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第一章 曖昧な理想
第04話 揺れて惹かれる心(上)
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「あの……本当に私、わからないので……」
「えぇ~じゃあさ、一緒に探してくれない?」
「いえ……あの……わかりませんから……」
ある日の講義終わりのこと。
ゆりのき通りを歩いて東門を出たところで、桃音は中年の男性から話しかけられた。個人が営んでいる民家のような料理店を探しているとのことで、知らないかと。
桃音は大学に通うためにこの駅へ来ているだけで、周辺近所の事情には詳しくない。駅近にある大衆居酒屋なら、天文研究会の新歓コンパで一度行ったので場所はわかるが、個人が営んでいる民家のような料理店などという、「地元の人のみぞ知る隠れた名店」のようなマイナーな店の場所を知るはずがない。
丁寧にそう言って去ろうとしたのだが、よれよれのシャツにジャージのようなズボンをはいた中年の男性は、桃音が一歩でも駅に近付こうとすると、まるでバスケのディフェンスのような動きで桃音の行く手を阻む。そのせいで、桃音は東門から動けずにいた。
「ほら、スマホでさ、検索してよ。おじさんのほうこそ、そういうのわからないからさ」
「いえ……あの……このあと予定があるので……」
実際には予定などない。夕飯の買い物をしてまっすぐに帰宅するだけだ。男性に諦めてもらうために嘘も方便ということでなんとかこの場を切り抜けようとするが、しつこい男性は桃音をねっとりと見つめて逃がしてはくれない。
せめて結美がいれば、自分よりも強い声で拒絶してくれてなんとか逃げられただろう。だが、今日は結美が先に帰る日なので桃音は一人だ。自分でなんとかしなければならない。周囲に助けを求めたい気持ちはあったが、中年男性に関わりたくないのか、通り過ぎていく学生たちはちらりと桃音を見るも、我関せずという顔でまっすぐに駅に向かっていく。
(どうしよう……勇気を出して大声で叫ぶしか……)
「美味しい店らしいんだよね。君、かわいいから一緒にどう?」
「いっ……行きません……!」
案内を頼まれただけでなく食事にまで誘われてしまい、桃音の背中には鳥肌が立った。全身に恐怖心が広がっていき、桃音は泣きそうな表情になる。
「おい」
その時、低い男性の声が二人の間に割って入った。桃音が驚いてその声の主を見上げると、それは謙志だった。
「おっさん、あんた、大学の敷地に近付くなって言われてるよな? その警告を忘れたのか? 警察を呼ばれる前に、大学と学生から離れろ」
「チッ……なんだよお前!」
桃音には鼻の下を伸ばしてにこにこと笑いかけていた男性は、謙志に向かってあからさまに悪態をついた。しかし謙志は物怖じせずに、むしろ表情をさらに険しくさせて、中年男性を睨みつける。
「警察を呼んでいいんだな?」
「クソッ、クソクソクソッ、死ねよクソガキ! 死ーね! 死ーね死ーね死―ね!」
中年男性は途端に目をカッと開き、忌々しそうに謙志に罵詈雑言を浴びせると、線路とほぼ平行に伸びている幹線道路の歩道をどこかへと歩いていった。
「大丈夫か」
「え……えっと……はい」
中年男性が去り、謙志に尋ねられた桃音は小声で頷いた。しかし、最後に急変した男性の態度と顔つきが不気味で怖くて、腰が抜けたわけではないが、元気に歩きだせる調子ではなかった。
「あいつ、このあたりに住んでるおっさんで、頭がおかしいって有名なんだ。女子学生ばかり狙って執拗に声をかけたり、店に行こうって誘ったりするから、毎年大学が学生に注意喚起をしている。実際に警察沙汰になったこともあって、警察公認で、大学の敷地への接近が禁止されてるはずだ」
「そっ……そうなんですね……」
「自分が警戒されていることを理解したのか、最近は春だけに現れるんだ。まだ何も知らない新入生を狙うためにな」
「なるほど……」
