ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第14話 裏切りの操言士と四分力

3.四分力(上)

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「一年と少し前のことだ。サーディアがフォスニアに攻め入った。フォスニアの王都ナズダールの街と城が侵略され、城内になだれ込んだサーディアの者にフォスニアのエンリケ王が殺された」

 それはサーディアの始海の塔でラルーカからすでに聞いた話だった。だが、なぜセカンディア女王のステファニーがそのことを知っているのか、そしてそれをいまここで語るのか。それがわからず、紀更たちはステファニーの続きを待った。

「エンリケ王が第一子優大王子は、エンリケ王が殺される瞬間、そしてエンリケ王を殺したその者が王の遺体に何かしているのを見ていた。いや、見せつけられていた、という方が正しいのかもしれんな。そしてエンリケ王亡きあと、優大王子はサーディアの始海の塔へ行き、古の操言士に出会った」
「あの、ステファニー女王……どうしてそれを」

 どうしても気になってしまい、紀更は尋ねた。するとステファニーの透き通ったネイビーブルーの瞳が紀更の方に向けられた。

「クォンとラルーカという、かつてフォスニアに生きた操言士の魂だけの存在。その二人から、優大王子はいくつかの知識を授かった。そしてその知識を、優大王子はここへ来て自ら教えてくれたのだ」
「ここへ?」
「正確には王都シューリトンへ来て、だな。塔が用意したという船で道中の危険も顧みず、始海の塔からセカンディアを訪ねてくれたのだ。そしてちょうどその時、オリジーアからはレイモンド王子が非公式に、そして秘密裏にセカンディアを訪れていた」
「すごいですね。まさか、三国の王家がそろったのですか」

 ステファニーの言葉から、史上初であろう三つの王家が一堂に会する場面を想像して、ルーカスは目を輝かせた。

「そうだ。オリジーア王家第一王子レイモンド、セカンディア王家現女王の私、それとフォスニア王家の優大王子。王子二人はまだ王ではないが、それでも史上初だろうな、三つの王家がそろうというのは」
「偶然なんですよね?」

 紀更は恐る恐る尋ねた。ステファニーは力強く頷く。

「ああ、偶然だ。レイモンド王子も優大王子も、自分の都合でセカンディアを目指した。私にいたっては、二人を呼ぶ理由すらない。だが三人は王都シューリトンにて顔を合わせた。偶然でないのなら、光の神様カオディリヒスの導きによるものだろうな」

 最後、ステファニーは少しだけ感慨深げに目を細めて言った。

「我々は実に有意義な時間を過ごした。これまで互いに知らなかった王家のこと、国のこと。それからフォスニアに起きたこと、世界のこと、様々な話をした。操言士王黎の名前も特別な操言士の存在も、その時レイモンド王子から聞いたのだ」
「やだなあ。レイモンド王子ってばおしゃべりなんだから」

 王黎が少しむくれると、ステファニーはくすりと笑った。

「何を言う。レイモンド王子とそなたは似ておるぞ。それに王黎よ、レイモンド王子の破天荒があってこそ、そなたはより興味深いことを知ることができたのであろう? そもそも、セカンディアからオリジーアに帰還したレイモンド王子から、そなたはいろいろ聞いたのではないか?」
「ステファニー女王、それはどうか内密に。僕は知らない体でいるんですから」

 王黎はそう言って苦笑したが、その言葉でごまかすことを紀更は許さなかった。

「王黎師匠、レイモンド王子から何を聞いたんですか。もしかして、私たちに話していない何か重要なことを」

 紀更はジト目で師匠を見やった。

「待って、紀更。そう焦らないで。大丈夫、そんなに重要なことは僕、隠してないから」

 普段はへらへらとしているこの師匠は、ずいぶんと知識を蓄えている。だが、実はそのほとんどを披露していない。あえて話さずにいるようだ、ということは薄々感じていたが、深く気にしないようにしていた。

(へたに遠慮しないで、もっとしつこく聞き出すようにしないといけないわね)

 紀更は小さなため息をついて内心でひっそりと決意した。
 一方ステファニーは、護衛の女性騎士に喉が渇いたので急いで茶を持ってくるように命ずると、ソファの背もたれに背中を預けて少しだけ身体の力を抜いた。

「三国の王家が偶然にも集まった思い出話の次は、歴史の話をしよう。まずはセカンディアについてだ。セカンディアの初代女王は、名前をダニエラという。彼女が光の神様カオディリヒスから力を授かり、セカンディアという国を作った。以来セカンディアは、ダニエラ女王の血族であるセカンディア王家が統治している。国のありさまは、概ね他国と遜色ないだろう。一方フォスニアは、初代操言士の娘であるザンドラ女王が作った国だ。そして、ザンドラ女王は闇の神様ヤオディミスから力を授かったという」
「それで後天的に操言士にんですよね」

