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第二部 三章
第二十九話 ブルートゥース
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「本気でやるのか?」
ミーミルは木で作られたバリケードを見上げながら呟く。
ミョルドの話によると、これは巣の外壁らしい。
つまり今から、こんなモノを作る奴の巣をつつく事になる。
「難易度高そうだなぁ」
「そうでもありませんよ。火を木材の壁に放つと、ブルートゥースが出てきます。それを狩るだけなので、どちらかと言うと簡単な狩りに入ります。コロニー自体も見つけ易いですしね」
もちろんミーミルは『巣を見つけられるかどうか』の難易度について聞いた訳ではない。
亜人種の中でブルートゥースは狩れて当然なのだろう。
出て来た奴を倒すのが難しい、という考えには至らないのだ。
「コロニーって言うくらいだから、そのブルートゥースは一杯出てくるんじゃ……」
「この時期は巣作りの段階なのでコロニーにはオスが一匹いるかどうかです。もう少し時期が過ぎて発情期入ると、一杯出てきますよ。ブルートゥースはハーレムを作るので」
「狩るなら今の時期がベストって事か」
「数を狩っても仕方ないですしね。食料が沢山あっても食べきれないでしょう?」
ミーミルはスーパーの半額セールで、まとめて買った総菜を冷蔵庫で食べきれずに腐らせたのを思い出す。
冷蔵庫がないこの世界なら、なおさら食料保管は重要な問題だろう。
「では私達は後方で支援しますので」
「やはりここは慣れた方に任せるのがベストでしょう」
「兵士は狩りは専門外ですからね」
パークス達はさっさと後ろに逃げようとする。
「いやいやー、パークスはちゃんと前衛に行って貰わないと」
「死人が出ます!」
ミーミルの冗談に、パークスは本気の反論だった。
冗談も通じないくらいヤバイ相手のようだ。
「そんなにヤバいのか?」
「いえ?」「はい!」
ミョルドとパークスの答えは全くの逆だった。
普通に考えたらパークスの方を信じた方が良さそうではある。
「そうですね……ではパークス様達は木の上に上がっていて下さい。その方が安全ですので」
「そうします」
驚くほど大人しくパークス達は頷いた。
「ミーミル様はどうされますか?」
「んー」
ジェノサイドより弱いという話は聞いている。
ミーミルがそれほど苦労せずに倒せた相手だ。
危険はないだろう。
「下で参加するよ」
「分かりました。では皆、準備を」
ミョルドの合図で他の亜人種達は木の上に上がっていく。
パークス達も木の上に上がる。
下に残ったのはミョルドとミーミルだけだった。
「危なくなったら逃げて下さいね」
「了解」
ミーミルは念のため、魔人刀を出現させる。
現神触の時に使った魔人刀『鬼哭 裏桜花』ではない。
『細雪』という初期に手に入る魔人刀だ。
この魔人刀はかなり特殊な魔人刀で、どの職業でも装備可能な魔人刀である。
本来ならばドゥームスレイヤーのみ装備できる魔人刀。
そして日本刀のような見た目の武器は、リ・バース内で魔人刀だけであった。
つまり刀を使いたければドゥームスレイヤーになるしかない。
だが他の職業でも刀を持たせてみたい。
いや、刀だけではない。
他の職業の専用装備も使えてもいいのではないか?
