ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第02話 消えた操言士と闇夜の襲撃

1.音の街ラフーア(上)

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 音の街ラフーアは、オリジーアの王都ベラックスディーオから西国道を進んだ先にある中規模の都市だ。国内のほかの都市部に比べると芸術的文化が発展しており、その名のとおり特に音楽が盛んである。ラフーアに生まれた者はその多くが音楽家に憧れ、生涯にわたって音楽で食べて生きていく道を目指そうとする。実際に音楽家として生きていけるのはほんの一握りだけだが、狭き門をくぐって音楽になれた者はラフーアだけでなく国中の都市部に赴いて演奏し、オリジーアの人々に娯楽を提供して文化的発展を担ってきた。

 そんなラフーアの中心にあるザッハー広場は、この街の象徴のひとつだ。ラフーアで最初の音楽家と称えられるシュモーヴェン・ザッハーにちなんでおり、中央には彼の銅像が建っている。大きなその銅像の目下には野外ステージが設けられており、日々様々な楽器の奏者や声楽家たちが、自分たちの腕前を披露している。
 円形のザッハー広場から北へ坂道を上っていくと、ザッハー広場と同じくこの街の象徴である「ラフーア中央音楽堂」がある。ラフーアの人々の拠り所とも言える音楽堂は、音楽家たちが演奏をするためだけの専用の建築物で、ラフーアの住民だけでなくオリジーア国内各地から聴衆がやって来る。中で演奏を聴くことはできずとも、建物の外壁に施された緻密なレリーフを外から見るだけでも見応えがあると評判なほど、荘厳な建物だ。

 音楽堂に向かって左手にはラフーア音楽院があり、音楽家を目指す者に日々専門教育を施している。生徒の募集は毎年春に行われるが、入学希望者全員を受け入れられるわけではないので、生徒になるためにはシビアな選別試験に合格しなければならない。街の住民だけでなく音楽家を志す国中の入学希望者が集まるため、試験の合格倍率はなかなか高い。ラフーア音楽院の生徒になれるだけでも、この街では誉れ高いことだ。
 ラフーアの街中にはいつも何かしらの音楽が流れているため、明るく陽気な性格の住民が多いが、決して夢想家ばかりではない。水の村レイトは小規模都市のため置かれていなかったが、音の街ラフーアにはラフーア騎士団という組織が置かれており、騎士たちが盛んに訓練している。

 ラフーアは北にドレイク大森林、その北西奥にヘーゲスト山地、街の真西にウージャハラ草原とエンク台地、そして少し離れた南東にはヤージュの森と、周囲を広大な自然に囲まれており、それが同時に怪魔出現頻度の高さにつながっている。また、ラフーアから西国道をさらに西に進むとゼルヴァイス城がある。ゼルヴァイス城は海を隔てた先に隣国サーディアのラッツ半島を睨む重要な拠点だ。
 つまり音の街ラフーアは音楽があふれる芸術の都であるだけでなく、王都ベラックスディーオからゼルヴァイス城へ行くための中継地点であり、しかしながらその周辺には怪魔がよく現れるという一筋縄ではいかない立地なのだ。そのため、ラフーア操言支部には水の村レイト以上に多くの操言士が配置され、ラフーア騎士団の騎士たちと共に街周辺の治安維持に努めている。

 ヤージュの森にある祈聖石に祈りを込めたのち、紀更たちが音の街ラフーアの東口に着いたのは王黎の読みどおり昼を少し過ぎた頃だった。
 今日も天気は良く、雲が少し出ているが晴れ間が広がっている。風も穏やかで、動けば少し汗ばむくらいの暖かさだ。
 騎乗したままラフーアの東口を通過し、紀更たち一行は道なりにまっすぐ進む。人の住まいとなる建物はまだしばらく見当たらず、道の左手には野菜畑が広がっていた。

「エリックさん、僕は操言支部会館へ行って宿の手配をします。エリックさんたちは公共厩舎へ行って馬をつないでおいてくれませんか」
「構わんが、王黎殿はいつ戻る?」

 油断すればすぐに一人行動をしかねない王黎に、エリックがきっちり問う。王黎はしばらく空を眺めてあーとかうーとか発したのち、さわやかな笑顔を浮かべた。

「合流したい気分になったら戻りますね」
「却下だ」
「え~」
「この街にある祈聖石を、紀更殿と巡回するのが先だろう」
「それはまた明日にしましょっ。そんなに急いでやると、紀更が疲れちゃいますし~」

 王黎の言い回しは非常に軽い。真面目な性格のエリックは、王黎のゆるい姿勢に腹が立った。真面目に祈聖石を巡礼する気があるのかと、膝を突き合わせて問いたいくらいだ。
 しかし紀更が疲れてしまう、と考えれば無理に急ぐ必要がないことは確かだった。

