ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第03話 海の操言士と不思議な塔

1.ゼルヴァイス城下町(上)

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「父ちゃん、何か見える!」
「あァ? 隣のオヤジの船だろぃ」
「違うよ! 遠くの海に、細長いのがあるんだ! お城よりでっかいの!」

 太い麻縄を引っ張って漁船を手繰り寄せ、波止場に船を固定させた漁師の男は、息子がしきりに指差す北西の方角を見つめた。

「城よりでかいだァ?」

 西に傾き始めた太陽が目に入り、眩しくて瞼がぎゅっと縮まる。細くぼんやりとした視界の先には、息子の言うような「細長い何か」は見えなかった。

「なんだよ、何もねぇよ」
「あるよ! 遠くだよ、すごく遠く! 空まで伸びてる! アレなあに!?」
「イーサン! ンなことより、お前も網の片付けを手伝え! 今日も大漁だ」

 男は漁船に戻り、水を吸ってふくらんだ網を持ち上げた。まだ生きている魚がビチビチと跳ね回って海水が顔に飛ぶが、慣れっこなので気にしない。

「なんだろ、アレ……」
「イーサン!」
「わかったよ!」

 イーサンと呼ばれた少年はしきりに遠くを見つめていたが、父親のゲンコツが飛んできそうな気配を感じ取ると、急いで船に飛び乗った。


     ◆◇◆◇◆


「紀更、大丈夫だよ。ゆっくり、落ち着いて」

 紀更の隣に立つ王黎は、紀更に言い聞かせながら自分もゆっくりと息を吐いた。

【風を引き裂く、光の矢】

 紀更は指を広げた右手のひらを前方に伸ばす。指と指の隙間に怪魔カルーテをとらえると、そこに向かって光の矢が一直線に放たれる画をイメージした。

「ギイイィイ!」

 カルーテが紀更を睨み、唸り声を上げる。自分に向けられた攻撃の気配に反応しているようだ。
 そんなカルーテの唸り声に乱されないように、紀更は必死に精神を落ち着ける。己の紡ぐ言葉と頭の中のイメージ、そして自身の内側にある操言の力に集中するために。

【敵を貫き、空に輝け!】

 行け! その気概を込めて、強く唱える。
 すると紀更の手のひらの先の空中に、一筋の光が現れた。それはややいびつな輪郭だったが矢の形を保っており、紀更のイメージしたとおりに素早く、一直線に進んだ。そしてカルーテの身体を貫いて空に向かい、青空に光り輝いて消えた。矢に貫かれたカルーテは、最期の悲鳴を上げる間もなく霧散して消える。

「できた……っ」
「うんうん、よしよし」

 王黎はゆっくりと手をたたき、拍手を送った。

「もう少し精確に矢の形をイメージできるといいかな。それと、輝く強さももっと強いといいね。キミがやっていることはまぎれもない〝攻撃〟で、相手を屠る行動なんだ。確実に仕留めないと仲間が危ない。そういうつもりで、怪魔を斃す自分を強く持とうね」
「はい」

 出現した怪魔の群れは、いま紀更が斃したカルーテで最後だった。紀更と王黎から少し離れた前方にいたエリックとルーカスは、付近の安全を確かめたのち、腰にぶら下げた鞘に長剣を収める。
 音の街ラフーアを出て三日目。昼ももうだいぶ過ぎた頃、紀更たちはゼルヴァイス城の目前にいた。

 音の街ラフーアからゼルヴァイス城へは、だいたい二日を要する。直線距離で移動できるならもう少し早く到着できるのだが、ウージャハラ草原の先にあるエンク台地のせいで西国道は南に大きく迂回し、エンク台地を時計回りに回り込むように北上しなければならないため、時間がかかるのだ。
 ウージャハラ草原を北に進んでエンク台地を反時計回りに進むヘーゲスト街道ならば、少しだけ早くゼルヴァイス城へ到着できる。しかしその道は途中でヘーゲスト山地を越えなければならず、危険なのであまり使われていない。
 ゼルヴァイス城とラフーアをつなぐ西国道とヘーゲスト街道には、合わせて七つの営所が設置されており、ゼルヴァイス騎士団とラフーア騎士団の騎士たちが常駐している。
 営所は簡易的な建物だが、一夜を過ごすのに困ることはなく、陽が沈んで進行を止めた隊商や運び屋、都市部間を移動している人々の簡易宿の役目を果たしていた。

 ラフーアを出て最初の営所であるワル営所を過ぎた一行は、あえて西国道を外れて、南ウージャハラ草原を少し奥に入った。怪魔と戦闘をするためだ。
 怪魔は光を嫌い闇を好むため、基本的に昼間には出現しづらいが、最弱の怪魔カルーテなら昼間でもわりと頻繁に出現する。国道からあまり離れないように気を付けつつも、祈聖石の守りの薄いウージャハラ草原の奥を歩けば、狙い通りカルーテと遭遇することができた。そして、その戦闘に紀更も参加した。
 戦闘の陣形は概ねこうだ。まず前衛にはユルゲンが立つ。王黎によってあらかじめ防御と攻撃の加護を与えられたユルゲンは、カルーテを一匹だけ残してほかを殲滅する。次に中衛にいたエリックとルーカスが、一匹になったカルーテの注意を引きつける。その際、最後のその一匹はすぐには斃さない。二人がカルーテを斃さずに翻弄している間に後衛の紀更が、王黎指導のもとで騎士二人に防御の加護や攻撃の加護を与える練習をするのだ。上空をニジドリ型で飛ぶ最美は、目の前の怪魔以外に近くに怪魔がいないか、見張りに徹する役割だ。

