国を建て直す前に自分を建て直したいんだが! ~何かが足りない異世界転生~

猫村慎之介

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第二部 三章

第二十五話 ネーネ族との宴

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「えー、それではネーネ族とアイリス帝国の繁栄を祝って、乾杯!」

 ミーミルが、木の器を掲げながら叫んだ。

 ネーネ族が用意してくれた宴は広場でやる事となった。
 最も広い村長の家でも、アベル達を含めた村人達で食事をするのは不可能である。
 広場には村の人、全員が顔を出してくれている。
 その中にはこの前に見かけた、テトーラと呼ばれている小さな鬼っぽい女性もいた。

「乾杯!」

 アベルやパークス、兵士達も器を掲げた。

 それぞれの器の中にはネーネ族が作ったという白濁した液体が入っている。
 森の中に生えている植物の樹液を発酵させて作った酒らしい。
 お祝いの時に飲むのだそうだ。

 最近、何だか飲み会ばかりのような気がするが、これも権力者の仕事なのかもしれない。
 アヤメは子供用の果実ジュースを飲みながら、そう思った。

「いきなり俺が音頭を取るとは思ってなかったわ」

 ミーミルはアヤメの横に座ると、器の酒をあおる。
 この場で一番、立場が上なのはミーミルとアヤメだったが、見た目が年上のミーミルがやる事になるのは当然であった。

「んー! これキツいな! でも美味い!」

 かなり度数が高いお酒らしい。
 だがミーミルは嬉しそうだ。

 また酷い有様にならなければいいのだが――。

「パークスも飲め飲め」
「そんな一気には……ゴブッ!」

 やはり酷い有様になる未来しか見えない。

 アヤメはため息をつくと、目の前に広げられた食事に向かう。
 よく分からない肉が葉に包まれている。
 木の皿に肉を取り分けると一口、食べてみた。

「……」

 最初に広がったのは香草の香りだった。
 独特の香りが口の中に広がる。

 柔らかくはなく、硬めの肉であった。
 味付けは恐らく塩のみのシンプルな味付け。
 硬い肉だが、筋はないので引っかかりは無かった。

「んー」

 これなら恐らくパークスの家の食事や街の食堂の方が美味しい。
 アヤメは少しだけ残念に思いながら、さらに肉を食べる。

「……もぐもぐ」


 しかし違和感があった。


 毒が入っている訳ではない。
 そういう類のものではなく何か別の、むしろ体に良い物。
 具体的には分からないが、味覚とは違う、何か別の充足感がある。

 それは身体が本能的に求めるような、芯から癒すような――。

「薬膳?」

 近い物で例えるとするならば薬膳だ。
 食材と薬剤を組み合わせ、食事を摂る事で病気を治す医食同源の流れをくむ料理。

 だがそれよりも遥かに強力である。
 食べるだけで力が湧いてくるのが、ハッキリと実感できるレベルであった。

「なにこれ。すごい」
「ほほう、気づかれましたか。さすがですな」

 ククリアはアヤメに笑いかける。

「この森の生き物は多かれ少なかれ、現神の力を、その身に宿しております。その魔力を食材として取り入れ、我々は自らの糧としてきたのです。その為、僅かな食糧でも十分な栄養を得る事が可能なのです」

 つまり、この世界において栄養素はタンパク質や炭水化物だけではない。
 魔力を栄養素として摂る事も可能なのだ。
 その味わいは甘味、酸味、塩味、苦味、うま味のどれとも違う。

