ファーストバレンタインの恋は溺愛される~営業部エースの年下後輩に、地味三十路は甘やかされる~

金色葵

文字の大きさ
9 / 14

不器用なすれ違い

しおりを挟む


(夢、みたいだったな……)

パソコンの画面に映し出された、数字の羅列を見つめながら、ふわふわと夢見心地な気持ちを太一は感じていた。
頭の中に昨日の夜の出来事が蘇り、太一は頬を染める。

(俺が有坂に抱かれるなんて……)

未だに信じられないが、少し動くと下半身に鈍い痛みを感じて、夢ではなかったということを教えてくれる。

太一は今朝の夢のような光景を思い出した。

目を覚ますと、目の前に端正な和眞の寝顔があって、あまりに綺麗なその顔に、息が止まるかと思った。そして太一は和眞に抱きしめられていて。自分が和眞の腕の中で目覚める日が来るなんて、とても信じられなかった。幸せそうな寝顔に、キュンと胸が甘く締め付けられる。太一はこのまま時が止まればいいのにと強く思った。

(そうしたら有坂とずっと一緒にいられる……)

だけど、太一はそう思った自分の心を叱咤する。昨日のことは、一夜限りのことだ。和眞が太一を抱いたのは、人の期待に答えたいという、彼の優しさ以外の何物でもない。和眞は太一のことなど何とも思っていないのだ。

(…………)

そう考えて、胸がチクリと痛む。

それでもいいからと、和眞に抱かれた。なのに、やっぱり太一は簡単に割り切れなかった。起きた和眞にどんな顔をしたらいいか分からず、一人で先にホテルを出た。今日は平日で、少しすればまた和眞と顔を合わせるが、少しでも気持ちを整理する時間が欲しかった。

自分を抱きしめる和眞の優しい腕の中から出ていくのは、とても寂しくて苦しくて堪らなかった。今も気を抜けば、心が和眞の優しさと甘さに包まれたいと叫び出す。

「………………」

ふうと息を吐いて、太一はその気持ちを無理やり追いやった。背もたれに凭れかかると、斜め前に座っている和眞と目が合った。ばっちりと合った視線に太一は頬を染める。そんな太一に、和眞はにっこりと微笑んだ。

「っ……!」

ドキッと胸が高鳴って、太一は慌てて視線を逸らす。

(心臓に悪い…………)

早くなる鼓動を、太一は持て余していた。




(だめだ……集中できない……)

自販機の横で、休憩をしながらため息を吐く。普段は飲まないブラックの缶コーヒーを、気合を入れるため一気にあおる。しかし飲み慣れない苦い味に咳き込んでしまった。すると誰かが太一の背中を撫でた。

「大丈夫?」
「有坂……!」

聞こえた声にそちらを見ると、それは和眞だった。驚いた太一は、思わず距離を取る。

「何でここに……!」
「何でって? 普通に休憩ですよ、俺も同じフロアで働いてるんですから」

慌てる太一とは違って、和眞はいつも通りだ。さすが色恋に慣れている男は違う。動揺しすぎな自分を落ち着かせるよう、太一は深く息を吸った。

「なんて嘘です……淀さんが心配で探しにきました」
「っ……」

だけど、顔を近づけた和眞に耳元でそう囁かれて、それは叶わなくなる。そのまま和眞は壁際に立つ太一の顔の横に手をついた。顔だけじゃなく、近くなった体の距離に、さらに鼓動が激しくなる。どうしたらいいか分からなくて、太一は顔を俯ける。

「起きたら淀さんがいないから、俺寂しかったんですよ。何で先に行っちゃったんですか? 同じ会社なのに」

声がどこか甘い気がして、脳がくらりと揺れる。知らず頬が赤くなった。

「ふふ、照れてる……可愛い」

可愛いと言われ、さらに頬が熱を持った。
そろそろと顔を上げると、目が合った和眞が、ん? というように優しく太一に向かって微笑んだ。甘い瞳と優しい微笑み。見つめる視線にどこか男の色気が孕んでいて、一瞬で体に熱が蘇った。思わず昨日の感覚を生々しく思い出してしまう。

和眞はとても甘く、そしてとても激しかった。とろとろに溶かされ、信じられないぐらい感じさせられた。和眞は優しく丁寧に太一の体を拓いていって、自分が初めてだということを忘れるぐらい、太一の体は快感に翻弄された。

最後の方は気持ち良すぎてわけが分からず、泣き出した太一を和眞は優しく抱きしめた。そして、何度も何度も和眞の精を体の奥で受け止めた。そのうち疲れ切って、太一は寝てしまった。
眠りに落ちる中で、微かに和眞が甲斐甲斐しく太一の体を拭き、服を着せ、寝かせつけてくれたのを覚えている。

その時と同じ瞳で、和眞に見つめられる。それが嬉しくて、そして同時に苦しかった。

(こいつは一夜限りのつもりだったんだ。有坂が優しいからって……調子に乗ったらだめだ)

