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第1章
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面接当日、これまでとは比にならないくらい優は緊張していた。
これから面接を受ける会社の前。ガラス張りのビルの前で立ち尽くし、思わず後退る。新品の靴が汚れるのも構わず駆け出したい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。面接が始まるまでまだ時間はあるので、近くの公園で一休みすることにした。夏の訪れを感じさせる草木の匂いが、穏やかな風に乗ってやってきて、どことなく癒される。
ベンチに座り、印刷してあった募集要項をじっと眺める。応募してから何度も何度も読み、あらかた暗記までしてしまっているが、読めば読むほど、この会社で働きたいという意欲が湧いてくる。これまで応募した会社とは、一線を画している。それは誰もが知っている大手企業だから、というのが理由ではない。この会社の手がけているプロジェクトが、どれも魅力的だったからだ。規模が大きいので、広告も大々的に行うだろう。自分の身内だけではない、世間的にも、自分の手がけた仕事が認知される可能性が非常に高い。
もしこの世にいさむ君がいるとして、自分がこの会社に入社することができたら……いさむ君が自分の手がけた仕事を知る機会もあるのかもしれない。それはとても素敵なことだと思えた。
ふと、子どもの声が聞こえて、優は公園中を見渡した。近くに子どもの姿はない。とてもとても遠い場所から、記憶を遡って聞こえてくる声だった。
『うっ……緊張するよ……どうすればうまくいくのかな』
『ゆうなら大丈夫! こういうときは、大胆かつ繊細に、だよ』
はっと我に返る。このタイミングで、この声を聞くことになろうとは。
前世退行を試してもいないのに聞こえた声。胸が締めつけられて、指に力がこもる。紙に皺が寄るのを慌ててのばし、優はベンチから腰を上げた。面接の時間が近づいている。
大胆かつ繊細に。大胆かつ繊細に。きっと前世の自分が励ましを得た言葉なのだろう。なんとなく頭の中でその言葉を繰り返しながら、公園を出る。
ガラス張りのビルの前に再び辿り着く。呼吸を整え、ぐっと歩を進めた。ビルのエントランスを抜け、受付へ。要件を伝えると、受付の女性から来客用のカードを渡され、階数と部屋番号を告げられる。カードをかざし、エレベーターホールへ入ると、ちょうど上の階へ向かうエレベーターの扉が開いた。昼過ぎの時間ということもあってか、人はまばらである。エレベーターに乗り込み、四階のボタンを押す。ボタンを押す自分の手が震えているのが見えて、さらに緊張が膨らんだ。
四階に着き、エレベーターの扉が開く。エレベーターを降りて周りを見渡していると、「四木様でございますか?」と女性に問いかけられた。
「は、はい、四木です!」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
「はい!」
面接場所へ案内してくれるとわかり、優はおとなしくその女性に付いていく。四階は会議室がメインのフロアになっているらしい。大小様々な広さの会議室が並んでいる。優が案内されたのは、十名ほどの人数が座れるほどの広さの会議室だった。中央に座るよう促されて、優は席につく。すぐに先程の女性がお茶を運んできてくれた。礼を言うと、「もう少しで担当の者が参りますので」と言い、案内役の女性は部屋を去って行った。
会議室に備え付けられていた時計をしばらくぼんやりと眺めていたが、隣の会議室に人が入って行く音が聞こえて、慌てて自分の今の状況を鑑みる。何もせずにぼんやりしている場合ではない。鞄の中から、印刷しておいた資料やメモ帳、筆記具を取り出した。スマホはマナーモードにしていたが、念のため電源を切っておく。鞄から出し忘れているものがないかを確認し終えて、お茶を飲もうかどうしようか迷っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はい!」
優は慌ててその場に立ち上がる。ゆっくりとドアが開き、二人の男性が入ってきた。一人は白髪混じりの男性で、年齢は五十歳はとうに超えているように見える。優しそうなおじいちゃん、という表現が似合いそうな人だった。首からぶら下げた社員証には「松井」と書かれてある。メールに書かれていた通り、人事担当の人なのだろう。
次に入ってきたのは、黒髪の緩いウェーブのかかった男性で、年齢は三十代後半から四十代前半といったところだろうか。まさに仕事盛りの年代という感じがする。メールに書かれている通りならば、この人が「海道」というプロジェクトマネージャーなのだろう。
その男と目が合った瞬間、優は訳もわからず何かが胸からこみあげてくるのを感じた。嬉しいとか悲しいとか、明確な言葉で言い表すことのできない感情で胸が詰まり、息苦しさをも覚える。
頭の中は真っ白になり、これまでの人生でここまで緊張したことはない、といえるほど、胸が大きく脈を打ちはじめた。
「どうぞ、お座りください」
「はい、失礼します」
