った。



 神殿前の広場には既にジャンとニコライの姿があって、二人は近くの市場で買ってきたケバブを貪り食べていた。アルフレッドが手を振ると、ニコライだけはそれに気付いてケバブを口に全て頬張った。

「おはよう、美味しそうだね。」

 アルフレッドの座るスペースを確保する為に、ニコライは立ち上がって彼の分の朝食を買いに行った。

「どこに泊まったの?」

 隣に座ったアルフレッドは、ジャンにそう尋ねる。ジャンは慌ててケバブを食べ終えた。鎧姿でケバブを食べる様は、なんとも滑稽だ。

「ニコライさんのお家に……。聞いてよ! 朝起きたらジャンヌがいたんだよ。名前はジャンヌじゃなくて、えーっと——」

 二人の間にケバブを持った手が差し出されると同時に、一つの名前が聞こえた。

「アナスタシア。私の娘だ。」

 納得したように声を上げるアルフレッドは、書類と交換でケバブを受け取った。ジャンは新事実に唖然としている。

「これがあれば捜索に行ける?」

「一応ね。」

 アルフレッドがケバブにかじりついている間に、ニコライは目的の書類にざっと目を通した。



 三人が全員朝食後の紅茶で一服し終えると、ニコライとアルフレッドはジャンを連れ立って神殿前の広場から離れていった。ジャンが倒れ伏していた草原をまたぎ、中央市場のにぎやかな声達もやがて小さくなって消えていく。

「どこに行くの?」

 ジャンの目に入ったのは一つの長い吊り橋だ。その先にはガラス天井が見事な楕円形の建物があった。門の前には二人の門兵が目を光らせている。

「お役目ご苦労様。」

 白銀のフルプレートアーマーで身を固める兵士二人は、アルフレッドの言葉に答えるようにして敬礼した。唐草模様の透かし彫りが施された門の向こうには、色とりどりの花々が咲き乱れ、草木には大きな果物がいくつも吊るされている。

「これが目的地?」

「エデンの園。ここから見えるのは、その片方。」

 門兵が門の鍵を開けると、まるで今さっき油を塗ったかのように、門は音を立てずに向こう側へ開いた。足を踏み入れると、視界に常春の楽園が広がる。

「これが……。」

 創世記に描かれるエデンの園に違いなかった。透き通った清水のせせらぐ小川、陽の光を浴びて葉々はエメラルドのように輝き、またそこに連なる花や果物も等しく宝石のように煌めいている。

「ここは太陽が出てるんだね。」

「ガラス屋根で雪が入ってくるのを防いでるんだよ。太陽は地球から見える太陽とはまた別の、いわゆるダミー。この楽園は、僕達が生活する為に必要な動植物を育てるんだ。」

 アルフレッドが言うように、白いローブを目深にかぶる者達がせっせと収穫をしていた。もっと先には小麦や米が黄金の実をつけてしなだれている。

「それで、僕達の目的はあっち。」

 示される前にジャンが視線をやった方向は、どの樹木よりも立派にそびえ立つ中央の二本の樹である。

「で、でっか……。」

 遠近法が微妙に狂い出しそうな大きさだった。現に、ジャンが思っていたより大樹は遠く、着いた頃にはすっかり無意識に足を動かしていた。二本の木を前にして、ジャンは片方がすっかり枯れ果てている事が分かった。葉は見るからに茶色で、根元には腐り果てた柘榴がぼとぼとと落ちている。

「これ枯れてるみたいだけど……どうしたの?」

 枯れた大木を境にして、地面を黄緑に彩っていた芝生もまばらになっていた。動物も全く見当たらなくなっている。

「手、幹についてみて。」



 見上げれば首も痛くなるような高さに、ジャンはため息混じりで幹に手をついた。すると、幹の割れ目が一斉に柘榴色に光った。光はまるで鼓動のように下から上に流れていき、みるみるうちに葉が生い茂り始めた。やがて、深緑の隙間から赤い実も見え始めるようになった。

