ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第05話 グラマラスな操言士と旅の終わり

1.ポーレンヌ城下町(中)

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 海に出てから今日まで、ユルゲンと二人きりになる機会はほぼなかった。紅雷が現れてからは紅雷が常に紀更の隣を陣取っていたし、始海の塔で過ごしたようなのんびりした時間というのも少なかったからだ。
 だが、いまユルゲンと相乗りなんてしたら、きっと変に緊張してしまう。最美となら同性だったので気にしなかったが、成人した未婚の女性が異性と相乗りをしているなど、見ている人にどう思われるかわかったものではない。それならいっそ、王黎と一緒に乗った方がいい。王黎も異性だが、師匠と弟子だからという言い訳が立つ気がする。あるいはエリックかルーカスなら、護衛をするためという口実が使える。どちらにせよ、あえてユルゲンに頼む必要はないだろうに。

(王黎師匠ってば、どうしてあえてユルゲンさんの名前を出すのよ!)
「面白いねえ。百面相が止まらないねえ」

 紀更が戸惑ったり落ち込んだり、考えているような責めているような、むずむずとした表情を次から次へと浮かべている様を見て、王黎はくすくすと笑う。そんな王黎にからかわれていると気が付いた紀更は、ジト目で王黎を見上げた。

「王黎師匠、わかってて言ってますね?」
「さあ、なんのことかな。まあ馬が手に入るかどうかわからないし、なるようになるさ」
「紀更様! あたし、馬は要りません! ミズイヌ型で走って付いていきます! それに、ミズイヌ型のあたしに紀更様が乗ればいいかも!」
「それはさすがに無理じゃないでしょうか。確かに紅雷さんのミズイヌ型は普通の犬より大きいですが、人を乗せて移動するのは相当疲れますよ?」

 紅雷の無謀な提案を、ルーカスが苦笑交じりにやんわりと否定する。
 そんな話をしつつ、太陽が天上に到達するよりも前に、一同はポーレンヌ城下町に到着した。
 ポーレンヌ城は、王都ベラックスディーオから南国道を南下してたどり着く城で、王都に最も近い城のため、王都防衛の役割を持っている。
 ポーレンヌ城の南にはアルソーの村があり、そこから南東にあるディーハ山脈では様々な鉱物が採掘できる。ディーハ山脈の鉱物はアルソーの村を通してポーレンヌ城下町に運ばれ、製錬されている。さらにその鉱物資源は港町ウダからゼルヴァイスにも輸送され、かの地の職人たちによって武器や生活器へと姿を変える。そうしてできあがった製品を、再び港町ウダを通して仕入れる。その一連の流れが、ポーレンヌ城下町の経済を支えていた。また、ポーレンヌ城下町にも腕利きの職人がおり、特に貨幣を鋳造する工房は多く、ここで作られた貨幣がオリジーア国内に流通している。

 ゼルヴァイス城が海を背にして建っていたのに対し、ポーレンヌ城は周囲より少し小高い丘の上に建っており、その周囲三百六十度にわたって城下町が広がっている。
 城下町にあたる部分はなだらかな平野のため道路の敷設が容易で、ほかの都市部に比べて道が多く、蜘蛛の巣状の街路が複雑に入り組んでいた。
 王都に最も近く、鉄資源が豊富ゆえに在庫の武器や防具も多いので、ポーレンヌ城を管理する城主はゼルヴァイス城の城主以上に王族に近しい、王家に忠実な者が任命される傾向にある。城下町の力を悪用した王家への反逆をさせないためだ。ゆえに、近いどころかほとんど王族と言って差し支えない人選がなされているのが常だった。

「紀更、ポーレンヌ城の現城主はジャスパーさん以上に王家に近い人だよ。先代のチャルズ王の妹さんの息子さんだからね」
「えっと……先代王の甥、ということですね」
「ジャスパーさんと同じくらいの年齢だったかなあ。息子も孫もいていつでも代替わりできるけど、自分が元気なうちは王家のために役目を果たす、って感じの人だね」
「あの、また城主様にご挨拶するのでしょうか」

 ゼルヴァイス城の城主ジャスパーに対面する前の緊張感を思い出して、紀更は縮こまった。ジャスパーへの挨拶は最初こそ緊張したものの、最後の方は普通に会話ができたと思う。彼が、最初に紀更が想像していたような「王族感」をただよわせない人柄だったからだ。
 しかし、王黎があえてそう言うのならポーレンヌ城の城主は今度こそ「王族感」あふれる雲の上の人なのだろう。そんな人物に挨拶をしないといけないならば、今度こそきちんとしたマナーを誰かに指導してもらいたいものだ。

「ん~……今回はちょっと保留かな。挨拶しなくても祈聖石巡礼はできるしね」
「挨拶はなし、ですか。よかった」

 王黎がそう答えたので、紀更はあからさまに胸をなでおろして安堵した。

「城主に挨拶は行かないけど、操言支部には行くからね。そうだ、紅雷。まずは共同営舎の登録を終了しておいで。この先もずっと紀更と一緒にいるなら、気兼ねなく宿に泊まれるからね」

 ポーレンヌ城下町の西口を通過したところで、王黎が紅雷に声をかける。すると紅雷は嬉しそうに頷いた。

「そうですね! 紀更様、あたし紀更様にずっと付いていきますから、よろしくお願いします!」
「う、うん」
「じゃあ、ちょっと共同営舎に行ってきます! すぐ戻ってきますから、待っていてくださいね!」

