ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第01話 特別な操言士と祈聖石

4.水の村レイト(上)

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 室内には少し間隔を置いて寝台がふたつ並んでおり、その奥には机がひとつと椅子がふたつ。それだけの質素なレイアウトだったが、木製の壁はしっかりとした厚みがあり、冬場の冷気にもなるべく耐えられるようになっていた。

「食堂は人が多かったみたいですけど、満室なんでしょうか」
「宿の食堂は宿泊客以外も利用しますから、満室でない場合もありますわ」

 紀更が問いかけると、最美はすぐに答えてくれた。

「最美さんは、こうして王都以外の都市部に来ることが結構あるんですか」

 寝台の横の床に革のボストンバッグを置きながら紀更は問うた。紀更は最美について――というより「操言士と言従士」という関係について、好奇心を持ち始めていた。
 ルーカスは自分から話しかけてくれが、最美は自ら多くを語るタイプではない。それは今日一日行動を共にしてよくわかったので、なるべく自分から話題を振ってみる。

「ええ。仕事であれば、国中どこへでも行きますわ」
「仕事……言従士の仕事ですか」
「そうです」

 答えるのが嫌そうなわけではないが、必要以上に語りもしないので、最美の返答はとても淡々としている。今日何度か見ることのできた彼女のほほ笑みを知らなければ、冷たい女性だと思ってしまいそうだ。

「王黎師匠と一緒に働く、ということですよね」
「言従士は操言士に仕え従う者ですから」

 紀更はまだ、自分が操言士として働くということが具体的に想像できない。
 これまでの約一年間、操言院に軽く軟禁されてスパルタ教育で操言士の知識をたたき込まれたが、一方的に詰め込まれただけの知識は自分の中に定着していない。ましてやその知識の先に自分が働く姿など、描けているはずがない。

(仕事とか働くとかって将来のこと……私、ほとんど考えてなかったなあ)

 見習い操言士になるまで、紀更はどこにでもいる、平凡な王都の娘だった。将来どうしたいとか何をして働きたいとか、あるいは誰と結婚したいとか、自分の未来のことを具体的に考えたことが少なかった。なんとなくこのまま、両親を手伝う形で呉服屋つむぎの店員で居続けるのだろうと思っていた。

(でも私は、一人前の操言士になって国のために働かなきゃいけない)

 操言の力を持つ者はみな、そう定められている。そのために幼い頃から操言院に通い、学びを重ねるのだ。
 だが、操言士として国や民のために尽くすとは、具体的にどういうことだろう。操言士として働いて生きるとは、どういう日々なのだろう。

――怪魔から人々を守ることは、操言士の大切な役目のひとつなんだよ。

 王黎はそう言った。怪魔と戦うことは操言士の仕事のひとつ。けれど、いまこうして紀更がいる室内を照らす明灯器を作ることも操言士の仕事のひとつ――人々に必要とされている操言士の役目だ。

(操言士としてだけじゃなくて、言従士も従えて働くって、どんな感じなのかな)

 知っているようで実はよく知らない、操言士という存在。日常生活のいたるところで彼らの力の恩恵を受けておきながら、その実、彼らがどんな風に働いているのか、生きているのか、考えたこともなかった。ましてや、自分が操言士として働いて生きるなど、想像すらしたことがない。

(操言士としての自分の将来すらぼんやりとしか考えられないけど、もし私にも言従士がいたら)

 どうしたらいいだろう。どうなるのだろう。
 言従士は、操言士に仕え従う者。
 最美の少ない言葉の端々から、言従士の操言士に対する信頼――いや、絶対服従の空気を感じて、紀更は自分だったら、と考える。自分にも王黎と同じように言従士がいたら、どうなるだろうか。最美が心から王黎を信頼しているように、自分も言従士から信頼してもらえるだろうか。ふいにおとずれる胸の痛みは消えてなくなるだろうか。

(それはない、か)

 紀更は自分の想像を胸の中で嘲った。
 言従士を従えることのできる操言士は、操言の力が強くて優秀。それは操言院で耳にした噂話だ。最美からは、言従士の有無は操言士の能力に関係がないと否定されたが、仮にその噂が正しいとして、毎日教師操言士から叱責されている自分が、言従士を従えるほど強くて優秀なはずがない。この先、言従士を従えることなどないだろう。

(ほんと、おかしいな。休暇のはずなのに)

 イーグの森の中、レイト東街道で風を感じている時もそうだった。せっかく操言院を離れることができたはずなのに、気付けばこうして操言士について考えている。師匠の王黎が近くにいるし、王黎の言従士の最美も一緒にいるからだろうか。

(操言院では息苦しかった……けど)

 操言院の外――王都の外で操言士について考えることは苦しくない。むしろ、操言院や教師操言士というプレッシャーから解放された今だからこそ、のびのびと思考できる気がした。