そんな要望が運営に通り『どの職業でもレベル1から持てる見た目装備アップデート』が実施されたのであった。
ちなみに、このアップデートで唯一、刀を装備できるというアイデンティティを喪失したドゥームスレイヤープレイヤーがキレて、公式掲示板が炎上した。
もちろんミーミルも怒りの書き込みをしたものだ。
この『細雪』はそのアップデートの時に追加された刀である。
威力も低く、他の職業が魔人刀スキルが使えるようになる訳でも無い。
本当に単なる見た目装備だったのである。
その辺りが判明してきてから、炎上は落ち着いた。
ミーミルはサブキャラ育成用にある程度『細雪』を強化している。
武器威力は基本値500に、強化値1500。
『500+1500』の合計2000だ。
武器威力が4975あるレ・ザネフォルの枝より威力は劣るが、どんな職業でもレベル1から持てるという点で重宝していた。
この刀ならば適度に手加減しながらも、いざというときに魔人刀スキルが使える。
今回は食料を集める為の狩りなのだ。
敵を消滅させる程の威力は必要ない。
ただ、これで手加減になるのかどうかは、かなり微妙な所ではある。
「ラトーラ、お願い」
「火霊弾」
ミョルドの合図で木の上にいた角の生えた亜人種、ラトーラが法術を発動する。
ラトーラの目の前に火球が生み出され、手を振ると同時に高速で飛んでいく。
一直線にバリケードに飛んだ火球は、砕け散ると炎をまき散らした。
木材に火がつき、煙を上げ始める。
ミーミルは固唾を飲み、燃えるバリケードを見つめた。
「……」
だがしばらく待っても何も起きない。
辺りには木が燃え、ぱちぱちと爆ぜる音だけが響く。
「何も起きな」
轟音と共にバリケードが突然、吹き飛ぶ。
巨大な木が何本も、軽々と空を飛んだ。
「なんだ!?」
そして土煙と共に、巨大な影が飛び出して来る。
バリケードの奥から出て来たのは牛だった。
だが牛よりも角が長い。
鹿のように大きく張り出しており、先端は鋭利に尖っている。
何よりも問題はサイズだった。
ジェノサイドよりも遥かに巨体だ。
象より一回りか二回りくらいは大きい。
『ブモオオオオオオオオオ!!』
身体が震える程の叫び声を上げるブルートゥース。
その名の通り、口の中には青い牙が、ずらっと並んでいた。
「ちょっとでかくね」
「現神の森の木を倒せる程ですから、大きいですよ」
ブルートゥースはミョルドとミーミルの姿を見つけると、頭を低く下げる。
そして後ろ足で地面を掻き始めた。
「来ます」
ミョルドの言葉と共に、巨大な物体が真っ直ぐ、突っ込んで来た。
ミョルドの警告がなければ、まともに直撃していただろう。
それ程に速い突進だった。
ミーミルは横に飛び、突進を回避する。
ミョルドは木霊触を木に粘着させ、横に飛んでいた。
ブルートゥースは、その勢いを落とす事無く現神の森の木に突進する。
地面が揺れた。
ブルートゥースの鋭利な角は、巨大な木を真っ二つに切断する。
地響きを立て、周りの葉や枝を巻き込みながら巨木が倒れる。
辺りに土煙が巻き起こった。
いきなり住処を失い、鳥や小動物が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「被害のスケールが大きすぎる!」
「何か言いましたか!」
叫ぶミーミルの声は倒壊音に邪魔されてミョルドに届かなかった。
ブルートゥースはミーミルに頭を向ける。
そしてさっきと同じように地面を蹴り始めた。
「どうしたらいい!」
「避けて急所を!」
急所ってどこだ。
ミーミルが疑問に思った瞬間にブルートゥースが突っ込んで来た。
ミーミルは思い切り地面を蹴り、横に飛ぶ。
またブルートゥースが木に直撃する。
「うわああああ」
パークス達の悲鳴が聞こえる。
ぶつかった木は運の悪い事にパークス達が避難していた所だった。
一緒にいた亜人種は軽々と別の木に乗り移るが、パークス達は幹にしがみついたままだ。
このままでは落下の衝撃で死ぬ。
「いかん、パークス!」
だがミーミルが走り出すより早く、幹に掴まっていたパークスに影が走った。
空を飛ぶ影。
イカルガだ。
イカルガは両手でパークスと一人の部下を掴む。
そうして倒れる木から、空へと舞い上がった。
「ニニャ! 他の二人を頼む」
空を舞うイカルガが叫ぶと、さらに二人の部下に木霊触が張り付く。
瞬きする間に、二人の部下は恐ろしい勢いで別の木へ引っ張られていった。
「あれ大丈夫なのか」
あんな勢いで引っ張られたら、朝に食べた物が全て逆流しそうだ。
「ミーミル様、よそ見していてはいけませんよ!」
「ああ、すまん!」
ミーミルはブルートゥースに視線を向ける。
ブルートゥースはなおもミーミルに突進しようと、地面を蹴っていた。
急所を突けと言われたものの、急所を突いた所であんな巨大な生物を倒せる気がしない。
そもそも急所はどこなのか。
ていうか急所関係なく正面から魔人刀スキルをぶっ放せばいいのではないか?