 紅雷は桜色の二つ結びの髪を揺らして街中へと猛スピードで駆けていった。

「え、待つって……ここで?」

 残された紀更は、ぽかんとした表情で呟く。その紀更の背中を王黎は軽くたたいて押した。

「ミズイヌのメヒュラなら、紀更の匂いをたどって戻ってくるよ。気にしないで大丈夫だから、僕らはまず宿をとろう」

 そうしてポーレンヌ城下町を五人は進んだ。
 西口から街の中心に向かってはどちらかというと住宅地になっているようで、民家のほかに薬屋、理髪店、仕立屋、食品を取り扱う市場が目についた。道幅が広いわりに行き交う人の数はそう多くないので歩きやすく、ゼルヴァイス城下町の方が城壁の中という閉塞感も重なってもっと密度が高かったように思う。鉱物の製錬をしているような城下町には見えないが、そうした工房があるのは別のエリアなのだろう。
 一軒目の宿はあいにくと満室だったため、王黎は次の宿を目指して歩いた。二軒目も残念なことに満室で、三軒目にしてようやく必要分の部屋がとれた。

「今日は客が多いみたいですね」
「南から王都を目指す者は、ほぼ必ずここで一泊するからな」

 宿で受付をする王黎の隣で、ルーカスとエリックが言葉を交わす。
 ポーレンヌ城から王都へは半日あれば到着できる。ここで一泊し、朝一で出発すれば昼過ぎには王都に着けるため、王都を目指す者のほとんどはよほど急ぎでないかぎり、ポーレンヌで一泊するのが普通だった。

「さて、じゃあ紀更と僕は、まずポーレンヌ操言支部へ行きますね。それからポーレンヌの祈聖石巡りをします。エリックさんとルーカスくんはどうしますか」
「ルーカスは紀更殿の護衛だ。わたしはポーレンヌ騎士団本部へ行く」
「了解です」
「じゃあ、夕食頃に合流しましょうかね」

 宿から見て操言支部会館は東、騎士団本部は北にあるため、宿の前でエリックとは別れた。四人で東へ向かうことにする――つもりだったが、ユルゲンが王黎に声をかけた。

「俺も別行動でいいか。夜には宿に戻る」
「おや、珍しい。構わないけど。例の探し物かい?」
「まあ、そんなところだ。じゃあな」

 ユルゲンは右手を軽く上げると、宿の南へ大股で歩いていく。あっさりと去っていくその背中を、紀更は黙って見送った。
 そうしてゼルヴァイス城下町以上に広い街中を、紀更、王黎、ルーカスの三人は歩く。
 ポーレンヌ操言支部会館は、街の中心であるポーレンヌ城を守る城壁の南側、ほぼ都市部の中心にあった。周囲は民家よりも何がしかの商いをしている建物が多く、突き出し看板だけでなく、歩道の上にも店名を記した看板が置かれている。
 多くの人々がせわしなく日常を営んでいる街の空気を背中に感じながら、王黎は支部会館の正面ドアを押して入り、一階の受付に話しかけた。

「王都の操言士団守護部の王黎です。支部長にお会いしたいのですが、可能ですか」
「お待ちください。確認いたします」

 王黎が尋ねると、受付カウンターに立っていた女性操言士は王黎に背を向けて、受付スペースの一歩奥へ入る。
 初めて見るポーレンヌ操言支部の室内を観察しながら、紀更はぽつりと呟いた。

「操言支部会館はどこも雰囲気が似ていますね」
「建物の構造はほぼ同じだし、どの都市部でも役割が同じだからね。ただ、操言士の雰囲気は結構違うよ。ポーレンヌは支部長さんがとても真面目な方だから、真面目な操言士が多いね。あと王都に近い都市部だから、王都の次に権威がある、って妙に誇りに思っている人も多いかな。別にそんな事実はないんだけどね」

 そんな会話をしながら待っていると、女性操言士が戻ってきた。

「お会いいただけます。四階へお上がりください」
「どうもありがとう」

 王黎はにっこり笑い、受付のすぐ横にある階段へ足を向けた。
 木造の階段は古く、体重をかける段によっては軋んだ音を鳴らす。それは四階の廊下も同じで、踏む箇所によってはキィという甲高い叫びを上げた。

「古い建物ですね」
「さすがに年季が入りすぎだよね。建て替えることもできるはずなんだけどね」

 紀更の感想に苦笑した王黎は、奥から二番目のドアの前に来ると足を止めた。そこが支部長室のようで、丁寧に二回、ノックする。

「どうぞ」

 返事が聞こえてからドアを開ける。その所作はゼルヴァイス操言支部の弥生を訪ねた時とは違って、意識して気を遣っているように見えた。

「こんにちは、守護部の王黎です」

 支部長室にいたのはグレーのショートヘアにグレーの瞳、紅色の口紅が印象的な、年齢を感じさせる女性だけだった。キリッとした目元からはとても真面目でクールな印象を感じるが、その分表情が乏しく感情が読めない。
 その女性が手のひらで示す応接用のソファに腰掛けつつ、女性が放つ厳格な空気を感じて紀更は緊張した。
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