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第四章 初夜に向けて
第14話 小悪魔(下)
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――こくっ。
ベッドの縁に腰掛けたティルフィーユの喉が嚥下する。隣に座るキアンはそれを確認してから、ティルフィーユの様子をうかがった。
「どうだ?」
「はい……不思議な甘さです。たくさんの木の実を混ぜたような……」
「甘味を感じるうちは、まだ飲んでいいらしい。もう少し飲めるか」
キアンは手に持った小瓶を斜めにして、ティルフィーユが持っている小さな杯に赤黒い液体を注ぐ。それは、今日の夕方にフメ族のエルサから受領した例の媚薬だった。
フメ族の処女が初めて行為に臨む際に使うこともあるというその媚薬は、見た目は葡萄ジュースのようであった。しかし、治療や薬師の働きをするメケ族の独特な製法によって、不思議なことに飲んでいるうちに味が変わるという。甘味が消えて辛味を感じるようになったら身体には影響が出始めているので、そこで摂取するのをやめるのが用法なのだそうだ。
――こくっ。
ティルフィーユはもう一杯、媚薬を飲む。そして三杯目を飲み終わった頃、舌に残る後味が辛くなったのを感じてそこで摂取を止めることにした。
「すぐに効き目が出るのではなく、徐々に表れるらしい。少し横になるか」
「はい」
ティルフィーユは寝台に横になって枕に頭を乗せ、その隣にキアンも寝転んだ。キアンの方が二倍以上体重があるので、キアン側の寝台は深く沈む。そのせいで、ティルフィーユの身体はそこに吸い込まれるように落ちてしまう。
「ふふっ」
「どうした」
「いえ……ベッドが沈むせいで、私がキアン様の方に寄ってしまいます」
かわいらしくほほ笑む妻の頬に、キアンは無言で手を伸ばす。やさしくなでてやると、ティルフィーユは気持ちよさそうに目を閉じた。
「本当に……本当に寂しかったんですよ、このベッドで一人眠る夜は」
「す、すまない……」
「キアン様の私室には寝台があるのですか」
「ああ。仕事で帰りが遅くなることもあるだろうから、念のために置いておいたんだ」
「もうっ……今度キアン様が不在の隙に、捨ててしまおうかしら」
ティルフィーユは拗ねた声でそう呟くと、キアンの胸元の寝間着の生地をぎゅっと掴んだ。
「キアン様にはこの先ずっとずっと、私のことを大事にしてもらわなくちゃ」
「ああ、必ずそうする」
キアンは苦しめないように気を遣いつつ、ティルフィーユの背中に腕を回してその身を抱き込んだ。
初対面の時からティルフィーユのことは好ましく思っていた。その気持ちが明確に「恋」や「好き」に変わったからこそ、彼女は自分を快く思っていないという誤解をこじらせていったとも言えるだろう。本当にすまないことをしたと思うが、だが紆余曲折を経たからこそはっきりと思う。
「ティルフィーユ、愛している」
キアンはティルフィーユの顎を持ち上げ、顔を上向きにさせる。
「俺と結婚してくれて、本当にありがとう」
そう告げると、キアンはやさしくティルフィーユの唇を食んだ。結婚式の誓いのキスで本当にしたかった、優しいだけのキスだ。
「キアン様……」
ティルフィーユもキアンを見つめ、嬉しそうにはにかむ。
「ずっと……ずっと一緒ですよ。私とキアン様は夫婦です。私も心よりお慕いしております」
ティルフィーユは目を閉じた。
ベッドの縁に腰掛けたティルフィーユの喉が嚥下する。隣に座るキアンはそれを確認してから、ティルフィーユの様子をうかがった。
「どうだ?」
「はい……不思議な甘さです。たくさんの木の実を混ぜたような……」
「甘味を感じるうちは、まだ飲んでいいらしい。もう少し飲めるか」
キアンは手に持った小瓶を斜めにして、ティルフィーユが持っている小さな杯に赤黒い液体を注ぐ。それは、今日の夕方にフメ族のエルサから受領した例の媚薬だった。
フメ族の処女が初めて行為に臨む際に使うこともあるというその媚薬は、見た目は葡萄ジュースのようであった。しかし、治療や薬師の働きをするメケ族の独特な製法によって、不思議なことに飲んでいるうちに味が変わるという。甘味が消えて辛味を感じるようになったら身体には影響が出始めているので、そこで摂取するのをやめるのが用法なのだそうだ。
――こくっ。
ティルフィーユはもう一杯、媚薬を飲む。そして三杯目を飲み終わった頃、舌に残る後味が辛くなったのを感じてそこで摂取を止めることにした。
「すぐに効き目が出るのではなく、徐々に表れるらしい。少し横になるか」
「はい」
ティルフィーユは寝台に横になって枕に頭を乗せ、その隣にキアンも寝転んだ。キアンの方が二倍以上体重があるので、キアン側の寝台は深く沈む。そのせいで、ティルフィーユの身体はそこに吸い込まれるように落ちてしまう。
「ふふっ」
「どうした」
「いえ……ベッドが沈むせいで、私がキアン様の方に寄ってしまいます」
かわいらしくほほ笑む妻の頬に、キアンは無言で手を伸ばす。やさしくなでてやると、ティルフィーユは気持ちよさそうに目を閉じた。
「本当に……本当に寂しかったんですよ、このベッドで一人眠る夜は」
「す、すまない……」
「キアン様の私室には寝台があるのですか」
「ああ。仕事で帰りが遅くなることもあるだろうから、念のために置いておいたんだ」
「もうっ……今度キアン様が不在の隙に、捨ててしまおうかしら」
ティルフィーユは拗ねた声でそう呟くと、キアンの胸元の寝間着の生地をぎゅっと掴んだ。
「キアン様にはこの先ずっとずっと、私のことを大事にしてもらわなくちゃ」
「ああ、必ずそうする」
キアンは苦しめないように気を遣いつつ、ティルフィーユの背中に腕を回してその身を抱き込んだ。
初対面の時からティルフィーユのことは好ましく思っていた。その気持ちが明確に「恋」や「好き」に変わったからこそ、彼女は自分を快く思っていないという誤解をこじらせていったとも言えるだろう。本当にすまないことをしたと思うが、だが紆余曲折を経たからこそはっきりと思う。
「ティルフィーユ、愛している」
キアンはティルフィーユの顎を持ち上げ、顔を上向きにさせる。
「俺と結婚してくれて、本当にありがとう」
そう告げると、キアンはやさしくティルフィーユの唇を食んだ。結婚式の誓いのキスで本当にしたかった、優しいだけのキスだ。
「キアン様……」
ティルフィーユもキアンを見つめ、嬉しそうにはにかむ。
「ずっと……ずっと一緒ですよ。私とキアン様は夫婦です。私も心よりお慕いしております」
ティルフィーユは目を閉じた。
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