『ブモオオオオオオオオオ!!』
そんな事を考えていると、突然ブルートゥースが叫んだ。
するとブルートゥースの角が青く輝き始める。
「何だアレ」
「簡単に言うならば法術です」
「はぁ!?」
ミョルドの言葉に驚きを隠せないミーミル。
動物が法術を使う事があるなんて――。
「法術というのは現神や精霊王と自らが繋がっている道筋を、分かりやすくした技術です。その道筋自体は、どんな生き物でも持っているものなのです」
「動物でも?」
「動物でも鳥でも虫でもです。本能的に知っているならば、使ってきますよ」
ブルートゥース周囲の葉に霜が降りたと思うと、あっという間に凍り付く。
巨大な木の枝も真っ白に凍っていく。
「我々が使う水霊剣みたいなものです。ブルートゥース自体の保有している魔力量が多くてかなり強力になっていますが」
「はー、ヤバいな……」
ミーミルは凍り付きながら葉を散らす巨木を眺めつつ、呟く。
「来ますよ。さっきより遠くに跳んでください」
「え?」
よそ見をしていた。
その僅かな隙がミーミルの反応を遅らせる。
周りの温度が、すっと下がるのを感じるミーミル。
気が付けば地面を凍らせながらブルートゥースが突っ込んで来ていた。
「おおおお!?」
ミーミルは思いっきり横に跳ぶ。
だが足が白く染まった。
霜が降りる。
「ミーミル様!」
それを見たミョルドが声を上げる。
ミーミルは地面に転がりながら叫んだ。
「つめたっ」
起き上がったミーミルは足についた霜を払う。
氷の欠片が日の光にキラキラと輝いた。
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫」
ミーミルは刀を構えながらブルートゥースに向き直る。
ブルートゥースが突っ込んだ木は粉々に粉砕されていた。
角に水霊の力を宿らせているのだろう。
法術で相手を氷結させて、衝撃で粉みじんにする。
「中々にヤバい戦法だな」
「見た目だけです。実際は恐ろしくはありません」
「ええ……?」
ミーミルからすると、ジェノサイドより遥かに危険な存在に見える。
攻撃力ならば、間違いなくジェノサイドより上だ。
ジェノサイドには、あの木を粉々にするような力は無かったように思う。
「お気づきですか?」
「……?」
ミョルドの言葉の意味が分からずミーミルは首を傾げる。
「ブルートゥースは真っ直ぐにしか突っ込んできません。しかも突進の前には前触れがあります。最初の突進を避けられる運動性があるなら、以降の突進は、気をつけてさえいれば全て回避できるのです」
「……」
「後は急所を突くだけ。それで倒せます。簡単でしょう」
そうは言うが、それが難しいのでは。
――いや、いけるのか?