ならば自分は、まさに格好の餌食だったのだろう。結美のようにはっきりとした美人な顔立ちならば、男性は逆に臆するかもしれない。しかし、自分はまだまだ子供っぽい外見で、楽に手籠めにできると思われやすいほうだと思う。通りかかった謙志が助けてくれて、本当によかった。
「あの、松浦先輩……ありがとうございました」
桃音はぺこりと頭を下げて、謙志にお礼を言った。すると謙志は、桃音を見下ろして小さく首を横に振る。
「礼を言われるほどじゃない。それより、もう帰らないと駄目か?」
「えっ?」
「時間に余裕があるなら、一緒に学生課に行こう。不審者が出て困ったと、ちゃんと伝えておいたほうがいい。あいつのことは学生課も十分知ってるはずだから、また被害者が出たと知れば、ほかの学生にも注意をうながしてくれるはずだ」
「あ、はい……わかりました。時間は……大丈夫です」
冷静な謙志の態度に感化されるように、桃音は少し落ち着きを取り戻した。そして、駅を背にしてゆりのき通りを謙志と二人で戻り、学生課がある一号館に入る。
先に謙志が学生課のスタッフに話をしてくれて、桃音は実際に受けた被害――料理店を一緒に探してくれ、一緒に入ろうと言われ、進路をふさがれて帰るに帰れなかったことを説明した。学生課のスタッフはとても苦い顔をして「またか……」という表情を浮かべたが、学生メールや張り紙等で注意喚起をしておくと言ってくれた。
「じゃあ帰るか。駅まで送る」
「えっ、いえ……そんな……」
「駅の反対側に住んでるから、通り道なだけだ」
「あ、はい……」
学生課での話が終わると、二人は再びゆりのき通りを歩き始めた。
背の高い謙志の歩幅は広く、桃音は早歩き気味に歩いても、謙志の半歩後ろを付いていくのがやっとだった。
「ごめん、歩くのが速かったか」
「い、いえ……っ」
桃音がやたらとせわしなく歩いていると感じた謙志は、東門に近付いたところで、二人の歩幅がずいぶんと違うということにようやく気が付いた。そして、狭い歩幅でなるべくゆっくりと横断歩道を渡り、駅構内に入る。
「じゃあ、気を付けて」
「はい……重ね重ね、ありがとうございました」
「ああ」
謙志に別れを告げると、桃音はバッグから定期券を取り出して改札を通る。人の波に流されるようにして奥まで歩いたが、ホームへ上がるエスカレーターに乗る前にふと気になって、振り向いた。しかし、どんなに目を凝らしても駅構内に謙志の姿はもうなくて、桃音は言葉にしがたい淋しさを覚えたのだった。
◆◇◆◇◆
「結美ちゃん、あの……部室じゃなくて、カフェテリアのほうに行かない?」
数日後、二人そろって四時限が空きなので、いつものように次の講義までの時間を部室で過ごそうとした結美の腕を取り、桃音はそう誘った。
「そっち? いいよ、行こうか」
天文研究会の部室は、鍵を持っている三年生か四年生が開けてくれれば、一、二年生でも自由に出入りができる。おしゃべりをしている人もいるが、基本はそんなに大人数が集まることはなく、気になるほど騒がしいということがない。参考書を持ち込めば、レポートの下書き作業などを進めることもできる。そのため、二人は空き時間を部室で過ごすことも多かった。
その部室ではなくカフェテリアに行こうということは、サークルの人たちには聞かれたくない話をしたいから――そう察した結美はすぐに頷いた。
中庭を抜けて、二人は研究棟に入る。そこは主に大学院生や教授たちの研究室がある建物で、学部生はあまり訪れない場所なのだが、一階には大学関係者なら誰でも利用できるカフェテリア「ラ・レン」がある。学生食堂ほどではないが、学外にある店よりも安い値段でコーヒーや紅茶、種類豊富なスイーツを楽しめるので、このカフェテリアだけは学部生もよく利用していた。
それぞれ少量サイズのケーキセットを頼んで空いている席に腰を下ろすと、結美は若干にやけた顔で桃音に尋ねたのだった。
「どうしたの? 松浦先輩と何かあった?」
「えっ!? えっ、ど、どうして……っ」