 始海の塔でのラルーカの話を思い出して、紀更は相槌を打った。

「そうだ。そして、優大王子がラルーカから聞いたところによると、その神様の力のことは、四分力と言うそうだ」
「しぶん、りき?」

 初めて聞く単語を一度呟いてから、紀更はふと疑問に思った。なぜ自分たちが始海の塔を訪れた時に、ラルーカはその単語を教えてくれなかったのだろう。なぜ優大には教えて、紀更たちには教えてくれなかったのだろう。
 そう考えて、ラルーカの様子を思い出す。そういえば彼女は時折、喉を不自然になでていた。もしかしたら塔の主の超常の力によって、話すことを制限されていたのかもしれない。

「四分力と言うからには、そのひとつひとつは神の力の四分の一に相当する」

 紀更の思考をよそに、ステファニーは淀みなく続けた。

「光の四分力のひとつはオリジーア王家へ、そしてもうひとつはセカンディア王家へ。闇の四分力のひとつはフォスニア王家へと、三つの所在はわかっている」
「ほかにもわかっていますよね。光の四分力のひとつは、初代操言士が授かったはずです」

 王黎が言うとステファニーは頷いた。
 女性騎士が茶を持ってきて、ソファの前のテーブルにセッティングする。従者にやらせればよいのだろうが、おそらく、いまこの部屋にはステファニーが許可した者しか入れないようになっているのだろう。
 ティーカップに口付けながらステファニーは続けた。

「オリジーアに、初代操言士が光の神様カオディリヒスから力を授かったと正確に伝わっているなら、そうなのだろう」
「四つ目の光の四分力は、もしかして太陽ですか」
「ご名答、紀更。おそらくそうだ。初代オリジーア王、初代操言士、そして初代セカンディア女王。その三人に四分力を与えたカオディリヒスは、残る四分力を持ったまま空へ……人間の手の届かないところへ昇ったのだ」

 四分力という神様の力。四分の一とはいえ、それはきっと大きな力だろう。なにせ、神様はこの世界を創った存在だ。ちっぽけな一人の人間である紀更には、世界を創る神様の力の偉大さなどとても想像がつかない。

(どんな力なのかしら)

 光の四分力を宿している目の前のステファニーは、一見すると普通の人間だ。ひたいに輝紋は浮かぶものの、操言士のように操言の力で森羅万象に干渉できるわけでもなさそうだし、四分力を宿すことによる身体への負担というものもなさそうだ。本当に四分力を持っているのか、ひたいの輝紋がなければにわかには信じられなかったかもしれない。

「サーディアがフォスニアに攻め入ったのは、一年と少し前だと言った。しかしだ、実は約五十年前、フォスニアがサーディアに攻め入ったことがあるらしい」
「フォスニアがサーディアに?」
「何のためでしょうか。その時の報復が一年前の侵攻だったのでしょうか」

 ルーカスが呟く。ステファニーは首を横に振った。

「五十年前、サーディアへの侵攻を行ったのは、当時のフォスニア女王綾栞あやしおり。優大王子の曾祖母だそうだ。優大王子が聞いたことのある侵攻の理由は、〝サーディアにあってはならない秘宝を取り返すため〟というものだけで、詳細は知らないらしい」
「サーディアにあってはならない秘宝?」
「その秘宝とやらは、四分力ではないか。優大王子はそう考えた」

 なぜだろう。
 優大の思考の過程がわからない紀更は、ステファニーの言葉を待った。

「ここからは、優大王子および私の考える推測だ。まず、ほかの三つの王家と同じく、おそらくサーディア王家も四分力を宿している。そしてそれは、光の四分力ではなく闇の四分力だ。そこで出てくる疑問が、闇の神様ヤオディミスは、光の神様カオディリヒスと同じように、自らの意思でサーディア王家に四分力を与えたのか? ということだ」
「自らの意思で与えなかったと、そう考えられるということですか」

 王黎が不穏そうに尋ねた。

「オリジーアはサーディアをどのような国だと見ている? 我がセカンディアはどの国とも正式な交流がないが、少ない情報ながらも、我が国はサーディアを快く思っていない。そうだな、あけすけに言うならば不気味な国だと思っている」
「不気味……」
「紀更よ、そなたはサーディアに忍び込んだというそこの師匠からその時の話を聞いていないな? そろそろ、その師匠の口を割った方がよいぞ?」

 ステファニーが愉快そうな笑みを浮かべて紀更を焚きつける。

「王黎師匠」

 紀更はジト目で王黎を見つめた。
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