よく考えれば現神触の黒いカギ爪の方がよっぽどヤバかった気がする。
いや、エーギルの剣の方がよっぽど嫌らしい。
アベルの剣の方がもっと複雑で手数が多い。
それに比べれば真っ直ぐな威力高いだけの突進など恐くも何ともないのではないか。
ミーミルの頭は氷水を流し込まれたかのように、静かに冷たく冴えていった。
「狩りも人との戦いも同じです。相手の攻撃より、こちらの攻撃を先に当てる。それが全てです。相手の攻撃が当たらないなら、後はこちらの攻撃を当てるだけです。見た目に騙されないで下さい。相手は見た目より遥かに弱いはずです」
ミーミルはゆっくりと刀を構える。
ブルートゥースがミーミルに向かって地面を蹴る。
辺りの空気がぐっと下がるのを感じる。
周囲の全てを氷結させながら、目の前に迫る巨体の迫力は凄まじいものだった。
確かに巨大だ。
今まで見たどの生物より巨大だ。
だが、ジェイドタウンの城壁よりは余裕で低い。
ミーミルは縦に跳んだ。
青く輝く二つの角の真ん中をすり抜ける。
そのすり抜ける瞬間、細雪が閃く。
その刀身は、ブルートゥースの額に一瞬だけ潜り込み、抜けた。
ブルートゥースは突進を止めず、木に直撃する。
木は粉々に砕け散る。
だが木の破片に埋もれたまま、ブルートゥースは二度と起き上がる事は無かった。
「素晴らしい一撃でした」
ミョルドがミーミルに駆け寄る。
法術も何も使わなかったにも関わらず見事な止めだ。
刀を振った瞬間は、ミョルドの目にもギリギリ見えるかどうかの速さであった。
余りの速度に刀が歪んでいるように見える程である。
回避能力もただのジャンプだけで、木霊触を使っているミョルドより速く、遠くへ跳んでいる。
さすがに帝国の最終兵器というだけあった。
身体能力だけならば人間はおろか、亜人種すらも凌駕しているに違いない。
「……でも、そうですね。次はあんな場所を通るのではなく、武器を投げたり射程を伸ばす法術で、遠くから仕留めた方がいいかもしれませんね」
ミーミルは全身に霜が降り、白猫になっていた。
ミーミルは木で作られたバリケードを見上げながら呟く。
ミョルドの話によると、これは巣の外壁らしい。
つまり今から、こんなモノを作る奴の巣をつつく事になる。
「難易度高そうだなぁ」
「そうでもありませんよ。火を木材の壁に放つと、ブルートゥースが出てきます。それを狩るだけなので、どちらかと言うと簡単な狩りに入ります。コロニー自体も見つけ易いですしね」
もちろんミーミルは『巣を見つけられるかどうか』の難易度について聞いた訳ではない。
亜人種の中でブルートゥースは狩れて当然なのだろう。
出て来た奴を倒すのが難しい、という考えには至らないのだ。
「コロニーって言うくらいだから、そのブルートゥースは一杯出てくるんじゃ……」
「この時期は巣作りの段階なのでコロニーにはオスが一匹いるかどうかです。もう少し時期が過ぎて発情期入ると、一杯出てきますよ。ブルートゥースはハーレムを作るので」
「狩るなら今の時期がベストって事か」
「数を狩っても仕方ないですしね。食料が沢山あっても食べきれないでしょう?」
ミーミルはスーパーの半額セールで、まとめて買った総菜を冷蔵庫で食べきれずに腐らせたのを思い出す。
冷蔵庫がないこの世界なら、なおさら食料保管は重要な問題だろう。
「では私達は後方で支援しますので」
