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第二部 外伝
第二集 はじめてのがっこう いち
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「アヤメ」
「何でしょう」
オルデミアはパークスの家にあるアヤメの部屋に来ていた。
手には数冊の本を抱えている。
今日はアヤメに一つの提案をする事になっていた。
「法術が使えるようになったな」
「やってしまいました」
「という事で法術に関してちゃんとした授業を受けて欲しい」
「オルデミアが授業をするの?」
「いや、今回はちゃんと本職の先生にお願いする事にした」
「へー」
「アヤメの事は、貴族の子供とだけ伝えてある。皇帝だと言うと断られそうだからな」
「貴族の子供でも、パークスの家の子だと良くないんじゃ?」
パークスの隠し子だと思われるかもしれない。
今後に色々と控えているパークスの弱みになる可能性がある。
「もちろん違う貴族の子として学校に行く事にしてある。その辺りは帝国の力でどうとでもなる」
「帝国つよい」
「それで今回は見学生として、学校に入る。そこで普通の生徒と一緒に授業を受けて貰う訳だ。それならば怪しまれる事はない。貴族の子ばかりが通う学校だ。身分に関しても同じ貴族であれば平等に付き合えるだろう」
「いいところの学校なんだね」
「学校の名前はヴィオラ私立学校という。大貴族ヴィオラ家が運営する由緒正しい学校だ。貴族らしい振る舞いを心がけてくれ」
「頑張ってみる……」
オルデミアは少しテンションの下がったアヤメの肩を優しく叩く。
「大丈夫だ。少しの間、授業を受けるだけだからな。そう大変な事でもない。大人しくしていれば問題ない」
「うん、分かった!」
アヤメは頷いて、笑みを浮かべる。
「では手続きをしておく。通学開始には数日かかると思う。これは学校で使う教科書だ。目を通しておいてくれ」
アヤメはオルデミアから教科書を受け取る。
本をめくってみたが、内容は理解できそうだった。
細かい文字がぎっしり並んでいる頭が痛くなりそうな教科書ではない。
異世界の学校と聞いて不安だったが、これなら何の問題もないだろう。
普通に授業を受ける。
それだけの事。
実に簡単だ。
――だが数日後、ヴィオラ私立学校は創立以来の危機に陥る事となる。
その事はまだ、誰も知り得なかった。
はじめての がっこう
<学園地獄編>
「遅いな……」
オルデミアはハラハラしながらアヤメが出てくるのを待っていた。
学校への見学依頼を出して数日。
国家の力で完璧に偽造されたアヤメのプロフィールで、学校への見学は滞りなく許可された。
今日は登校初日である。
学校までは馬車で十分ほど。
だが手続きや準備があるので、出来る限り早めに家を出たい。
「アヤメ、まだか?」
「も、もう少し!」
遅くなったのは朝ご飯を作っていたからである。
ここ最近、ミーミルとセツカ、リッカの分はアヤメが作っていた。
もはや毒殺の可能性はゼロだが、完全に趣味らしい。
しかしその趣味のおかげで学校に遅れるのはいただけない。
「早くしないと遅刻するぞ」
「……うん、できた!」
部屋の中から声が聞こえて、アヤメが外に飛び出してきた。
「よし、外で馬車が――」
オルデミアの息が止まる。
無理もない。
アヤメは学校指定の制服を着ていた。
これを着るのに手間取っていたのだ。
学校の制服は貴族の子が通う為に、高価であったが、作りが非常にしっかりしていた。
植物から織られた安物の生地は使われていない。
北部領のカラクルという動物の毛で織られた高級品だ。
紺色のブレザーに、赤いネクタイが映える。
スカートはチェックのスカート。
靴は革製。
そして背中には革製の鞄を背負っていた。
中には筆記用具や教科書が入っている。
アヤメが最初に見た時はランドセルかと思ったが、それよりも薄い。
恐らく教科書が少ないせいだろう。
学校に持って行くモノが少ないので、ランドセルほどゴツくなくて良いのだ。
筆舌に尽くしがたい可愛らしさであった。
「こんなに時間かかるとは思って――オルデミア?」
オルデミアは何故か動かない。
アヤメは不思議そうにオルデミアを見上げる。