 新たな六つ目の味覚と言ってもいい。

「も、もしかして、これ革命? 革命的な感じ?」
「どうしたアヤメ」

 ミーミルがアヤメの狼狽っぷりを見て話しかけて来た。

「新しい味覚! 第六の味! 食の新たな地平!」
「何だよ、落ち着け」
「いいからとりあえず食べて早く」

 アヤメはミーミルの口に肉を放り込む。

「モガッ……ムグムグ」

「どう?」
「……独特な感じだな。塩が効いてて美味いが」

「そうじゃなくて、この体に湧き上がる滋養分というか、魔力を舌で感じるというか」
「すまん、何言ってるかわかんねぇわ」

「ククリアさん、後で料理の方法教えて下さい!」
「あ、ああ。いくらでもお教えしよう」

 アヤメの剣幕にやや気圧されながらククリアは答える。

「他のも試さないと」

 アヤメはスープを器に入れ、急いで口に入れる。

 塩味の聞いた野菜のスープ。
 一見すれば、それだけである。

 だが後から口にじわりと広がる多幸感すら覚えるような表現のしようのない感覚。

 間違いない。
 これは第六の味覚だ。

 旨味のように後味を引くが、さっぱりとしていて癒されるような味。

 名づけるならば癒し味? 魔味?
 相応しい名前が思いつかない。

 こんな味覚があるなど反則ではないか。
 この味と、既存の料理を融合させれば美味しく、同時に身体と精神を癒すような奇跡のような料理が作れるようになる。
 人類料理史における新たな一歩が、今この瞬間に刻まれたといっても過言ではない。

「過言ではないのに! ミーミルは感想それだけなの!? この料理に対して!」

「んーーーー。うまい?」
「このッ……!」
「アヤメ様、めでたい席で喧嘩はなりません」

 ミーミルに掴みかかったアヤメを諭すアベル。
 アヤメは息を荒くしながらも何とか落ち着いた。

「さあ、アベル殿も一杯」

 近くにいたイカルガがアベルに酒を勧めてくる。

「これはどうも。頂きます」

 アベルは酒を一口含む。

「ぐっ……これは……強いですね」

 アベルは眉間に皺を寄せながらイカルガに感想を漏らす。
 そのイカルガは器に入った酒を一気飲みしていた。
 アベルは目を丸くする。

「ふー。久しぶりの酒はいい」
「あの強い酒を、い、一気に……」
「何だ。人はこの程度で根を上げるのか? まだ宴は始まったばかりだぞ」

 イカルガはアベルに向かって笑みを浮かべる。

 完全に挑発されていた。

「……っ!」

 アベルは器に入っていた酒を一気に飲み干す。

「くっ――はぁ!」

 酒を飲み干したアベルはイカルガに向かって不敵な笑みを返す。

「癖はありますが美味い酒ですね」
「ほう。やるじゃないか」

 そう言ってイカルガはアベルの器に酒を注ぐ。
 イカルガも自分の器に酒を注いだ。

「よし。戦るか」
「いいでしょう!」

 アベルは覚悟を決めると、イカルガと壮絶な戦いを始める。

 アヤメは、それを眺めながら『この先どうなってしまうのだろう』と不安に思い始めた。
 現神の森への遠征は、日帰りであると伝えてある。

 泊りの予定ではない。
 その予定はパークスの部下だけでなくマキシウスにも伝えてある。
 皇帝が外出する以上、マキシウスの耳に入れない訳にはいかなかった。

 当然ながら亜人種と交流するのが目的であるとは言っていない。
 現神の森の周囲で軍事演習を行う目的と言ってある。
 パークスの部隊も現神の森の外でアヤメ達の帰りを待っているのだ。

 もし予定が遅れれば、皇帝が現神の森で行方不明になった事になってしまう。
 だから絶対に今日中にジェイドタウンに帰らなければならないのだが――。

「さ、どうぞ」

 テトーラにお酌をされるパークスの部下。
 他の部下達も女性の亜人種がつき、お酌をしていく。
 断る事もできずに、部下達はどんどん酒を飲み干す。

 あの酒はかなり度数が強いらしい。
 このままではアヤメ以外の全員が、へべれけの状態で現神の森からジェイドタウンまで帰る事になるのだ。

 さすがに現神の森までタクシー……もとい馬車を呼ぶのは不可能だし。

「まさか全員の面倒を見ながら帰宅しないと駄目なのでは」

 恐ろしい未来予想に青ざめるアヤメ。
 そもそも、この宴は何時に終了するのだろうか。
 飲食店でやるなら閉店までが限界だが、この宴には時間制限など無いのでは?