「やはりここは慣れた方に任せるのがベストでしょう」
「兵士は狩りは専門外ですからね」
パークス達はさっさと後ろに逃げようとする。
「いやいやー、パークスはちゃんと前衛に行って貰わないと」
「死人が出ます!」
ミーミルの冗談に、パークスは本気の反論だった。
冗談も通じないくらいヤバイ相手のようだ。
「そんなにヤバいのか?」
「いえ?」「はい!」
ミョルドとパークスの答えは全くの逆だった。
普通に考えたらパークスの方を信じた方が良さそうではある。
「そうですね……ではパークス様達は木の上に上がっていて下さい。その方が安全ですので」
「そうします」
驚くほど大人しくパークス達は頷いた。
「ミーミル様はどうされますか?」
「んー」
ジェノサイドより弱いという話は聞いている。
ミーミルがそれほど苦労せずに倒せた相手だ。
危険はないだろう。
「下で参加するよ」
「分かりました。では皆、準備を」
ミョルドの合図で他の亜人種達は木の上に上がっていく。
パークス達も木の上に上がる。
下に残ったのはミョルドとミーミルだけだった。
「危なくなったら逃げて下さいね」
「了解」
ミーミルは念のため、魔人刀を出現させる。
現神触の時に使った魔人刀『鬼哭 裏桜花』ではない。
『細雪』という初期に手に入る魔人刀だ。
この魔人刀はかなり特殊な魔人刀で、どの職業でも装備可能な魔人刀である。
本来ならばドゥームスレイヤーのみ装備できる魔人刀。
そして日本刀のような見た目の武器は、リ・バース内で魔人刀だけであった。
つまり刀を使いたければドゥームスレイヤーになるしかない。
だが他の職業でも刀を持たせてみたい。
いや、刀だけではない。
他の職業の専用装備も使えてもいいのではないか?
そんな要望が運営に通り『どの職業でもレベル1から持てる見た目装備アップデート』が実施されたのであった。
ちなみに、このアップデートで唯一、刀を装備できるというアイデンティティを喪失したドゥームスレイヤープレイヤーがキレて、公式掲示板が炎上した。
もちろんミーミルも怒りの書き込みをしたものだ。
この『細雪』はそのアップデートの時に追加された刀である。
威力も低く、他の職業が魔人刀スキルが使えるようになる訳でも無い。
本当に単なる見た目装備だったのである。
その辺りが判明してきてから、炎上は落ち着いた。
ミーミルはサブキャラ育成用にある程度『細雪』を強化している。
武器威力は基本値500に、強化値1500。
『500+1500』の合計2000だ。
武器威力が4975あるレ・ザネフォルの枝より威力は劣るが、どんな職業でもレベル1から持てるという点で重宝していた。
この刀ならば適度に手加減しながらも、いざというときに魔人刀スキルが使える。
今回は食料を集める為の狩りなのだ。
敵を消滅させる程の威力は必要ない。
ただ、これで手加減になるのかどうかは、かなり微妙な所ではある。
「ラトーラ、お願い」
「火霊弾」
ミョルドの合図で木の上にいた角の生えた亜人種、ラトーラが法術を発動する。
ラトーラの目の前に火球が生み出され、手を振ると同時に高速で飛んでいく。
一直線にバリケードに飛んだ火球は、砕け散ると炎をまき散らした。
木材に火がつき、煙を上げ始める。
ミーミルは固唾を飲み、燃えるバリケードを見つめた。
「……」
だがしばらく待っても何も起きない。
