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友好的な振り

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「ところで、私はこのまま虜囚の身か?」

 皇帝に問われたヨルム宰相は神妙な顔つきになった。
 現時点で国交もほとんどないガルド帝国の皇帝を捕縛することはあちらの国から見れば宣戦布告なしの奇襲。彼自身がロザリア王国での騒乱の責任を認めているにせよ相手の出方次第では他国を巻き込んだ大戦争に発展しかねない。
 それでも宰相は弱みを見せないために虚勢を張った。

「我が国は他国とどのような関係でも最低限の礼儀と敬意を払います」
「これで、か?」

 ロープに縛られている自分を皮肉る皇帝。
 宰相は可能な限り言葉を選んで発言した。

「陛下を拘束し、転移したのは我々ではありません」

 そこで全員の目が一人に集中する。
 エーレインは椅子を傾けてぎーこぎーこと揺れている。

「え?ああ、私だけど?」
「その……皇帝陛下の身は如何すればよいでしょうか?」

 一国の宰相が下男のように聞いた。

「貴方たちはどうしたいの?」

 下駄を預けられた宰相は弱り切った。
 今まではエーレインの独断と主張できたし、実際にそうだったが宰相が処遇を決めればロザリア王国も責任を負うことになる。それでも宰相は自国のために必死に苦悩した。

「ガルド帝国とは戦争状態ではありません。可能であればサルタン殿と共にお帰り頂き、此度の事件に帝国が関与していたことを表明した上で協議に移りたいと考えております」

 もう一度転移で送り返してもらえますか。
 やんわりとそう伝えると彼女は「あそう」と言った。
 指を振るって転移を発動する仕草をしたところである人物から声がかかった。

「よければ発言の許可を頂きたい」

 そう言ったのはルカリオ。
 騎士団の団長という立場を考えればこの場にいる自体がおかしいのだが、彼は勇気と決意を持って挙手していた。
 エーレインは手を止めたまま宰相を見て、その彼は一瞬考えたがルカリオが決して空気の読めない愚者ではないと判断して頷いた。

「私のようなものに発言の許可を頂けたことに感謝します。知らない方もおられるので自己紹介しますが、私はユス王国ザーランド領第1飛行騎馬隊団長ルカリロ・クロッツェ。この場におられる御方々は国も身分も違いますが、ある意味では共通の事項……いわば縁で結ばれています。この機会を活かしてお互いの不和を解いた上で友好的な関係を結んでは如何でしょうか?」
「それは良い考えだな」

 同意したのはガルド帝国の皇帝だ。
 子供の浅知恵を見透かしたような顔をルカリオに向ける。

「歴史上こんな集まりは一度もなく今後も起こりえないだろう。ガルド帝国、ユス王国、ロザリア王国……いや、もうじきロザリア共和国か?三か国で協定ないし同盟を結び、意思疎通と情報交換のできる窓口を設けるのはどうだ?手続きを省くなら個人的な連絡線を敷くだけでも良い。手が使えないので出せないが超長距離で使える通信用魔法具なら持っている」

 そう言うと皇帝はヨルム宰相を試すような目で見る。
 相手の策謀を必死に考えた彼はその場にいる全員の顔を順に見ると(竜だけが首を傾げた)口を開いた。

「前向きなご提案だと思います。とはいえ、今日はあまりに多くの事が起き、夜も遅いので一度解散し、日を改めて協議に移りましょう。窓口や連絡線については後から構築すればよい事です」

 それを聞いた皇帝はフッと笑った。
 ルカリオは異議ありませんと言い、宰相は待ちぼうけをくらったエーレインに精一杯の謝意を込めて言った。
 
「大変お待たせしたことを心からお詫びします。お願い致します」

 エーレインはやや乱暴に指を振り、ガルド帝国の皇帝と英雄はその場から消失した。
 なお、誰も知らない事だったが皇帝と英雄は帝国城の巨大露天風呂に上から落下していた。