「いこ?」
アヤメはオルデミアの左手を、きゅっと握る。
オルデミアの全身に電流が走る。
心臓が止まった。
気がした。
「おー、アヤメ、まるで小学生みたいだ」
廊下で待っていたミーミルがアヤメを見ながら言う。
「小学生だよ」
「かもなぁー。ふぁー」
朝早く起きるのに慣れていないミーミルは大あくびをする。
ちなみにセツカとリッカは、ご飯を食べたら二度寝してしまった。
アヤメが学校に行くと聞いて、自分達も行きたいと言っていた二人。
どうしてもついていくと、かなり駄々をこねていた。
だが二人は、学校がどういう場所なのか知らなかったのだ。
アヤメが「学校は勉強をしにいく場所」と言うと、瞬時に大人しくなった。
やはり勉強は嫌いらしい。
「まあ俺はアヤメの晴れ姿を見られたので良しとする。寝るわ」
「最近、よく寝るね」
「いくら寝ても寝たりないんだなぁ……もう俺は猫かもしれん」
「猫だよ」
「やっぱ猫かぁ……にゃーあ」
ミーミルは欠伸しながら、自室に戻って行った。
「じゃあ、オルデミア、いこっか。時間ないんでしょ?」
「……」
オルデミアは、やはり固まっている。
アヤメは首を傾げた。
「オルデミア?」
「――いい」
「え?」
「――――あ、いや。何でもない。ゴホン。急ごう」
アヤメとオルデミアは階下に降りていく。
「アヤメ様、いってらっしゃいませ。お気をつけて」
「いってきまーす」
すれ違ったメイドに挨拶してから、パークスの家を出る。
扉を開くと、兵士がいた。
しかも大量に。
オルデミアは裏口から出なかった自分の迂闊さを呪った。
出待ちだった。
この瞬間を待っていたのだ。
むしろ待っていない訳がいない。
「あああああああああああ!!」「うおおおおおおおお!!」「きたあああああああ!!」
いきなりの絶叫だった。
余りの五月蠅さにアヤメは耳を塞ぐ。
「制服! 制服!」「閃皇の! 制服!」「ハイ! 制服制服!」「セイフックー!」
謎の大合唱が始まった。
両手を振り回したり、飛び跳ねる。
それは踊っているようにすら見えた。
「なにこれ」
「邪魔だ! どけ! 遅刻する!」
オルデミアが飛び跳ねる兵士や、祈りをささげる兵士を蹴り飛ばしつつ、かき分ける。
「歴史的瞬間!」「絵画に! 絵画にしろ!」「誰か馬車を! 馬車で攫――じゃなくて学校までお連れしろ!」「用意してある! アヤメ様! こちらです!」
「え、こっち?」
兵士が指差すのは裏口方向であった。
確かに馬車は止まっている。
だが普通の馬車とは違い、窓が真っ黒に塗られている。
車体も真っ黒だ。
何だか不気味な馬車である。
「表の馬車が正規の馬車だ! 惑わされるな! 行くぞ!」
オルデミアが離れていたアヤメの手を握る。
そしてアヤメの手を引こうとした時だった。
「何をしている」「それは許されない」「絶対にだ」「越えてはいけない一線がある」
急に空気が変わった兵士達が、いきなりオルデミアに襲い掛かった。
「ぐわあああああああ」
「オルデミア!?」
地面に引きずり倒されるオルデミア。
兵士の一人がアヤメとオルデミアの繋いだ手を引き剥がす。
引き剥がす為にアヤメの手を掴んでいた、その兵士も地面に引きずり倒される。
「うわー、どうして俺まで」
「行け! 私に構わず馬車まで走れ!」
数の暴力で地面に倒されているオルデミアはアヤメに向かって叫んだ。
「で、でも……」
オルデミアの惨状を見て、アヤメは戸惑う。
だがオルデミアは、兵士達に押しつぶされながらも、目を見開くと叫んだ。
「初日から絶対に遅刻するな!!!!」
「う、うん!」
アヤメは頷くと、表に止めていた馬車まで走る。
だが馬車までの道には兵士達で埋め尽くされていた。
肉の壁である。
どうやってここを抜ければいいのか。
アヤメは立ち止まり、兵士達の隙を伺う。
だが兵士の隙はすぐに生まれた。
――立ち止まった時に、アヤメのスカートがふわり、とほんの少しだけ翻ったのだ。
兵士達が一斉に平伏する。
その平伏した兵士達を他の兵士がボコボコにし始めた。
一様に「それは許されない」「見てはならない」と言っている。
何が起きたか分からないが、とにかく兵士達が仲間割れをしている今がチャンスであった。
壁の高さが低くなったのならば、越えるのみ!
