上 下
5 / 50

空は厄介者が多い

しおりを挟む
 よく考えたら1億日ぶりに翼を使って飛んでる。
 それに気付いた私は思わず叫んだわ。

「飛ぶって疲れるーーーッ!!」

 誰もいない空に虚しく自分の声が響く。
 深刻な運動不足。明日には筋肉痛になりそうだわ。思わず地上に降りてヒッチハイクでもしようかと思ったくらい。でも、この世界じゃ翼を持ってる私は目立つだろうし、絶対にトラブルが起きるわよね。
 無理して飛んでたら遠くからわさわさと翼を動かす生き物たちがやってきた。
 見た感じ、トカゲっぽい。

「ギエエエエエエッ!!」

 どう見ても私に向かって飛んできているけど、これはあれかしら。
 「お姉さん、私の背中にお乗りよ」か「お前、美味しそうだな」のどちらかのパターン?
 前者だといいなあと思ってたら翼の生えたトカゲちゃんたちは口をぱっくり開けて襲い掛かってきた。

「あー、やっぱりそっち?」

 またしても私の周囲でバリバリバリっとシールドが発動して哀れなトカゲちゃんたちは黒焦げになってゆく。1匹がそうなれば学習してもいいのに、こいつらってばどんどん私に襲い掛かってめでたく全員が大地へ落ちて行ったわ。さようなら。

 もうちょっと高く飛んだ方がいいかなと思って雲の上まで飛んでみた。
 雲海って言葉が相応しいふわふわの雲の絨毯。真上には吸い込まれそうな蒼穹。
 風光明媚ってやつね。うっとりしたいところだけど、やっぱり飛ぶのは疲れるわ。
 そう思ってたらまた変な鳴き声。

「ギャオオオオオオッ!」

 今度は何かなと思ったらさっきのトカゲより縦横奥行きが20倍くらいある真っ赤なトカゲが私の方にやってきたの。

「はああ~~~~」

 そりゃあため息も出るわよ。
 目立たないように雲の上まで来たのに余計に状況が悪くなってるんだから。

『そこのお前!ここまで上がってこられるとは珍しい種族だな!』

 トカゲ君は思念を飛ばしてきた。
 よかった。意思疎通ができるタイプみたい。

『あ、こんにちは』
『俺様のなわばりに入ったのが運の尽きだ!大人しく餌になれ!』
『え?』

 前言撤回。話が通じないタイプだったわ。
 こいつも口をぱかっと開けて私を丸のみにしようと迫る。

『あのー、私に近づかない方がいいですよ』
『ぐはははは!弱肉強食は自然の摂理だ!俺様の養分となれ!』

 バリバリバリっと電撃が発生。
 この世界に来てから一番大きな迎撃システムが作動したわ。
 この子、体だけじゃなくて能力もかなり高いようね。

『ぐおおおおおおおっ!な、なんだこれは!?』

 よかった。今回は殺さずにすんだみたい。
 口から血を流してるけど、これに懲りたら早く立ち去ってちょうだい。

「貴様、ただの鳥人かと思ったが魔術師か!小癪なやつめ!」
「あの、私、もう行っていいですか?なわばりに勝手に入ったことは謝りますから」
「許さん!世界最強の俺様に傷を負わせるなど!」

 ますます怒った彼……あるいは彼女だったりする?
 まあ、いいか。トカゲ君は口から大きな火球を次々吐き出した。
 全てシールドで防いだけど、ここまで話を聞かないと流石にイライラしてくるわね。

「警告します。あまり付きまとってくるなら反撃しますよ」
「舐めるな!小娘があああああああっ!」

 神術発動。
 こいつの頭部をちょこっと右に転移。

「き――――!!」

 トカゲ君は頭と胴体がお別れして落下してゆく。
 再生や復活できるか知らないけど、いい加減に懲りたでしょう。 
 さあ、ああいうタイプとまた会うのも嫌だし、もうちょっと飛んだら降りましょうか。
 居を構えるならどこにしようかしら。できれば森の中。湖のほとりなんていいわね。そこで別荘を創って1日中ごろごろする。いいわねー。



 この世に自分より強い生き物はいない。
 赤竜グラブレアは千年以上生きる間にその結論に至った。
 時には強い魔族や同類異類の竜にも出会ったが、最後は自分が勝利した。やがて地上が退屈になったので空高く舞い上がり、空を自分の住処とした。浮遊しながら五百年寝て、そろそろ地上に降りて瘴気か炎で厄災をふりまこうと思っていた時に見慣れない種族を見つけた。
 羽の生えた小さな生き物。
 彼が知っている種族に似た者はいるが、ここまで高くは飛べなかった。
 面白い。腹も空いたし、食ってしまおう。
 その好奇心と油断が彼の生涯を終わらせた。
 今や彼の頭部は切断され、落下してゆく自分の胴体を眺めていた。

(俺様は……死ぬのか……?)

 無敵を誇る再生能力は発動せず、暇つぶしに発明した治癒魔法も使う余力もない。
 他の竜も頭部を切断されて生き残った者はいなかった。自分も死ぬことが理解できてしまう。その程度の知恵はあるのに自分より強い生き物を想像できない。自分の愚かさにグラブレアは凄まじい羞恥心を覚えた。

(大地が見えてきた……ああ……懐かしいなあ……最後は……あそこで死……)

 彼の首と胴体が地面に衝突し、轟音と土煙を生む。
 五百年ぶりの大地の感触を確かめたかった彼だが、その命は衝突前に失われていた。
しおりを挟む

処理中です...