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第17話 メヒュラの操言士と宣戦布告
1.封閉の加護(下)
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メリフォースに向かって北上する道中、やはり怪魔が出現した。カルーテの群れに、ドサバトやクフヴェが数匹だ。キヴィネやゲルーネなど大型の怪魔が出ないのは昼間だからだろうが、それにしてもその数は多い。
しかし、道貴とマークも加えてこれまでで一番大人数のパーティとなった一行は、それらを確実に蹴散らしていく。そして昼頃にはメリフォース城下町に到着した。
「おう、お前ら。稲美子のところへ先に行くぞ。昼飯時だが空腹感は少し我慢しろ。なにしろ婆さんは歳だからな。オレらがのんびりしてる間に死んじまうかもしれねぇ」
道貴の冗談は、なかなか笑えなかった。
「道貴師匠、稲美子さんはどこにいるんです?」
「街の中心にあるひばりの家っつー、老人用の施設だ」
煙草をふかしながらのしのしと歩く道貴は、メルゲントから続く一番大きな街路を進み、まっすぐにひばりの家を目指した。
「道貴さん、老人用の施設ってなんですか」
紀更は歩きながら道貴に尋ねた。
「ここメリフォースは老人が多いんだ。隠居の街と揶揄されるようにな。けど、老人一人じゃ家のこともままならなくなるだろう? 家族がいれば別だが、子供はみな別の都市部にいて独りきり、なんていう老人のために建てられた、共同住居だ。婆さんはだいたい、そこのウッドデッキにいる」
「共同住居……」
王都では聞いたことのない施設に、紀更は感心した。
本当に、王都以外の都市部を訪れるとその都度新しい発見がある。地理や気候だけでなく、これまでに育まれてきた文化が違うと、同じオリジーアという国の中にある都市部のはずなのにずいぶんと王都と違う。それは不思議で面白いことだ。
「婆さん、起きてるか」
到着した先にあったのは、一階建ての平屋だった。メインの道から一歩奥に進んだ先にあり、外観はよくある石造りの家だ。ただし、平屋の側面には広めのウッドデッキがあり、ロッキングチェアが三台ほど置かれていた。今日はあいにくと曇り空だが、晴れていれば一日中日向ぼっこができそうだ。
ロッキングチェアの一台に道貴は近寄り、大きな声を出した。紀更と王黎も近寄り、そこで眠る一人の老女の顔をのぞき込む。
「オイ、婆さん」
「んー」
老女のうめき声が聞こえたので、生きてはいるようだ。
たくさんの深い皺が刻まれた顔からは、かなり年を召していることがわかる。これなら確かに、紀更たちがのんびり食事をしている間にぽっくりと天に召されてもおかしくはないだろう。
「おいくつなんですか?」
「八十は超えてたはずだ。八十四だか五だか六だか」
「長生きですね。ムクトルさんと同じくらい」
紀更がそう呟いた瞬間、老女の目がばちっと見開いた。
「ムクトル! ムクトルじゃと!」
「うおっ! なんだよ婆さん、どうした!」
稲美子の、今にもロッキングチェアから飛び上がらん勢いに道貴は驚き、咥えていた煙草を落としそうになった。紀更たちも、突然の稲美子の反応に驚愕の表情を浮かべる。
「懐かしや! ムクトル!」
「オイ、紀更。そのムクトルって、もしかしなくてもカルディッシュの長老か」
「はい、そうです。カルディッシュ操言支部の操言士で、稲美子さんと同じくらいの年齢の……でも、先日亡くなったんです」
「亡くなった!? そうか、ムクトルめ! 先に鳳山殿のところへ逝ったか!」
耳が遠いのか声の音量調整ができないのか、稲美子の声はいちいち大きかった。しかも、紀更や道貴と会話をしているわけではなく、聞こえてきた言葉に自由に反応しているだけのようだ。
「稲美子さんも、操言士鳳山さんをご存じなんですか」
紀更は稲美子に問いかけた。会話が成立する期待は薄かったが、意外にも稲美子はすらすらと話し始めた。
「鳳山殿! 我らが師匠! 偉大な方じゃ! わての操言士としての生きる道は、すべて師匠の教えで開けた!」
「稲美子さんも鳳山さんの弟子だったんですね」