アヤメは足に力をこめると、ジャンプした。
歌で強化されていなくとも、アヤメの脚力は人間の域を遥かに超える。
まるで弾丸のような速度で、アヤメは高く、遠く跳んだ。
平伏した兵士の上を飛び越え、馬車の傍へと着地する。
アヤメは馬車の階段を、またジャンプして飛ばし上がると、馬車に乗り込んだ。
「お待ちしておりました、アヤメ様」
馬車の御者がアヤメに挨拶をしてくれる。
「学校にお願いします!」
「かしこまりました。では急ぎますよ」
御者が鞭を入れると、馬車は道路を疾走し始める。
「えーと、いってきますー!」
とりあえず馬車の窓から、オルデミアや兵士に向かって手を振る。
兵士達は、ちゃんと手を振り返してくれた。
「……」
アヤメがいなくなるとパークス家の庭は、とても静かになった。
さっきまでの喧騒が嘘のようである。
殴り合っていた者達も、拳を収めていた。
「何か……おかしいな。こんなはずではなかった」
「ああ……」
最初の予定では、アヤメ様を静かにお見送りする予定であった。
馬車までの道を人垣で作り、それぞれ激励の言葉をかける手はずだったのだ。
だが制服のアヤメを見てから何が何だか分からなくなってしまった。
思わずカッとなってしまったのだ。
後はご覧の有様である。
欲望のまま突っ走ってしまった。
それだけアヤメの制服姿の威力が高かったのだ。
その場にいる信者全員を完全発狂させる程の威力があった。
まあ当然と言えば当然なのだが、改めてアヤメ様が持つポテンシャルの高さを痛感させられた気がする。
「お前らは……いつまで……上に乗っている」
「こ、これは申し訳ありませんオルデミア団長!」「大変な事をしてしまった!」「どうしてこんな事に!」
その場の勢いで騎士団長を制圧してしまった兵士達が、慌ててオルデミアから離れる。
オルデミアはよろめきながら、その場に立った。
「貴様ら、どういうつもりだ」
そして兵士達を、身も凍るような目で睨みつけながら言った。
「それが、分からないのです」
「当初の予定とは全く違う結果に」
「我々も困惑するばかりでして」
兵士達も不思議そうに首を傾げていた。
「……後でそれ相応の罰があるので覚悟しておけ」
オルデミアはそれだけ言い残すと、自分の服を見る。
この時の為にあつらえた礼服はボロボロになっていた。
アヤメの保護者として、学校まで顔を出す予定だったのに。
パークス家の人間を直接、保護者にするのは問題がありすぎる。
だからオルデミアが、『とある貴族』から保護者の役を受けた事にしたかった。
そうすれば相手も察して、必要以上に素性を聞いて来ようとはしない。
「くそ……代わりの服が必要か」
こうなっては一旦、屋敷に戻ってパークスから服を借りるしかない。
確実にオルデミアは初日から遅刻だった。
アヤメ一人で大丈夫だろうか。
心配だ。
「お、オルデミア団長……その、罰というのは?」
兵士の一人が恐る恐るオルデミアに聞く。
「うむ。そうだな」
オルデミアは一つ頷くと、表門に集まっていた兵士達を見る。
そして、罰を与える為にこう叫んだ。
「さっきアヤメが跳んだ時にパンツを見た者はいるか」
神を神聖なものと崇める原理主義者と
神をより身近なものと考える革新派の戦争が開始された。
「何でしょう」
オルデミアはパークスの家にあるアヤメの部屋に来ていた。
手には数冊の本を抱えている。
今日はアヤメに一つの提案をする事になっていた。
「法術が使えるようになったな」
「やってしまいました」
「という事で法術に関してちゃんとした授業を受けて欲しい」
「オルデミアが授業をするの?」
「いや、今回はちゃんと本職の先生にお願いする事にした」
「へー」
「アヤメの事は、貴族の子供とだけ伝えてある。皇帝だと言うと断られそうだからな」
「貴族の子供でも、パークスの家の子だと良くないんじゃ?」
