ファーストバレンタインの恋は溺愛される~営業部エースの年下後輩に、地味三十路は甘やかされる~

金色葵

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二人きりの雨宿り

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「急に雨が降ってくるなんて……」
「淀さん、あっちに雨宿りできそうなとこありますよ」

空から降ってくる雨粒を、腕をかざして避けながら、和眞が指さした方向に、二人急いで駆けていく。シャッターが閉まった店の軒下に二人は駆けこんだ。
今日はたまたま和眞と一緒に外回りに出ていた。得意先で用事も終わり、帰社しようと思っていた時、突然雨が振ってきた。

「けっこう強めですね……」

ざあざあと音を立てて振る雨を見つめながら和眞が零す。

「通り雨っぽいから、すぐ止むといいんですけど」

「あ、ああ……」
和眞の整った横顔を見つめ、太一は密かにため息を吐く。
(困ったな……あんまり長く有坂と二人きりになりたくないんだけど……)

太一はなるべく二人になるシチュエーションを避けていた。外回りはさすがに仕方ないと思っていたが、会社を目前にして雨に捕まるなんて。

「…………」

一方的に感じる緊張に、太一は俯いた。すると。

「濡れちゃいましたね」

不意に近くで和眞の声が聞こえた。

「っ……」

驚いて顔を上げると、スーツのポケットからハンカチを取り出した和眞が、濡れた太一の髪を拭いた。付いた水滴を優しく拭う。真剣な和眞の瞳が、見上げたすぐ近くにあって息を飲んだ。

「スーツも濡れてますね……」

丁寧に濡れた服まで拭いてくれる。

「ちょっ……」

さすがに驚いて太一は身じろぐ。だけど和眞の掌が頬を包んで、動けなくなった。

(な、に…………)

至近距離にある和眞の顔に、太一は息を詰めた。

「ほっぺた冷たくなってる。風邪ひかないようにしないとね」

甘やかすような声でそう言うと、和眞は微笑んだ。

「えっ……あ、有坂っ……!」

あまりのことに、さすがに太一は静止の声を上げた。カァァーと頬が赤くなる。

「あっ……」

ハッとして和眞が太一から手を離す。そしてまずい、というように首の後ろに手を当てた。

「すみません。俺歳の離れた弟と妹がいて、つい……世話焼くのが当たり前になっちゃってるというか」
「そうなのか?」
「はい……友達とか、同僚とかにも弟たちにするみたいな態度とって、嫌がられたりウザがられたりしたことがあるから、しないように気をつけてるんですけど……」

やっちゃったな、というように和眞がため息を吐く。

「弟と妹……」

和眞の新しい情報を知れて嬉しくなる。そして同時に、和眞が子供にするような態度をとる理由が分かった。

「年上相手に……俺、何やってんだか」

申し訳なさそうにする和眞の姿からは、本当に無意識だったというのが伺えた。

「……前、俺の頭撫でてた」
「えぇ……」

驚いたように和眞が口を押さえる。

「おかしいな……さすがに弟たち以外にそこまではしないはずなんだけど……ほんとすみません」
恐縮するように和眞が謝る。いつも飄々とした和眞の珍しい態度に、自然と太一に笑みが浮かんだ。
「いやまあ……びっくりはしたけど、別に嫌でもウザくもなかったけど……」

そうなのだ、甘やかすような態度に驚くことはあっても、嫌だと感じたことはなかった。
(それどころかむしろ……)

もっとと思う自分がいる。もっと触れて、甘やかして欲しい。きっと自分は、和眞にそうされるのが好きだ。

「…………」

さすがにそれは言葉にできなくて太一は黙りこむ。

「へぇ~じゃあ俺たち相性いいんですね」

そんな太一を和眞が覗き込む。

「なっ相性⁉」

慌てる太一の顔を見て、和眞が楽しそうに微笑んだ。

「そっか、だからついつい淀さんの世話焼いちゃうんですね~そっかそっか全部淀さんのせいだ」

ぽんと納得するように和眞が手を叩く。さっきの殊勝な様子はどこへやら、すっかりいつもの調子に和眞は戻ってい
る。

「俺のせいなわけあるか!」
「え~俺に甘やかされるの好きなんでしょ?」
「そこまで言ってない!」

心の中を読まれたかと思い、太一は慌てる。赤くなる頬を隠すため、そっぽを向いた。
その態度が、和眞の言葉を肯定しているということに太一は気付いていない。分かりやすい反応に、和眞は微笑ましそうに目を細めた。


「あれ? あの店……」

和眞が何かに気付いたように声を零す。逸らしていた視線を戻すと、太一の向こう側を和眞は見つめていた。

「どうした?」

不思議に思って聞くと、遠くを見つめたままの和眞の口元が緩んだ。

「あそこの店……俺が子供の頃よく行ってた店なんです」

と言っても、実際はあの店の本店の方なんですけど、と和眞は続ける。

「支店ができるって、母さんが言ってたけどこんなに近くだったんだな……」

独り言のように呟いて、懐かし気に和眞はその店を見つめる。

「思い出の場所なのか?」

あまりにも感慨深そうに、店を見つめる和眞に、太一は尋ねた。

「はい。あそこのチョコクッキーが好物で、子供の頃テストでいい点取ったとか、何かを頑張ったらご褒美に買って
もらってたんです。懐かしいな……」
「そうか」

とても可愛らしいエピソードに、自然と太一の表情も綻んだ。

「せっかくだし……」

買っていくか? と聞こうとしたら、和眞のスマホが鳴り出した。

「はい有坂です。お疲れ様です。ああ、その書類だったら……」

どうやら社内からの電話のようだ。

「もう会社の近くなので、続きは帰ってから説明します」

電話を切ると、和眞が太一の方を見た。

「ちょうど雨も止みましたね。じゃ、淀さん行きましょうか」

さわやかな笑顔を太一に向け、和眞は先に歩き出した。


輝くその笑顔に、鼓動が跳ねるのを感じながら、太一はどこか後ろ髪を引かれるような気持ちで、和眞が話していた店を見つめていた。


* * *

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