「いかにも! ムクトルよりあとに弟子入りした! やつとはよぉ競った。どちらがより早く、鳳山殿の課題を終えられるかをな。残念、残念じゃあ。そうかあ、ムクトルめ、先に逝ったか。いや、むしろまだ生きておったんか」
昔を思い出して興奮したかと思えば、稲美子はすぐに声量を落とした。周りの者と正常に会話することはできなくても、兄弟子の死を理解し悼むことはまだできるようだ。しかし、最後に呟いたノリツッコミがおかしくて、紀更たちのうしろにいたルーカスと紅雷はそろって噴き出した。
「婆さん、ほかにも思い出してくれ。傭兵の街メルゲントの傭兵ゲオルク、その妻清華、そして子供のユルゲン、封閉の加護。婆さん、いったいユルゲンに何をしたんだ?」
道貴が話を切り出すと、紀更たち全員は固唾を呑んで稲美子の反応を待った。
「メルゲント……ゲオルク? 封閉……ああ、そうじゃそうじゃ、解けたんじゃ」
「婆さん、教えてくれ。何があったんだ?」
道貴がめげずに同じことを尋ねる。稲美子はしばらく沈黙していたが、急に意識が正常になったようでなめらかに語り出した。
「あれはもう、手遅れだった。メヒュラを拒絶する感情を植え付けられて、自分ではどうしようもなくなっていた。じゃが、そんな自分の異常さも自覚していた。メヒュラであるとはいえ我が子を憎悪するなど母親としておかしいと。ヒューマもメヒュラも、同じ人間だというのに」
「ユルゲンの母親、清華のことか」
「清華……そう、清華。息子は黒髪の赤ん坊じゃった」
「その赤ん坊に、婆さんは何をしたんだ」
「封閉の加護を施した。メヒュラの血肉に流れる獣性を閉じ込めたんじゃ。表に出ることがないように、動物型に変化しないように。かわいそうに、泣いておったよ。きっと死ぬような心地がしただろう。父親も赤ん坊に謝っておった」
――すまん……すまん、ユルゲン。
(親父……)
ユルゲンは、憶えていないはずの父親の声が頭の中に響いた気がした。
「わては願った。これで赤ん坊がメヒュラではなく、ヒューマとして生きられるように。少しでも長く、ヒューマでいられるように。そして母親の心が戻り、親子共々健やかに暮らしていけるように」
「婆さん、もしかして、数日前に言っていた波動ってのは」
「そうじゃ。ああ、そうじゃ。感じた……わての波動が戻ってきた。わてが施した封閉の加護が解けたんじゃ。メヒュラに戻ってしまったのか。また拒絶されんといいがなぁ」
稲美子は遠くを見つめ、口を閉じた。
「ジェイドンの話と相違はしていないな」
道貴は新しい煙草を取り出すと、操言の力で火をつける。煙草の白い煙が灰色の空へ昇っていった。
「稲美子さん」
紀更は、稲美子の耳に口を近付けた。
「大丈夫ですよ。ユルゲンさんは大丈夫。強い人になりましたから。それに、誰からも拒絶されていません」
「そうかぇ……そうかぇ?」
「はい。だから大丈夫です」
清華は何かがあって心を病み、メヒュラのユルゲンを拒絶してしまった。ユルゲンは二十五年の歳月を経て再び動物型に変化するようになったが、いまユルゲンの周りにいる人間は誰も、彼をメヒュラだからという理由で遠ざけたり疎んだりはしない。
(それに、私がいるから)
紀更は顔上げてユルゲンに視線を向けた。ユルゲンと目が合うと、それが嬉しくてふわりと自然にほほ笑んでしまう。
(私は、そんな理由でユルゲンさんを拒絶なんかしない)
ヒューマだとかメヒュラだとか、その違いを気にしたことはない。王都はどちらかというとメヒュラが少ない都市部だが、最美も紅雷もマークも、紀更のすぐ傍にはメヒュラがいる。動物型と人型を自由自在にとることができる身体の作りはヒューマからしてみれば不思議なことだが、彼らが同じ人間であることには何も変わりがない。
それに、好きになるのにヒューマもメヒュラも関係ない。きっと、心を病む前の清華もそうだったはずだ。
「王黎師匠、封閉の加護のことはわかりました。でもどうして、王黎師匠を狙った攻撃を代わりに受けたことでユルゲンさんの封閉の加護が解けたんでしょうか」
それ以上話さなくなってしまった稲美子から離れて、紀更は王黎を見つめた。すると、王黎ではなく道貴が失笑しながら答えた。