 紀更はまず、この陣形で後方支援の経験を積んだ。カルーテ一匹が相手なので、紀更の支援がうまくできなくても、エリックとルーカスの被ダメージは最小限に抑えられる。万が一紀更の支援が間に合わない場合は、被加護の状態が続いているユルゲンがカルーテを斃すという寸法だ。
 そのような戦闘をこなしながら進み、陽が沈む前に一行はツル営所にたどり着いた。ツル営所は、西国道とヘーゲスト街道の交わる丁字路にある営所だ。すべての営所の近くには祈聖石があるため、王黎はその祈聖石の場所も紀更に教え込んだ。寝食の時間以外のすべてが紀更にとっては修行だ。

 そうしてツル営所で夜を明かし、陽が完全に昇ってからまた進む。
 エンク台地付近では、ユルゲンやエリックたちが弱らせた怪魔に、紀更も操言の力で直接攻撃するようにと、王黎は指導していった。そしてゼルヴァイス城とそれを囲む城壁が見え始めたファル営所の手前でカルーテの群れを見つけた王黎は、ユルゲンたちの補佐なく、紀更一人でカルーテを斃してみようと提案した。もちろん、最後の一匹以外は先にユルゲンに斃しておいてもらい、二人の騎士には、紀更が殲滅に失敗した場合に備えてすぐ傍で待機してもらう。
 そうして紀更は、武器による物理ダメージを負っていないカルーテを操言の力のみで斃すことに初めて成功したのだった。

「どう? 怪魔との戦闘に慣れてきたかな」
「いえ……まだ少し怖いです」

 王黎にほほ笑まれた紀更は、少し考えてから素直に答えた。
 怪魔の中で最弱のカルーテ。しかも一匹。近くにはユルゲンも、エリックもルーカスもいる。師匠の王黎だって傍にいる。だがカルーテに対峙している自分は一人だ。
 四本足で大型犬ほどの大きさのカルーテが、濁った眼に敵意を満たして睨んでいる相手。今にも飛びかかってその牙を向けようとしているその相手は、間違いなく自分なのだ。その状況に慣れたかと問われれば、まだ慣れない。初めて怪魔と遭遇した時のように、まだ怖い。へんに慣れても怪魔への恐れや警戒心が消えてなくなりそうで困るが、もう少し落ち着いて、余裕を持って言葉を紡げるようにはなりたい。紀更はそう思った。

「まあ、恐怖心を完全に忘れる方が危ないから、その返事はある意味正しいかな。もうすぐゼルヴァイス城だけど、これまでの経験が無駄にならないように、ひとつひとつの戦闘について、時間を見つけて振り返ってみてね。内省だよ」
「はい」
「じゃあ、馬に乗ろうか。まだ明るいけど、今日はファル営所で休もう」

 ゼルヴァイス城を目前にして、一行はファル営所で一夜を明かすことにする。
 そして次の日、陽が出ているうちにゼルヴァイス城付近の祈聖石を巡り、夕方頃になってようやく、紀更たちはゼルヴァイス城下町へ到着した。
 ゼルヴァイス城は、オリジーア国内において王都ベラックスディーオにある王城の次に古い城である。城の敷地はそれほど広くないが、そこに建てられた城本体は高さがあり、海を臨む丘の上にあることも相まって、下から見上げた際の存在感は実物の大きさ以上に壮大に感じる。
 そんなゼルヴァイス城は、オリジーア領西端の地にあった。

 この地域は、東側のヘーゲスト山地にある山のひとつ、ソケズール山から豊かな水が流れてきており、温暖とは言いがたい気候だが寒さに強い農作物がよく育つ。
 西側はサキトス湾と呼ばれる海に面しており、その湾は北方から南方へ向かって大陸をえぐるように深く入り込んでいる。湾奧の先は大陸のほぼ真ん中で、オリジーアと隣国サーディアの唯一の陸の国境である、イスコ山地に到達する。一方、ゼルヴァイスの地から見てサキトス湾を挟んだ西側には、サーディアの領土であるラッツ半島がある。イスコ山地が両国の陸の国境なら、サキトス湾は海の国境だ。
 サキトス湾はとても豊かな漁場で、ゼルヴァイス城下町には漁師が多い。水の村レイトの南部にある港町ウダも、同じくサキトス湾に面しており漁業が盛んだが、ゼルヴァイスは北の外洋にも出られるため、ウダでは獲れない魚が水揚げされて、ラフーアや王都へも運ばれる。

 また漁業だけでなく、ゼルヴァイス城下町には多くの職人がいて製造業も盛んだ。特に「職人操言士」と呼ばれる操言士たちは、品質の高い生活器を作り出すことで有名である。
 ゼルヴァイスの水産物や工業製品は、陸路だけでなく海路でも運搬される。大陸の海岸を沿うようにサキトス湾を南下する船によってまずは港町ウダに下ろされ、そこからポーレンヌ城や王都、アルソーの村などに運ばれていく。ゼルヴァイスは隣国サーディアと最も近い城、という国防における重要拠点であるだけでなく、国内屈指の産業都市、そして交易の拠点でもあるのだ。
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