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第二章 破廉恥な関係
第07話 話してためらう青臭さ(下)
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(無理だ……告白なんて……無理すぎる……)
自分から告白をした経験のない謙志は、勝算の小ささに絶望した。
桃音のことは好きだが、付き合いたいとも思うが、その願いが叶う気が、なぜだかまったくしない。考えれば考えるほどに、桃音に選んで受け入れてもらえるような男としての魅力など、自分には一切ないような気がする。
(こんなに……怖いのか)
今までの謙志の恋愛は、すべて受け身だった。初めての恋心を抱いたいま、能動的に恋を進めることの怖さを謙志は知ったのだった。
◆◇◆◇◆
次の日の午後。三時限の講義が何だったのかを思い出して、謙志はしまったと思った。この日の三時限は全学部オープンの講義である青年心理学の授業で、それには桃音と結美も出席している。部室に立ち寄っていないので今のところ桃音と顔を合わせてはいないのだが、この講義前後にうっかり見つかってしまうかもしれない。
「井口ちゃん、舟形ちゃんっ!」
(なっ……おい、嘘だろ……)
そしてその心配は、親友の行動によって実現した。講義が終わったのに、やけにいつもよりもたもたと片付けをしているなと思ったら、前のほうの席から階段を上ってきて教室を出ようとしていた結美と桃音に、将樹は声をかけたのだ。今までは、そんなふうに二人に接触することがなかったのに。間違いなく、謙志の話を聞いての行動だろう。
「こんにちはー。先輩たちもこの講義をとってたんですね。気付かなかったです」
「俺らあまり真面目じゃないから、毎回後ろの隅っこの席にいるんだ」
朗らかに会話をする結美に、将樹も気さくに返す。
しかしその二人の隣で桃音と謙志は、明らかに別々の方向に視線を向けて、やけに不自然に黙っていた。
「二人は、このあと何か予定がある?」
「私はバイトです。なので、ちょっともう、行かなきゃいけなくて」
「え、あ、そっか。引き止めてごめんね」
「いえ」
「舟形ちゃんは?」
「え、えっと……次の四時限が……あります」
「そっか。謙志もだよな?」
「え、あ……ああ……」
「舟形ちゃん、謙志がなんか、君に話があるみたいでさ」
「えっ!?」
「なっ!?」
「時間とか、どこかでもらえるかな」
「あ、え……え……えっと……」
将樹がストレートなお節介を焼くと、桃音も謙志も困惑した表情で固まった。そんな桃音に、結美が時間を気にしながらも声をかける。
「桃音、明日は三時限からでしょう? 大学に早く来ることになっちゃうけど、午前中とかならいいんじゃないかな」
「え、あ……えっと……その……」
「お、謙志も明日は三時限からだよな? ちょうどいいじゃん」
「あ……え……えっ?」
「桃音、松浦先輩と連絡先を交換しておくといいんじゃないかな。ごめん、もう時間だから、私は先に帰るね。すみません、お先に失礼します」
「うん、またねー」
結美も桃音にお節介を焼いて最後までしっかりと見届けたかったが、手芸屋のバイトに間に合う電車の時間が迫っているため、心苦しそうな表情で先に教室を出ていった。そんな結美に、将樹はにこやかに別れを告げる。
「ほら謙志、スマホ出して。舟形ちゃんもいい? 連絡先」
「あっ、は……はい……」
将樹に急かされて、桃音はバッグの中からスマホを取り出す。さすがに拒否はできないのか、謙志も黙ってスマホを取り出すと、ぎくしゃくしながら連絡アプリで桃音と連絡先を交換し合った。
「よし。じゃあ舟形ちゃん、悪いんだけど明日の午前中、こいつに時間をくれる?」
「は……はい……」
将樹がとんとん拍子に話を進めてしまうので、桃音は嫌だと拒否することができなかった。謙志とは会話をするどころか、こうして顔を合わせるだけでも気まずくて仕方がないのに、なぜか明日の午前中に彼と会う約束がされてしまう。
「じゃあお二人さん、四時限も頑張って~。俺ものんびりバイトに行くから。またね~」
将樹はゆるやかな声を残して教室を出ていく。