強く自分にそう言い聞かせる。

「体……大丈夫ですか?」

俯いた太一の顔を和眞が覗き込む。その表情が本当に心配そうで。それだけで簡単に太一の心は揺れる。気持ちを整理したくて、わざわざ一人で出社したのに、やはりまるでできていなかった。

「無理させた……自覚はあるんで」

恥ずかしそうに言って和眞ははにかんだ。そんな和眞もとてもかっこよくて、ときめく胸を無理やり抑え込む。

「大丈夫だ。このぐらいなんともないから」

素っ気なくそう返して、距離の近い和眞の体を押し返す。太一の反応に少しだけ驚く素振りを和眞は見せる。だけどすぐに、いつもの雰囲気に戻った。

「ならよかった」

微笑みを称えながら、和眞がホッと息を吐く。こちらを見つめる和眞を見ていられなくて、太一はまた俯いた。


(有坂……いつも通りだな。いつも通り変わらず優しい。俺はこんなに……苦しいのに……)

それが、昨日のことは和眞にとっては取るに足らないことで、意識しているのは太一だけだと言われているようで、密かに唇を噛んだ。

「あ、そうだ。淀さん好きな食べものとかあります? 今度一緒に食事に行きませんか……って淀さん?」

自分の思考に沈んでいる太一には、和眞の声は聞こえていなかった。

「ごめん。急ぎ返信しないといけないメールがあったんだった。先戻るな」
「ああ……はい……」

俯いたまま和眞の顔を見ずに、太一はその場から足早に駆け出した。




デスクに戻りハァとため息を吐く。パソコンを見つめるが、特に急ぎのメールなどない。ただ、あれ以上和眞と二人きりでいるのが苦しかっただけだ。

(昨日の夜は……本当に夢みたいな時間だった……)

昨日のことは、この先ずっと忘れないだろう。最初から最後まで、和眞はずっと優しかった。まるで本当に愛されているんじゃないかと錯覚する程に。

太一はギュッと手を握りしめた。

だけど勘違いするわけにはいかない。和眞はただ優しさで、一晩だけ自分に付き合ってくれただけなんだから。

(今日からはまた、ただの先輩と後輩だ)

あの夢のような時間は、いい思い出として胸の中にしまっておけばいい。自分みたいな恋愛経験もない、冴えない三十代男が、あんな完璧な男に一度だけとはいえ抱かれたのだ。こんなこともなければ、何の経験もないまま歳をとっていくだけの人生を、自分は送っていたかもしれない。

平凡な自分の平凡な人生の中に、不意に訪れた彩り。束の間でも、和眞に愛されていると思うほどの、夢のような時間を過ごせたのだ。

(それだけで十分だ……)

その時、和眞がデスクに戻ってきて、太一はビクッと体を震わせる。

(時間は必要かもしれない。でも大丈夫、ちゃんと割り切れる)

そう自分に言い聞かせる。

それでもやはり、和眞の方を見ることはできなかった。




だから太一は気付いていなかった。和眞が見たこともない険しい表情で太一を見つめていたことに。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

「イケメン滅びろ」って呪ったら

竜也りく
BL
うわー……。 廊下の向こうから我が校きってのイケメン佐々木が、女どもを引き連れてこっちに向かって歩いてくるのを発見し、オレは心の中で盛大にため息をついた。大名行列かよ。 「チッ、イケメン滅びろ」 つい口からそんな言葉が転がり出た瞬間。 「うわっ!?」 腕をグイッと後ろに引っ張られたかと思ったら、暗がりに引きずり込まれ、目の前で扉が閉まった。 -------- 腹黒系イケメン攻×ちょっとだけお人好しなフツメン受 ※毎回2000文字程度 ※『小説家になろう』でも掲載しています

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

ナイトプールが出会いの場だと知らずに友達に連れてこられた地味な大学生がド派手な美しい男にナンパされて口説かれる話

ゆなな
BL
高級ホテルのナイトプールが出会いの場だと知らずに大学の友達に連れて来れられた平凡な大学生海斗。 海斗はその場で自分が浮いていることに気が付き帰ろうとしたが、見たことがないくらい美しい男に声を掛けられる。 夏の夜のプールで甘くかき口説かれた海斗は、これが美しい男の一夜の気まぐれだとわかっていても夢中にならずにはいられなかった。 ホテルに宿泊していた男に流れるように部屋に連れ込まれた海斗。 翌朝逃げるようにホテルの部屋を出た海斗はようやく男の驚くべき正体に気が付き、目を瞠った……

バーベキュー合コンに雑用係で呼ばれた平凡が一番人気のイケメンにお持ち帰りされる話

ゆなな
BL
Xに掲載していたものに加筆修正したものになります。

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です ※小説家になろうにも公開してます

処理中です...