ヒオクダルスの二重螺旋

矢崎未紗

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第05話 グラマラスな操言士と旅の終わり

9.面会(上)

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 それから一行は城下町の食事処で少し遅めの昼食をすませ、北広場でくつろいでいた。第二王子との面会時間である肆の鐘が鳴るまではまだしばらくある。
 第二王子は朝から怪魔襲撃地点と火事現場を慰問し、それから操言支部会館とポーレンヌ騎士団本部を慰労しているらしい。忙しい身だろうに、その後さらに面会を希望するほどに第二王子は自分に関心を持っているのだろうか。紀更は不思議に思った。

(私の人となりなんて、そんなの本当に知りたいのかしら)

 考えれば考えるほど不安がつのるだけのように感じ、紀更はため息をついた。

「ねえ紀更様、空に何か」

 その時、紀更と隣り合ってベンチに腰掛けていた紅雷が上空を指差した。右手でひたいに庇を作り、紀更も空を見上げる。雲の切れ間から差し込む太陽の光を遮るように、一羽の鳥が円を描いて飛んでいた。

「最美だ。戻ってきたね」
「下りてこないんですかね」

 王黎とルーカスも上空を飛ぶニジドリに気が付き、目線を空に向けながら呟く。

「ちょっと移動しようか」

 最美の意図が読めたらしい王黎はベンチから腰を上げて歩き出した。北広場からしばらくは歩道を歩いたが、じきに道を外れ、家や店も建っていない、かろうじて都市部の中と言える一角を目指す。周囲の木々の枝葉は豊かに伸びており、住民の気配はなかった。

「ここならいいかな」

 王黎が葉の隙間から空を見上げると、美しい虹色の鳥の姿をした最美が器用に木と木の間をぬって降下してきた。
 地面に足がふれるなり、最美はぬらりと人型に戻る。その変化の瞬間をむやみに見られたくなくて、人のいない場所へ王黎たちが移動するのを待っていたのだろう。

「おかえり、最美」
「戻りましたわ、我が君」
「遠いところをありがとう。疲れただろう」

 王黎にこうべを垂れて挨拶する最美の顔色は、昼間だというのに覇気がない。王黎の言うとおり相当疲れているのだろう。

「いえ」

 しかしねぎらいの言葉をもらえたことが嬉しいのか、王黎からほほ笑みかけらた最美は活力が戻り、少し表情が動く。そして最美は、腰鞄から手紙を取り出した。

「城主からの返事はこちらです。それと朗報です。始海の塔を目指したゼルヴァイスのあの船ですが、嵐のあと、船も乗組員も全員が無事にゼルヴァイスへ引き返していたとのことです」

 王黎を中心に集合している一行の顔を見回しながら最美は告げた。

「本当ですか!?」

 その知らせを聞いた紀更は声を大にして喜ぶ。

「よかった……皆さん、無事でよかった」
「船乗りの方いわく、用はもう済んだと言わんばかりに強引に、ゼルヴァイスの港へ船が引き返したそうです」
「あの、それって」
「まさかな」
「いや、そうなんじゃねぇの」

 ルーカス、エリック、ユルゲンが互いに顔を見合わせる。王黎はけらけらと楽しげに笑った。

「始海の塔の不思議な力の仕業かな。始海の塔が招いたのは僕らだけで、それ以外は用無しだからとっとと帰れ、ってことみたいだね。いやあ、ほんと面白い塔だねえ」

 エリックとルーカスは笑えない。自分たちの船旅が原因で危うく犠牲者を出すところだったのだから。しかもその航海は、王都の騎士団にも操言士団にも許可を得ていないものだった。最悪の事態にならなくて本当によかったと、二人の騎士は心の底から安堵した。

「紀更様宛に、カタリーナさんとヒルダさんからも手紙をお預かりしてきました」
「ヒルダからも?」

 最美は王黎に渡した手紙とは別に、二通の手紙を紀更に手渡した。
 紀更は、まずカタリーナからの手紙に目を通す。

  紀更へ。お手紙ありがとう。
  港に戻ったヒルダからあなたが嵐の海に落ちたと聞いて涙が止まらなかった。
  もちろん、あなたが死んでしまったのかと思ったからよ。
  でもあなたが無事でよかったわ。そして約束も守ってくれて、本当にありがとう。
  和真という、あの方のお名前。それがわかっただけでも私の胸はいっぱいよ。
  これからは毎日、和真様のお名前を心の中で繰り返すわ。
  どうすればもう一度和真様に会えるのか、それがわからないのは残念だけど。
  でも、いつか必ず和真様を見つけてみせるわ。だって、私はもうわかったの。
  私の人生はきっと、和真様なしには成り立たない、って。
  操言士を求める言従士みたいに、きっと私には和真様が必要なの。
  ありがとう、紀更。
  あなたの旅が順調に続くこと、そしてあなたが立派な操言士になることを、
  心より願っています。カタリーナより。