 やったぞ。
 しがない騎士団の団長であるこの俺、ルカリオ・クロッツェは一生分の勇気を使い果たした。
 ああ?皇帝やら宰相やら雲の上の人間たちがいる席で発言するのがどれだけ危険かわからねえのか?戦場だったら俺一人が死ぬだけで済むが、ああいう公の場で要人を怒らせたり侮られたりすると俺の国が侵略されるかもしれねえんだ。特にガルド帝国はやばい。あの皇帝、この世の悪事を全て見てきたかのような目をしてやがる。
 俺だって盗賊を匿う村があればまるごと処刑する。ある程度の業を背負う同類だが、むこうは村じゃなくて国を焼いちまう。格が違いすぎるんだよ。あのエーレインに突然転移されて、他国のど真ん中で機嫌悪そうなあいつと竜に睨まれた状況で怯まず危ない橋を渡り切る。俺には不可能だ。

「ルカリオ、あれはどういうことだ?」

 おっと。イーロン様にも説明しないとまずいな。
 俺は軟禁されている部屋の椅子に座って盗聴防止の魔法具を起動した。

「イーロン様、まず我々があの場で一度も発言しないのはロザリア王国とガルド帝国どちらにも軽んじられる危険がありました」

 だが、馬鹿な発言をするよりはマシだ。そこが難しい所だな。

「そして我々はロザリア王国と和平を結んでおらず、未だいくらかの敵対関係にあります」

 俺らの領が起こした戦争は大量の死傷者が出た。
 そこはエーレインが全員の治療と蘇生をしてくれたんだが(改めて思うが蘇生ってなんだよ……)、破壊した建物はそのままだ。色んな金銭的被害は出てるし、恨みが消えるわけもない。ああ、黒い粘液が出した被害は俺たちのせいじゃないから一部を擦り付けることもできるか?

「それはガルド帝国も同じです。魔石生命体とやらで我々よりも多くの死傷者を出し、軍事力も高い。お互いがお互いを警戒しているでしょう」
「敵の敵は味方、ということか……」
「まさに」

 さすが理解が早い。そう。最悪、ロザリア王国という化け物とまた戦争になったら強い味方がほしい。だから三国間の友好という体裁で帝国に色目を使ってみたんだ。 
 帝国は少しも善良な国じゃないが、戦力という点では頼もしい限りだ。ロザリア王国とどこまで渡り合えるかわからないが、むこうも単独で戦争する気はないはずだ。俺らユス王国は帝国に比べたらランクが4つも5つも下だが、地理的にはロザリア王国のすぐ隣。むこうと国交があるし、利用価値は十分にあるとむこうは考えてくれるはずだ……が、こいつは諸刃の剣だ。

「帝国を信用してよいのか?あんな怪物を生み出すような国よりロザリア王国の方がまだ良いかもしれんぞ?」
「ごもっともです」

 そうなんだよ。あいつらがもしもロザリア王国に勝利したら俺たちの国は周辺ごとあっという間に飲まれるんじゃないか?ロザリアの技術力を持ったガルド帝国。最悪だ。そうさせないように慎重に立ち回る必要がある。

「どちらの国も信用しすぎてはなりません。どんな国も欲や恐怖はあり、自国の利益を最優先にし、他国のために犠牲になったりしません。永久不滅の友好を期待すること自体が間違いです」
「うむ……そうだな……」

 こうして俺とイーロン様の話は続いた。
 さて。独断で3国間の協定なんて提案した俺は下手すると首が飛ぶが、上手くいけば英断とみなされて昇進だ。たぶん後者だと思う。その時はイーロン様も大国と縁を結んだ貴族として厚遇され、敵国に誘拐されたという失点は消えるはずだ。ああ。そういう欲もあったんだよ。イーロン様が次期領主候補に躍り出る可能性さえある。その時は他の兄弟たちと跡目争いするかもな。
 ああ。夢の見過ぎなのはわかってるが、今夜は敵国で眠るんだ。今くらい夢を見せてくれ。もう竜も英雄も皇帝も出てこないでくれよ。
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