「亜人種の人達、送るの手伝ってくれるといいな……」

 アヤメはスープを口にしながら、改めて広場を観察する。

 
 広場にはネーネ族全員が集まっていた。
 だが不思議な事に女性しかいない。
 村に男性はいないのだろうか?

 実際の所、おかしいとは思っていた。

 村に来てから男性の姿を全く見ていない。
 出迎えにきたメンバーも、狩りのリーダーも、長老も女性だった。

 もしかしたらライオンのようにメスが強く、メスだけが狩りをする可能性もある。
 だとしたら男性は村にいるはずだが村にもいない。

 しかし子供がいる以上、男性はどこかにいるのは間違いないはずである。
 まあ亜人種が女性同士で子を成す可能性も考えられるが、ミョルドのパークスに対する態度を見ている限り、その可能性は低いだろう。

 だとしたら、なぜ……。

 
 そこまで考えた所で、アヤメは自分に向けられる視線に気づいた。

 少し離れた所から、アヤメの姿をじっと見ている影が二つ。

 セツカとリッカ。
 そう呼ばれた双子の少女だ。

 二人はじっと、アヤメの方を見ている。

「うーん……」

 アヤメはスープを置くと、ジュースのコップを持って立ち上がった。
 少し食べただけだったが、お腹はかなり一杯になっていた。
 大人たちは酒飲みに忙しいようだし、子供の自分がここにいても仕方ない。

 アヤメはそう思うと、宴の席を抜ける。

「おいー、アヤメ。この酒美味いって、マジで。飲んでみろって」

 すでに目が座りかけているミーミルがアヤメを呼び止める。

「トイレ」
「トイレか。行ってら」

 他の理由だと行かせて貰えないが、トイレなら絶対に抜けられる。
 それがミーミルに学んだ酔っ払いの世界であった。

 アヤメはそのまま双子達の方向へ歩いていく。
 怯えて逃げられるかと思ったが、双子はじっとアヤメの到着を待ってくれていた。

「こんばんは」

 アヤメは双子に、まず挨拶してみる。

「こんばんは」

 双子の一人、セツカが返事してくれる。
 リッカはセツカの陰に隠れたまま、アヤメの様子をじっと窺っていた。

「二人はみんなと一緒に食べないの?」
「私達あんまり食べないから」
「私もお腹いっぱいになったから抜けてきちゃった」

 アヤメは二人に笑いかける。

「……」
「……」

 それで沈黙だった。

 よく考えれば見知らぬ幼女と何を話せばいいのか、サッパリ分からない。
 適当な話題が出てくる気配がなかった。

 アヤメは少し考えてから、さっきの疑問をとりあえず投げかけてみる。

「……えっと、この村って男の人っていないの?」
「男の人は、みんな村を出て行ってそれから帰ってきてないの」
「遠くに狩りに出かけてる、みたいな?」
「森の外に行くって。それからずっと帰って来てないって、ミョルドお姉ちゃんは言ってた」

 現神の森の外に、男性は出て行った?
 何の為に?
 
「どれくらい帰ってきてないの?」
「十五年くらいってお姉ちゃんは言ってた」
「十五年も……」

 恐らく亜人種の男性は森の外に出て、アイリス帝国の生活になじんでしまった。
 だからもう森に帰ってくる気はない。
 例えるなら都会に出て行った田舎の人と似たようなものなのだろう。

「じゃないな」

 全く状況が違う。

 亜人種はアイリス帝国において差別の対象であり、根付いている人種ではない。
 事実、アイリス帝国の生活で亜人種を見た事は無い。
 もし十五年前に出て行っているならば、少しは話題になっているはずだ。