「だって、桃音が平常心で接していないのって、松浦先輩だけじゃない」
桃音は控えめで奥手な性格だ。しかしその根っこには、意外と太い肝がある。コミュニケーションをとって人と関係を築くスピードはゆっくりだが、着実に積み重ねていくタイプなのだ。
そんな桃音がどこか迷いながら接している相手は、天文研究会の先輩である松浦・デイビット・謙志だけ。ずっと傍で桃音を見ている結美には、小学校の算数の問題よりも簡単にわかることだった。
「平常心で……接してないかなあ」
「桃音は控えめだけど、人とのコミュニケーションが怖いってわけではないじゃない? それなのに松浦先輩にだけは……うーん、なんていうか、相手がどう反応するのか探るように、すごく恐る恐る話しかけているように見えるよ」
「そう……かも……」
「で、そんなふうになっちゃうのって、松浦先輩のことが好きだからじゃないの~」
結美は少しばかり意地悪そうな、何かを期待したいたずらっ子のような表情で尋ねた。
「新歓合宿の時、上着を貸してくれて優しかったもんね」
「それは……その……」
「なんとなくだけど、松浦先輩って誰が相手でもそういうことをするわけじゃなさそう……相手が桃音だったからじゃないかな。ってことは、松浦先輩も桃音のこと、悪くは思っていないと思う!」
「そ、そんなはずないよ……だって私、こんな……子供っぽいし」
結美は母が化粧品メーカーに勤めている影響で、高校生の頃からメイクが好きだ。化粧をして登校することは校則で禁じられていたので、当然高校にはすっぴんで来ていたが、休みの日に結美と一緒に遊ぶと、それはもう、いつもきれいなメイクをしていた。桃音は、結美の家に行ってスキンケアや化粧の基本から教えてもらっていたので、入学初日からしっかりとメイクをして大学に通えている。しかし丸っぽい頬や目鼻の顔立ちを、メイクで根本から変えられるはずもなく、横髪を巻いて大人っぽさを出してみようとするなど工夫はしているが、幼い顔つきは相変わらずだ。
「桃音の顔立ちがベビーフェイスなのは事実だから仕方ないけど、小学生に見えるわけじゃないし、老け顔よりいいと思うよ? ケバいメイクをして無理やり背伸びしているわけでもないし……桃音は普通にかわいい女の子だよ」
「そうかな……」
「松浦先輩と何があったの? 好きになっちゃったの?」
冷たいカフェオレを飲みながら、結美は話を深掘りする。親友におとずれた春の行方が気になって仕方ないようだ。
「えぇ~じゃあさ、一緒に探してくれない?」
「いえ……あの……わかりませんから……」
ある日の講義終わりのこと。
ゆりのき通りを歩いて東門を出たところで、桃音は中年の男性から話しかけられた。個人が営んでいる民家のような料理店を探しているとのことで、知らないかと。
桃音は大学に通うためにこの駅へ来ているだけで、周辺近所の事情には詳しくない。駅近にある大衆居酒屋なら、天文研究会の新歓コンパで一度行ったので場所はわかるが、個人が営んでいる民家のような料理店などという、「地元の人のみぞ知る隠れた名店」のようなマイナーな店の場所を知るはずがない。
丁寧にそう言って去ろうとしたのだが、よれよれのシャツにジャージのようなズボンをはいた中年の男性は、桃音が一歩でも駅に近付こうとすると、まるでバスケのディフェンスのような動きで桃音の行く手を阻む。そのせいで、桃音は東門から動けずにいた。
「ほら、スマホでさ、検索してよ。おじさんのほうこそ、そういうのわからないからさ」
「いえ……あの……このあと予定があるので……」
実際には予定などない。夕飯の買い物をしてまっすぐに帰宅するだけだ。男性に諦めてもらうために嘘も方便ということでなんとかこの場を切り抜けようとするが、しつこい男性は桃音をねっとりと見つめて逃がしてはくれない。
せめて結美がいれば、自分よりも強い声で拒絶してくれてなんとか逃げられただろう。だが、今日は結美が先に帰る日なので桃音は一人だ。自分でなんとかしなければならない。周囲に助けを求めたい気持ちはあったが、中年男性に関わりたくないのか、通り過ぎていく学生たちはちらりと桃音を見るも、我関せずという顔でまっすぐに駅に向かっていく。
