奥手な二人は脱いだら淫ら(R15版)

矢崎未紗

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第一章 曖昧な理想

第01話 残って気になる声(中)

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「いらっしゃい~。俺は野中・グレン・将樹で、こっちは松浦・デイビット・謙志。二人ともスポーツ科学部だよ。二人は一年生? 今日がオリエンテーションだっけ?」
「はい、そうです。記念講堂に集合なんですけど、きれいな写真があったのでつい」

 将樹が気さくに話しかけると、大人びた女子のほうが物怖じすることなくはきはきと答えてくれた。

「褒めてもらえると嬉しいよ。ちなみに、どの写真が気に入った?」
「えーっと……私はこの、まだ夕焼けの時間帯の一番星の写真ですかね」
「私は……この、手前の木々がとても黒いのが……」
「おっ、謙志の写真じゃん」

 控えめなほうの女子が指差した写真は、飾られている中では最も小さなサイズで印刷されていた。画面の左側ほぼ半分が枯れた木々の枝になってしまっているが、その奥にある濃紺をバックに光る星々のきらめきがとても儚い印象に見える写真だ。

「写真撮影はあくまでもやりたい人が自由にやることで、サークル活動のメインはただ単に星を見ることなんだ。でもやっぱり、撮影した写真を褒められると嬉しいよな、謙志」
「まあ……そうだな」

 謙志が低い声で頷くと、それに続くように素子も詳しくサークルの説明をした。

「カメラを持ってない会員も普通にいるもんね。だからお二人さんも、気負うことなく入会を考えてくれていいよ~。主な活動は年四回の合宿で、みんなでちょっと遠出して星空を見ること。あとは、予定が合った人同士で自由にどこかしらに行って星を見るかな、ってぐらいのゆる~いサークルだよ。部室で誰かとおしゃべりするのがメインの活動になってる人もいるくらいだから。直近の活動は四月の新歓コンパと、五月の新歓合宿かな。合宿のたびにお金がかかるけど、一年生なら余裕のある先輩が多少支援してくれたりもするから、気軽に参加してくれると嬉しいな」
「あの、直球で不躾なことをお尋ねするのですが……いわゆる飲みサーとかヤリサーとかではない……ですか?」
「えっ? ああ、そうだね」

 笑顔でサークルの説明をしていた素子だったが、大人びたほうの子から確認されて少しだけ面食らった。しかし、背筋を伸ばしてしっかりと首を横に振る。

「そういうサークルではないよ、間違いなく。サークルとしての公式の飲み会は、基本的に新歓コンパと忘年会しかないし、個人で集まって飲む人たちもいなくはないけど、酒飲みが多いわけじゃない。会員はみんな、ちゃんと節度を守れる、どちらかというと真面目な人が多いほうだよ。未来のことすべてを完全に保証できるわけじゃないけど、少なくとも私が会長の間は、下品で不埒なサークルには絶対にしないから、安心して!」
「それは……よかったです」
「まあ、女の子なら特に心配だよね、そういう点」
「はい。私たち、女子校出身なので……いろいろと慣れていなくて」
「ああ、なるほど。うんうん、わかる、そんな雰囲気するわ~」

 どちらの女子にも共通して「世間知らずなお嬢様」的な雰囲気を感じ取ったのか、素子は少しだけ苦笑いを浮かべた。

「うちは大丈夫だよ。歴代の先輩にもいまいる会員にも、変な人はいないから」
「そうだね、男子も女子も、俺らみたいに真面目な性格の人が多いよ~」

 素子に続いて将樹がそう言うと、素子はじっと将樹を見つめた。

「野中はちょーっとばかし、軽薄な感じがあるけどね?」
「ええ~……まあ、この堅物の謙志に比べたらそうかもしれないけどさー。俺はなるべくたくさんの人と仲良くしたいだけっすよ、素子会長」

 からかわれた将樹は、困ったように頬をかいた。

「六号館の四階にあるA八号室が部室だから、入会希望の場合は直接部室に来てね。三年生か四年生がいれば、一次対応はしてくれると思うから」
「六号館ですね。わかりました」
「入会希望じゃなくても、今日のオリエンとか履修登録とかでわからないことがあったら、訊きに来てくれてもいいよ~。お勧めの講義とか教えてあげるからさ」
「はい、ありがとうございました」
「ありがとうございます」

 新入生の女子二人は素子にお礼を言って丁寧に頭も下げてから、ゆりのき通りを記念講堂に向かって歩いていった。

「入ってくれるといいねー。何人でも、新入生が増えるのはいいことだー」
「ですねー。謙志もさ、もうちょっと愛想よく勧誘しようぜ」

 将樹はそう言いながら謙志の横顔に視線をやった。しかし謙志は、傍にある百合の木と化してしまったかのように、何も言わないし身動きもしない。だがその視線は、段々と遠ざかっていく今の一年生女子二人の背中にずっと向けられていた。

「謙志? どうした? もしかして、今の子のどっちかに惚れちゃった?」
「えっ……」
「謙志に久しぶりの春が来たか~?」
「松浦、人の気持ちにあれこれ注文はつけたくないけど、サークル内で不健全なことはしないでよ? 野中も、そう簡単に煽らないの」
「いや……」