「簡単じゃねぇか。その攻撃が、王黎の〝血肉〟を直接襲うものだったんだろうよ」
「どういうことですか」
道貴がさもわかりきっている、と言う風に断言したので紀更は解説を求めた。
しかし、道貴とマークも加えてこれまでで一番大人数のパーティとなった一行は、それらを確実に蹴散らしていく。そして昼頃にはメリフォース城下町に到着した。
「おう、お前ら。稲美子のところへ先に行くぞ。昼飯時だが空腹感は少し我慢しろ。なにしろ婆さんは歳だからな。オレらがのんびりしてる間に死んじまうかもしれねぇ」
道貴の冗談は、なかなか笑えなかった。
「道貴師匠、稲美子さんはどこにいるんです?」
「街の中心にあるひばりの家っつー、老人用の施設だ」
煙草をふかしながらのしのしと歩く道貴は、メルゲントから続く一番大きな街路を進み、まっすぐにひばりの家を目指した。
「道貴さん、老人用の施設ってなんですか」
紀更は歩きながら道貴に尋ねた。
「ここメリフォースは老人が多いんだ。隠居の街と揶揄されるようにな。けど、老人一人じゃ家のこともままならなくなるだろう? 家族がいれば別だが、子供はみな別の都市部にいて独りきり、なんていう老人のために建てられた、共同住居だ。婆さんはだいたい、そこのウッドデッキにいる」
「共同住居……」
王都では聞いたことのない施設に、紀更は感心した。
本当に、王都以外の都市部を訪れるとその都度新しい発見がある。地理や気候だけでなく、これまでに育まれてきた文化が違うと、同じオリジーアという国の中にある都市部のはずなのにずいぶんと王都と違う。それは不思議で面白いことだ。
「婆さん、起きてるか」
到着した先にあったのは、一階建ての平屋だった。メインの道から一歩奥に進んだ先にあり、外観はよくある石造りの家だ。ただし、平屋の側面には広めのウッドデッキがあり、ロッキングチェアが三台ほど置かれていた。今日はあいにくと曇り空だが、晴れていれば一日中日向ぼっこができそうだ。
ロッキングチェアの一台に道貴は近寄り、大きな声を出した。紀更と王黎も近寄り、そこで眠る一人の老女の顔をのぞき込む。
「オイ、婆さん」
「んー」
老女のうめき声が聞こえたので、生きてはいるようだ。
たくさんの深い皺が刻まれた顔からは、かなり年を召していることがわかる。これなら確かに、紀更たちがのんびり食事をしている間にぽっくりと天に召されてもおかしくはないだろう。
「おいくつなんですか?」
「八十は超えてたはずだ。八十四だか五だか六だか」
「長生きですね。ムクトルさんと同じくらい」
紀更がそう呟いた瞬間、老女の目がばちっと見開いた。
「ムクトル! ムクトルじゃと!」
「うおっ! なんだよ婆さん、どうした!」
稲美子の、今にもロッキングチェアから飛び上がらん勢いに道貴は驚き、咥えていた煙草を落としそうになった。紀更たちも、突然の稲美子の反応に驚愕の表情を浮かべる。
「懐かしや! ムクトル!」
「オイ、紀更。そのムクトルって、もしかしなくてもカルディッシュの長老か」
「はい、そうです。カルディッシュ操言支部の操言士で、稲美子さんと同じくらいの年齢の……でも、先日亡くなったんです」
「亡くなった!? そうか、ムクトルめ! 先に鳳山殿のところへ逝ったか!」
耳が遠いのか声の音量調整ができないのか、稲美子の声はいちいち大きかった。しかも、紀更や道貴と会話をしているわけではなく、聞こえてきた言葉に自由に反応しているだけのようだ。
「稲美子さんも、操言士鳳山さんをご存じなんですか」
紀更は稲美子に問いかけた。会話が成立する期待は薄かったが、意外にも稲美子はすらすらと話し始めた。
「鳳山殿! 我らが師匠! 偉大な方じゃ! わての操言士としての生きる道は、すべて師匠の教えで開けた!」
「稲美子さんも鳳山さんの弟子だったんですね」
「いかにも! ムクトルよりあとに弟子入りした! やつとはよぉ競った。どちらがより早く、鳳山殿の課題を終えられるかをな。残念、残念じゃあ。そうかあ、ムクトルめ、先に逝ったか。いや、むしろまだ生きておったんか」