辺りには木が燃え、ぱちぱちと爆ぜる音だけが響く。
「何も起きな」
轟音と共にバリケードが突然、吹き飛ぶ。
巨大な木が何本も、軽々と空を飛んだ。
「なんだ!?」
そして土煙と共に、巨大な影が飛び出して来る。
バリケードの奥から出て来たのは牛だった。
だが牛よりも角が長い。
鹿のように大きく張り出しており、先端は鋭利に尖っている。
何よりも問題はサイズだった。
ジェノサイドよりも遥かに巨体だ。
象より一回りか二回りくらいは大きい。
『ブモオオオオオオオオオ!!』
身体が震える程の叫び声を上げるブルートゥース。
その名の通り、口の中には青い牙が、ずらっと並んでいた。
「ちょっとでかくね」
「現神の森の木を倒せる程ですから、大きいですよ」
ブルートゥースはミョルドとミーミルの姿を見つけると、頭を低く下げる。
そして後ろ足で地面を掻き始めた。
「来ます」
ミョルドの言葉と共に、巨大な物体が真っ直ぐ、突っ込んで来た。
ミョルドの警告がなければ、まともに直撃していただろう。
それ程に速い突進だった。
ミーミルは横に飛び、突進を回避する。
ミョルドは木霊触を木に粘着させ、横に飛んでいた。
ブルートゥースは、その勢いを落とす事無く現神の森の木に突進する。
地面が揺れた。
ブルートゥースの鋭利な角は、巨大な木を真っ二つに切断する。
地響きを立て、周りの葉や枝を巻き込みながら巨木が倒れる。
辺りに土煙が巻き起こった。
いきなり住処を失い、鳥や小動物が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「被害のスケールが大きすぎる!」
「何か言いましたか!」
叫ぶミーミルの声は倒壊音に邪魔されてミョルドに届かなかった。
ブルートゥースはミーミルに頭を向ける。
そしてさっきと同じように地面を蹴り始めた。
「どうしたらいい!」
「避けて急所を!」
急所ってどこだ。
ミーミルが疑問に思った瞬間にブルートゥースが突っ込んで来た。
ミーミルは思い切り地面を蹴り、横に飛ぶ。
またブルートゥースが木に直撃する。
「うわああああ」
パークス達の悲鳴が聞こえる。
ぶつかった木は運の悪い事にパークス達が避難していた所だった。
一緒にいた亜人種は軽々と別の木に乗り移るが、パークス達は幹にしがみついたままだ。
このままでは落下の衝撃で死ぬ。
「いかん、パークス!」
だがミーミルが走り出すより早く、幹に掴まっていたパークスに影が走った。
空を飛ぶ影。
イカルガだ。
イカルガは両手でパークスと一人の部下を掴む。
そうして倒れる木から、空へと舞い上がった。
「ニニャ! 他の二人を頼む」
空を舞うイカルガが叫ぶと、さらに二人の部下に木霊触が張り付く。
瞬きする間に、二人の部下は恐ろしい勢いで別の木へ引っ張られていった。
「あれ大丈夫なのか」
あんな勢いで引っ張られたら、朝に食べた物が全て逆流しそうだ。
「ミーミル様、よそ見していてはいけませんよ!」
「ああ、すまん!」
ミーミルはブルートゥースに視線を向ける。
ブルートゥースはなおもミーミルに突進しようと、地面を蹴っていた。
急所を突けと言われたものの、急所を突いた所であんな巨大な生物を倒せる気がしない。
そもそも急所はどこなのか。
ていうか急所関係なく正面から魔人刀スキルをぶっ放せばいいのではないか?