パークスの隠し子だと思われるかもしれない。
今後に色々と控えているパークスの弱みになる可能性がある。
「もちろん違う貴族の子として学校に行く事にしてある。その辺りは帝国の力でどうとでもなる」
「帝国つよい」
「それで今回は見学生として、学校に入る。そこで普通の生徒と一緒に授業を受けて貰う訳だ。それならば怪しまれる事はない。貴族の子ばかりが通う学校だ。身分に関しても同じ貴族であれば平等に付き合えるだろう」
「いいところの学校なんだね」
「学校の名前はヴィオラ私立学校という。大貴族ヴィオラ家が運営する由緒正しい学校だ。貴族らしい振る舞いを心がけてくれ」
「頑張ってみる……」
オルデミアは少しテンションの下がったアヤメの肩を優しく叩く。
「大丈夫だ。少しの間、授業を受けるだけだからな。そう大変な事でもない。大人しくしていれば問題ない」
「うん、分かった!」
アヤメは頷いて、笑みを浮かべる。
「では手続きをしておく。通学開始には数日かかると思う。これは学校で使う教科書だ。目を通しておいてくれ」
アヤメはオルデミアから教科書を受け取る。
本をめくってみたが、内容は理解できそうだった。
細かい文字がぎっしり並んでいる頭が痛くなりそうな教科書ではない。
異世界の学校と聞いて不安だったが、これなら何の問題もないだろう。
普通に授業を受ける。
それだけの事。
実に簡単だ。
――だが数日後、ヴィオラ私立学校は創立以来の危機に陥る事となる。
その事はまだ、誰も知り得なかった。
はじめての がっこう
<学園地獄編>
「遅いな……」
オルデミアはハラハラしながらアヤメが出てくるのを待っていた。
学校への見学依頼を出して数日。
国家の力で完璧に偽造されたアヤメのプロフィールで、学校への見学は滞りなく許可された。
今日は登校初日である。
学校までは馬車で十分ほど。
だが手続きや準備があるので、出来る限り早めに家を出たい。
「アヤメ、まだか?」
「も、もう少し!」
遅くなったのは朝ご飯を作っていたからである。
ここ最近、ミーミルとセツカ、リッカの分はアヤメが作っていた。
もはや毒殺の可能性はゼロだが、完全に趣味らしい。
しかしその趣味のおかげで学校に遅れるのはいただけない。
「早くしないと遅刻するぞ」
「……うん、できた!」
部屋の中から声が聞こえて、アヤメが外に飛び出してきた。
「よし、外で馬車が――」
オルデミアの息が止まる。
無理もない。
アヤメは学校指定の制服を着ていた。
これを着るのに手間取っていたのだ。
学校の制服は貴族の子が通う為に、高価であったが、作りが非常にしっかりしていた。
植物から織られた安物の生地は使われていない。
北部領のカラクルという動物の毛で織られた高級品だ。
紺色のブレザーに、赤いネクタイが映える。
スカートはチェックのスカート。
靴は革製。
そして背中には革製の鞄を背負っていた。
中には筆記用具や教科書が入っている。
アヤメが最初に見た時はランドセルかと思ったが、それよりも薄い。
恐らく教科書が少ないせいだろう。
学校に持って行くモノが少ないので、ランドセルほどゴツくなくて良いのだ。
筆舌に尽くしがたい可愛らしさであった。
「こんなに時間かかるとは思って――オルデミア?」
オルデミアは何故か動かない。
アヤメは不思議そうにオルデミアを見上げる。
「いこ?」
アヤメはオルデミアの左手を、きゅっと握る。
オルデミアの全身に電流が走る。
心臓が止まった。
気がした。
「おー、アヤメ、まるで小学生みたいだ」
廊下で待っていたミーミルがアヤメを見ながら言う。
「小学生だよ」
「かもなぁー。ふぁー」
朝早く起きるのに慣れていないミーミルは大あくびをする。
ちなみにセツカとリッカは、ご飯を食べたら二度寝してしまった。