残された謙志と桃音は二人そろって黙ったままだったが、刻一刻と次の講義の開始時間が迫っている。早く次の講義の教室へ行かなければ。
「え、っと……あとで……連絡……する……」
「あ、はい……」
「…………」
「…………」
「……じゃあ」
「はい……」
謙志も桃音も、ろくに互いの顔を見られないままぎこちなく解散し、次の講義が行われる教室へとそれぞれ移動するのだった。
◆◇◆◇◆
(無理だ……無理……)
次の日。夜中までバイトをしていたので本当はもう少し寝ていたかったのだが、桃音と会う約束を緊張するあまり、謙志はスマホのアラームが鳴るよりも前に目が覚めてしまった。もう一度寝られる気がしなかったのでジャージに着替えると、近所を一時間ほど走り回った。
気分転換のつもりだったが、どんなに走ったところでごちゃごちゃと緊張する自分の心が落ち着くことはなく、それは桃音との待ち合わせ場所に着いてもずっと続いていた。
(告白なんて……でも舟形は……)
将樹が勝手にしてしまった、桃音との約束。彼女とどこで話そうかと、謙志は昨日の四時限、五時限の講義の間、ずっと悶々と考えていた。
真っ先に候補に浮かんだのは天文研究会の部室だったが、そこは誰かがいる可能性が高いのですぐに却下した。人が少ないという意味では食堂「みさか」がありかと思ったが、そこはスポーツ科学部の知り合いが多い。それに、学生がまったくいないということもないので、落ち着いて話せそうな気がしない。かといって食堂「おりべ」のほうは、もっと人が多くて間違いなく話しづらいだろう。中庭かどこか外のベンチでいいかと思ったが、雨が降るかもしれないし、キャンパス内だとどこにしてもサークルメンバーの目があるような気がして、ためらわれる。
あれこれと考えた結果、結局謙志はとてもオーソドックスに、レンテバーの駅ビルの中にあるコーヒーチェーン店を指定した。そこも学生がいるだろうが、キャンパス内の食堂よりは落ち着いているはずだ。自分が先に入って席を確保しておけば、待たされることもない。
そうして謙志は約束の時間の三十分前にはカフェに入り、普段はあまり飲まないカフェラテを注文して桃音を待っていた。
(あんなことをしたんだから……舟形は本当に……)
謙志のことをかわいいと言って、さわりたいと言って、そして卑猥な行為をしてきた桃音。嫌いな相手に、あんなことはしないだろう。そうは思うのだが、それを証左に、「桃音が自分を好いてくれている」とはなぜか思えない。真実はそうではない可能性を思うと、「好かれている」と期待するのが怖いのだ。
あの日の桃音は謙志の理想を体現したような最高の女の子だったが、あれはあの日限りかもしれない。昨日、青年心理学の講義後に将樹が呼び止めた時は目も合わなかったし、桃音はあの日のことをとても後悔しているのかもしれない。
(それなのに、俺から話があるなんて言われて……怖いよな……)
自分の顔が決して優しい顔つきをしていないこと、基本的に不愛想な性格であることは、謙志自身もよくわかっている。空手では気迫負けしないように表情を硬くすることも重要な要素であるから、仏頂面というか不機嫌顔が身に付いてしまっており、無意識に怖い顔をしていることがしょっちゅうなのだ。そんな先輩に話があると呼び出されて、まだ一年生の女子の桃音が怖がらないはずがない。
(俺は……何を言うつもりなんだ……?)
桃音に告白しろ、と言う将樹によってほぼ強引にセッティングされてしまったこの機会。桃音のことは好きだが、それは言えない。言ったが最後、桃音から完全に拒絶されるかもしれないことが怖くて言えない。ならば、今からここに来る桃音に自分は何を言うつもりなのだろうか。
(俺は舟形と……)
桃音の意思はあとで確認するとして、そもそも自分は、桃音とどうなりたいのだろう。謙志はその点をゆっくりと思考してみる。
将樹の言うように、告白して付き合うことができるのなら、正直に言って桃音と付き合いたい。恋人同士になりたい。そして、あの雨の日のような甘美な時間を、また桃音と一緒に過ごしたい。もっと桃音に翻弄されて、コントロールされて、彼女のいいようにされたい。
(いや、それは……身体だけの関係になりたいってことと同じじゃないか?)
