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第一部 四章

第四十六話 魔ノ歌

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「閃皇様! 馬車にお戻り下さい!」

 オルデミアが馬車を慌てて止める。


 アヤメは馬車の窓から、兵士が落馬するのを見た。
 そして気が付いたら馬車から飛び降りていた。


 結構なスピードが出ていたが、飛び降りても怪我一つない。

「――っ! ええっ!?」

 先に逃げていたはずの閃皇を追い抜いてしまうパークス。
 おかげで逃走陣形が無茶苦茶になる。

「回収しろパークス! 閃皇を! アベル回収!」
「ちょっ、閃皇様! 閃」

 アベルはあわてて馬を止め、手綱を繰って振り向いたが、いない。

「走ってる! パークス、アベル止めろ! 止めるんだーー!」

 アベルが顔を上げると、すでにアヤメは殿のクロ隊がいる方向へ走っていた。
 信じられない程のスピードだ。
 少なくとも子供が出せる速度ではない。

「何で来てんだ!?」

 馬にも乗らず、単騎で引き返して来るアヤメ。
 それを見た思わずエーギルが声を荒げる。

 もう『しっちゃかめっちゃか』だった。

「ああ、クソ! 全員、馬から降りろ! ここでジェノサイドを倒す!」
「本気ですか!?」

 チューノラが顔を引きつらせながら叫ぶ。

「本気もクソもやるしかねぇだろ! 閃皇様が助けに来ちまったんだから!」
「でも、ジェノサイドですよ!?」
「大丈夫だ、閃皇様がついてる!」

 フィードゥの言葉にエーギルはヤケクソ気味に叫ぶ。
 さっきから異常な防御力になっているが、それだけではジリ貧だ。

 ジェノサイドの恐ろしさの一つに、再生能力がある。
 浅い傷は、見る間に修復してしまう。
 並みの兵士が何十人いても、傷ひとつ付けられない理由がそれだ。
 強力な火力が無ければ、ジェノサイドは倒しきれない。

「なるほど! 天使がついている、という事は負けないという事ですね!」
「天使を護るのだ。そうすれば自ずと勝てる」
「そうだな! 密集陣形! 離れると各個撃破されんぞ!」

 トトラクとカナビスが意味不明な事を言ったがエーギルは流した。
 クロ隊は密集陣形を取る。

 そこにジェノサイドが襲い掛かった。

水精流水ヒュドラ・イヴェイド!』

 前衛の兵士が法術を発動させ、盾を構える。
 ジェノサイドの爪は、兵士の盾にはじき返された。

「――それにしても、どうなってんのかねコリャ」

 エーギルは小声で呟く。

 ジェノサイドの爪を人間が盾で弾くなど、不可能である。
 今までジェノサイドに何度か襲われた事がある。
 そして防御法術で固めた重装騎兵が盾や鎧や馬ごと、爪のたったひと振りで真っ二つになるのを何度も見て来た。

「それを歌だけでコレか」

 そこに閃皇がついに到着した。

「閃皇様!」「天使来た!」「これで勝てる!」

 クロ隊のメンバーがアヤメの到着を喜ぶ。

「閃皇様、どうして戻って来られたのですか」
『tutae hatehe neio』

 喋れない。
 歌が発動しているので喋れなかった。
 エーギルの問いに答えられないアヤメは我ながら間抜けであると思った。

 とりあえずジェスチャーで、アヤメは剣を振り回す格好をして『攻撃』の意思表示する。

「フフ、どうしました、閃皇様?」

 トトラクが意味を分かっているにも関わらず、笑みを浮かべながら、問う。

(うぐぐー、伝わってない!)

 アヤメは意思を伝えようと、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、剣を振る格好をする。

「かわいい」「かわいい」「かわいすぎる!」
「お前ら和んでないで攻撃だ攻撃! 前衛、ジェノサイドの攻撃を受け流し! 隙を作って斬り込め!」
「了解!」

 エーギルの指示で部隊が動く。
 ジェノサイドが再度、前衛の兵士に爪を振り下ろした。

「うおおおおおおおおお! 水王盾ラッタ・シールド!」

 前衛の兵士は叫ぶと、魔力強化した盾で爪を思い切り弾く。
 その衝撃で、ジェノサイドはよろめいた。

「今だ!」

火王刃フラーム・ブレイド!』
風王突フタイン・スピアー!』
水王牙ラッタ・ファング!』

 エーギルの指示と同時に、トトラクが、カナビスが、フィードゥが、自分の使える最強の攻撃スキルを発動させる。

 火炎の刃が、疾風の槍が、激流の矢がジェノサイドを同時に襲う。


『ima koso uchitao kie chikara miseruto』
 

 アヤメの歌が変化した。
 今度は全兵士の身体が深紅のエネルギーフィールドに包まれる。

 その瞬間だった。


 トトラクの火炎の刃が、赤から青白く変色する。
 カナビスの疾風の槍が、周囲の空気を巻き込みながら異様に巨大化する。
 フィードゥの激流の矢が、巨大化したと思うと、分裂し追尾弾に変化する。

 
 その全てがほぼ同時に直撃したジェノサイドは胸に巨大な穴が開き。
 全身の急所に矢が突き刺さり。
 炎で消し炭となった。


 もはや再生速度など何の意味もない。
 まずカナビスの一撃目で死んでいただろう。
 完全にオーバーキルだ。


 対象を滅して、なお焼き尽くさんとする業火が、草原を、兵士達を明るく照らす。


 ごうごう。
 ぱちぱち。


「…………」


 威力がおかしい。
 威力がおかしいのだ。


「お前ら、優秀だと思っていたが、いつの間にこんな無茶苦茶強くなった。ていうか人間のレベルを超えてるぞ。いつ人間を辞めた」

 エーギルが茫然と三人を見る。


 違うのだ。
 意味が分からないのだ。
 こんな事になるとは思ってもみなかったのだ。


 そういう意味を込めて、三人は無言で首を振った。

「良かったー。無事に倒せて」

 アヤメは嬉しそうにしていた。
 この状況を理解できたのはアヤメだけ。

 消費MP80。
 射程1000。
 範囲内の味方の、攻撃力とクリティカル率を大幅に引き上げる。
 全ては『ジグラートの烈火』の効果であった。


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水王盾ラッタ・シールド=防御力を大きく上げる水属性の強化魔法。水圧でクロスボウ程度なら簡単に弾けるようになる。
火王刃フラーム・ブレイド=攻撃力を大きく上げる火属性の強化魔法。斬撃に強力な火炎を付与する。
風王突フタイン・スピアー=攻撃力を大きく上げる風属性の強化魔法。武器に竜巻の刃を付与する。
水王牙ラッタ・ファング=水属性の攻撃魔法。鋼鉄すら貫く高圧縮された水の矢を発射する。


『ジグラートの烈火』

スキル分類 魔ノ歌
消費MP 80
効果範囲 1000
効果時間 120
クールタイム 0
効果 範囲内にいる味方の攻撃力とクリティカル率を大幅に引き上げる。
備考 深紅の薄い膜が展開される。
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