ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第17話 メヒュラの操言士と宣戦布告

8.覚悟(中)

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 道貴から聞いたアーサーの過去は、確かに悲惨だった。平和民団を憎む気持ちも、十分想像はできる。だが、だからといってポーレンヌ城下町が炎に包まれていい理由にはならない。カルディッシュを襲った怪魔によってムクトルが死んでいい理由にはならない。彼ら個人の復讐という悲願成就のために、オリジーアの多くの民が怪魔に怯えて傷つくことが許容される道理はない。
 アーサーたち「個人」の願いよりも、オリジーアの民という「全体」の安全を優先しなければならない。それが、オリジーアの操言士という紀更の立場に課せられた使命だ。

「ピラーオルドの幹部は、具月石という道具で怪魔を操ることができます。月の光を浴びた石に闇の四分力の力を込めたもの、それが具月石だそうです。さらに、闇の四分力に反応する改具月石という、改良版の道具も持っています。これを使って、ピラーオルドは最後の闇の四分力を探していました。それから、ピラーオルドは怪魔を操る怪魔ニドミーも作り出しました。攻めてくるとすれば、具月石やニドミーを使っていると思います」
「具月石を奪うか破壊することができれば、怪魔の統制は崩せるかもしれない、ということですね。怪魔ニドミーはほかの怪魔と同様に、操言士ならば斃せるのでしょうか」

 優大に尋ねられて、紀更は首を横に振った。

「わかりません。ニドミーを見たことはありますが、斃したことはまだないんです。でも、ニドミーはおそらく、ほかの怪魔とは違います。肉の器を魂につなぎ止めるための軛があるそうです。誘拐した操言士から奪った、操言の力を利用して……」
――いい気味だなあ。馬鹿な操言士団の操言士が、怪魔ニドミーの一部になったんだから!

 先ほどメリフォース城下町にいた奈月の言葉を思い出し、紀更は唇を噛んだ。
 これまでに攫われた操言士は、きっともう生きてはいまい。生まれながらに宿していた操言の力を奪われ、怪魔ニドミーの一部にされてしまった。なんて、なんて下劣な行為だろう。

「それから、これは一番重要なことかもしれません。ピラーオルドのリーダーである自称闇神様ですが、その正体はオリジーアの初代王の兄、ニアックという人物だそうです」

 紀更がそう告げると、エリック、ルーカス、王黎の目の色が変わった。紀更は俯き加減で、アーサーから聞いた話を再現する。

「オリジーアを建国したレバ王の兄ニアックも、闇の四分力を手にしていました。その力で不老不死となれるレプティトゥイールスの術を作り出し、その術を自らに施して生き続けているのだそうです」
「つまり、オリジーア建国から四百年以上も? そんな……不老不死の術というのは本当なのか」

 エリックは動揺した。
 オリジーアの根幹であるオリジーア王家。その初代王の兄が、まさかピラーオルドのリーダーだなんて。それだけでも外聞悪いことこのうえない、秘匿しておきたい事実だが、それに加えてその兄が四百年以上も生き永らえているなんて、にわかには信じがたい。

「レプティトゥイールスの術は完全ではなくて、身体に負担が出るんだそうです。今のニアック……闇神様は、人間ではなくなりかけていると聞きました。それが具体的にどういうことなのかはわかりませんが」
「やはり、すべての発端は始祖の時代にあるようですね」

 優大が重々しく呟いた。

「初代オリジーア王、初代操言士、その娘ザンドラ、孫のレイスロマエゴ、ニアック……その時代の遺恨がいま、表に出てきているのでしょう」
「すみません、優大王子。初代オリジーア王のことも初代操言士のことも、オリジーアが記して後世に伝えるべきことなのに……。始海の塔やステファニー女王、優大王子、そしてピラーオルドがいなければ、私は自分の始祖のことなど何も知らないまま生きるところでした」
「いえ、紀更殿がわたしに謝ることではありません。次の世代へ伝えたくなかった、あるいは伝えられなかった理由もあるのかもしれません。それに、歴史も大事ですが本当に重要なのはこれから先、未来のことです。ピラーオルドに蹂躙された国を子供たちに残すか、それともピラーオルドや怪魔のいない平和な世界を未来へ贈るか。それは、いま生きている私たち次第です」
(怪魔のいない平和な世界を未来へ……)