アヤメが学校に行くと聞いて、自分達も行きたいと言っていた二人。
どうしてもついていくと、かなり駄々をこねていた。
だが二人は、学校がどういう場所なのか知らなかったのだ。
アヤメが「学校は勉強をしにいく場所」と言うと、瞬時に大人しくなった。
やはり勉強は嫌いらしい。
「まあ俺はアヤメの晴れ姿を見られたので良しとする。寝るわ」
「最近、よく寝るね」
「いくら寝ても寝たりないんだなぁ……もう俺は猫かもしれん」
「猫だよ」
「やっぱ猫かぁ……にゃーあ」
ミーミルは欠伸しながら、自室に戻って行った。
「じゃあ、オルデミア、いこっか。時間ないんでしょ?」
「……」
オルデミアは、やはり固まっている。
アヤメは首を傾げた。
「オルデミア?」
「――いい」
「え?」
「――――あ、いや。何でもない。ゴホン。急ごう」
アヤメとオルデミアは階下に降りていく。
「アヤメ様、いってらっしゃいませ。お気をつけて」
「いってきまーす」
すれ違ったメイドに挨拶してから、パークスの家を出る。
扉を開くと、兵士がいた。
しかも大量に。
オルデミアは裏口から出なかった自分の迂闊さを呪った。
出待ちだった。
この瞬間を待っていたのだ。
むしろ待っていない訳がいない。
「あああああああああああ!!」「うおおおおおおおお!!」「きたあああああああ!!」
いきなりの絶叫だった。
余りの五月蠅さにアヤメは耳を塞ぐ。
「制服! 制服!」「閃皇の! 制服!」「ハイ! 制服制服!」「セイフックー!」
謎の大合唱が始まった。
両手を振り回したり、飛び跳ねる。
それは踊っているようにすら見えた。
「なにこれ」
「邪魔だ! どけ! 遅刻する!」
オルデミアが飛び跳ねる兵士や、祈りをささげる兵士を蹴り飛ばしつつ、かき分ける。
「歴史的瞬間!」「絵画に! 絵画にしろ!」「誰か馬車を! 馬車で攫――じゃなくて学校までお連れしろ!」「用意してある! アヤメ様! こちらです!」
「え、こっち?」
兵士が指差すのは裏口方向であった。
確かに馬車は止まっている。
だが普通の馬車とは違い、窓が真っ黒に塗られている。
車体も真っ黒だ。
何だか不気味な馬車である。
「表の馬車が正規の馬車だ! 惑わされるな! 行くぞ!」
オルデミアが離れていたアヤメの手を握る。
そしてアヤメの手を引こうとした時だった。
「何をしている」「それは許されない」「絶対にだ」「越えてはいけない一線がある」
急に空気が変わった兵士達が、いきなりオルデミアに襲い掛かった。
「ぐわあああああああ」
「オルデミア!?」
地面に引きずり倒されるオルデミア。
兵士の一人がアヤメとオルデミアの繋いだ手を引き剥がす。
引き剥がす為にアヤメの手を掴んでいた、その兵士も地面に引きずり倒される。
「うわー、どうして俺まで」
「行け! 私に構わず馬車まで走れ!」
数の暴力で地面に倒されているオルデミアはアヤメに向かって叫んだ。
「で、でも……」
オルデミアの惨状を見て、アヤメは戸惑う。
だがオルデミアは、兵士達に押しつぶされながらも、目を見開くと叫んだ。
「初日から絶対に遅刻するな!!!!」
「う、うん!」
アヤメは頷くと、表に止めていた馬車まで走る。
だが馬車までの道には兵士達で埋め尽くされていた。
肉の壁である。
どうやってここを抜ければいいのか。
アヤメは立ち止まり、兵士達の隙を伺う。
だが兵士の隙はすぐに生まれた。
――立ち止まった時に、アヤメのスカートがふわり、とほんの少しだけ翻ったのだ。
兵士達が一斉に平伏する。
その平伏した兵士達を他の兵士がボコボコにし始めた。
一様に「それは許されない」「見てはならない」と言っている。
何が起きたか分からないが、とにかく兵士達が仲間割れをしている今がチャンスであった。
壁の高さが低くなったのならば、越えるのみ!