「せっかくだから、また紀更に街中を案内してあげてください。最美はエリックさんの指示に従ってね。じゃっ!」

 王黎は馬の腹を蹴ると、ちょうど差し掛かっていた分かれ道をそのまままっすぐ進んでいった。その先は街の中心であるザッハー広場で、そこを超えれば操言支部会館があるのでそこへ向かったのは確かだろう。

「あの、エリックさん」

 エリックの背中に紀更が声をかけた。

「すみません、王黎師匠が自分勝手で」
「いや、紀更殿が詫びることはない」

 申し訳なさそうな表情を浮かべる紀更に、エリックは首を横に振った。

「それに王黎殿の言うとおり、せっかくだから紀更殿はこの街を見るといい」
「えっ、いいんですか」
「見聞を広めるのも旅の目的……操言士の修行の一環となるだろう。まあ、わたしが許可することでもないのだがな」

 エリックがそう言うと、紀更は嬉しそうに破顔した。

「よかったです! 音の街と呼ばれるなんて、どんな街だろうって気になっていたんです!」
「紀更殿、ご案内しますよ。王都の騎士もよくこの街に来るんです」

 喜ぶ紀更につられるように、ルーカスも明るく笑う。
 一行は分かれ道を左手に進み、街の南西に位置している公共厩舎で下馬した。
 厩舎は、紀更の想像した以上に広かった。紀更たちのような旅の一行だけでなく、武器と防具を装備した騎士や、果物をたっぷりと詰め込んだ荷馬車を脇に止めたまま相談している商人たちの一行、あるいはユルゲンのような傭兵と思われる強面の男性、またはこの街の住民と思われる青年など、様々な人が馬の世話をしていた。

「最美殿、もしよければわたしと残って馬の世話をお願いできますか。あなたがいれば、王黎殿と連絡をとることも可能でしょうから」
「ええ、わかりましたわ」
「ルーカスとユルゲンは、紀更殿と一緒に散策でもしてきてくれ」

 エリックはねぎらうように馬の首をなでながら言った。

「繁忙期ではないし、宿は問題なくとれるだろう。王黎殿が操言士団を通して確保してくれるならなおさらだ。わたしと最美殿は宿の談話室で待っている。散策が終わったら談話室へ来てくれ。なるべく日没前に戻るように」
「了解です。では紀更殿、行きましょうか」
「はい」

 ルーカスにうながされて紀更は歩き出した。その半歩隣をユルゲンも歩く。

「散策ルートは自分の独断で構いませんか?」
「はい、お願いします。ルーカスさんは何度かこの街に来ているんですか」
「ええ、見習い騎士の時にしばらく滞在していました」
「見習い騎士?」
「操言士と同じで、騎士も最初は見習いという身分なんですよ」

 ルーカスの案内で街の中心に向かってしばらく歩くと、「宿」と書かれた突き出し看板の取り付けられた建物が見えてきた。

「ここがラフーアで一番大きな宿です。ほかにも宿はありますけど、ラフーアで宿といったらここですね。レイトと比べて大きいでしょう?」
「ほんと、全然違いますね」

 紀更は宿の突き出し看板をまじまじと見上げ、首を縦に振って頷く。それから、宿が面している道を歩く人々の姿を目で追った。手荷物の多くない、身軽な者はラフーアの住民だろう。それ以外に、武装していたりやたらと大きな荷物を背中に抱えていたりする人々も、かなりの数がいることに気が付く。

「人の行き交いが多いですね」
「ラフーアの西にはゼルヴァイス城があります。そこと王都を行き来するには必ずラフーアを通らないといけないですからね。ラフーアが目的地という方もいますが、ゼルヴァイス城か王都のどちらかが目的地、という人が多いですね」
「なるほど」

 王都に生まれ育った紀更の感覚では、王都から移動せずとも日々の生活には何も困らない。だが、都市部と都市部を行き交ってあらゆる物を動かして商う人々がいるからこそ、王都にいた紀更の生活は困らなかったのだろう。

(いろんな人が生きているのね)

 自分は知らなかった。見えていなかった。見ようとしていなかった。自分以外の誰かの働きによって自分の生活が成り立っていること。たとえ自分が動いていなくても、どこかで多くの人や物が移動している。そうして国民の生活は成り立っているのだ。
 そんなおしゃべりをしながら宿の前の道を北へ進むと、荷馬車が二台すれ違っても余裕があるほどの広い道に出た。

「この大きな道がライアー通りです。ラフーアの中心部と西口をつないでいます。向かいの建物が、ラフーアの操言支部会館です。中に王黎殿がいますかね? それと、この丁字路のこちら側左手が、ラフーア騎士団本部です」

 操言支部会館も騎士団本部も、どちらも四階建ての大きな建物だった。石造りのようだが外壁は白く塗装されており、窓の縁の木材には装飾として豪華な花が彫ってある。ここが一般市民の住居とは違う建物であるということが、一目でわかった。
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