 紀更がカタリーナに手紙で伝えたのは、カタリーナが探していた人物――フォスニア王子優大の従者である、操言士和真の名前だけだった。彼が操言士であることもフォスニアの人物であることも、紀更はカタリーナに伝えなかった。不必要にカタリーナに教えてしまってカタリーナがフォスニアへ行くと言い出したら、父親のジャスパーが困ると思ったのだ。
 すべてを伝えられないことは心苦しかったのだが、文面からは名前だけでも知ることができて、カタリーナが心底喜んでいることが伝わってくる。諦めずに始海の塔を目指してよかったと、紀更は胸をなでおろした。
 そしてもう一通、ヒルダからの手紙にも目を通す。

  紀更ちゃんへ。皆さんご無事だったと聞いて、安心しました。
  あの時は本当にもう、だめかと思ったから……。
  不思議なことに、ゼルヴァイスに戻ってきてからあの塔は見えなくなりました。
  毎日必ず見えていたのに。それと不思議な夢も見なくなりました。
  あたしの役割は、紀更ちゃんたちをあの塔に送り届けることだったのかもしれません。
  塔に行った紀更ちゃんたちの目的が果たせたのかどうかはわからないけど、
  無事ならきっと、前に進めているんだろうと思います。
  操言院の修了試験に合格したら、ぜひまたゼルヴァイスを訪れてください。
  一人前の操言士になった紀更ちゃんが来ることを楽しみに待っています。
  ヒルダより。

(ヒルダ、塔が見えなくなったなんて)

 不思議な話だ。毎日ずっと、どんな天候であってもヒルダは塔が必ず見えると言っていた。それが突然、見えなくなるだなんて。

――あなた方はこの始海の塔が呼んだ方。始海の塔にとって必要な方々なのでしょう。

 ラルーカはそう言った。もしもそれが本当なら、つくづく自分勝手な塔だ。招きたい相手は決まっているのに、その相手を招くためにはそれ以外の人間にも影響を及ぼし、振り回す。あの船旅で死者が出なかったのは、自分勝手な塔のせめてもの情けだろうか。

「紀更、カタリーナお嬢様とヒルダはなんだって?」

 手紙を読み終えた紀更に王黎は問いかけた。

「カタリーナさんは、知りたかった方のお名前を知ることができてよかったと。操言士を求める言従士のように、自分にはきっと和真さんが必要なんだ、って。私、和真さんが操言士だとは伝えていないのに」
「うーん、心苦しいね。カタリーナはたぶん和真さんの言従士だと思うしそれを教えてあげたいけど、彼はフォスニアの操言士だからねえ。もしも伝えたら城を飛び出してフォスニアに行きそうだしねえ」
「カタリーナさんならやりかねない気がします」
「まあ、名前だけでも満足してくれてよかったね。ヒルダの方は?」
「ヒルダは、毎日見えていた始海の塔が見えなくなったそうです。手助けしてくれ、と告げる不思議な夢も見なくなったと」
「あはは。やっぱり、塔は僕らだけに用があったみたいだね。それ以外の人間は来るな、ってことかな。ヒルダにしつこく夢まで見せておきながらねえ」
「本当に不思議な塔です。それに自分勝手!」

 紀更は二通の手紙を腰鞄にしまいながらむすっとした声音で付け足した。
 始海の塔の主が何者なのかはわからない。神様をも超えた存在だというのなら、人間一人の存在などその辺に転がっている石ころ程度にしか見えないのかもしれない。こちらの都合も感情も、何もかもお構いなしなのだろう。

「ジャスパーさんは僕らの無事を知って安心した。まあ頑張れ、って程度の返事だよ」

 王黎も手紙を懐にしまいつつ、最美の方を向いた。

「最美、いまこの街に第二王子が来ていて僕らは呼ばれてる。このあとポーレンヌ城に行くんだけど、キミは体力回復を優先でいいよ。ゆっくり休みな。明日の朝には王都に向けて出発するから。宿は南西エリアの六叉路のところね」
「お気遣いありがとうございます、我が君」

 最美は深々とお辞儀をする。

「あ、ちょっと待って」

 そんな最美の手首を掴むと、王黎は最美の耳元で何かをささやいた。

(操言の力?)

 王黎から操言の力の波動がただよったことに気が付き、紀更は不思議に思う。
 王黎が最美の手首を離すと最美は黙って南へ歩き出し、その場を後にした。

「王黎師匠、いま」
「ん? ああ、最美の疲労を回復してあげたんだよ。長距離を最速で往復してくれたからね。さすがに操言の力を使ってあげないと、ただの寝食じゃ全快はできないよ」

 王黎は優しい表情で苦笑する。最美を労わる王黎のその優しさは、自分の言従士を大事に思う操言士としての感情に由来するものだろうか。それとも、最美という女性個人を大事に思う心に由来するものだろうか。

(なんとなく、その両方な気がする……)
「さて、ちょっと早いけど遅れるよりかは早く城に行こうか」

 王黎はそう言って歩き出す。

「紀更様、王子様ってどんな方なんでしょうね!」
「そうね、どんな方かなあ……うぅ、やだ、もう……緊張でおかしくなりそう」

 紀更は最美のことが気になったが王黎に尋ねるわけにもいかないので、紅雷とたわいない会話をしながら足を進める。しかし城に近付くにつれてその足取りは徐々に重たくなるのだった。
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