 紀更は泣きそうな瞳で優大を見つめた。
 優大は紀更よりも若い、まだ少年と呼ぶべき年頃だ。それなのにどうしてこんなにも落ち着き、冷静に物事を考えられるのだろう。王家の人間だからだろうか。
 自身の中に生まれる感情ひとつひとつに逐一揺さぶられることなく、自分も優大のように大局を見据えて優先事項を間違えずに行動できる人間になりたいと紀更は思った。

「紀更殿、いま教えてくださったことは、ステファニー女王にも伝えましたか」
「いいえ。ステファニー女王と別れたあとに判明したことなんです」
「では、わたしからステファニー女王に伝えておきましょう。光の四分力を与えられたセカンディア王家のステファニー女王も知っておくべきことですから」
「お願いします」

 紀更は座ったまま、深々と頭を下げた。

「朝一でここを出発して馬を走らせれば、サーディアの王都イェノームまでは半日もかからずたどり着けます。でも、そこで誰が何をしているのか、本当にピラーオルドの本拠地があるのか、闇神様とやらと対面できるのか、わからないことだらけです。それに、決して安全だとは言いきれない。いえ、むしろ確実に危険です。たびたびピラーオルドに襲われているあなた方にそんな場所へ行ってくれと願うのはおこがましいことだと、重々承知しています。でも、頼まずにはいられない。この世界はいま、大きく変わろうとしている。紀更殿、その変化の渦の中心であるあなたがそこへ行かねば変わることも止めることも終わることもできず、結末にたどり着かないと思うのです。どうか」

 優大はソファから立ち上がると、両手を腰の横にそろえてきっちりと腰を折り、紀更に向かって頭を下げた。背後に控えていた和真とシモンも、優大にならって同じ姿勢をとる。

「っ、優大王子! 頭を上げてくださいっ」

 一国の王子にそんな対応をされて、紀更は焦った。自らも立ち上がり、へこへこと腰を折る。

「いいんです。あの、こう言うと失礼かもしれないんですけど、優大王子に頼まれたから行くわけじゃありません。ピラーオルドの本拠地へ行くのは、私自身の意志によるものです。この事態をなんとかしたいのも、操言士としての自分の務め、役目だと……そう思うから行くんです」

 優大はゆっくりと姿勢を起こした。

「ですが、危険な――」
「――ええ、わかっています。その言葉はさんざん言われてきました。王都にいる両親からも、ここにいる仲間からも。そして、私自身も王黎師匠たちに何度も言いました。危険だ、危ない、って……。それでも行くんです、私たち」

 紀更は、王黎から順に旅の仲間の表情を見つめた。
 師匠だから、任務だから、言従士だから――様々な理由、動機を持つ彼らとは長く共に旅をしてきた。正確に言えば、彼らは紀更の目的に否応なく付き合わされてきた。だが、そんな側面もすべて呑み込んで、紀更は進むことを選ぶ。

「あの、王黎師匠、エリックさん」

 紀更がおずおずと声をかけると、心得ているという風に王黎もエリックも穏やかな表情をした。

「紀更の言うとおりだよ。それでも僕らは行く。ピラーパレスにね」
「それが仕事だ、と言ってしまえばそれまでだが、国を守りたい気持ちは同じだ」
「紀更殿の護衛がオリジーアを守ることと同義なら、喜んで付いていきますよ。これでも騎士としての矜持はしっかりと持っているつもりですから」
「紀更様、あたしは言わずもがな! 紀更様の選ぶ道が、あたしの道です!」
「オ、オレも」
「すべては我が君のご意思のままに」
「異論は何もない。ピラーオルド、特にカギソは一発ぶん殴ってやらんとな」
「えっ、な~に~。ユルゲンくん、それ私怨? 僕らと別行動してる間に何があったのかな~? もしかして、カギソに負けた?」
「うるせっ、黙れ王黎」

 ニヤついた表情で茶化す王黎を、ユルゲンは睨みつけた。

「ということで優大王子、僕らは明日、イェノームへ行きます。食料や馬など、必要なものはすべて援助していただける、と思ってよろしいですか」
「ええ、もちろんです。和真かシモンに言ってください。一流品はそろえられませんが、キキョーラの街で用意できるものはすべて用意します」
「ありがとうございます」

 真面目な態度に戻った王黎が優大にお礼を言って、一同の対話は終了したのだった。


     ◆◇◆◇◆
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