ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第17話 メヒュラの操言士と宣戦布告

1.封閉の加護(中)

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「それでも、君から見たら俺は大人の身体だろう。だけど、それは当然だ。だって俺は君より年上なんだから。まだ十代半ばの君の身体は成長途中で、細くて頼りなくて当たり前なんだ。自分が弱い、なんて思わないでいい。君の身体はこれから大きくなる。同時に、鍛錬を重ねれば君の力も強くなる。今日明日には無理でも、いつか勝てるようになるさ」
「でも」

 ルーカスが服の裾を元に戻す前に、マークはルーカスの割れた腹筋をもう一度ちらっと見やった。

「オレもそういう体質だったら?」

 成長すれば身体は大きくなる。そう言われても、もしも成長したところでルーカスと同じように細身の体質で、筋肉が増えにくかったら? それでは、いつまでも強くなれない。ユルゲンのようにはなれない。

「俺はユルゲンさんが羨ましいよ。俺と二歳しか違わないのに、体格は一回り以上も違う。腹筋だけじゃなくて、背筋や僧帽筋もよくついてるし、そもそも上背もある。鍛えてるとかそういう話じゃなくて、もともと大きく頑丈に、身体が成長できる素質があるんだろうね。実の父であるゲオルクさんも傭兵だったからかな。俺には、産まれ直さなきゃ手に入らないものだ。でも、無いものねだりしたってしょうがない」

 ルーカスは断言し、ほほ笑んだ。

「俺は、ユルゲンさんにはなれない。同じ体型にはどう頑張ったってなれないんだ。大事なのは、自分が持って生まれた性質をどれだけ伸ばせるかだよ。俺もユルゲンさんの戦い方が羨ましくて彼を見習ってみたけど、やっぱり同じにはなれないんだ。羨んで真似して違いを思い知って、あらためて俺は、俺にできることをもっとやろうと思った」
「たとえば?」

 マークが尋ねると、ルーカスはにこりと笑った。

「力じゃなくて速さを重視する、とかね。敵に斬り込む速さなら、ユルゲンさんにも負けないと思っているよ。ミズイヌ型の紅雷さんよりは少し劣るけどね」

 まだ子供だから、身体が貧弱なのは仕方がない。だが、大人になったからといって全員が全員、屈強な身体付きになるわけではない。持って生まれた違いは、必ずどこかで出てくる。
 どんな自分に成長できるか。どんな自分に成長したいか。言従士として、どうすれば紀更の役に立てるか、支えになれるか。それを模索するのはこれからだ。

「道貴さんが言うように、剣術とか戦闘の基本なら教えてあげるよ。でも、マークも紅雷さんみたいに、動物型で戦うのもいいんじゃないか」
「ハネウマ型で?」
「メヒュラのことはよくわからないけど、ハネウマ型での後ろ蹴りとか、結構威力があると思うんだけどどうかな」
「あまり長時間、動物型になったことはないんだ。だからわからない」
「なら、そういうのも含めて考えていけばいいと思うよ。急がば回れだ」

 人型で比べれば、マークの体格は紅雷とそう変わらない。それどころか、紅雷は女性だ。それなのに紅雷は、女性の身でありながらも紀更の役に立っている。彼女のために、ミズイヌ型で戦うことができる。どんな自分も、余さず活用しているのだ。
 ルーカスの言うとおりだ。
 操言士として紀更がどう生きるのか、どうすればその紀更の役に立てるのか。自分にできることを地道にひとつずつ、考えながら模索していくしかない。人型で短剣を振り回すことも、ハネウマ型になってみることも、自分の全部は紀更のためにあるのだから。

「じゃあ寝よう。おやすみ」
「ああ、おやすみ」

 マークはそう心を整理して就寝した。


     ◆◇◆◇◆


「王黎師匠。出発の前に、ユルゲンさんのご両親のお墓に行けないでしょうか」

 夜が明けて朝になった。今日は全体的に雲が広がっている空模様だ。空気に湿気は少ないので雨は降らないだろうが、日光が少ないので怪魔が多く出現するかもしれない。
 紅雷たちがロムザの街から持ってきてくれた荷物の中にあった操言ローブを羽織った紀更は、久しぶりに操言士としてのスイッチが入った気がした。
 気を引き締めて出発したいところだが、その前にせっかくメルゲントに来たので、ユルゲンの実の両親の墓前に手を合わせたいと思った。

