ファーストバレンタインの恋は溺愛される~営業部エースの年下後輩に、地味三十路は甘やかされる~

金色葵

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暴かれる想い

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和眞と夜を過ごしてから一週間が過ぎた。



黙々と働きながら、なるべく斜め前を見ないようにする。そこには和眞がいるからだ。

時間が経てば気持ちも落ち着き、元通りに接することができると思っていたが、その考えは甘く未だできずにいた。今も気を抜けば、和眞の方を見てしまいそうな自分を太一は叱咤する。

見たらまた、心の奥で和眞のことが好きだという気持ちが騒ぎ出す。それを失くすまでは、和眞を見ないことに決めた。太一にできることといえば、必死で和眞から目を逸らし、二人きりになることを徹底的に避けることだった。

和眞は相変わらず、普通に仕事をしている。自分だけがこんなに和眞を意識していて、寂しいと感じる。だけどそれはお門違いというものだ。

太一はどうしても割り切れない和眞への恋心を抱え、一人途方に暮れていた。




仕事も終わり、早く家に帰ろうと席を立った時だった。目の前に人影が現れ、太一の行く手を阻む。
その人物を見て、太一は息を飲んだ。

「っ……有坂……!」

それは和眞だった。名前を呼んで、太一はびくりと肩を跳ねさせる。太一の反応に、和眞がわずかに顔を顰める。だけど次の瞬間、にっこりと微笑んだ。

「淀さんすみません。今日残業手伝ってもらえますか」
「えっ……」

言われた言葉に、太一は戸惑う。手伝うなんて、和眞の仕事の邪魔にはなれど、太一が役に立てることなんてない。

(それに……)

今は和眞と二人きりになりたくない。普段なら喜んで頷くところだが、今の太一にそんな余裕はなかった。
断ろうと口を開くが。

「まさか自分の残業は手伝わせといて、俺の、しかも淀さんより後輩の残業は手伝えないなんて言いませんよね?」

首を傾げて、笑顔のまま手に持っているファイルを和眞は差し出す。和眞の声には、どこか圧があった。

「………………」

それを言われると、何も言い返せない。太一は差し出されるファイルを無言で受け取った。




(気まずい……)

フロアにはカチカチとキーボードを叩く音だけが響く。陽もすっかり落ち、窓の外は暗くなっていた。誰か他の人も残ってくれたら、という願いもむなしく、今日に限ってみんな早々に帰って行ってしまった。

和眞と二人きりのオフィス。流れる沈黙に、太一は息が詰まりそうな緊張を感じていた。

残業を手伝って欲しいということは、遠回しに話があるのだと思っていたが、思いに反して和眞は黙々と働いている。何か気の利いたことでも言って、場を和ませたいが、いかんせんそんなことができる器用な性格じゃない。
太一がいるのに、まるで誰もいないというように、パソコンだけに視線を走らせる和眞にズキリと胸が痛んだ。

(避けてたのは俺の方なのに……勝手なもんだな)

太一はキュッと唇を噛んだ。

そろりと和眞の横顔を盗み見る。久しぶりに見たその横顔は、やはりとてもかっこよくて、太一はあっという間に惹きつけられた。

(ああ……やっぱり……)

とくとくと鼓動が高鳴っていくのを感じる。それは次第に全身を包んでいって、甘く痺れるような、切なくて胸が締め付けられるような感情が沸き上がった。

(有坂が……好きだ)

どれだけ忘れようとしても、あきらめようとしても、彼の横顔を見つめるだけで、ときめく胸を抑えられない。ずっと見つめていたくて堪らない。この人のことが、好きで好きで仕方ないと気持ちが溢れる。

本当は忘れたくなんかない、叶わなくてもいいから、好きでいたいと心が叫び出す。

だから二人きりになるのを避けていたのに。和眞と目を合わせることも、顔を見ることも、その姿を見ることさえ、我慢していたのに。

(なのに、なんで……?)

和眞はわざわざ、こんな回りくどいやり方をして、二人きりになろうとしたのだろうか。太一から好きだと言ったのに、こんな風に避けたことを怒っているのだろうか。それともまだ好きなことに気付いて、いいかげんあきらめて欲しいと言われるのだろうか。

(一晩……相手をしてもらっただけでも……ありがたいと思わないといけないのに)

だけど、抑えようとすればするほど、和眞への気持ちが溢れ出した。

「…………」

不意に和眞が太一の方を見る。バチッと視線が合って、慌てて顔を伏せた。
すると、ハァ……と深いため息が聞こえた。

「なんなんですか……ほんと……」

低い声にビクッと肩が跳ねる。おそるおそる和眞の方を見ると、和眞は組んだ手に額を当てて深く息を吐き出した。

「そんな俺のこと、大好きだって目で見つめて……」
「っ……」

苦しそうに吐き出された言葉に、サーッと血の気が引いていく。

(有坂……怒ってる⁉ やっぱり俺がいつまでも気持ちを整理できないから……)