 将樹からにやにやとした視線を向けられて、謙志は戸惑った。だが、ある一点に集中してしまった思考回路はぎくしゃくとしか動かず、将樹にも素子にも適切な返事ができない。

「そうじゃ……ない……」
「まあ、どっちもかわいかったもんな」
「あんたたちもオリエンとか履修登録とか、時間はいいの? スポ科って、三年次でも必修科目の講義が多いんでしょ」
「あっ、そうだな。じゃあ素子会長、引き続き勧誘をよろしくおねーしゃっす!」
「はいはい、お任せあれ~」

 素子に手を振ると、将樹もゆりのき通りを歩きだす。そして数秒遅れて、謙志の足も動きだす。そんな二人を、春風が横から吹きつけた。


   ◆◇◆◇◆


 謙志と将樹は同じスポーツ科学部スポーツ科学科だが、二年次で選んだコースが異なる。三年次最初のオリエンテーションはそのコースごとに行われるため、謙志と将樹はそれぞれのコースの学生が集まる教室へと向かった。
 三年次の講義はますます専門性が高まり、測定器などの機材を扱う実習も多くなる。しかし、ようやく学びたいことの本筋を学べるので、謙志はどの講義をとろうかと、配られた時間割一覧表や冊子のシラバスを楽しみな気持ちで眺めていた。
 けれどもオリエンテーションが終わり、教室から一人、また一人と人が去っていって静かな空気が流れると、ふと先ほどの新入生のことを思い出してしまった。

 ――私は……この、手前の木々がとても黒いのが……。

 そう言って、謙志が撮った写真を指差してくれた泣き黒子の小柄な女子――名前を言わなかったのでわからないが、その声を謙志は強烈に記憶してしまった。

(あの声……あれが……な気がする……)

 誰にも言えない、自分の好きなタイプ。声に強いこだわりがあり、いやらしい動画を見る際は、どの女性演者の声も無性に耳障りなのでいつも無音にして、頭の中で自分の理想の声を流していること。そして、男の自分が下位の立場に置かれて、女性のほうに優位に立ってもらって破廉恥な行為をしたいと願っていること。高校からの親友である将樹にすら打ち明けたことのない、自分一人であたため続けてきた厄介な理想。
 天文研究会のブースを訪れてくれていた新入生の女子二人のうち、幼い顔つきで会話が控えめだったほうの彼女。彼女の声が、謙志の中にやけに強く残っている。普通の会話だったので艶めいた声などではなかったが、彼女の声こそ、自分が求めていた理想の声ではないだろうか。

(いや……いやいや……)

 謙志は冊子になっている時間割と分厚いシラバスをリュックの中にしまい込みながら、自分の想像を否定した。

(理想の声だとしても……たぶん、それだけじゃ無理だ)

 過去に短期間ながらも付き合ったことのある二人のカノジョは、自分の好みかというと正直には頷けないが、どちらも一般的にはかわいい、もしくはきれいと称される部類だったと思う。
 だが、彼女らと何気ない会話をしていた時も、一歩踏み込んだ関係になろうかという雰囲気になった時も、彼女たちの何かが謙志には無理だった。彼女たちのことを恋愛対象として「好きだ」と思ったことがないので致し方ないのかもしれないが、「男である自分がリードしなければならない」という自分の中に自然発生した義務感と、そして彼女たちから向けられる「男のあなたがリードしてよ」という期待感が、どうにも謙志のメンタルを萎えさせたのだ。
 では、どういうふうに関係が進めばよかったのか。残念ながら、それは謙志自身もわからない。肉食女子にぐいぐい迫られたいかというと、そういうわけでもないのだ。自分自身でも厄介だとは思うが、針の穴に糸を通すように、とても狭いポイントを的確に突いてくる刺激がないと、どうも自分の中に火がつかない。

(もう一人のほうは積極性がありそうだったけど、あっちのは……)

 初対面の年下の異性をジャッジするというのはあまり品のない行為ではあるが、謙志は先ほどの女子二人を思い返す。泣き黒子の女子の声が理想の声かもしれないと思いつつも、対人関係においてはどちらかというと消極的に見えた彼女の印象からは、自分の理想とする男女の関係になれる可能性は低そうだった。だから、こんなふうに気にしてしまうのは時間の無駄だ。

(なんか俺……欲求不満なのか? みっともねぇな)

 学年が上がって、講義はますます面白くなりそうだし、気晴らし程度ではあるが、ずっと続けている空手も相変わらず楽しいし、自分の大学生活は充実している。ここ一年ほどカノジョはおらず、恋をすることもされることもなく、異性関係だけは日照りが続いているが、大学生だからといって全員が全員、恋人がいるわけではない。大学生なら誰かと付き合うことが当然かとも思っていたが、学ぶことが大学生の本領なのだから、「恋愛がしたい、カノジョが欲しい」と、そこまで必死にならなくていいはずだ。
 だから、自分のこの欲求不満は心が恒常的に抱いているものではなく、あくまでも身体が抱いている機能的な不満だ。もう少し自己処理の回数を増やせば、こんな煩悩は消えるだろう。
 謙志はようやく立ち上がると教室を出て、将樹と合流すべくスマホを取り出した。


   ◆◇◆◇◆
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