「いいね。ユルゲンくんに訊いてみようか」

 宿を出ながら王黎は頷いた。そして、最美に声をかける。

「最美、ユルゲンくんを探してきてくれるかい? 早ければもう、メルゲントの北口にいるかもしれない」
「畏まりました」

 最美はぬらりとニジドリ型に姿を変えて、空へ羽ばたいた。紀更たちが雑談をしながら宿の前で待っていると、しばらくして最美が戻ってくる。

「ユルゲン様はまだご自宅におられました。ジェイドンさんたちが案内してくださるそうなので、共同墓地へ来てほしいとのことです」
「わかった。じゃあ、行こうか」

 メルゲントの街の道を知っている王黎が、共同墓地へ一行を先導する。
 紀更は頭上の曇り空のように、少し淀んだ気持ちで歩いた。



「ゲオルク、清華。やっとお前らのことをユルゲンに話せたよ」

 共同墓地の一角にある、ユルゲンの実の両親ゲオルクと清華の墓。そこに建てられた石碑には、「泰然たる傭兵ゲオルク、その妻清華、ここに眠る」という文字が彫られていた。
 一輪の花を墓前に供えたジェイドンとドリスは頭を下げて、祈りを捧げる。その二人につられるように、紀更たちも黙祷を捧げた。

「清華の遺灰をここに埋めるかどうか、正直迷ったんだ。最後の方はすっかり、メヒュラそのものを拒絶していたからな。でも、メルゲントにやって来た頃の仲睦まじかった二人を思うとな、どうしても離れ離れにはさせられなかった。ま、残された者の勝手だわな」

 ジェイドンは自嘲した。

「大丈夫さ。きっと天で元通りの夫婦に戻ってるよ、アンタ」

 ジェイドンに寄り添い、ドリスが悲しげに笑う。
 あの時清華に何が起きたのか、どうして助けられなかったのか、その後悔はずっと付きまとっていた。しかし、すべてを知ったユルゲンがこうして墓前に立ってくれたこと――そして、その傍にユルゲンの想い人がいることで、少し報われたような気がする。ジェイドンとドリスはしばらくの間石碑を眺めていた。

「紀更、王黎。ありがとな」

 ユルゲンは振り向き、二人の操言士に礼を言った。

「この護衛依頼を受けてなけりゃ、俺はきっと、自分の過去を知らないままで生きるところだった」
「それも別に、構わないと思うけど」

 王黎が言うと、ユルゲンは墓石に向き直った。

「結果論だが、知ることができてよかった。知らないままでも生きられるが、ここに眠る実の両親のことをちゃんと知ったうえで生きる方が、俺はいい」
「そっか」

 王黎は一言頷き、紀更はユルゲンの大きな背中を静かに見つめた。
 不思議なものだと思う。
 紀更たちとユルゲンが出会ったのは、まったくの偶然だ。ここメルゲントを出て放浪していたユルゲンが、水の村レイトで怪魔と戦闘中だった紀更たちを助太刀したのが二ヶ月以上前。それから様々な出来事が起き、いまこうして旅の仲間全員でユルゲンの亡き両親の墓前に立つ。いったいどれだけの縁が巡り巡ってこの時間に成ったのか。それを思うと、不思議な気持ちになる。

(本当にユルゲンさんは、強い人だなあ)

 病んでしまった清華。彼女を残して亡くなってしまったゲオルク。
 実の両親のその過去を知っても特に悲観したり落ち込んだりせず、ただ生きるために前を見つめるユルゲン。自分の親はドリスとジェイドンだと言って、育ててくれた二人を大事に思えるユルゲン。あらゆることをありのままの姿で受け止め、しかし自分自身が揺らぐことはない。彼のその安定感を紀更は頼もしく思い、憧れる。自分がへたに心配することは、きっと要らぬお世話だろう。

「ユルゲン。それと紀更、王黎。アンタらの旅路が少しでも安全であることを祈っているよ。それで、また機会があったらメルゲントにおいで。むさ苦しい街だが堅苦しくない、いい場所だ」

 ドリスはそう言って笑った。

「はい。ドリスさん、お世話になりました。ジェイドンさんもありがとうございます」
「ああ。たいへんなこともあるだろうが、めげずに修行に励むんだぞ」

 ジェイドンはまるで娘に語る父親のような心持ちで、紀更の肩をたたいた。
 二人に別れを告げると、一行はメリフォースを目指してメルゲントを出発するのだった。
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