「何これ!?」

「若返ったな。」

 ジャンが驚いて後ずさりすると、木の幹から十個の円と四本の横線が不可思議な並びで現れた。描いている線はどれも柘榴色に輝いている。

「あれ、これ直接行けないの?」

「これは[生命の樹]だぞ、当たり前だ……。ジャン、一番下のよく分からない文字を押せ。」

 首を傾げながら言われた通りに文字をなぞると、楽園から三人の姿は消えた。

 目を開ければそこは黄金色に輝いていてで、天界とは比べ物にならないほどの極彩色が目の前をを覆っていた。さんさんと照りつける晴天の太陽、たくさんの色が並ぶ屋根布は、ジャンの目を圧倒した。砂埃の舞う大地に地面に足を踏み出し、ニコライは四角を連ねた巨大な建物に向かって歩き出した。道行く先は人々が賑わう商店のような軒先が続き、呼吸もせぬような人々が出たり入ったりしている。

(なんか古代の王国にきたみたいだ……。)

 人の波で圧迫感のある道を突き進んでやがて、目的地の巨大な建物の正面が見えた。

「連絡入れたんだけど、取り次いでもらって大丈夫?」

 アルフレッドが話しかけたのは、ローマ帝国さながらの筋肉を持った衛兵である。赤いマントを翻しながら、衛兵は威風堂々の歩幅で三人を案内した。建物に入ってすぐ、むっとした香の香りが鼻を襲う。

「ニコライさん、ここは?」

 周りにあるのは、天界とはまた別の絢爛さ。金や赤を基調とした装飾、少しだけくらい屋内を色とりどりの宝石やあたりを照らし、壁にはたくさんの整然とした絵が描かれていた。

「[冥界]の中核にある神殿。どちらかというと、宮殿だけど。」

「今日はここかぁ……。」

 連れられたのは、ほんのこじんまりとした木の扉だった。向こう側では楽しそうな話し声が交わされている。

「場所は移動できない?」

 案内をした兵士にそう伝えると、兵士は少し待つようにジェスチャーして扉の向こうに消えた。しかし、ほんの少しばかり経ったところで、男の声が三人に向かって飛んでくる。

「なぜそこに突っ立っている。入れ。」

 アルフレッドが天井を仰いでため息をつき、ニコライはやれやれとかぶりを振る。

「ジャン、喋らなくていいからね。」

「え、あ、うん。」

 小さく開いた扉を向こう側に押し、アルフレッドを先頭に三人は室内に入った。ジャンは思わず固唾を飲み込む。端的に言えば、彼の目に映ったのはハーレムである。

「よく来たな。何用だ?」

「おはようございます王よ。本日は頼みがありまして。」

 部屋の中で唯一の男は、古代風の衣服と装飾品をまとい、肌は褐色で、まるで古の王のように堂々たる雰囲気で数多の女体の中に埋もれていた。女といえばだれもかれも世界に名だたる絶世の美女である。

「頼みとな。言え。」

「リチャード王の詳細な行方を探って欲しいのです。」

 朝に読んでいた書類を男に渡して、アルフレッドは目をよそにやった。どうやら彼には今の視界が苦手らしい。

「言っている意味はは分かっているのだな?」

 唯一の男は上体を起こして佇まいを直した。女性達に微笑んでいた表情がいつの間にか至極真面目になっていることにジャンは気付いた。

「そちらに書いてある通りだ。」

 ニコライが口を挟むと、男は少し顎を引いた。

「なるほど……。よほど急務と見える。」

 二人は恐れ入ります、と言ったように僅かに頭を下げた。空気の中を、香りだけが流れる時間が暫く続く。そして、男は重々しく口を開いた。

「良い。最善を尽くそう。」

「ありがとうございます、では。」

 アルフレッドは礼を言うや否やすたこらさっさと部屋を出て、ジャンとニコライも慌ててその後についていった。大きく息を吐き出したアルフレッドは、ジャンの神妙な顔に気付く。

「どうかした? もう喋ってもいよ。」

「うん。あの人、分家当主のレイモンドといちいち特徴が合ってて……。背小さいし……。」

 微笑んでもいない顔で、しかしニコライは思わず鼻を鳴らして笑った。

「あーうん……気にしなくていいよ。」

 アルフレッドの目はどこか遠くを見ていた。
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