『ブモオオオオオオオオオ!!』
そんな事を考えていると、突然ブルートゥースが叫んだ。
するとブルートゥースの角が青く輝き始める。
「何だアレ」
「簡単に言うならば法術です」
「はぁ!?」
ミョルドの言葉に驚きを隠せないミーミル。
動物が法術を使う事があるなんて――。
「法術というのは現神や精霊王と自らが繋がっている道筋を、分かりやすくした技術です。その道筋自体は、どんな生き物でも持っているものなのです」
「動物でも?」
「動物でも鳥でも虫でもです。本能的に知っているならば、使ってきますよ」
ブルートゥース周囲の葉に霜が降りたと思うと、あっという間に凍り付く。
巨大な木の枝も真っ白に凍っていく。
「我々が使う水霊剣みたいなものです。ブルートゥース自体の保有している魔力量が多くてかなり強力になっていますが」
「はー、ヤバいな……」
ミーミルは凍り付きながら葉を散らす巨木を眺めつつ、呟く。
「来ますよ。さっきより遠くに跳んでください」
「え?」
よそ見をしていた。
その僅かな隙がミーミルの反応を遅らせる。
周りの温度が、すっと下がるのを感じるミーミル。
気が付けば地面を凍らせながらブルートゥースが突っ込んで来ていた。
「おおおお!?」
ミーミルは思いっきり横に跳ぶ。
だが足が白く染まった。
霜が降りる。
「ミーミル様!」
それを見たミョルドが声を上げる。
ミーミルは地面に転がりながら叫んだ。
「つめたっ」
起き上がったミーミルは足についた霜を払う。
氷の欠片が日の光にキラキラと輝いた。
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫」
ミーミルは刀を構えながらブルートゥースに向き直る。
ブルートゥースが突っ込んだ木は粉々に粉砕されていた。
角に水霊の力を宿らせているのだろう。
法術で相手を氷結させて、衝撃で粉みじんにする。
「中々にヤバい戦法だな」
「見た目だけです。実際は恐ろしくはありません」
「ええ……?」
ミーミルからすると、ジェノサイドより遥かに危険な存在に見える。
攻撃力ならば、間違いなくジェノサイドより上だ。
ジェノサイドには、あの木を粉々にするような力は無かったように思う。
「お気づきですか?」
「……?」
ミョルドの言葉の意味が分からずミーミルは首を傾げる。
「ブルートゥースは真っ直ぐにしか突っ込んできません。しかも突進の前には前触れがあります。最初の突進を避けられる運動性があるなら、以降の突進は、気をつけてさえいれば全て回避できるのです」
「……」
「後は急所を突くだけ。それで倒せます。簡単でしょう」
そうは言うが、それが難しいのでは。
――いや、いけるのか?
よく考えれば現神触の黒いカギ爪の方がよっぽどヤバかった気がする。
いや、エーギルの剣の方がよっぽど嫌らしい。
アベルの剣の方がもっと複雑で手数が多い。
それに比べれば真っ直ぐな威力高いだけの突進など恐くも何ともないのではないか。
ミーミルの頭は氷水を流し込まれたかのように、静かに冷たく冴えていった。
「狩りも人との戦いも同じです。相手の攻撃より、こちらの攻撃を先に当てる。それが全てです。相手の攻撃が当たらないなら、後はこちらの攻撃を当てるだけです。見た目に騙されないで下さい。相手は見た目より遥かに弱いはずです」
ミーミルはゆっくりと刀を構える。
ブルートゥースがミーミルに向かって地面を蹴る。
辺りの空気がぐっと下がるのを感じる。
周囲の全てを氷結させながら、目の前に迫る巨体の迫力は凄まじいものだった。
確かに巨大だ。
今まで見たどの生物より巨大だ。
だが、ジェイドタウンの城壁よりは余裕で低い。
ミーミルは縦に跳んだ。
青く輝く二つの角の真ん中をすり抜ける。
そのすり抜ける瞬間、細雪が閃く。
その刀身は、ブルートゥースの額に一瞬だけ潜り込み、抜けた。
ブルートゥースは突進を止めず、木に直撃する。
木は粉々に砕け散る。
だが木の破片に埋もれたまま、ブルートゥースは二度と起き上がる事は無かった。
「素晴らしい一撃でした」
ミョルドがミーミルに駆け寄る。
法術も何も使わなかったにも関わらず見事な止めだ。
刀を振った瞬間は、ミョルドの目にもギリギリ見えるかどうかの速さであった。
余りの速度に刀が歪んでいるように見える程である。
回避能力もただのジャンプだけで、木霊触を使っているミョルドより速く、遠くへ跳んでいる。
さすがに帝国の最終兵器というだけあった。
身体能力だけならば人間はおろか、亜人種すらも凌駕しているに違いない。
「……でも、そうですね。次はあんな場所を通るのではなく、武器を投げたり射程を伸ばす法術で、遠くから仕留めた方がいいかもしれませんね」
ミーミルは全身に霜が降り、白猫になっていた。
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