太一は青ざめる。

「ご、ごめん……!」

慌てて、謝罪の言葉を口にする。すると和眞が顔を上げた。和眞の表情を見て太一は息を飲んだ。

「ごめんって……何について謝ってるんですか?」

苛立ちを隠さない、強い視線。だけどその顔には、つらそうな色が浮かんでいた。

「ここ最近ずっと俺を避けてることですか? それとも……俺のこと好きだなんて嘘ついて、抱かれたことですか?」
「えっ……?」

驚愕で太一の目が見開かれる。言われた意味が分からなくて、思考が止まった。

今、和眞はなんて言ったのだろうか。

(俺が……嘘を……?)

あまりに思いもよらない言葉に、太一は呆然とする。何も返事をしない太一に、和眞はショックを受けたような傷ついた表情を受けべる。だけどそれは一瞬で、すぐに苛立つように息を吐いた。和眞は席を立つと、そのままつかつかと太一の方に歩いてくる。

「嘘って何? 有坂……何言って……っ!」

和眞が太一のすぐ近くまできて、太一はやっとハッとして声を出した。
和眞が太一の腕を掴む。その強い力にビクリと太一の体が跳ねた。

「……すっかり騙されました、純情ぶって。演技がとてもお上手なんですね」
「演技……?」

和眞が何を言っているのか分からない。とりあえず落ち着かせようと、太一は立ち上がって和眞の肩を掴んだ。

「演技って……なんのことだ?」

ことの顛末が全く分からず、太一は首を傾げて聞き返す。
太一の本当に分からないという表情に、和眞は一瞬ひるんだが、それでも腕を掴む力を緩めない。

「ハッ……しらばっくれちゃって。バカみたいに淀さんのこと可愛いって言う俺のこと、内心笑ってたんでしょう?」

言いながら、和眞の表情が歪む。まるで自分で言いながら、その言葉に傷つくように苦し気な和眞に、太一の胸がギュッと締め付けられた。

(笑う? 俺が有坂を? ……なんでそんなことを思うんだ?)

それは絶対にありえない。和眞はいつも素敵でかっこよくて、年下だけど太一はとても尊敬しているのだ。ありえないことを言われて太一は驚愕する。

なぜ和眞が、そんな風に感じたのかが分からなくて太一は戸惑う。何て返したらいいのか分からず、太一は黙り込んでしまった。
誤解を解きたいのに、どうしたらいいか分からない。圧倒的に、恋愛的な経験値が足りない自分が太一は歯がゆい。

だけど、沈黙を肯定と受け取ったのか、和眞は綺麗な形の眉を寄せた。そしていきなり強い力で太一を引き寄せ、奪うように口付けた。

重なった唇。混乱する気持ちとは裏腹に、柔らかい和眞の唇と、また和眞とキスできたという嬉しさで、こんな状況なのに胸がキュンと高鳴る。

唇を舐められ、力が抜けた隙に深く口付けられた。

「ふっ、ん…………」

すぐに太一の口から甘い声が漏れた。激しい口付けに息をつく隙間もない。

「ありさ、……」

苦しいと訴えるように胸を押すと、抵抗を許さないというように、更に深く口付けられた。キスを解かれた時には、太一は息が上がって足に力が入らなくなっていた。ずり落ちそうになる体を、デスクの上に座るように促される。和眞の唇が首筋に触れ、舌がそこを舐める感触を感じて、太一はハッとした。

「やめっ……! ここをどこだと思って! 有坂‼」

強い声でそう叫んで、その体を押し返す。だけど冷静さを失っているのか、和眞は止めてくれない。そのまま両手を掴んだ和眞に、デスクの上に押し倒された。

「それとも淀さんは優しいから俺に同情した? ……こんなに色んな相手と付き合ってるのに、最後には振られる俺を……可哀そうだと思って……一回ぐらい慰めで相手にしてやってもいいと思った?」
「有坂……」

あまりにも切なげに見つめられて、太一はハッと息を飲んだ。

和眞の言葉は繋がっていなくて、何のことか分からない。だけど、その声と表情がずっと苦しそうで、和眞が太一に何かを訴えようとしているのが伝わってくる。

和眞が苦しいと、太一も苦しくて。和眞の伝えたいことを必死に読み取ろうと、和眞をじっと見つめた。

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