 だが亜人種の話題で出てくるのは『ラナイヤ探検隊』の事件ばかり。
 現神の森のから出て来た男性亜人種達の話など初耳だ。

「?」

 いきなり考え込み始めたアヤメを不思議そうな顔で見るセツカ。

「――っ、あ。ええと何だか気になっちゃって。そっか、出て行っちゃったのかぁ」

 アヤメは慌ててとりつくろう。

「お父さん……」

 リッカが呟くように言う。

 初めて聞いた声。
 呟いたリッカは悲しそうな表情をしていた。


 そうだった。


 その出て行った男性には、二人の父親も含まれていたはず。
 この話題は二人にとって、思い出したくない事件なのではないか。

「あっ……えっと、うん。あのね……」

 双子の幼女の前で狼狽える幼女。

 何か……何か無いか。

 アヤメは記憶を掘り起こし、掘り起こした末に『ソレ』を思い出した。
 アヤメの手から燐光が輝く。
 燐光が収まると小さなぬいぐるみが現れていた。

 リ・バースのアバターガチャで手に入れたアクセサリアバター。

 抱き猫ぬいぐるみだ。

 キャラクターの外見を変更できる外見変更アイテムで、装備すると猫のぬいぐるみが腕にくっつく。

「これ何?」
「ぬいぐるみ」
「ぬいぐるみ?」

 二人とももの珍しそうにぬいぐるみを見ている。
 森に住む二人がぬいぐるみを見るのは初めてかもしれない。
 というかこの世界にぬいぐるみが存在しているのだろうか?

「えーと、あげる!」

 アヤメは抱き猫ぬいぐるみを差し出す。

「……」

 セツカは無反応だった。
 だがリッカはセツカに隠れながら、ぬいぐるみに手を伸ばした。

 アヤメはリッカにぬいぐるみを渡す。

「猫の手がバネに……バネ分からないか。手が広がるから、それを腕に挟んでみて」

 リッカは言われるままに、腕にぬいぐるみをつける。

「これは何のどうぶつ?」
「猫だよ」
「ねこ……さん」

 そう言ってリッカは猫の頭を撫でた。

「……剥製?」
「剥製じゃなくて布と綿で作ってる、ぬいぐるみって玩具だよ」

「かわいい」

 リッカはそう言ってアヤメに、はにかんだ笑みを浮かべる。
 それは、まるで花開くような笑顔だった。

 
 
「あー、飲んだ……飲みすぎた」

 ブラストソードを貰った兵士は千鳥足で席から抜けていた。

 一応、仕事中なのに飲んでしまった。
 いや飲む事が仕事だったのかもしれない。
 そういう事にしておこう。

 兵士は朦朧とする意識の中で結論づける。

「トイレはどこだ」

 どこかの家に備え付けてあるのかもしれないが分からない。
 聞くのを忘れてしまった。
 まあ森の中なら別にどこでしても問題ないだろう、と思いながら草むらの方へ行く。

 すると兵士の耳に子供の笑い声――いや、アヤメの笑い声が聞こえた。

 アヤメだけではない。
 他にも子供の声がする。

「なんだぁ……?」

 兵士は声のする方向へ、引き寄せられるように近づいていく。
 木の陰から、覗き込む。



「ふぅー」

 アヤメは指を曲げ、わっかを作って息を吹きかけた。

 指の間からシャボン玉が現れる。
 無数のシャボン玉は空に浮かび、宙を舞う。

 ログインボーナスガチャで手に入る追加エモーションの一つである。
 習得すると手からシャボン玉を出せる。
 まさか現実で使えるとは思っていなかったが、やってみるものであった。

「すごい」
「きれい……」

 セツカとリッカはシャボン玉を見て驚いていた。
 いい話題が無かったので、珍しいもので和ませる作戦だったが成功したようだ。

「アヤメ……ちゃん、色々できるんだね」

 リッカは尊敬の眼差しでアヤメを見る。
 その腕にはぬいぐるみがしっかりくっついている。
 ぬいぐるみは気に入ったようで良かった。

「外の人は、みんなこんな事ができるの?」
「ミーミルは出来ると思う」
「すごいね。私もできる?」
「今度、石鹸を持ってくるね。それがあれば出来るはず」
「わあ、楽しみ!」

 セツカもアヤメに満面の笑みを見せてくれた。
 三人は笑いながら、楽しそうにシャボン玉と戯れる。



 兵士は三人の幼女が微笑ましく遊んでいる光景を目にし。
 涙を流しながら呟いた。



「私が求めていた神の楽園は在った。此処に在ったのだ」

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