桃音を想う自分のこの気持ちは突き詰めると、「彼女とエロいことをしたいだけ」というものでしかないのだろうか。そうならば、自分のその気持ちは、果たして恋心と呼んでいいものなのか? 恋心ではなく、ただの邪な下心ではないのか?
自分は本当に、桃音のことを好いているのだろうか。そんな下心を抱いたまま桃音に好きだと伝えることは、許されることなのか? 彼女に好きだと言う資格が自分にあるのか?
(やばい……何を……何を言えば……っ)
急に自分の心の中がわからなくなり、謙志は焦った。
「あの……松浦先輩、お待たせ……しました」
「っ……!」
その時、店内用のグラスを手にした桃音が、声をかけながら近付いてきた。謙志のカフェラテと少し色が違うので、それはアイスカフェモカとかだろう。
「すみません、遅れてしまって……」
「あ、いや……全然……」
謙志はちらりと腕時計を見た。約束の時間までは、まだ五分もある。桃音は遅刻などしていない。席を確保しておくためとはいえ、自分のほうが早く来すぎたのだ。
「え、っと……」
何か話さなければ、と謙志は思った。しかし、言葉は出てこない。
それは椅子に腰を下ろした桃音も同じで、ちらりと見るような視線を感じはするものの、はっきりと謙志を見つめて何かを言い出すということはしない。話があるという体の謙志を、律義に待っているようだ。
「その……い、嫌じゃ……なかったら……」
あの日最初に桃音にくっ付かれた時のように、謙志の頭の中は大パニックだった。何かを言わなければというプレッシャーと、その気持ちとは相反する「何を言えばいいんだ!?」という混乱が混じり合う。
「また……うちに…………来て……ほしい……」
その結果、謙志の口から出たのは、ある意味本音丸出しの言葉だった。
◆◇◆◇◆
自分から告白をした経験のない謙志は、勝算の小ささに絶望した。
桃音のことは好きだが、付き合いたいとも思うが、その願いが叶う気が、なぜだかまったくしない。考えれば考えるほどに、桃音に選んで受け入れてもらえるような男としての魅力など、自分には一切ないような気がする。
(こんなに……怖いのか)
今までの謙志の恋愛は、すべて受け身だった。初めての恋心を抱いたいま、能動的に恋を進めることの怖さを謙志は知ったのだった。
◆◇◆◇◆
次の日の午後。三時限の講義が何だったのかを思い出して、謙志はしまったと思った。この日の三時限は全学部オープンの講義である青年心理学の授業で、それには桃音と結美も出席している。部室に立ち寄っていないので今のところ桃音と顔を合わせてはいないのだが、この講義前後にうっかり見つかってしまうかもしれない。
「井口ちゃん、舟形ちゃんっ!」
(なっ……おい、嘘だろ……)
そしてその心配は、親友の行動によって実現した。講義が終わったのに、やけにいつもよりもたもたと片付けをしているなと思ったら、前のほうの席から階段を上ってきて教室を出ようとしていた結美と桃音に、将樹は声をかけたのだ。今までは、そんなふうに二人に接触することがなかったのに。間違いなく、謙志の話を聞いての行動だろう。
「こんにちはー。先輩たちもこの講義をとってたんですね。気付かなかったです」
「俺らあまり真面目じゃないから、毎回後ろの隅っこの席にいるんだ」
朗らかに会話をする結美に、将樹も気さくに返す。
しかしその二人の隣で桃音と謙志は、明らかに別々の方向に視線を向けて、やけに不自然に黙っていた。
「二人は、このあと何か予定がある?」
「私はバイトです。なので、ちょっともう、行かなきゃいけなくて」
「え、あ、そっか。引き止めてごめんね」
「いえ」
「舟形ちゃんは?」
「え、えっと……次の四時限が……あります」
「そっか。謙志もだよな?」
「え、あ……ああ……」
「舟形ちゃん、謙志がなんか、君に話があるみたいでさ」
「えっ!?」
「なっ!?」
「時間とか、どこかでもらえるかな」