松井の言葉に我に返り、優は一礼して腰を下ろす。そして、そのタイミングで見えてしまった“彼”の社員証には、こう書かれていた。
――海道勇
これから面接を受ける会社の前。ガラス張りのビルの前で立ち尽くし、思わず後退る。新品の靴が汚れるのも構わず駆け出したい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。面接が始まるまでまだ時間はあるので、近くの公園で一休みすることにした。夏の訪れを感じさせる草木の匂いが、穏やかな風に乗ってやってきて、どことなく癒される。
ベンチに座り、印刷してあった募集要項をじっと眺める。応募してから何度も何度も読み、あらかた暗記までしてしまっているが、読めば読むほど、この会社で働きたいという意欲が湧いてくる。これまで応募した会社とは、一線を画している。それは誰もが知っている大手企業だから、というのが理由ではない。この会社の手がけているプロジェクトが、どれも魅力的だったからだ。規模が大きいので、広告も大々的に行うだろう。自分の身内だけではない、世間的にも、自分の手がけた仕事が認知される可能性が非常に高い。
もしこの世にいさむ君がいるとして、自分がこの会社に入社することができたら……いさむ君が自分の手がけた仕事を知る機会もあるのかもしれない。それはとても素敵なことだと思えた。
ふと、子どもの声が聞こえて、優は公園中を見渡した。近くに子どもの姿はない。とてもとても遠い場所から、記憶を遡って聞こえてくる声だった。
『うっ……緊張するよ……どうすればうまくいくのかな』
『ゆうなら大丈夫! こういうときは、大胆かつ繊細に、だよ』
はっと我に返る。このタイミングで、この声を聞くことになろうとは。
前世退行を試してもいないのに聞こえた声。胸が締めつけられて、指に力がこもる。紙に皺が寄るのを慌ててのばし、優はベンチから腰を上げた。面接の時間が近づいている。
大胆かつ繊細に。大胆かつ繊細に。きっと前世の自分が励ましを得た言葉なのだろう。なんとなく頭の中でその言葉を繰り返しながら、公園を出る。
ガラス張りのビルの前に再び辿り着く。呼吸を整え、ぐっと歩を進めた。ビルのエントランスを抜け、受付へ。要件を伝えると、受付の女性から来客用のカードを渡され、階数と部屋番号を告げられる。カードをかざし、エレベーターホールへ入ると、ちょうど上の階へ向かうエレベーターの扉が開いた。昼過ぎの時間ということもあってか、人はまばらである。エレベーターに乗り込み、四階のボタンを押す。ボタンを押す自分の手が震えているのが見えて、さらに緊張が膨らんだ。
四階に着き、エレベーターの扉が開く。エレベーターを降りて周りを見渡していると、「四木様でございますか?」と女性に問いかけられた。
「は、はい、四木です!」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
「はい!」
面接場所へ案内してくれるとわかり、優はおとなしくその女性に付いていく。四階は会議室がメインのフロアになっているらしい。大小様々な広さの会議室が並んでいる。優が案内されたのは、十名ほどの人数が座れるほどの広さの会議室だった。中央に座るよう促されて、優は席につく。すぐに先程の女性がお茶を運んできてくれた。礼を言うと、「もう少しで担当の者が参りますので」と言い、案内役の女性は部屋を去って行った。
会議室に備え付けられていた時計をしばらくぼんやりと眺めていたが、隣の会議室に人が入って行く音が聞こえて、慌てて自分の今の状況を鑑みる。何もせずにぼんやりしている場合ではない。鞄の中から、印刷しておいた資料やメモ帳、筆記具を取り出した。スマホはマナーモードにしていたが、念のため電源を切っておく。鞄から出し忘れているものがないかを確認し終えて、お茶を飲もうかどうしようか迷っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はい!」
優は慌ててその場に立ち上がる。ゆっくりとドアが開き、二人の男性が入ってきた。一人は白髪混じりの男性で、年齢は五十歳はとうに超えているように見える。優しそうなおじいちゃん、という表現が似合いそうな人だった。首からぶら下げた社員証には「松井」と書かれてある。メールに書かれていた通り、人事担当の人なのだろう。
次に入ってきたのは、黒髪の緩いウェーブのかかった男性で、年齢は三十代後半から四十代前半といったところだろうか。まさに仕事盛りの年代という感じがする。メールに書かれている通りならば、この人が「海道」というプロジェクトマネージャーなのだろう。
その男と目が合った瞬間、優は訳もわからず何かが胸からこみあげてくるのを感じた。嬉しいとか悲しいとか、明確な言葉で言い表すことのできない感情で胸が詰まり、息苦しさをも覚える。
頭の中は真っ白になり、これまでの人生でここまで緊張したことはない、といえるほど、胸が大きく脈を打ちはじめた。
「どうぞ、お座りください」
「はい、失礼します」
松井の言葉に我に返り、優は一礼して腰を下ろす。そして、そのタイミングで見えてしまった“彼”の社員証には、こう書かれていた。
――海道勇
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