昔を思い出して興奮したかと思えば、稲美子はすぐに声量を落とした。周りの者と正常に会話することはできなくても、兄弟子の死を理解し悼むことはまだできるようだ。しかし、最後に呟いたノリツッコミがおかしくて、紀更たちのうしろにいたルーカスと紅雷はそろって噴き出した。
「婆さん、ほかにも思い出してくれ。傭兵の街メルゲントの傭兵ゲオルク、その妻清華、そして子供のユルゲン、封閉の加護。婆さん、いったいユルゲンに何をしたんだ?」
道貴が話を切り出すと、紀更たち全員は固唾を呑んで稲美子の反応を待った。
「メルゲント……ゲオルク? 封閉……ああ、そうじゃそうじゃ、解けたんじゃ」
「婆さん、教えてくれ。何があったんだ?」
道貴がめげずに同じことを尋ねる。稲美子はしばらく沈黙していたが、急に意識が正常になったようでなめらかに語り出した。
「あれはもう、手遅れだった。メヒュラを拒絶する感情を植え付けられて、自分ではどうしようもなくなっていた。じゃが、そんな自分の異常さも自覚していた。メヒュラであるとはいえ我が子を憎悪するなど母親としておかしいと。ヒューマもメヒュラも、同じ人間だというのに」
「ユルゲンの母親、清華のことか」
「清華……そう、清華。息子は黒髪の赤ん坊じゃった」
「その赤ん坊に、婆さんは何をしたんだ」
「封閉の加護を施した。メヒュラの血肉に流れる獣性を閉じ込めたんじゃ。表に出ることがないように、動物型に変化しないように。かわいそうに、泣いておったよ。きっと死ぬような心地がしただろう。父親も赤ん坊に謝っておった」
――すまん……すまん、ユルゲン。
(親父……)
ユルゲンは、憶えていないはずの父親の声が頭の中に響いた気がした。
「わては願った。これで赤ん坊がメヒュラではなく、ヒューマとして生きられるように。少しでも長く、ヒューマでいられるように。そして母親の心が戻り、親子共々健やかに暮らしていけるように」
「婆さん、もしかして、数日前に言っていた波動ってのは」
「そうじゃ。ああ、そうじゃ。感じた……わての波動が戻ってきた。わてが施した封閉の加護が解けたんじゃ。メヒュラに戻ってしまったのか。また拒絶されんといいがなぁ」
稲美子は遠くを見つめ、口を閉じた。
「ジェイドンの話と相違はしていないな」
道貴は新しい煙草を取り出すと、操言の力で火をつける。煙草の白い煙が灰色の空へ昇っていった。
「稲美子さん」
紀更は、稲美子の耳に口を近付けた。
「大丈夫ですよ。ユルゲンさんは大丈夫。強い人になりましたから。それに、誰からも拒絶されていません」
「そうかぇ……そうかぇ?」
「はい。だから大丈夫です」
清華は何かがあって心を病み、メヒュラのユルゲンを拒絶してしまった。ユルゲンは二十五年の歳月を経て再び動物型に変化するようになったが、いまユルゲンの周りにいる人間は誰も、彼をメヒュラだからという理由で遠ざけたり疎んだりはしない。
(それに、私がいるから)
紀更は顔上げてユルゲンに視線を向けた。ユルゲンと目が合うと、それが嬉しくてふわりと自然にほほ笑んでしまう。
(私は、そんな理由でユルゲンさんを拒絶なんかしない)
ヒューマだとかメヒュラだとか、その違いを気にしたことはない。王都はどちらかというとメヒュラが少ない都市部だが、最美も紅雷もマークも、紀更のすぐ傍にはメヒュラがいる。動物型と人型を自由自在にとることができる身体の作りはヒューマからしてみれば不思議なことだが、彼らが同じ人間であることには何も変わりがない。
それに、好きになるのにヒューマもメヒュラも関係ない。きっと、心を病む前の清華もそうだったはずだ。
「王黎師匠、封閉の加護のことはわかりました。でもどうして、王黎師匠を狙った攻撃を代わりに受けたことでユルゲンさんの封閉の加護が解けたんでしょうか」
それ以上話さなくなってしまった稲美子から離れて、紀更は王黎を見つめた。すると、王黎ではなく道貴が失笑しながら答えた。
「簡単じゃねぇか。その攻撃が、王黎の〝血肉〟を直接襲うものだったんだろうよ」
「どういうことですか」
道貴がさもわかりきっている、と言う風に断言したので紀更は解説を求めた。
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