「あ、え……え……えっと……」
将樹がストレートなお節介を焼くと、桃音も謙志も困惑した表情で固まった。そんな桃音に、結美が時間を気にしながらも声をかける。
「桃音、明日は三時限からでしょう? 大学に早く来ることになっちゃうけど、午前中とかならいいんじゃないかな」
「え、あ……えっと……その……」
「お、謙志も明日は三時限からだよな? ちょうどいいじゃん」
「あ……え……えっ?」
「桃音、松浦先輩と連絡先を交換しておくといいんじゃないかな。ごめん、もう時間だから、私は先に帰るね。すみません、お先に失礼します」
「うん、またねー」
結美も桃音にお節介を焼いて最後までしっかりと見届けたかったが、手芸屋のバイトに間に合う電車の時間が迫っているため、心苦しそうな表情で先に教室を出ていった。そんな結美に、将樹はにこやかに別れを告げる。
「ほら謙志、スマホ出して。舟形ちゃんもいい? 連絡先」
「あっ、は……はい……」
将樹に急かされて、桃音はバッグの中からスマホを取り出す。さすがに拒否はできないのか、謙志も黙ってスマホを取り出すと、ぎくしゃくしながら連絡アプリで桃音と連絡先を交換し合った。
「よし。じゃあ舟形ちゃん、悪いんだけど明日の午前中、こいつに時間をくれる?」
「は……はい……」
将樹がとんとん拍子に話を進めてしまうので、桃音は嫌だと拒否することができなかった。謙志とは会話をするどころか、こうして顔を合わせるだけでも気まずくて仕方がないのに、なぜか明日の午前中に彼と会う約束がされてしまう。
「じゃあお二人さん、四時限も頑張って~。俺ものんびりバイトに行くから。またね~」
将樹はゆるやかな声を残して教室を出ていく。
残された謙志と桃音は二人そろって黙ったままだったが、刻一刻と次の講義の開始時間が迫っている。早く次の講義の教室へ行かなければ。
「え、っと……あとで……連絡……する……」
「あ、はい……」
「…………」
「…………」
「……じゃあ」
「はい……」
謙志も桃音も、ろくに互いの顔を見られないままぎこちなく解散し、次の講義が行われる教室へとそれぞれ移動するのだった。
◆◇◆◇◆
(無理だ……無理……)
次の日。夜中までバイトをしていたので本当はもう少し寝ていたかったのだが、桃音と会う約束を緊張するあまり、謙志はスマホのアラームが鳴るよりも前に目が覚めてしまった。もう一度寝られる気がしなかったのでジャージに着替えると、近所を一時間ほど走り回った。
気分転換のつもりだったが、どんなに走ったところでごちゃごちゃと緊張する自分の心が落ち着くことはなく、それは桃音との待ち合わせ場所に着いてもずっと続いていた。
(告白なんて……でも舟形は……)
将樹が勝手にしてしまった、桃音との約束。彼女とどこで話そうかと、謙志は昨日の四時限、五時限の講義の間、ずっと悶々と考えていた。
真っ先に候補に浮かんだのは天文研究会の部室だったが、そこは誰かがいる可能性が高いのですぐに却下した。人が少ないという意味では食堂「みさか」がありかと思ったが、そこはスポーツ科学部の知り合いが多い。それに、学生がまったくいないということもないので、落ち着いて話せそうな気がしない。かといって食堂「おりべ」のほうは、もっと人が多くて間違いなく話しづらいだろう。中庭かどこか外のベンチでいいかと思ったが、雨が降るかもしれないし、キャンパス内だとどこにしてもサークルメンバーの目があるような気がして、ためらわれる。
あれこれと考えた結果、結局謙志はとてもオーソドックスに、レンテバーの駅ビルの中にあるコーヒーチェーン店を指定した。そこも学生がいるだろうが、キャンパス内の食堂よりは落ち着いているはずだ。自分が先に入って席を確保しておけば、待たされることもない。
そうして謙志は約束の時間の三十分前にはカフェに入り、普段はあまり飲まないカフェラテを注文して桃音を待っていた。
(あんなことをしたんだから……舟形は本当に……)