(どうしよう……勇気を出して大声で叫ぶしか……)
「美味しい店らしいんだよね。君、かわいいから一緒にどう?」
「いっ……行きません……!」
案内を頼まれただけでなく食事にまで誘われてしまい、桃音の背中には鳥肌が立った。全身に恐怖心が広がっていき、桃音は泣きそうな表情になる。
「おい」
その時、低い男性の声が二人の間に割って入った。桃音が驚いてその声の主を見上げると、それは謙志だった。
「おっさん、あんた、大学の敷地に近付くなって言われてるよな? その警告を忘れたのか? 警察を呼ばれる前に、大学と学生から離れろ」
「チッ……なんだよお前!」
桃音には鼻の下を伸ばしてにこにこと笑いかけていた男性は、謙志に向かってあからさまに悪態をついた。しかし謙志は物怖じせずに、むしろ表情をさらに険しくさせて、中年男性を睨みつける。
「警察を呼んでいいんだな?」
「クソッ、クソクソクソッ、死ねよクソガキ! 死ーね! 死ーね死ーね死―ね!」
中年男性は途端に目をカッと開き、忌々しそうに謙志に罵詈雑言を浴びせると、線路とほぼ平行に伸びている幹線道路の歩道をどこかへと歩いていった。
「大丈夫か」
「え……えっと……はい」
中年男性が去り、謙志に尋ねられた桃音は小声で頷いた。しかし、最後に急変した男性の態度と顔つきが不気味で怖くて、腰が抜けたわけではないが、元気に歩きだせる調子ではなかった。
「あいつ、このあたりに住んでるおっさんで、頭がおかしいって有名なんだ。女子学生ばかり狙って執拗に声をかけたり、店に行こうって誘ったりするから、毎年大学が学生に注意喚起をしている。実際に警察沙汰になったこともあって、警察公認で、大学の敷地への接近が禁止されてるはずだ」
「そっ……そうなんですね……」
「自分が警戒されていることを理解したのか、最近は春だけに現れるんだ。まだ何も知らない新入生を狙うためにな」
「なるほど……」
ならば自分は、まさに格好の餌食だったのだろう。結美のようにはっきりとした美人な顔立ちならば、男性は逆に臆するかもしれない。しかし、自分はまだまだ子供っぽい外見で、楽に手籠めにできると思われやすいほうだと思う。通りかかった謙志が助けてくれて、本当によかった。
「あの、松浦先輩……ありがとうございました」
桃音はぺこりと頭を下げて、謙志にお礼を言った。すると謙志は、桃音を見下ろして小さく首を横に振る。
「礼を言われるほどじゃない。それより、もう帰らないと駄目か?」
「えっ?」
「時間に余裕があるなら、一緒に学生課に行こう。不審者が出て困ったと、ちゃんと伝えておいたほうがいい。あいつのことは学生課も十分知ってるはずだから、また被害者が出たと知れば、ほかの学生にも注意をうながしてくれるはずだ」
「あ、はい……わかりました。時間は……大丈夫です」
冷静な謙志の態度に感化されるように、桃音は少し落ち着きを取り戻した。そして、駅を背にしてゆりのき通りを謙志と二人で戻り、学生課がある一号館に入る。
先に謙志が学生課のスタッフに話をしてくれて、桃音は実際に受けた被害――料理店を一緒に探してくれ、一緒に入ろうと言われ、進路をふさがれて帰るに帰れなかったことを説明した。学生課のスタッフはとても苦い顔をして「またか……」という表情を浮かべたが、学生メールや張り紙等で注意喚起をしておくと言ってくれた。
「じゃあ帰るか。駅まで送る」
「えっ、いえ……そんな……」
「駅の反対側に住んでるから、通り道なだけだ」
「あ、はい……」
学生課での話が終わると、二人は再びゆりのき通りを歩き始めた。
背の高い謙志の歩幅は広く、桃音は早歩き気味に歩いても、謙志の半歩後ろを付いていくのがやっとだった。
「ごめん、歩くのが速かったか」
「い、いえ……っ」