「紀更様、参りましょう」
「あっ、はい」

 最美に声をかけられると、紀更は頭の中に広がっていた思考の雲を振り払い、客室を出て一階の食堂に向かった。



「紀更の休暇を祝してかんぱーい!」

 ひとつの丸テーブルを五人で囲む夕餉。並べられた食事を前に、王黎は上機嫌で杯をかかげた。しかし、王黎の隣に座っている紀更は恥ずかしさを覚えて俯き、渋い表情で王黎のトップスの布地をつまんで引っ張る。

「やめてください、王黎師匠」
「成人してるんだし、紀更もぐびぐび飲んじゃっていいからね~」

 こちらの言いたいことはわかっているだろうに、王黎はにへらと笑うだけだ。まともに反応しても王黎を愉しませるだけだというのに、どうしても紀更は真面目にリアクションをとってしまう。

「人の話を聞いてくださいよ、もう!」
「紀更、王都の外はどう? 王都とは雰囲気が違って面白いでしょ」

 大皿に乗った野菜の酢漬けを取り分けながら王黎はそう尋ねた。

「えっと……そうですね、新鮮でした」
「それはよかった。ルーカスくんがいろいろ話をしてくれたみたいだしね」

 その時、紀更ははっとした。道中、ルーカスが様々な解説をしてくれたおかげで、ただ散漫と進むのではなく、景色やこの土地の空気を味わいながらここまで来ることができたのだ。

「はい。あの、ルーカスさん、ありがとうございました」

 紀更はルーカスの方に向かって、ぺこりと頭を下げた。ちょうど鶏肉の香草焼きを切り分けていたルーカスは、少し照れくさそうに笑う。

「いえ、たいしたことは話していませんから」
「そんなことないです。あの、興味深くて……ここまで楽しく来られました」
「明日の朝はゆっくり起きて、村の中を見て回ろうか」

 ルーカスが切り分けた鳥肉を頬張り、王黎は言った。

「村の中ですか」
「水の村と称されるくらいだから、ノノニス川から水を引くための分水池が立派で、結構見応えがあるんだ。せっかくだから見てみるといいよ」

 ふざけてはいるが、これが弟子の休暇旅行であることを王黎は忘れていないようだった。紀更が羽を伸ばせるように、紀更が見たことのないものを勧めてくれる。

「操言士団の支部には行かなくていいのか」

 楽な口調になっているエリックが王黎に尋ねると、王黎は眉間に皺を寄せた。

「エリックさん、嫌なことを言いますね」
「紀更殿は休暇中だが、王黎殿は違うだろう。顔出しくらいはしておくべきだ」
「じゃあ僕も今から休暇に入りまーす」
「王黎師匠、支部とはなんですか」

 王黎は話を有耶無耶にしようとしたが、紀更の質問がそうはさせなかった。また今度ね、と言って答えるのを後回しにしてもよかったが、エリックが責めるような表情で王黎を見つめるので、王黎は観念して説明した。

「王都以外の都市部にある、操言士団の組織のことだよ。まだ操言院で習ってないかな? 支部会館と呼ばれる建物がだいたいどこの都市部にもあって、その都市部に常駐している操言士の活動拠点になっているんだ」

 師匠の顔付きで、王黎の講義は続く。

「前提として、まず、操言士団の中には四部会しぶかいと呼ばれる四つの組織がある。操言士はその四部会のどれかに所属しながら、同時に、各都市部にある支部の一員になるんだ」
「組織がふたつある、ということですか」

 いまひとつ理解ができず、紀更は首をかしげた。

「うーん、そうなるかな。二重になっているというか。操言支部は、異なる四部会に所属している操言士が集まって作った集団、って感じかな。たとえば、四部会のひとつである国内部に所属している操言士がいるとする。じゃあ、その操言士はどこで働くのか、というと、操言士団レイト支部ってことになる。支部の一員になって、水の村レイトのために働くんだ。でも、たとえば水の村レイトからアルソーの村に引っ越したら、今度は操言士団アルソー支部の一員になる。だけど、操言士団国内部所属ってことは変わらないんだ」
「そういう国内部の操言士は、どんなことをするんですか」
「都市部の近くに出現した怪魔を退治したり生活器を作ったり、時にはけが人を治療したり、都市を支えることならなんでもするかな。国内部は四部会の中でも一番業務範囲が広いよ」
「なるほど」

 王黎の講義に、紀更は肩の力を入れることなくリラックスして聞き入っていた。
 日常会話の延長線として語ってくれるからだろうか、操言院の授業よりも聞きやすい。すんなりと頭にインプットされていくうえに、もっと知りたくてついつい質問を重ねてしまう。

「王黎師匠は守護部の所属で、支部は王都、ということになるんですか」
「王都は支部じゃなくて本部だよ。操言士団本部。そこの操言士だから、まあ、〝王都の操言士〟って言うのが一般的かな」
「守護部は花形ですね」
「花形?」

 ルーカスの言葉を紀更は訊き返した。今度はルーカスが紀更に語る。
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