謙志のことをかわいいと言って、さわりたいと言って、そして卑猥な行為をしてきた桃音。嫌いな相手に、あんなことはしないだろう。そうは思うのだが、それを証左に、「桃音が自分を好いてくれている」とはなぜか思えない。真実はそうではない可能性を思うと、「好かれている」と期待するのが怖いのだ。
あの日の桃音は謙志の理想を体現したような最高の女の子だったが、あれはあの日限りかもしれない。昨日、青年心理学の講義後に将樹が呼び止めた時は目も合わなかったし、桃音はあの日のことをとても後悔しているのかもしれない。
(それなのに、俺から話があるなんて言われて……怖いよな……)
自分の顔が決して優しい顔つきをしていないこと、基本的に不愛想な性格であることは、謙志自身もよくわかっている。空手では気迫負けしないように表情を硬くすることも重要な要素であるから、仏頂面というか不機嫌顔が身に付いてしまっており、無意識に怖い顔をしていることがしょっちゅうなのだ。そんな先輩に話があると呼び出されて、まだ一年生の女子の桃音が怖がらないはずがない。
(俺は……何を言うつもりなんだ……?)
桃音に告白しろ、と言う将樹によってほぼ強引にセッティングされてしまったこの機会。桃音のことは好きだが、それは言えない。言ったが最後、桃音から完全に拒絶されるかもしれないことが怖くて言えない。ならば、今からここに来る桃音に自分は何を言うつもりなのだろうか。
(俺は舟形と……)
桃音の意思はあとで確認するとして、そもそも自分は、桃音とどうなりたいのだろう。謙志はその点をゆっくりと思考してみる。
将樹の言うように、告白して付き合うことができるのなら、正直に言って桃音と付き合いたい。恋人同士になりたい。そして、あの雨の日のような甘美な時間を、また桃音と一緒に過ごしたい。もっと桃音に翻弄されて、コントロールされて、彼女のいいようにされたい。
(いや、それは……身体だけの関係になりたいってことと同じじゃないか?)
桃音を想う自分のこの気持ちは突き詰めると、「彼女とエロいことをしたいだけ」というものでしかないのだろうか。そうならば、自分のその気持ちは、果たして恋心と呼んでいいものなのか? 恋心ではなく、ただの邪な下心ではないのか?
自分は本当に、桃音のことを好いているのだろうか。そんな下心を抱いたまま桃音に好きだと伝えることは、許されることなのか? 彼女に好きだと言う資格が自分にあるのか?
(やばい……何を……何を言えば……っ)
急に自分の心の中がわからなくなり、謙志は焦った。
「あの……松浦先輩、お待たせ……しました」
「っ……!」
その時、店内用のグラスを手にした桃音が、声をかけながら近付いてきた。謙志のカフェラテと少し色が違うので、それはアイスカフェモカとかだろう。
「すみません、遅れてしまって……」
「あ、いや……全然……」
謙志はちらりと腕時計を見た。約束の時間までは、まだ五分もある。桃音は遅刻などしていない。席を確保しておくためとはいえ、自分のほうが早く来すぎたのだ。
「え、っと……」
何か話さなければ、と謙志は思った。しかし、言葉は出てこない。
それは椅子に腰を下ろした桃音も同じで、ちらりと見るような視線を感じはするものの、はっきりと謙志を見つめて何かを言い出すということはしない。話があるという体の謙志を、律義に待っているようだ。
「その……い、嫌じゃ……なかったら……」
あの日最初に桃音にくっ付かれた時のように、謙志の頭の中は大パニックだった。何かを言わなければというプレッシャーと、その気持ちとは相反する「何を言えばいいんだ!?」という混乱が混じり合う。
「また……うちに…………来て……ほしい……」
その結果、謙志の口から出たのは、ある意味本音丸出しの言葉だった。
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