口下手新婚夫婦の両誤解(R15版)

矢崎未紗

文字の大きさ
39 / 67
第四章 初夜に向けて

第14話 小悪魔(下)

しおりを挟む
――こくっ。

 ベッドの縁に腰掛けたティルフィーユの喉が嚥下する。隣に座るキアンはそれを確認してから、ティルフィーユの様子をうかがった。

「どうだ?」
「はい……不思議な甘さです。たくさんの木の実を混ぜたような……」
「甘味を感じるうちは、まだ飲んでいいらしい。もう少し飲めるか」

 キアンは手に持った小瓶を斜めにして、ティルフィーユが持っている小さな杯に赤黒い液体を注ぐ。それは、今日の夕方にフメ族のエルサから受領した例の媚薬だった。
 フメ族の処女が初めて行為に臨む際に使うこともあるというその媚薬は、見た目は葡萄ジュースのようであった。しかし、治療や薬師の働きをするメケ族の独特な製法によって、不思議なことに飲んでいるうちに味が変わるという。甘味が消えて辛味を感じるようになったら身体には影響が出始めているので、そこで摂取するのをやめるのが用法なのだそうだ。

――こくっ。

 ティルフィーユはもう一杯、媚薬を飲む。そして三杯目を飲み終わった頃、舌に残る後味が辛くなったのを感じてそこで摂取を止めることにした。

「すぐに効き目が出るのではなく、徐々に表れるらしい。少し横になるか」
「はい」

 ティルフィーユは寝台に横になって枕に頭を乗せ、その隣にキアンも寝転んだ。キアンの方が二倍以上体重があるので、キアン側の寝台は深く沈む。そのせいで、ティルフィーユの身体はそこに吸い込まれるように落ちてしまう。

「ふふっ」
「どうした」
「いえ……ベッドが沈むせいで、私がキアン様の方に寄ってしまいます」

 かわいらしくほほ笑む妻の頬に、キアンは無言で手を伸ばす。やさしくなでてやると、ティルフィーユは気持ちよさそうに目を閉じた。

「本当に……本当に寂しかったんですよ、このベッドで一人眠る夜は」
「す、すまない……」
「キアン様の私室には寝台があるのですか」
「ああ。仕事で帰りが遅くなることもあるだろうから、念のために置いておいたんだ」
「もうっ……今度キアン様が不在の隙に、捨ててしまおうかしら」

 ティルフィーユは拗ねた声でそう呟くと、キアンの胸元の寝間着の生地をぎゅっと掴んだ。

「キアン様にはこの先ずっとずっと、私のことを大事にしてもらわなくちゃ」
「ああ、必ずそうする」

 キアンは苦しめないように気を遣いつつ、ティルフィーユの背中に腕を回してその身を抱き込んだ。
 初対面の時からティルフィーユのことは好ましく思っていた。その気持ちが明確に「恋」や「好き」に変わったからこそ、彼女は自分を快く思っていないという誤解をこじらせていったとも言えるだろう。本当にすまないことをしたと思うが、だが紆余曲折を経たからこそはっきりと思う。

「ティルフィーユ、愛している」

 キアンはティルフィーユの顎を持ち上げ、顔を上向きにさせる。

「俺と結婚してくれて、本当にありがとう」

 そう告げると、キアンはやさしくティルフィーユの唇を食んだ。結婚式の誓いのキスで本当にしたかった、優しいだけのキスだ。

「キアン様……」

 ティルフィーユもキアンを見つめ、嬉しそうにはにかむ。

「ずっと……ずっと一緒ですよ。私とキアン様は夫婦です。私も心よりお慕いしております」

 ティルフィーユは目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

政略結婚が恋愛結婚に変わる時。

美桜羅
恋愛
きみのことなんてしらないよ 関係ないし、興味もないな。 ただ一つ言えるのは 君と僕は一生一緒にいなくちゃならない事だけだ。

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

「好き」の距離

饕餮
恋愛
ずっと貴方に片思いしていた。ただ単に笑ってほしかっただけなのに……。 伯爵令嬢と公爵子息の、勘違いとすれ違い(微妙にすれ違ってない)の恋のお話。 以前、某サイトに載せていたものを大幅に改稿・加筆したお話です。

あなたを愛すことは無いと言われたのに愛し合う日が来るなんて

恵美須 一二三
恋愛
ヴェルデ王国の第一王女カルロッタは、ディエゴ・アントーニア公爵へ嫁ぐことを王命で命じられた。弟が男爵令嬢に夢中になり、アントーニア公爵家のリヴィアンナとの婚約を勝手に破棄してしまったせいだ。国の利益になるならと政略結婚に納得していたカルロッタだったが、ディエゴが彼の母親に酷い物言いをするのを目撃し、正義感から「躾直す」と宣言してしまった。その結果、カルロッタは結婚初夜に「私があなたを愛すことは無いでしょう」と言われてしまう……。 正義感の強いカルロッタと、両親に愛されずに育ったディエゴ。二人が過去を乗り越えて相思相愛の夫婦になるまでの物語。 『執事がヤンデレになっても私は一向に構いません』のスピンオフです。

処理中です...