桃音がやたらとせわしなく歩いていると感じた謙志は、東門に近付いたところで、二人の歩幅がずいぶんと違うということにようやく気が付いた。そして、狭い歩幅でなるべくゆっくりと横断歩道を渡り、駅構内に入る。
「じゃあ、気を付けて」
「はい……重ね重ね、ありがとうございました」
「ああ」
謙志に別れを告げると、桃音はバッグから定期券を取り出して改札を通る。人の波に流されるようにして奥まで歩いたが、ホームへ上がるエスカレーターに乗る前にふと気になって、振り向いた。しかし、どんなに目を凝らしても駅構内に謙志の姿はもうなくて、桃音は言葉にしがたい淋しさを覚えたのだった。
◆◇◆◇◆
「結美ちゃん、あの……部室じゃなくて、カフェテリアのほうに行かない?」
数日後、二人そろって四時限が空きなので、いつものように次の講義までの時間を部室で過ごそうとした結美の腕を取り、桃音はそう誘った。
「そっち? いいよ、行こうか」
天文研究会の部室は、鍵を持っている三年生か四年生が開けてくれれば、一、二年生でも自由に出入りができる。おしゃべりをしている人もいるが、基本はそんなに大人数が集まることはなく、気になるほど騒がしいということがない。参考書を持ち込めば、レポートの下書き作業などを進めることもできる。そのため、二人は空き時間を部室で過ごすことも多かった。
その部室ではなくカフェテリアに行こうということは、サークルの人たちには聞かれたくない話をしたいから――そう察した結美はすぐに頷いた。
中庭を抜けて、二人は研究棟に入る。そこは主に大学院生や教授たちの研究室がある建物で、学部生はあまり訪れない場所なのだが、一階には大学関係者なら誰でも利用できるカフェテリア「ラ・レン」がある。学生食堂ほどではないが、学外にある店よりも安い値段でコーヒーや紅茶、種類豊富なスイーツを楽しめるので、このカフェテリアだけは学部生もよく利用していた。
それぞれ少量サイズのケーキセットを頼んで空いている席に腰を下ろすと、結美は若干にやけた顔で桃音に尋ねたのだった。
「どうしたの? 松浦先輩と何かあった?」
「えっ!? えっ、ど、どうして……っ」
「だって、桃音が平常心で接していないのって、松浦先輩だけじゃない」
桃音は控えめで奥手な性格だ。しかしその根っこには、意外と太い肝がある。コミュニケーションをとって人と関係を築くスピードはゆっくりだが、着実に積み重ねていくタイプなのだ。
そんな桃音がどこか迷いながら接している相手は、天文研究会の先輩である松浦・デイビット・謙志だけ。ずっと傍で桃音を見ている結美には、小学校の算数の問題よりも簡単にわかることだった。
「平常心で……接してないかなあ」
「桃音は控えめだけど、人とのコミュニケーションが怖いってわけではないじゃない? それなのに松浦先輩にだけは……うーん、なんていうか、相手がどう反応するのか探るように、すごく恐る恐る話しかけているように見えるよ」
「そう……かも……」
「で、そんなふうになっちゃうのって、松浦先輩のことが好きだからじゃないの~」
結美は少しばかり意地悪そうな、何かを期待したいたずらっ子のような表情で尋ねた。
「新歓合宿の時、上着を貸してくれて優しかったもんね」
「それは……その……」
「なんとなくだけど、松浦先輩って誰が相手でもそういうことをするわけじゃなさそう……相手が桃音だったからじゃないかな。ってことは、松浦先輩も桃音のこと、悪くは思っていないと思う!」
「そ、そんなはずないよ……だって私、こんな……子供っぽいし」
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「桃音の顔立ちがベビーフェイスなのは事実だから仕方ないけど、小学生に見えるわけじゃないし、老け顔よりいいと思うよ? ケバいメイクをして無理やり背伸びしているわけでもないし……桃音は普通にかわいい女の子だよ」
「そうかな……」
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