アヤメは足に力をこめると、ジャンプした。
歌で強化されていなくとも、アヤメの脚力は人間の域を遥かに超える。
まるで弾丸のような速度で、アヤメは高く、遠く跳んだ。
平伏した兵士の上を飛び越え、馬車の傍へと着地する。
アヤメは馬車の階段を、またジャンプして飛ばし上がると、馬車に乗り込んだ。
「お待ちしておりました、アヤメ様」
馬車の御者がアヤメに挨拶をしてくれる。
「学校にお願いします!」
「かしこまりました。では急ぎますよ」
御者が鞭を入れると、馬車は道路を疾走し始める。
「えーと、いってきますー!」
とりあえず馬車の窓から、オルデミアや兵士に向かって手を振る。
兵士達は、ちゃんと手を振り返してくれた。
「……」
アヤメがいなくなるとパークス家の庭は、とても静かになった。
さっきまでの喧騒が嘘のようである。
殴り合っていた者達も、拳を収めていた。
「何か……おかしいな。こんなはずではなかった」
「ああ……」
最初の予定では、アヤメ様を静かにお見送りする予定であった。
馬車までの道を人垣で作り、それぞれ激励の言葉をかける手はずだったのだ。
だが制服のアヤメを見てから何が何だか分からなくなってしまった。
思わずカッとなってしまったのだ。
後はご覧の有様である。
欲望のまま突っ走ってしまった。
それだけアヤメの制服姿の威力が高かったのだ。
その場にいる信者全員を完全発狂させる程の威力があった。
まあ当然と言えば当然なのだが、改めてアヤメ様が持つポテンシャルの高さを痛感させられた気がする。
「お前らは……いつまで……上に乗っている」
「こ、これは申し訳ありませんオルデミア団長!」「大変な事をしてしまった!」「どうしてこんな事に!」
その場の勢いで騎士団長を制圧してしまった兵士達が、慌ててオルデミアから離れる。
オルデミアはよろめきながら、その場に立った。
「貴様ら、どういうつもりだ」
そして兵士達を、身も凍るような目で睨みつけながら言った。
「それが、分からないのです」
「当初の予定とは全く違う結果に」
「我々も困惑するばかりでして」
兵士達も不思議そうに首を傾げていた。
「……後でそれ相応の罰があるので覚悟しておけ」
オルデミアはそれだけ言い残すと、自分の服を見る。
この時の為にあつらえた礼服はボロボロになっていた。
アヤメの保護者として、学校まで顔を出す予定だったのに。
パークス家の人間を直接、保護者にするのは問題がありすぎる。
だからオルデミアが、『とある貴族』から保護者の役を受けた事にしたかった。
そうすれば相手も察して、必要以上に素性を聞いて来ようとはしない。
「くそ……代わりの服が必要か」
こうなっては一旦、屋敷に戻ってパークスから服を借りるしかない。
確実にオルデミアは初日から遅刻だった。
アヤメ一人で大丈夫だろうか。
心配だ。
「お、オルデミア団長……その、罰というのは?」
兵士の一人が恐る恐るオルデミアに聞く。
「うむ。そうだな」
オルデミアは一つ頷くと、表門に集まっていた兵士達を見る。
そして、罰を与える為にこう叫んだ。
「さっきアヤメが跳んだ時にパンツを見た者はいるか」
神を神聖なものと崇める原理主義者と
神をより身近なものと考える革新派の戦争が開始された。
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ブラック企業に勤めていた安田悠翔(やすだ はると)は、電車を待っていると後から背中を押されて電車に轢かれて死んでしまう。
すると、神様と名乗った青年にこれまでの人生を同情され、異世界に転生してのんびりと過ごしてと言われる。
悠翔は、チート能力をもらって異世界を旅する。
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第3部が来るまでゆっくり首を長くしてお待ちしております。
道具なんていらない。
木霊触という触手攻めがあるんだよ。フフフ
その手があったか……!
第二部完 お疲れさまです、第三部も楽しみにしています!
ねこです。
ありがとうございます
次章はプロットを組んでいる段階ですので
本編再開は少しお時間かかると思います
その間も外伝をちょこちょこ更新していきますのでよろしくおねがいします